P.ZZZ 虚満ちる、壊れた世界。   作:悠問追

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Chapter6 『悪い夢』

 

 鳴り響くサイレン。赤く点滅する視界。もう、会うことすら叶わなくなった人。今どこで、何をしているのかすらわからない人。大好きな人。

 

『先生、先生────!』

 

 その人を攫っていく白い腕。お兄ちゃんに強く抱きしめられた身体。

 あの時の痛みも、恐怖も、全て覚えている。

 

 ────嫌な光景を、見せられている。

 

 ひとりきりのビデオ屋。眠れない夜。それでもまだ取り繕う元気はあって、

 

『大丈夫だよ、任せて! 私ひとりだってパエトーンなんだから!』

 

 画面が移り変わる。苦しそうなアンビーと、弾切れの銃を懐に仕舞い込むビリー。

 

『あ、あれ────おかしいな』

『大丈夫よ、プロキシ先生。落ち着いて』

『そうだぜ! 焦っちゃ見えるもんも何も────』

 

 頬と左目を覆うように浮かぶ結晶。浅くなっていく呼吸。赤いジャケットの奥から、火花、火花。遠くで、エーテリアスの叫びが聞こえて、

 

 ────嫌な光景を、見せられている。

 

『嫌だよ────なんで、』

 

 ────嫌な光景を、見せられている。

 

『なんでひとりにしたの。なんで置いていったの』

 

 ────決して忘れられない光景。決して拭えない後悔。あの日、あの時、あの瞬間の光景を。こんな世界は本当に存続させる価値があるのかと、何かに問いかけられているように。

 

 ────決して忘れるな。忘れるな、と。頻りに刻みつけられるように。

 

 忘れたことなんてないよ。忘れられるわけがない。

 あの日以降の、ひたすら苦しかった出来事や日常を忘れたことはあっても。

 

 あの日のことを。あの時のことを。私の心に刻み込まれた暗い記憶を、辛い過去を。忘れたことなんて一度たりともない。

 

 でもね。私の暗い感情ひとつで、世界を壊すことに同意していいはずなんてない。

 

 だからキミには同意できないんだ。ごめん。

 

 意識が現実に舞い戻る。イアスの身体を通して、地面の硬い感覚が伝わってくる。

 瞼を開けば、私は開いた城門を見上げるように立っていた。

「────随分悪趣味なモン見せるな。気色悪い」

「・・・・・・そうだね。あまり良い気分ではないかな」

 私に続くように目覚めた二人が小さく呟くのに混じって。遠くから聞こえて来るのは戦闘音。

『あ、三人とも起きた! けど危ないから、ちょっとそこで待機────!』

 開いた城門の向こう。噴水のある広場で、エーテリアスと交戦している輝夜ちゃん────Ghostが見える。

 その様子を見る感じ、今回は切羽詰まった感じはない。というか、今回はエーテリアスも居るのか。

 辺りを見回しても讃頌会の影はない。けど、だからと言って安心できるわけではなくて。

『待って、』

 見回した視界に映らないのは、讃頌会の影だけではない。

『ハリンとヒカリくんが居ない────!』

 

 ◇◆◇

 

 ────長い夢を、見せられていた。

 

 記憶の回廊を彷徨うような。永遠と先の見えない道を歩かされるような。それら全てを払う為に振り抜いたナタの炎の熱さに引っ張られる形で、私の意識は現実に舞い戻った。

 

 ありし日の記憶を見せた所で、私の心は変わらない。やるべきことは変わらない。

 

「・・・・・・相手を間違えていると言わざるを得ないわね」

 誰に聞かせるわけでもない独り言。思わず呟いたソレが空気に溶けていき、ナタを腰の鞘に納刀しながら重たい瞼を擦る。

 霞む視界。徐々に晴れていくその先。朽ち果てた城が広がる目の前に、

「────、────」

 見えていたもの。見えていた者。思わず、目を疑う。

 未だに私は夢の中に居るのではないか、と。逃避するような私の思考を、ポケットの中で着信を知らせる、震えるスマートフォンが否定していた。

 

 私を見つめる影。数にして、目測十五体。

 その全ての人相、様相を。私は知っていた。

 

『も、もしもしハリン!? 良かった無事で────あんただけじゃなく、ヒカリくんも私たちと逸れちゃったみたいで』

 

 私と同じ顔。あの人と、同じ顔。

 

『私たちより、そっちの方が近いから。出来れば急いで行ってあげて!』

 

 無価値だと打ち捨てられた計画、その産物。

 

「了解。敵影を処理し、目標地点に向かうわ」

 

 かつて、シルバー小隊と呼ばれたクローン兵士。その集団であった。

 

 ◇◆◇

 

 部屋を、見下ろしている。とある部屋を見下ろしている。

 おれはその部屋に覚えがなくて。知らない部屋を、知らない光景を。ただただ見下ろしていた。

 

『あの時、アンタが尻込みしなければ!!』

『それはお前もだろ! 俺にだけ責任を押し付けようとするな!!』

 

 机を挟んで歪み合うひと組の男女。男は机を叩きながら激昂し、女は額を抑えて項垂れている。

 

『▇ロ▇レにもできたんだから自分にもできるはず。そう言って、私を唆したのはアンタでしょ・・・・・・』

『▇▇リを使うと決めたのはおまえだろうが!』

 

 誰かの名前を呼んでいる。何かの名前を呼んでいる。

 けれど肝心な所でノイズが入り、何を、誰を呼んでいるのかはわからなかった。

 胸が締め付けられる感覚がある。怒鳴り声が重なり、最悪の気分だった。

 悪い夢を、見せられている。

 

 ────目が覚めた?

 

 おれの中に直接語りかけて来るような声。この声には、覚えがあった。

 

 ────ヒカリ、アンタには見せてあげる。私の世界を。

 

 言われて、部屋の隅へ視線を向ければ。そこに蹲る幼いシオリの姿があった。

 ということはこの二人はシオリの両親か。二人が声を大にして叫びをあげるたび、幼いシオリは肩を跳ねさせて。奥歯を噛み締めて必死に声を押し殺し、涙を流しているのが見える。

 

 ────二人は昔、防衛軍に居たらしくてね。キッカケは聞いたことないけど、なんか辞めちゃったらしくて。そこから毎日のように言い争ってた。

 

 荒れ果てたリビング。心が休まるはずの場所。数々のゴミが散乱して、怒鳴り声が響くだけのそこに、心が休まるような要素はひとつもなくて。

 胸が痛い。噛み締めた奥歯が痛い。シオリがかつて抱いた感情が、おれの中に流れ込んで来るような。

 

 ────自分が心を寄せるはずの親。心の底から信頼するはずの両親。その二人の怒鳴り声は、昔の私にとって恐怖の対象でしかなくて。毎日、家に帰るのが憂鬱だった。

 

 叩かれた机が揺れる。感情を露わにし、叫んだ口元から唾が飛ぶ。その度に噛み締めた奥歯が、抱きしめた体が震えて。

 

 ────二人に、ほんの少しだとしても良心があったのが救いだった。世間の目を気にする心があることが救いだった。別にね、ずっと二人とも〝こう〟ってわけじゃなかったんだよ。平和な家族として暮らせる日もあった。平和な家族を演じる日もあった。

 

 画面が変わる。打って変わって、片付いたリビング。三人が囲む机の上には、温かい料理があって。

 

 ────でもね、そこには愛なんて物はなかった。周りの目を気にしているだけ。世間体を気にしているだけ。幼い私でも察せられるくらいに、触れれば指先が凍ってしまうほどに、冷たい団欒だった。いつ崩れてもおかしくない・・・・・・それがわかっているから、私は二人の顔色を伺うしかなくて。

 

 温かい料理。温かい会話。けれどそれでも、幼いシオリの貼り付けたような笑顔は────とても冷たくて、寒々しい。

 

 ────あの場で食べた料理に味を感じたことはなかった。美味しいも、不味いも、私の中にはなかったんだよ。

 

 意識が浮上する。過ごしてきたシオリの日々が流れ込む。

 悲しい記憶。辛い記憶。家の中で過ごしてきたシオリの日々の中に安らぎはなくて。

 シオリが安らぎを感じているその瞬間は、全て物語や音楽の世界に逃避している時だけ。

 

「────、────」

 

 目を覚ます。地面の感覚が足裏に返って来る。瞼を開けば、目の前には朽ち果てた玉座があって。そこに座ったシオリと、目が合った。

「・・・・・・だからシオリは、世界を壊そうって思うの?」

「別に、それだけじゃないよ」

 視線が逃げていく。珍しい光景だ。いつもはおれの方が、根負けしたように視線を逸らしていくのに。

「この世界には先が見えない。常に私はそう思ってる────だけどさ、ヒカリもわかるでしょ? 私たち子供にとっての『世界』は、家だとか、身の回りの人間関係だけの話」

 それは、とてもわかる。おれも実感したことだ。

 世界滅亡だとか、そんなことより。朝起きて、準備をして学校に行って────そんな日々で手が一杯で、頭がいっぱいで。

「だから家が休まる場所ならそれで良かった。家族との会話が癒される物であればそれで良かった。世界滅亡の予言だとか、そんなのは関係なしに・・・・・・私の世界はとっくに終わってたし、とっくに歪んでたんだよ」

 その言葉も否定は出来ない。さっき見たシオリの今までの光景は、お世辞にも平和だとは言えなくて。

「いつか私に安らぎは訪れるかもしれない。平和な日々が訪れるかもしれない。・・・・・・けどその未来は明日かもしれないし、遠い先の未来かもしれない。いつかもわからない救いのために、地獄みたいな世界で生き続けるのはたくさんなんだよ、ヒカリ」

 初めて聞くシオリの声。泣きそうで、震えていて、弱々しくて。

 縋るようにおれの名前を呼ぶ声。

「アンタだって同じでしょう? ヒカリだって同じようなモンじゃん」

「見たんだ? おれのこと」

「・・・・・・見た。自分のこと語ろうとしないから、自分のことを一切話さないから」

 ビデオ屋で────モニターだらけの部屋で、リンさんたちが話していたこと。

 このホロウの成り立ちの考察。どうして世界滅亡の予言なんて眉唾めいた話が、ここまで街の人たちに浸透しているのか。

 シオリがホロウの主にされたかもしれない。その話を鵜呑みにするのなら、シオリが見せてきた過去の記憶のように。おれの過去の記憶を読み取ることも可能なのだろう。

 

 心の底から同情したような目。同意を待つような目。そこに乗った感情の色から、その言葉に嘘がないことはわかる。

 

「勝手に期待されて、勝手に裏切られて。親からも見限られてさ、辛いでしょ。苦しいでしょ。気持ちはわかるよ、私も同じようなモノだもん。だからさ────、」

 

 旧都陥落のあの日。避難所で何気なく親から浴びせられた言葉。

 

『あの時死んだのが、貴方だったらよかったのに────』

 

 それを、今でも覚えている。忘れられない。こびりついて離れてくれない。

 旧都陥落。あの日の出来事に対して、絶望感というか・・・・・・恐怖というか。そういった形での感情はあまりない。ただおれの中にあるのは、『確かにそうだな』と納得する気持ちだけ。

 誰もおれのことを求めていない。おれの世界に、おれの居場所はない。

「勝手にアンタの記憶を見たことは謝る。アンタのことが知りたかったんだ。同じところを見ている気がしたから。同じ視線と尺度で世界を見ている気がしたから。私とアンタは、同類だから」

「────、────」

「アンタと飲んだティーミルクは美味しかった。帰りに二人でつまんだポートエルピスのポテトは美味しくて仕方がなかった」

「おれもだよ」

「・・・・・・ッ、・・・・・・滅亡を望んでるのは私たちだけじゃない。世界のみんなが願ってる。世界の総意なんだ。このホロウを広げれば、簡単に世界は滅びると思う。だからさ、」

 震える手が伸びる。おれに縋るように。

 

「だからさ、一緒に来てよ────ヒカリ」

 

 ◇◆◇

 

「ふゥん・・・・・・」

 ホロウの膜を潜って、広がっていたのは朽ちた城。新エリー都ではお目にかかれない光景であるのと同時に。いや、それ以上に、

「・・・・・・目標値に達するまでが早いわね」

 このホロウが現れてからそろそろ一時間が経過しようとしている。他の『セフィラ』のホロウに比べて、サラが定めている目標値に達するのが早過ぎた。

 前回の『ケセド』が確か、ホストがあの場所に入ってから半年。内部のエーテル粒子の材質やこの風景を見た感じ、『セフィラ』のホロウと同質のものであることは間違いない。この差は一体、何なのか。

「ま、良いわ。こっち方面の難しいアレコレを考えるのは私の仕事ではないし」

 その辺のめんどくさいことを考えるのは彼女に任せておけば良い。私の本来の目的は彼女たちの初陣。並びに、戦闘データの採取。『セフィラ』の形成はあくまでもついでだ。

 彼女たちは既にホロウ内部に送っている。この場にはエーテリアスも現れるようだし、適当なエーテリアスと戦わせておけば十分なデータは取れるだろう。

 その『ついで』の案件を済ませるために適当に歩みを進める。気づけば私は、木々の生い茂る薄暗い森へと辿り着いていた。

 その中心に佇む小さな建物。扉を施錠していたであろう鎖と錠が、地面に落ちて居るのも見えた。

「不用心ねえ」

 施錠していたからには何かがある。このホロウを生み出した誰かにとって、見られたくない何か。それを暴きたい好奇心に駆られて、私は扉を潜り────その先の階段を下って、地下へと歩みを進めていく。

 階段が途切れ、そこに広がっていたのは薄暗い牢獄。そこに囚われた二人の人影の視線が、私に向いた。

「シオリ────」

「あら、残念。私はその子じゃないわ」

 そのシオリというのが誰かはわからないけど。私を見上げる視線が無様で情けなくて。思わず肩を揺らして笑みが溢れてしまった。

 私を見上げる二つの視線。そこに込められていた感情が、困惑から驚愕に変わる。

 

「おまえ、『シルバー』の・・・・・・!?」

「────へえ?」

 

 ああ、そう。この場に巻き込まれた一般人だというのなら、この人たちを使うのに遠慮の気持ちがあったけれど。

 私の顔を見るなりその名前が出てくるのなら、話が変わってくるわね。

「他の生き残りは居なかったはず・・・・・・何故、何故お前のような奴が」

研究者(アナタたち)って案外視野が狭いわよね。自分の研究対象のことしか見ていないから、かしら」

 檻の扉を開く。中に入っていく。

「因果応報────旧文明にはこんな言葉があったみたい。意味、知ってる?」

 懐から取り出すのは注射器。私を怯えたように見上げる男と、何もかもを諦めたように地面を無気力に見下ろす女。

 どっちにしようか迷ったけれど、まあ。この考える時間も勿体無いか。

「両方、で良いか。サラも無駄遣いとは言わないでしょうし────」

 二人の首に注射器を当てる。針を突き刺す。薬剤を体内に送り込んで、それで。

 

 醜い悲鳴を背中に聞きながら、私は牢屋を後にする。

 

「これで私の仕事はお終い、と」

 

 目が覚めた女と、男の何か言い合う声を聞きながら。

 

 最後の瞬間まで怒鳴りあって、口汚く罵り合って。

 本当に、研究職って愚かね。




この辺りからサビです。
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