イントロ
件のホロウは、そう時間も掛からず消滅した。
まあ、私の目的は達成したし。サクリファイスも生み出し、やることはやった。サラから文句を言われることもないでしょう。そろそろ彼女の計画の手伝いをしないとお小言のひとつや二つくらいは言われそうだけれど。
いつも通りを取り戻した住宅街を歩いていく。私が探していた
「・・・・・・あの場に居たエーテリアスたちでは、こうはならないはず」
足や腕の腱。正確に破壊されたサーベルや銃。相手を殺すわけではなく、無力化するために行われた攻撃。
破壊の限りを尽くすエーテリアスではない。あの場には、私が認知していない誰かがいた。
それも、
「
言いかけた所で思い当たる。
「思いの外元気みたいね、ハリン?」
答えはひとつ。あの子しか、考えられない。
肝心なところで詰めが甘いのも変わってないわ。こんな見え見えな所に発信機なんかつけちゃって。
良いわよ、お姉ちゃんと遊びましょうか。昔みたいに相手してあげる。
私の新しい楽園の在り処は、そう簡単に見つけさせてあげないから。
◇◆◇
『これで全員揃いましたかね』
世界滅亡のシナリオ────シオリちゃんの一件があって、次の朝。
未だに眠たく、少しだけ霞む視界を擦りながら。私とお兄ちゃん、ハリンの三人はH.D.Dの画面を見つめていた。
映像付きのグループ通話。目の前の画面には朱鳶さんと巴さんが並んでいて、頻りに画面を覗き込もうとしている輝夜ちゃんの頭部が見える。可愛らしい光景だ。
画面越しに私たちそれぞれに視線を向ければ、朱鳶さんは再び口を開いた。
『まず、この度は住宅街に突如発生したホロウの捜索────並びに、鎮圧活動にご協力いただき、ありがとうございます。私たちの方でもわかったことが幾つかあるので、共有するためにこの場を設けさせていただきました』
『おうおう、そりゃあボクらとしちゃあ有難い話ではあるけども。
『・・・・・・その話は今回の報告内容にかかってくるので、後程』
巴さんの指摘を受けて、朱鳶さんは眉間に皺を寄せて目頭を揉む。まあそれを聞いておかなきゃいけないのはわかるけども、巴さんはもっと言い方というか・・・・・・聞き方があるんじゃないのかな。ヤケに喧嘩腰で突っかかるところあるよね、ホント。
『まず、リンちゃんたちが討伐した変異型特殊エーテリアス────豹の見た目を模ったアレ、ですが。皆さんの推察通り、ポートエルピスの一件でブリンガー副長官・・・・・・ジャスティン・ブリンガー氏が薬物を投与し、変異した個体────識別名・サクリファイスと一致することがわかりました』
特徴的な白と黒を基調とした肉体。それから、他のエーテリアスとは違う・・・・・・迫力だとか、プレッシャーだとか。明確に表現しづらいソレ。
FairyとGhostが引っ張ってきたH.A.N.D.の機密事項と照合していたあたり、間違いは無いとは思っていたけど。こうして改めて、事実として突きつけられてしまうと息を呑んでしまう。
『・・・・・・つまり、讃頌会はあの日に使われた薬物の量産体制が整っているということになります。これは皆さんが今回のホロウに────』
『あー、そういうのは良えよ。言いづらいこと後回しにすんなや。ヘンに気ィ使ってマゴマゴすんな。気色悪いね────あいだっ!』
・・・・・・ああ、なんとなく。見えてないけど何が起こったのかわかるな。フルスイングで今脛蹴られてる。こういう時のブレーキ役として、輝夜ちゃんの存在はとても有難い。
『そう────ですね。では、直接的な表現を。ポートエルピスを襲ったものと同個体ということは、貴方たちが対峙したサクリファイスは〝人間が薬物を使用し変容した個体〟ということになります』
「侵食によって変化した通常のエーテリアスとは生まれ方から違う、ということだね?」
『ええ、そうです。自身の意思か他者の意思か────その点は不明ですが、明らかに誰かの手が介入して生まれる個体ということになります』
本来のエーテリアスは、謂わば事故や災害によって生まれるもの。
であれば、サクリファイスは自害や殺人のような行為に近い、ということになるのか。
『そして、住宅街のホロウで回収されたサクリファイスの死体からは・・・・・・カンザキ夫妻のDNAが検出されました』
「・・・・・・それ、は」
『ああ、シオリチャンとヒカリクンなら知っとんで、この話。知っとる、っちゅーよりは勘付いてたって方が近いけどな。シオリチャンの方はレインに頼んで、同じ場所で世話になることになった』
『・・・・・・迅速な対応、ありがとうございます』
『別にええよ。
そっか、そっか。この件は知ってる・・・・・・のか。
既に自分たちでその事実に辿り着いていた驚きや、その類の感情以上に。あの二人のメンタルへの心配が勝つ。
両親を失ったシオリちゃん。それから、その両親を間接的に殺害────その手助けをしてしまったヒカリくん。彼らが何を思うのか。そう考えるだけで、胸の奥がザワザワする感覚があった。
「────そう。トドメを刺したのが私で良かったわね」
私の横顔から、何を言いたいのか察したらしいハリンが短く言い放つ。思わず視線を向けたけれど、それでも口を閉じることは無かった。
「私はその手の行為に慣れている。・・・・・・それに、エーテリアスに変化してしまった者は、元の人間と別として扱うべきよ。それがわからないほど、ヒカリは未熟ではないとは思うわ」
「それはわかる、けど・・・・・・」
元の人間と、そこから変異してしまったエーテリアス。
元々の人格は失われ、ただ誰かを襲うだけしか考えない怪物のようなモノ。それらを同列に扱うのは相手にも失礼になる。
理解はしてる。理解はしているけど、そう簡単に割り切れるモノでもないだろう。
「────、────」
けれど。これ以上の発言は、シオリちゃんを護ると決めたヒカリくんの覚悟にも泥を塗ることになる。それも理解ができているから。口を噤んで、視線だけで朱鳶さんに言葉の続きを促した。
『・・・・・・そして。先程、巴さんから指摘のあった事項。我々治安官が、プロキシにこういった機密事項を漏らしても良いのかどうか、という話ですが。上層部から許可は貰っています。むしろ、積極的に共有すべきだ、と』
『・・・・・・と、言うと?』
『貴方たちと協力関係を結ぶべきだ、というのが上層部の見解です』
巴さんの表情が目に見えて、不快だと言いたげな表情に歪む。そのままの勢いで唾まで吐き捨てそうだった。
『つまりはアレか? 首輪つけて管理しておこうってか』
『わざとらしく、かつ悪い言い方をすればそうなります。現在、治安局は人員不足で手の回っていないところが多いのもまた事実。プロキシやホロウレイダーといった存在の手も借りなければ世間を見る目も、差し伸ばす手も足らないですから。・・・・・・貴方たちのことを調べさせていただいて、その上での判断だということだけは理解してください。とはいえ、巴さんと輝夜さん両名はかなり
『ヤだなァ〜、ボクら別に真に真っ黒なコトはしてませんって』
『今ここでお二人にかかっている容疑を羅列しても良いんですよ?』
ああ、確か一番最初にウチに来た時、真っ黒な連中とも関わりがあった・・・・・・って言ってたっけ。でも巴さんの性格からして、明確に証拠や記録が残っていないから、摘発するにもできない・・・・・・って感じだろうか。
『・・・・・・話を戻しますね。本日からリンちゃん、アキラさん、巴さん、輝夜さん、ハリンさんの五名はヤヌス区分局都市秩序部・捜査課特務捜査班『ホロウ探索特例実働部隊』として活動してもらうことになります。平たく言えば私の班の一員、ということになりますかね。各地に広がるホロウへの捜査権を持つ実働部隊────貴方たちがここ最近やっていたことが違法では無くなる、と言い換えましょうか』
『ほー、それは大助かりやな』
『とはいえ貴方たちの存在は公にはされていません。その権限、立場を盾にして好き勝手するようであれば、私もそれ相応の対処をするので悪しからず』
『つけられた首輪のリードは治安官が握ってんのを忘れんなよ、ってコトやろ? 悪さはせぇへんって』
『・・・・・・、・・・・・・必ず何かアクションを起こす際には私に連絡をください。後程リンちゃんと巴さんの連絡先に、特殊回線の番号を送っておきます。その番号にかけていただければ私に直通・・・・・・かつ、回線混雑時でも繋がるようになっているので。リンちゃんはアキラさんとハリンさんに送っておくようにお願いします』
「ん、ちゃんと送っておくね」
多分、巴さんが言った今回の処置の印象は間違ってない。
治安局から極力権限は与えてやる。その代わり、ちゃんと見ているからな。おまえたちのその行為は、犯罪にあたることを忘れるな────と。
正直生きた心地がしない。けど同時に、憂なくホロウの探索に踏み入れると思えば、悪くないと思うのもまた事実だ。
『こちらから共有することは以上になりますが、何か質問があれば』
ほんの少しの間がある。確認するような視線が私たちに向いて、質問の類は特に無いことを示すように首を小さく横に振れば。画面の向こうで、巴さんが手を挙げるのが見えた。
『じゃあ、ボクからひとつ。キミらは十二分街のホロウ────『ケセドホロウ』と、今回の住宅街のホロウをどう見とるん?』
あの日。十二分街────
お兄ちゃんと巴さんは、『ケセド』は人為的に生み出されたホロウなのではないか、と考察をしたらしい。
本来、ホロウを生み出すほどの脅威を持たない十二分街の共生ホロウ。ソレを覆うように、突如現れた・・・・・・謎の
巴さんの問いを受け、朱鳶さんの視線が少し迷うように泳ぐのがわかる。その後で小さくため息を吐いて、
『・・・・・・
『ほーか。ならええわ』
『まあ、だからこそ皆さんに協力を仰ぐように上層部も言っているのでしょう。主の認知や認識によって姿を変える特殊なホロウ────話には聞いていますが、探索経験がある分、貴方たちの方が詳しいでしょうし』
餅は餅屋、というやつだろうか。とはいえ、治安局の方も似たような印象を抱いてくれてるようで良かった。そこで意見の対立は起こしたくないし。印象や思考に相違があれば、足並みも揃わなくなっちゃう。
『では、他に質問も内容であれば終わりにしましょう。制服や手帳の類は支給できませんが・・・・・・形式上、私たちは同じ班の仲間です。よろしくお願いします』
『うい。お疲れちゃん』
それをシメの言葉として、巴さんが通話から抜けていく。私も終了ボタンを押そうとしたところで、
『あ、リンちゃん』
「んぇあ? どうかした?」
朱鳶さんが私の名前を呼んで引き留めるものだから、間抜けな声と一緒にマウスを操作する手が止まってしまった。
『明日、何か用事あったりしますか?』
「うん? いや、特には」
『そうですか。・・・・・・いえ、私がリンちゃんに用事がある、というわけではないのですが。貴女に会いたいと言っている人が居て・・・・・・明日、そちらに伺いたいと』
「誰だろ。別にいいよ、多分明日も暇してるから」
『わかりました。では、そう伝えておきます』
朱鳶さんも暇というわけではないのだろう。では、と短く挨拶を添えて、グループ通話を抜けていった。