『ヒカリくんが────!』
リンが言い終えるよりも早く。誰が動き出すよりも速く。地を蹴り、駆け出し、道を塞ぐ有象無象を切り捨てながら前へ、前へ。
尾に弾き飛ばされたヒカリを上空で受け止め、地面との距離を確認。十分に、この程度の高さと勢いなら耐えられる。
自身の身体を下敷きに。瓦礫の山へと飛び込み、衝撃を堪えるために奥歯を噛み締め、
「ハリンさ・・・・・・、」
「ごめんなさい。貴方の限界を見誤ったわ」
懐からスタングレネードのピンを抜き、目の前に放り投げる。
追撃をしないはずがない。この場で一番の脅威────ヒカリを仕留めるチャンスであれば、尚のこと。
視界の向こうで大きく口を開く双頭。その目前に放り投げられたスタングレネード。起爆の瞬間に強く目を瞑り、顔を背け、ヒカリの顔を庇うように抱いた。
「▃▄▄▟▞▟▜▞▂▇█ッ、!!」
視界が少し明滅している。けれど肩を担ぎ、身体を引きずるように四肢の間を通り抜け背後へ。一旦距離を取るのが最優先。
「まだ戦える?」
「は、はい────ちょっとしんどいですけど」
「そう・・・・・・よくやったわ」
良かった、私の言葉も届いている。鼓膜は無事。
けれど、その表情には無理が見て取れた。きっとこの形態変化も永続なものでは無いのだろう。
一瞬『限界』に指先を掠め、気力で無理やり引き戻したような。
「おれのことは良いんです。そんなことより、ええと・・・・・・多分、アイツ・・・・・・おれの炎が、弱点です」
「・・・・・・根拠は?」
「根拠、ですか。おれ、アイツの喉仏を爪で斬ったんです。その傷は殆ど完治しているのに、一番初めに浴びせた炎と、アイツの口の中に放った火炎弾。その火傷の痕は全然再生が進んで無いんです」
言われて、未だに視力を失ったまま、私たちを探すように辺りを見回す豹に視線をやる。
確かにその喉仏には目立った外傷はなく、ソレに比べて全身の毛を焼き尽くすような火傷痕が見て取れた。先程スタングレネードの起爆の瞬間にも、口の中に爛れたような傷があった記憶も。
「よく見ているわね。戦場で重要な心構えよ」
「こ、この状態だと視力も良くなるみたいで・・・・・・たまたまです。けど、ありがとうございます」
言いながら、ヒカリは私から身体を離し。自らの足で地面を踏み締め、身体の調子を確かめるように肩を回す。
彼の炎が弱点。有効打。であれば、彼を主力に添えて私がサポートに回る形が一番いいだろう。私がアレの足元で撹乱し、炎を浴びせるだけの時間と隙を生み出す。勝利に一番近い道筋はきっとソレだ。けれど、
「ヒカリ。あとどれくらい、炎を吐ける? ・・・・・・いえ。どれくらい、その状態を維持できるかしら?」
「え、あ────わからない、です。でも炎を吐くたび、ゴリって体力が削られていく感覚が、あります」
なるほど。原理こそはわからないが、吐き出された炎は彼の内部の何か────その竜状態を維持するのに必要なものを使って生み出されているのだろう。
最悪なのは、鎮圧作戦中にその竜化が切れること。しかし彼には頼らざるを得ない。どうしたものか。
「えっと、そこの────バイザーの人!!」
そんな私の思考を遮る声がする。肩越しに振り返れば、ボンプ────リンとシオリが、私たちに駆け寄ってくるのが見えた。
「ハリンよ」
「ああ、はい。じゃあハリンさん・・・・・・二人の話は聞かせてもらいました。えっと、さっきエーテリアスと戦っていた時、その・・・・・・ナタ? から炎を出してましたよね。それって、どういう仕掛けになってるんですか?」
「? 柄の部分に取り付けられたトリガーを引くと、内部のエーテル粒子発生機構が火打石に────」
「あー、あー、細かいアレコレを聞きたいわけじゃ無いんですごめんなさい。むしろ、想像にノイズが入るのでそこまでで・・・・・・」
話の流れがイマイチ読めない。
「周囲の炎を取り込んで、放出できるような機能とかありませんか?」
「・・・・・・無いわね」
「じゃあ、作りましょう!」
「・・・・・・?」
「えーっと、そのですね・・・・・・説明が難しいな」
思考が纏まらないかのように、シオリの視線があちこちに泳ぐ。あまり時間がない作戦会議、というのもあるのかもしれないが。
その代わり、と言わんばかりに。シオリの肩によじ登ったリンが、私のナタを指さしながら、
『このホロウの中では、オーナー・・・・・・シオリちゃんの認知や認識は絶対なの。だからハリンのその武器に、炎を取り込んで放出する機能がある、ということにする。シオリちゃんがそういう認知を向けて形成するから、細かいディティールとかはハリンに任せたい、ってことじゃないかな?』
「そうです、その通りです!! ありがとうございます、リンさん!!」
『えへへ〜。これくらいならお安いご用だよ!』
なるほど。原理は理解できた。
それが本当にできるのかどうか。可能であるかはわからない。けれどヒカリの限界が近い以上、試してみる価値はあるだろう。
サクリファイスの視力が戻る。私たちを視認した途端、大きく開いた口から唾液を垂らして。身を屈め、戦闘体制に入るのが見えた。
「わかった。細かいことは貴女に任せるわ。準備が出来たら合図をお願い。私は想像するだけでいい────間違いはない?」
「はい、大丈夫です。お願いします────!!」
駆ける。刃先を地面に向けて足を回し、その勢いを乗せた突き────、
「・・・・・・ッ!」
硬い。そこらのエーテリアスとはまた違った硬さだった。金属にでも勢いよく激突したような甲高い音と共に衝撃が走り、よろめいた身体がたたらを踏む。
私の技量や、刀身の切れ味が問題ではない。何か別の要素が、刃を拒んでいるような。
「────なるほど、厄介ね」
よろめいた足で何とか地面を踏み締め、振り下ろされたサクリファイスの前足をナタで受け流し、体制を立て直す。いつの間にか上空へと舞っていたヒカリが炎を吐き出そうと構えを取るのが見えて、
「ヒカリ、それは温存しなさい! ナタの機構の準備が出来次第、一気に畳み掛ける!!」
「は、はい!!」
ヒカリのガス欠は一番避けたい。私は致命傷を避けながらシオリの準備ができるのを待っていれば良い。
地面にめり込むサクリファイスの前足。その筋を目掛けて刃を横薙ぎに振るう。皮膚を裂く感覚はあれど、筋肉にまで刃が到達しない。浅い傷は瞬きの間に完治し、まるで私の攻撃など何もなかったかのように。
地を蹴り、懐から脱出するために後退。その瞬間、
「準備出来ました、ハリンさん!!」
不思議な感覚だった。
私の右手に握った得物に、未知の感覚が集まっている。
それはエーテル粒子に似て非なるものであり、期待や羨望といった明るい感情に近くともまた違う。武器を通して伝わる、全能感のような何か。
形容し難い未知の感覚。しかし、シオリとリンが先ほど言っていたことを肌で理解した。
「・・・・・・なるほどね」
この場に於いて、このホロウに於いて主人たるシオリの認識は絶対。この世の摂理や構造さえも捻じ曲げてしまうような絶対命令権。
そのトリガーが、私の手に渡った。
「
言葉を紡ぐ。それはある種の、自身のスイッチを切り替えるための簡易的な儀式のようなものであり。研ぎ澄まし、集中した意識を愛刀へと向けた。
周囲の炎を吸収する機構。そして、それを排出する機構。
ある程度の現実性、『あり得る』の範囲に収めなければならない。私にはその手の開発や設計のノウハウはないが、戦闘経験が足りない部分を補ってくれる。
作り手の思想ではなく、振るう者として求める合理性。
構造が変化する。外的変化は必要最低限に。柄のトリガーが増設され、鍔には透明なカートリッジがひとつ。
「ヒカリ────!!」
天に掲げた刀身を目掛けて、私の声を聞いたヒカリが炎を吐き出す。瞬間、増設されたトリガーを引けば、その全てがカートリッジに吸収されるのが見えた。
────成功ね。
放炎する。刀身から噴き出すのはいつもの炎とは違い、ヒカリの炎と同色の赤黒いソレ。炎を纏ったナタを構え直し、前足を目掛けて横薙ぎに目一杯振るう────!
「▃▄▄▟▞▟▜▞▂▇█!!」
健を裂くつもりだった。振るった刃はすんなりと肉を裂き、骨を断ち、前足の一本を無くしたサクリファイスはバランスを崩す。
再生の気配もない。迎撃を図ろうとした頭のひとつをヒカリが抑え、その口腔内へと炎を吐き出して。気にするな、と言いたげな視線が肩越しに向けられたのが見えた。
異形の怪物とはいえ、エーテリアスはエーテリアス。弱点は共通しているはず。
人間で言う心臓。構造の弱点たる、コア。
その存在を視認はできない。けれど、身体の何処かにあるはずだ。
斬る。斬る。腹部から内部を掘り進めるように。
「▃▄▄▟▞▟▜▞▂▇█!!」
再生は一向に進まず、悲鳴じみた苦悶の声を聞いて、
「────あった」
ソレを、発見する。人間で言う左胸。そこに、コアと思われる球体が二つ。
振るった刀身が一切の抵抗なくそれぞれを破壊して、
「任務、完了」
私たちの鎮圧作戦は幕を下ろした。
◇◆◇
サクリファイスの死体。その胴体から出てくるハリンが大きく息を吐き出したのと同時に、辺りのエーテリアスが粒子となって消えていくのが見えた。
『良かった〜・・・・・・終わったね。みんな、お疲れ様』
いやあ、こういうこと言うのはアレだけど、今回ホロウの中で何もしてないな、私・・・・・・。
自身の役立たずさに嘆く気持ちを抑え込みながら、ふと、
『あれ・・・・・・今回はサクリファイス、消えないね』
十二分街のホロウ────ケセドで遭遇したソレは、撃退後に他のエーテリアスと同じように粒子となって消えた記憶があるけど。
「まあ、僕たちもサクリファイスのことはよくわかっていないしね。・・・・・・それよりも、この死体をどうするか、というのも問題ではあるかな」
それは確かにそう。朱鳶さんに言えば、研究機関に持って行ってくれたりしないのかな。
ま、難しいことは後回しにして。とりあえず、だ。
『シオリちゃん、これでホロウを閉じられたりしないかな?』
「え? ああ、はい。できると思います。でもその前に、私は行きたいところがあって────」
シオリちゃんの視線が何処か遠くを見る。その視線には、決意と恐怖が揺らいでいるように見えた。
『そう? 護衛とかあった方がいい?』
「大丈夫です。今ここに、もうエーテリアスは居ませんし・・・・・・いざとなったら、ヒカリも居るので。なので、皆さんは気にせず帰ってください」
『そっか』
他ならぬシオリちゃんがそう言うなら、私たちは大人しく頷くしかなかった。
「・・・・・・今回はご迷惑をおかけしました。まだ私は、何も答えは出ないし、何も言えないですけど・・・・・・」
視線が順番に私たちを見る。私、輝夜ちゃん、巴さん、お兄ちゃん、ハリン。そして最後に、ヒカリくん。
「生きろって、腕をしつこく引っ張ってくれるヤツが居るので。とりあえず、頑張ってみようかと」
『そっか、なら良し!』
そう、とりあえずで良いのだ。一旦は。
生きてく上で明日が見えない────なんていうのは、ホロウの存在があってもなくてもきっと変わらない。だからきっと、人間は『また明日』の約束に胸が暖かくなって、また頑張ろうって思えるのだから。
やりたいこと。やるべきこと。そんな大層な目的じゃなく、明日に大切な人と会話をする────会って、何気ない話をする。そんな生き甲斐だってきっと、間違いじゃない。
誰しも自分が背負った荷物が一番重たいもの。巴さんが言い放った言葉は、言えて妙だと思った。良いこと言うじゃん、巴さん。
「おう。じゃあいつかボクらが困った時に助けてや。恩返し、まあ三倍くらいで頼むで」
・・・・・・とか見直したのに。全部台無しにしてくなあ、この人は。
すごい形相で輝夜ちゃんが巴さんの脛を蹴り飛ばし、それにみんなで笑い合うようなひと幕があって。私たちはホロウの外に出る。
正気を取り戻し、ざわめく野次馬を掻き分け外へ。一応朱鳶さんにはノックノックで連絡を入れておいて────入れておく、と言うよりはFairyに頼んだから入れさせておく、という表現が近いけれど────、私たちは社用車に乗り込んだ。
「アルテミスの二人はどこで下ろせばいいかな?」
「あん? ああ、気ィ使わんで
「良いって、十二分街まで送るよ」
「こう言う時のアキラクンは案外頑固よなあ・・・・・・ハリンはまだルミナスクエアの公園なん?」
「ええ。住めば都、とはよく言ったモノね」
何気なく聞き流していた会話。エンジンをかけるべくキーを回したお兄ちゃんの視線までもが後部座席のハリンに向いた。
『待って、ルミナスクエアの公園って言った? あの隅っこにある?』
「ええ。雲梯と砂場、あとベンチと・・・・・・謎の動物の遊具があるあそこ。特に雲梯は重宝しているわ。濡れた衣服を乾かすのにちょうど良いもの」
・・・・・・間違っていてほしかったけど、私の認識はどうやら正しかったらしい。
いや、なんか。なんというか。うまく表現できないけど、
『あの・・・・・・流石にそれはダメ、じゃない?』
「? 早朝、他の住民が利用し始める頃には公園を出ているから大丈夫よ」
『そうじゃ無くってさあ────!!』
「あー、リンチャン。こういうトコあんで、コイツ」
こういうトコあんで、じゃ済ませられない問題がここにあると思います私!!
わかった。わかったよ。こうなった時、頑固なのはお兄ちゃんだけじゃない。パエトーン二人揃って〝そう〟なんだからね。
『ハリンはしばらくウチに泊まること。私のベッド使って寝てね! 私はお兄ちゃんのベッド使うから』
「うん? あれ? 僕は?」
『工房のソファ使って寝て』
ゲラゲラ笑う巴さんと、戸惑いがちのハリン。それをにこやかな表情で眺める輝夜ちゃんと、諦めたようなため息を吐き出すお兄ちゃんを乗せて社用車は進む。
世話になるのは流石に悪いわ、なんて言い出すハリンにまた私が『悪いと思うなら早く宿見つけて!』と怒鳴るような一幕があって。私たちは、巴さんと輝夜ちゃんを送り届けた。