P.ZZZ 虚満ちる、壊れた世界。   作:悠問追

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Chapter7『キミの為に。』

 

 対エーテリアスに於ける多対一とは違う。対人戦ともまた違う。彼女たち────私たち(クローン兵)を相手にする際は、意識する点はまた別。

 常に『常識外』を視野に入れなければならない。『あり得ない』はあり得ないのだ。私ができる事柄は、その大体は相手も出来ると思って行動しなければならない。

「とはいえ、新顔(この子達)が何処まで出来るのかはわからないけれど」

 目前の集団がそれぞれ戦闘態勢をとるのが見える。懐から愛銃────H&K P30Lを取り出し、その銃口を向けた。

 発砲。空薬莢が宙を舞い、隊列の先頭・・・・・・サーベルを持った近接兵が飛来する弾丸を叩き落とし、地面に着弾したらしく土埃が立つ。

 反応速度は上々。目も良い。立て続けに発砲したソレらも寸分違わず切り落とし、叩き落とし、着弾を避け続けている。

 前衛であるサーベルを持った個体が五体。アサルトライフルを持った後衛個体が十体。その銃口がこちらに向くのが見えて、銃を左手に持ち替え右手で腰元のナタを引き抜いた。

「四、三、二、一、────」

 残弾が減っていく。スライドが引き下がったまま停止し、ソレを視認した前衛の一体が駆け出すのが見えた。

 同時に後衛部隊の発砲。降り注ぐ弾丸の雨、そのうち着弾するモノをナタで弾き、目の前でサーベルを振りかぶった個体に意識を割きながら辺りを見回す。

 城のエントランス。あちこちに瓦礫が転がって居るのが見えて、遮蔽物には困りそうにない。

 リリースボタンを押下し滑り落ちた空マガジンを蹴り上げる。

「────、────ッ、」

 目の前の前衛個体の額に直撃し、生まれた一瞬の隙。腹部を蹴り飛ばすと、そのまま手近な瓦礫の後ろへ転がり込む。

 背後の瓦礫に無数の弾丸がぶつかる音。ソレを聞きながら新しいマガジンを装填し、首元からバイザーを引き上げ装着。

 そのまま懐から取り出したグレネードのピンを外して瓦礫から飛び出し、

「残念、煙幕(スモーク)よ」

 投擲したソレが的確に撃ち抜かれた。辺りに充満する白い煙。それでも私は、バイザーに備え付けられたサーモグラフィー機能で、相手の位置が把握できている。

 

 ────駆ける。足音を殺す。

 

 前衛個体のサーベルを叩き落とし、両腕の筋を切り落とし、腹部を強く踏み抜き意識を奪う。

「相手の出方を伺い、実力を探ってから殲滅に動く。判断は悪くないわ」

 銃身を斬り分け、首元を強く掴み地面に叩きつけ、

「・・・・・・けど、実戦経験が浅すぎるわね。まだ甘い」

 

 懐かしい感覚。

 

「戦場に出るにはまだ足らない」

 

 ────懐かしい、感覚。

 

 ありし日の記憶を映した鏡を見ているようだった。

 同時に、私の中に僅かに燻る炎へ、薪が焚べられていくような。

 

 かつての仲間の動向の調査と、その殲滅。

 

 その仕事は私でなくとも良い。最悪、それを為すのは私でなくとも良い。

 

「ペナルティは────そうね。腕立て百回、とでもしておこうかしら」

 

 まだこの場所に、まだこの世界に。私にしか出来ないことがあったとはね。

 

 煙が晴れる。視界が晴れる。そこにあるのは、無力化されて倒れ伏すクローン兵。

 

「鎮圧完了。目標地点に────、」

 

 ◇◆◇

 

「だからさ、一緒に来てよ────ヒカリ」

 

 手が差し伸べられる。震える手が、おれに向かって。

 その掌から視線を上げれば、複雑な感情に歪んだシオリの口元が見える。

 

 おれは、この表情を知っている。

 

 鏡で何度となく見て────おれがこの人生で、何度となく浮かべた表情だ。

 拒否される恐怖。差し伸べた手を払いのけられる恐怖。自分に自信がないからこそ、自分の手を取ってもらえるという確信がなくて。

 ああ、確かに。おれとシオリは似たもの同士なのかもしれない。

 けれど、見ているところはきっと違う。

 

『それに、ね。前向きな思考じゃないと行きたい場所に辿り着けないもん。時には遠回りも必要かもしれない。だけど、目的地はきっと後ろには無い。だから、かなあ・・・・・・』

 

 あの時のリンさんの言葉に、確かにと思った。

 おれたちが進むべき道は後ろにはない。前にしかない。

 

「・・・・・・もっと早く、別のことでおれを頼って欲しかったな」

「────え?」

 

 おれたちは前に進むしかない。どんなに苦しくて、どんなに先が見えなくとも。

 だから、

 

「ごめんね、シオリ。おれは、その手は取れない」

 

 だから、おれは。シオリの手は取れないし、その言葉には同意できない。その思想にはついていけない。

 おれの言葉を聞いたシオリの瞳が揺れる。歪んだ口元が開かれ、小さく呼吸を繰り返す音が聞こえた。

「なん、で」

 その問いに、おれは応えない。

「なんで、なんでよ。いつもは他人本位の癖に、なんで────なんでこんな時だけ」

「こんな時だからこそ、だよ」

「いつもみたいに、私が喜ぶかどうかで・・・・・・」

 シオリの視線が涙に揺れる。伸ばした手が、強く握られるのが見える。

 その全てからおれは、決して目を離さない。

「シオリは本当に、この世界の滅亡を望んでいるかもしれない。手を取れば喜ぶかもしれない。だけどおれは、その手を取れないよ」

「こんな世界、続ける意味なんて無いでしょ!? どうせ私が手を出さずとも、明日には滅んでるかもしれない。先は見えない。進む先には闇しか見えない────こんな世の中で、頑張る理由なんて、」

「けど、それは頑張らない理由にはならない」

「────ッ、!」

 それはあくまでも受け売りだ。おれの言葉じゃ無い。

 

 だけど、こんな世界でも前向きに頑張る人がいた。負けてたまるかと、奥歯を噛み締めて歩みを進める人がいた。

 

 そんな人におれは胸を打たれた。立派だと思った。

 その気持ちは間違いなんかじゃ無いし、間違いなくおれの感情。おれの気持ち。

 

 シオリが真っ向から破滅への願望や欲望をぶつけてくるのなら。おれも、本気で自分の気持ちで語らわなければならない。

「明日が見えない。それは確かにそうだと思う。だけど、だからこそ・・・・・・蓋を開けてみないとわからないでしょ。今日より酷い明日かもしれない。だけど今日より、より良い明日かもしれない」

「そんなの屁理屈・・・・・・」

「屁理屈かもね。でもさ、明日をより良いものにしようって頑張る人たちも居るんだよ」

 シオリが死んだかもしれない、もう会えないかもしれない。そう思い込んで────全てに絶望して。

 

『私は『レイン』────キミから見て、だいぶ不審者かもしれないけど・・・・・・多分、今一番キミの力になれると思うよ』

 

 蹲るおれに、手を差し伸べてくれる人がいた。

 

『そうだよ。こんな世界だからこそ、ちゃんと明日を迎える勇気や気力を持った人たちには、何かしらの目的があるはず。成したいことがあるはず。それに向かって歩いていく大変さを私は知ってるし、嫌というほど自覚してる。だからその手伝いをしたいなって、そう思う気持ちがあるからかな』

 

 おれの手を握って、光の当たる場所へ連れ出そうとしてくれる人がいた。

 

『だってそうやろ? 別に他にもっと辛い思いしてる奴が居る、とか言うつもりはない。誰しも自分が背負ってる荷物が一番重たいモンやし、キミらのことを詳しく知っとるワケと(ちゃ)う。けどな、キミらはまだ『これから』なんよ』

 

 おれの為を思って、まっすぐに言葉をぶつけてくれる人が居た。

 

 その誰もが悲観的な考え方はせず、誰もが決まって未来()を希望に満ちた目で見つめていた。

「破滅の未来は多くの人が望む未来なのかもしれない。世界の総意と言っても過言じゃないのかもしれない。シオリには今何が見えていて、何を感じているのかはわからない────だけど、だけど・・・・・・ッ!」

 

 シオリが音楽に代弁を求めるように。物語に拠り所を求めるように。

 

 おれは、あの人たちに胸を打たれたのだ。

 おれも、こう在りたいと思った。こう生きていたいと思った。

 

「おれは────、」

 

 おれの望むこと。おれが求める未来の形。

 おれが目指すべき場所。

 

「おれは、シオリと居る『明日』が欲しいから」

 

 世界が滅びるかもしれない、という絶望以上に。当たり前に来ていた『明日』が訪れないかもしれない、と思う以上に。

 シオリを失ったかもしれない────もう彼女に会えないかもしれない。その恐怖の方が、よっぽど怖くて痛かった。

 

「劇的な何かが起きなくても良い。何気ない『明日』で良いんだ。いつも通り学校に一緒に行って、たまにサボったりして・・・・・・帰りにポートエルピスでポテトを買って、ルミナスクエアでティーミルクを買って。たまに本屋でキミのオススメの本を買って。その後で、『また明日』って言い合って別れる」

「っ・・・・・・」

「そんな毎日で良い。そんな明日が良い。おれは、そんな毎日が欲しいんだ。当たり前の毎日が・・・・・・シオリが隣に居てくれる毎日がおれの支えだから。これからも、そうあって欲しいと思ってるから」

 おれが放った言葉の全てに嘘はない。心の底からの本心だ。

 ずっと言えなかった言葉の羅列。意思を形にすることを恐れて言えなかった言葉の数々。

 正直な言葉。飾り気のない感情。

 

 ずっと繰り返されてきた毎日が大事だった。隣に居てくれたキミが大事で堪らなかった。

 

 だから、

 

「だからおれは、シオリの手は取れない。破滅の明日は────世界滅亡なんて、要らない」

 

 空を掴んで、小さく震えていたシオリの掌が自身の膝に落ちる。項垂れ、俯かれた視線は変わらずおれには向かない。表情は読めない。

「・・・・・・案外性格悪いんだね、アンタ。私の全部を見て、私の今までを見て。それでも、こんな苦しくて仕方ない毎日を生きろって言うんだ? ずっと苦しめって言うんだね」

「そうだね、案外おれは性格が悪いらしい。おれはシオリと一緒に生きて欲しい。シオリと一緒に、明日に行きたい。その為なら、おれはシオリと一緒に苦しむし・・・・・・一緒に幸せになれる方法を探すよ」

 だけどもう止まれない。止まる気はない。一度吐き出した言葉は取り消せないし。

「・・・・・・なんでそんな、私の為に」

「何でって────」

 ・・・・・・随分とつまらないことを聞くな。そんなの、答えはわかりきってるのに。

 

「シオリのことが好きだからに決まってるじゃんか」

「・・・・・・・・・・・・は?」

 

 ようやくシオリの視線がおれに向く。鳩が豆鉄砲を食ったような目でおれを見つめた後で。みるみるうちに顔が赤く染まり、また視線があちこちに泳ぐ。表情の変化が忙しくて、見てるだけで面白い。

「え、あ。え?」

「おれはシオリのことが好き。シオリの居る毎日が愛おしいと思う。だから一緒に生きて欲しい」

「いや、いやいやいやいや。今? 今じゃないでしょそういうのって」

「こういうのにタイミングって別になくない?」

「うっさい、くそトカゲ!!」

 ようやく視線が絡む。ようやく、言葉が届いた気がする。

 だから一歩。前に進んで、

「苦しみは一緒に背負う。悲しいなら一緒に泣く。だから、おれと一緒に生きて欲しい」

 真っ直ぐに。瞳を見つめて、今度はこちらから手を差し伸ばして真っ直ぐな言葉をぶつける。

 これはきっと、シオリと一緒に暮らしてきて、初めて放った自分本位の言葉。

 

 キミの為に。自分の為に、放った我儘だ。

 

 沈黙がある。迷うように視線は泳ぎ、その後でシオリは大きなため息を吐き出して。玉座を立ち上がると、

 

「・・・・・・ホンット、最悪の気分」

「ごめんね、こんな我儘ばかり言って」

「本当にね。でも多分、それはお互い様」

 

 恐る恐る、おれの手を握ろうと。シオリの手が伸びた。

 それを、握ろうとした瞬間────、

 

「わかったよ。アンタと一緒に生きて────、」

 

 シオリの顔が、苦痛に歪んだ。

 

 ◇◆◇

 

 胸の内から出ていった黒い靄が全て舞い戻るような。

 ずっと胸の内に秘めていた痛みが蒸し返されるような。

 肺が、心臓が、体の全てが悲鳴を上げて。痛みを伴って、恐怖が、希死念慮が、絶望が────軍を成して襲ってくる。

 

『本当に許されると思ってるの?』

 

 私の黒い感情の集合体。暗い感情の坩堝。

 冷たい目をした私が玉座に座り、私を見下ろしていた。

 

『貴女は破滅の未来に指をかけた。ここまで進めておいて、『もう辞めです』とか。許されると思う?』

 

 ・・・・・・私の心に差した光を、否定するように。

 

『誰かに認められたかったんでしょう? 貴女のシナリオで滅びるなら良いじゃない。物書きとしてこれ以上にない幸せでしょう?』

「────ゔ、」

『辛くて苦しくて仕方ない明日を繰り返すの? どうせ誰かひとりが隣にいた所で何も変わらない。また耳を塞いで、物語の世界に逃げ込む日々に逆戻り。本当にそれで良いの?』

「それ、は────、」

 

 ずっと胸の中に『怖い』がある。胸の真ん中に穴が空いたような感覚がある。

 いくら幸せを注ぎ込んだ所で満たされず、注いだ瞬間溢れていって。私は一生満たされない。

 

 生きることは虚しいことだ。

 

 何かに怯えるような感覚。何かに追われるような感覚。明確な理由が無い不安。言語化ができないからこそ、向き合うのすら難しくて。

 

 逃げたくて仕方なくて、堪らなくて。この世の全てから解放されたい。

 

 でも、それでも────。

 

 ◇◆◇

 

 王座の間。朽ち果てたその玉座の前に蹲る少女────シオリの身体に、無数の黒い靄が纏わり付く。

 それは新エリー都各地から彼女に集められた破滅願望や滅びへの『希望』と言った暗い感情であり、その濃度と勢いから、彼女が書き連ねた破壊のシナリオへ、どれだけの賛同が向けられたかが解る。

 

 逃れることは許さない。おまえは私/俺/僕の代弁者であると。それはまるで、玉座から逃げようとする彼女を縛り付けている様であった。

 

 世界は先導者を求めている。関節が外れ、基盤が歪み、傾き始めたこの世界は、自分では無い誰かの手によって起こされる破滅を望んでいる。

 

 誰しも手は汚したく無いからこそ。世の中に蔓延る悪意と破滅を、彼女に押し付けた。

 

 それは宛ら無辜の王である。しかし、それを────、

 

「おれを信じて、シオリ!」

 

 ────それを、許さない者が居た。

 

 この場に於いて一番に彼女を思う者であり、世界の悪意に歯向かう者であり、彼女と共に歩くと決めた、トカゲの少年・・・・・・ヒカリである。

 

 強く彼女の手を握る。暴風を伴いシオリの周囲を吹き荒ぶ靄に飛ばされぬように。歯を食いしばり、地を踏み締め、視線は決して彼女から外さずに。

「信じて、シオリ! おれはシオリと一緒に生きたい。シオリと一緒の明日に行きたい! それに、初めて読むキミの話は・・・・・・バッドエンドより、ハッピーエンドが良いんだ。だから、だから────」

 

 声を掻き消すほどの暴風の中。

 

「────信じて!!」

「・・・・・・信じ、る。助けて────!」

 

 明確な約束が、交わされた。

 

 黒い靄が部屋の全体に広がり姿を変える。無数のエーテリアスへと変貌し、王の誕生を進めるべく、牙を、腕を、各々の武器たる身体を構えて、ヒカリを殲滅せんと殺意と敵意を向けた。

 

 しかし、変化はヒカリにもある。

 

 ────否。それは、『変化』ではなく『孵化』のようであった。

 

 卵殻のような膜に包まれ、その内部に────赤黒い炎が巻き起こる。

 

 ヒカリの一族────タツミ家はその実、トカゲの血を継ぐ家系ではなく。竜の血を継ぐ一族であった。

 世代を追うごとに神秘は科学により淘汰され、『ドラゴンなんて空想の生き物だ』という認知によって歪まされ、世界の帳尻合わせによりトカゲの血へと成り果てた。

 彼に向けられる初対面での誤解は、彼の中に残る僅かな残り火。そこから発せられる気配を察知し、僅かな期待を寄せるからこそ。

 

 このホロウに於いて、主人はシオリ・カンザキであり。彼女の認知や認識は絶対である。

 

 シオリ自身がヒカリを『この絶望から救い出してくれる』と信じたからこそ。救世主だと認めたからこそ────彼の血に僅かに残った、神秘の残り火が燃え昂る。

 

 卵殻を翼と炎が突き破る。羽ばたきはこの部屋に満ちた陰鬱な空気を吹き飛ばす。

 

 薄い皮膜の張った両翼。両腕から頰にかけてびっしりと並んだ赤黒い鱗。同色の炎は襲い来るエーテリアスを焼き尽くし、天井まで高く飛ぶその姿は、

 

「全部燃やし尽くして、全部吹き飛ばして────絶対にシオリを助けるから。そこで見てて」

 

 紛れもなく、物語や伝説に登場する架空生物。神秘の集合体である、竜だった。

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