対エーテリアスに於ける多対一とは違う。対人戦ともまた違う。彼女たち────
常に『常識外』を視野に入れなければならない。『あり得ない』はあり得ないのだ。私ができる事柄は、その大体は相手も出来ると思って行動しなければならない。
「とはいえ、
目前の集団がそれぞれ戦闘態勢をとるのが見える。懐から愛銃────H&K P30Lを取り出し、その銃口を向けた。
発砲。空薬莢が宙を舞い、隊列の先頭・・・・・・サーベルを持った近接兵が飛来する弾丸を叩き落とし、地面に着弾したらしく土埃が立つ。
反応速度は上々。目も良い。立て続けに発砲したソレらも寸分違わず切り落とし、叩き落とし、着弾を避け続けている。
前衛であるサーベルを持った個体が五体。アサルトライフルを持った後衛個体が十体。その銃口がこちらに向くのが見えて、銃を左手に持ち替え右手で腰元のナタを引き抜いた。
「四、三、二、一、────」
残弾が減っていく。スライドが引き下がったまま停止し、ソレを視認した前衛の一体が駆け出すのが見えた。
同時に後衛部隊の発砲。降り注ぐ弾丸の雨、そのうち着弾するモノをナタで弾き、目の前でサーベルを振りかぶった個体に意識を割きながら辺りを見回す。
城のエントランス。あちこちに瓦礫が転がって居るのが見えて、遮蔽物には困りそうにない。
リリースボタンを押下し滑り落ちた空マガジンを蹴り上げる。
「────、────ッ、」
目の前の前衛個体の額に直撃し、生まれた一瞬の隙。腹部を蹴り飛ばすと、そのまま手近な瓦礫の後ろへ転がり込む。
背後の瓦礫に無数の弾丸がぶつかる音。ソレを聞きながら新しいマガジンを装填し、首元からバイザーを引き上げ装着。
そのまま懐から取り出したグレネードのピンを外して瓦礫から飛び出し、
「残念、
投擲したソレが的確に撃ち抜かれた。辺りに充満する白い煙。それでも私は、バイザーに備え付けられたサーモグラフィー機能で、相手の位置が把握できている。
────駆ける。足音を殺す。
前衛個体のサーベルを叩き落とし、両腕の筋を切り落とし、腹部を強く踏み抜き意識を奪う。
「相手の出方を伺い、実力を探ってから殲滅に動く。判断は悪くないわ」
銃身を斬り分け、首元を強く掴み地面に叩きつけ、
「・・・・・・けど、実戦経験が浅すぎるわね。まだ甘い」
懐かしい感覚。
「戦場に出るにはまだ足らない」
────懐かしい、感覚。
ありし日の記憶を映した鏡を見ているようだった。
同時に、私の中に僅かに燻る炎へ、薪が焚べられていくような。
かつての仲間の動向の調査と、その殲滅。
その仕事は私でなくとも良い。最悪、それを為すのは私でなくとも良い。
「ペナルティは────そうね。腕立て百回、とでもしておこうかしら」
まだこの場所に、まだこの世界に。私にしか出来ないことがあったとはね。
煙が晴れる。視界が晴れる。そこにあるのは、無力化されて倒れ伏すクローン兵。
「鎮圧完了。目標地点に────、」
◇◆◇
「だからさ、一緒に来てよ────ヒカリ」
手が差し伸べられる。震える手が、おれに向かって。
その掌から視線を上げれば、複雑な感情に歪んだシオリの口元が見える。
おれは、この表情を知っている。
鏡で何度となく見て────おれがこの人生で、何度となく浮かべた表情だ。
拒否される恐怖。差し伸べた手を払いのけられる恐怖。自分に自信がないからこそ、自分の手を取ってもらえるという確信がなくて。
ああ、確かに。おれとシオリは似たもの同士なのかもしれない。
けれど、見ているところはきっと違う。
『それに、ね。前向きな思考じゃないと行きたい場所に辿り着けないもん。時には遠回りも必要かもしれない。だけど、目的地はきっと後ろには無い。だから、かなあ・・・・・・』
あの時のリンさんの言葉に、確かにと思った。
おれたちが進むべき道は後ろにはない。前にしかない。
「・・・・・・もっと早く、別のことでおれを頼って欲しかったな」
「────え?」
おれたちは前に進むしかない。どんなに苦しくて、どんなに先が見えなくとも。
だから、
「ごめんね、シオリ。おれは、その手は取れない」
だから、おれは。シオリの手は取れないし、その言葉には同意できない。その思想にはついていけない。
おれの言葉を聞いたシオリの瞳が揺れる。歪んだ口元が開かれ、小さく呼吸を繰り返す音が聞こえた。
「なん、で」
その問いに、おれは応えない。
「なんで、なんでよ。いつもは他人本位の癖に、なんで────なんでこんな時だけ」
「こんな時だからこそ、だよ」
「いつもみたいに、私が喜ぶかどうかで・・・・・・」
シオリの視線が涙に揺れる。伸ばした手が、強く握られるのが見える。
その全てからおれは、決して目を離さない。
「シオリは本当に、この世界の滅亡を望んでいるかもしれない。手を取れば喜ぶかもしれない。だけどおれは、その手を取れないよ」
「こんな世界、続ける意味なんて無いでしょ!? どうせ私が手を出さずとも、明日には滅んでるかもしれない。先は見えない。進む先には闇しか見えない────こんな世の中で、頑張る理由なんて、」
「けど、それは頑張らない理由にはならない」
「────ッ、!」
それはあくまでも受け売りだ。おれの言葉じゃ無い。
だけど、こんな世界でも前向きに頑張る人がいた。負けてたまるかと、奥歯を噛み締めて歩みを進める人がいた。
そんな人におれは胸を打たれた。立派だと思った。
その気持ちは間違いなんかじゃ無いし、間違いなくおれの感情。おれの気持ち。
シオリが真っ向から破滅への願望や欲望をぶつけてくるのなら。おれも、本気で自分の気持ちで語らわなければならない。
「明日が見えない。それは確かにそうだと思う。だけど、だからこそ・・・・・・蓋を開けてみないとわからないでしょ。今日より酷い明日かもしれない。だけど今日より、より良い明日かもしれない」
「そんなの屁理屈・・・・・・」
「屁理屈かもね。でもさ、明日をより良いものにしようって頑張る人たちも居るんだよ」
シオリが死んだかもしれない、もう会えないかもしれない。そう思い込んで────全てに絶望して。
『私は『レイン』────キミから見て、だいぶ不審者かもしれないけど・・・・・・多分、今一番キミの力になれると思うよ』
蹲るおれに、手を差し伸べてくれる人がいた。
『そうだよ。こんな世界だからこそ、ちゃんと明日を迎える勇気や気力を持った人たちには、何かしらの目的があるはず。成したいことがあるはず。それに向かって歩いていく大変さを私は知ってるし、嫌というほど自覚してる。だからその手伝いをしたいなって、そう思う気持ちがあるからかな』
おれの手を握って、光の当たる場所へ連れ出そうとしてくれる人がいた。
『だってそうやろ? 別に他にもっと辛い思いしてる奴が居る、とか言うつもりはない。誰しも自分が背負ってる荷物が一番重たいモンやし、キミらのことを詳しく知っとるワケと
おれの為を思って、まっすぐに言葉をぶつけてくれる人が居た。
その誰もが悲観的な考え方はせず、誰もが決まって
「破滅の未来は多くの人が望む未来なのかもしれない。世界の総意と言っても過言じゃないのかもしれない。シオリには今何が見えていて、何を感じているのかはわからない────だけど、だけど・・・・・・ッ!」
シオリが音楽に代弁を求めるように。物語に拠り所を求めるように。
おれは、あの人たちに胸を打たれたのだ。
おれも、こう在りたいと思った。こう生きていたいと思った。
「おれは────、」
おれの望むこと。おれが求める未来の形。
おれが目指すべき場所。
「おれは、シオリと居る『明日』が欲しいから」
世界が滅びるかもしれない、という絶望以上に。当たり前に来ていた『明日』が訪れないかもしれない、と思う以上に。
シオリを失ったかもしれない────もう彼女に会えないかもしれない。その恐怖の方が、よっぽど怖くて痛かった。
「劇的な何かが起きなくても良い。何気ない『明日』で良いんだ。いつも通り学校に一緒に行って、たまにサボったりして・・・・・・帰りにポートエルピスでポテトを買って、ルミナスクエアでティーミルクを買って。たまに本屋でキミのオススメの本を買って。その後で、『また明日』って言い合って別れる」
「っ・・・・・・」
「そんな毎日で良い。そんな明日が良い。おれは、そんな毎日が欲しいんだ。当たり前の毎日が・・・・・・シオリが隣に居てくれる毎日がおれの支えだから。これからも、そうあって欲しいと思ってるから」
おれが放った言葉の全てに嘘はない。心の底からの本心だ。
ずっと言えなかった言葉の羅列。意思を形にすることを恐れて言えなかった言葉の数々。
正直な言葉。飾り気のない感情。
ずっと繰り返されてきた毎日が大事だった。隣に居てくれたキミが大事で堪らなかった。
だから、
「だからおれは、シオリの手は取れない。破滅の明日は────世界滅亡なんて、要らない」
空を掴んで、小さく震えていたシオリの掌が自身の膝に落ちる。項垂れ、俯かれた視線は変わらずおれには向かない。表情は読めない。
「・・・・・・案外性格悪いんだね、アンタ。私の全部を見て、私の今までを見て。それでも、こんな苦しくて仕方ない毎日を生きろって言うんだ? ずっと苦しめって言うんだね」
「そうだね、案外おれは性格が悪いらしい。おれはシオリと一緒に生きて欲しい。シオリと一緒に、明日に行きたい。その為なら、おれはシオリと一緒に苦しむし・・・・・・一緒に幸せになれる方法を探すよ」
だけどもう止まれない。止まる気はない。一度吐き出した言葉は取り消せないし。
「・・・・・・なんでそんな、私の為に」
「何でって────」
・・・・・・随分とつまらないことを聞くな。そんなの、答えはわかりきってるのに。
「シオリのことが好きだからに決まってるじゃんか」
「・・・・・・・・・・・・は?」
ようやくシオリの視線がおれに向く。鳩が豆鉄砲を食ったような目でおれを見つめた後で。みるみるうちに顔が赤く染まり、また視線があちこちに泳ぐ。表情の変化が忙しくて、見てるだけで面白い。
「え、あ。え?」
「おれはシオリのことが好き。シオリの居る毎日が愛おしいと思う。だから一緒に生きて欲しい」
「いや、いやいやいやいや。今? 今じゃないでしょそういうのって」
「こういうのにタイミングって別になくない?」
「うっさい、くそトカゲ!!」
ようやく視線が絡む。ようやく、言葉が届いた気がする。
だから一歩。前に進んで、
「苦しみは一緒に背負う。悲しいなら一緒に泣く。だから、おれと一緒に生きて欲しい」
真っ直ぐに。瞳を見つめて、今度はこちらから手を差し伸ばして真っ直ぐな言葉をぶつける。
これはきっと、シオリと一緒に暮らしてきて、初めて放った自分本位の言葉。
キミの為に。自分の為に、放った我儘だ。
沈黙がある。迷うように視線は泳ぎ、その後でシオリは大きなため息を吐き出して。玉座を立ち上がると、
「・・・・・・ホンット、最悪の気分」
「ごめんね、こんな我儘ばかり言って」
「本当にね。でも多分、それはお互い様」
恐る恐る、おれの手を握ろうと。シオリの手が伸びた。
それを、握ろうとした瞬間────、
「わかったよ。アンタと一緒に生きて────、」
シオリの顔が、苦痛に歪んだ。
◇◆◇
胸の内から出ていった黒い靄が全て舞い戻るような。
ずっと胸の内に秘めていた痛みが蒸し返されるような。
肺が、心臓が、体の全てが悲鳴を上げて。痛みを伴って、恐怖が、希死念慮が、絶望が────軍を成して襲ってくる。
『本当に許されると思ってるの?』
私の黒い感情の集合体。暗い感情の坩堝。
冷たい目をした私が玉座に座り、私を見下ろしていた。
『貴女は破滅の未来に指をかけた。ここまで進めておいて、『もう辞めです』とか。許されると思う?』
・・・・・・私の心に差した光を、否定するように。
『誰かに認められたかったんでしょう? 貴女のシナリオで滅びるなら良いじゃない。物書きとしてこれ以上にない幸せでしょう?』
「────ゔ、」
『辛くて苦しくて仕方ない明日を繰り返すの? どうせ誰かひとりが隣にいた所で何も変わらない。また耳を塞いで、物語の世界に逃げ込む日々に逆戻り。本当にそれで良いの?』
「それ、は────、」
ずっと胸の中に『怖い』がある。胸の真ん中に穴が空いたような感覚がある。
いくら幸せを注ぎ込んだ所で満たされず、注いだ瞬間溢れていって。私は一生満たされない。
生きることは虚しいことだ。
何かに怯えるような感覚。何かに追われるような感覚。明確な理由が無い不安。言語化ができないからこそ、向き合うのすら難しくて。
逃げたくて仕方なくて、堪らなくて。この世の全てから解放されたい。
でも、それでも────。
◇◆◇
王座の間。朽ち果てたその玉座の前に蹲る少女────シオリの身体に、無数の黒い靄が纏わり付く。
それは新エリー都各地から彼女に集められた破滅願望や滅びへの『希望』と言った暗い感情であり、その濃度と勢いから、彼女が書き連ねた破壊のシナリオへ、どれだけの賛同が向けられたかが解る。
逃れることは許さない。おまえは私/俺/僕の代弁者であると。それはまるで、玉座から逃げようとする彼女を縛り付けている様であった。
世界は先導者を求めている。関節が外れ、基盤が歪み、傾き始めたこの世界は、自分では無い誰かの手によって起こされる破滅を望んでいる。
誰しも手は汚したく無いからこそ。世の中に蔓延る悪意と破滅を、彼女に押し付けた。
それは宛ら無辜の王である。しかし、それを────、
「おれを信じて、シオリ!」
────それを、許さない者が居た。
この場に於いて一番に彼女を思う者であり、世界の悪意に歯向かう者であり、彼女と共に歩くと決めた、トカゲの少年・・・・・・ヒカリである。
強く彼女の手を握る。暴風を伴いシオリの周囲を吹き荒ぶ靄に飛ばされぬように。歯を食いしばり、地を踏み締め、視線は決して彼女から外さずに。
「信じて、シオリ! おれはシオリと一緒に生きたい。シオリと一緒の明日に行きたい! それに、初めて読むキミの話は・・・・・・バッドエンドより、ハッピーエンドが良いんだ。だから、だから────」
声を掻き消すほどの暴風の中。
「────信じて!!」
「・・・・・・信じ、る。助けて────!」
明確な約束が、交わされた。
黒い靄が部屋の全体に広がり姿を変える。無数のエーテリアスへと変貌し、王の誕生を進めるべく、牙を、腕を、各々の武器たる身体を構えて、ヒカリを殲滅せんと殺意と敵意を向けた。
しかし、変化はヒカリにもある。
────否。それは、『変化』ではなく『孵化』のようであった。
卵殻のような膜に包まれ、その内部に────赤黒い炎が巻き起こる。
ヒカリの一族────タツミ家はその実、トカゲの血を継ぐ家系ではなく。竜の血を継ぐ一族であった。
世代を追うごとに神秘は科学により淘汰され、『ドラゴンなんて空想の生き物だ』という認知によって歪まされ、世界の帳尻合わせによりトカゲの血へと成り果てた。
彼に向けられる初対面での誤解は、彼の中に残る僅かな残り火。そこから発せられる気配を察知し、僅かな期待を寄せるからこそ。
このホロウに於いて、主人はシオリ・カンザキであり。彼女の認知や認識は絶対である。
シオリ自身がヒカリを『この絶望から救い出してくれる』と信じたからこそ。救世主だと認めたからこそ────彼の血に僅かに残った、神秘の残り火が燃え昂る。
卵殻を翼と炎が突き破る。羽ばたきはこの部屋に満ちた陰鬱な空気を吹き飛ばす。
薄い皮膜の張った両翼。両腕から頰にかけてびっしりと並んだ赤黒い鱗。同色の炎は襲い来るエーテリアスを焼き尽くし、天井まで高く飛ぶその姿は、
「全部燃やし尽くして、全部吹き飛ばして────絶対にシオリを助けるから。そこで見てて」
紛れもなく、物語や伝説に登場する架空生物。神秘の集合体である、竜だった。