「せやなあ。依頼内容としては────ボクらの住処の近くで、めちゃくちゃしとる赤牙組の掃討。その手伝い、とでもさせて貰おか」
赤牙組。その名前を、私は忘れもしない。忘れられない。
私がお兄ちゃんを失って、一杯一杯になった中で受けた依頼。私が再起不能になったキッカケ。その名前が今になって急に飛び出してきたモノだから、私の視界がグラついて仕方ない。
思わず胸を抑える私を気遣うような視線がお兄ちゃんから向けられる。左手で私の背中を柔く摩ると、
「つまり暴力団────ないし、ホロウレイダー集団の殲滅、というわけかい? それはキミのやることじゃ無いんじゃないかな。治安局や防衛軍にでも任せておけばいい」
「あん? アキラクン、何寝ぼけたこと言っとるん。防衛軍と治安局の現状を知らんの?」
動悸が落ち着いてきた。息を大きく吸って、吐く。ゆっくりと視線を上げると、巴さんの訝しげな視線と、私の視線が絡む。
呆れたように話し始めた、巴さんの話を要約するとこうだ。
一番最初におかしくなり始めたのは、治安局の副長官────ジャスティン・ブリンガーと讃頌会の癒着が発覚したことだった。
治安局側の動きは全て讃頌会に筒抜け。後手後手に回され、治安局は・・・・・・朱鳶さんたちは、受け身に回ることしかできなくて。彼女たちが気づいた頃には、もうほぼほぼ手遅れという状態だったらしい。
謎の薬物によって特殊なエーテリアス個体となったブリンガー。ポートエルピス付近のホロウで彼は暴れ回り、甚大な被害を街に及ぼした。
けれど。その特殊なエーテリアス個体を現代の虚狩り・・・・・・星見雅が討伐。彼女はその事件を終えてすぐに、対ホロウ特別行動部を引退した。インタビュー記事や記者会見などでは、雅さんは『もう刀を振るえなくなった』としか応えていないらしい。
────空席となった虚狩り。そして、治安局へと広まった不信感。
その一件でボロボロになった街は元通りになれど、人の心はそうはいかなくて。
治安局へと毎日押し寄せる街の人々の批難。それに耐えかねた人間は次々と退職。人員不足と陥った治安局は防衛軍の預かりとなって。
それでも治安官の前例があるものだから、防衛軍にだって完全な信頼が向けられているわけでもなく。今も疑いの目を向けられている。
最強の抑止力であった虚狩り、雅さんの存在を無くして。鳴りを顰めて居たホロウレイダーや讃頌会の対応に、今も防衛軍と治安局は追われている────と。
「・・・・・・なる、ほど。それは確かに、巴くんの言うことも一理ある」
「ホンマに知らんかったんか。なんや、二人は一年間ゴールドスリープでもしとったん? それかタイムスリップ?」
あながち間違いでもないから強く否定ができない。だから私たちはとりあえず押し黙るしかなかった。巴さんの話を聞きながら、私はインターノットであれこれ調べてみたけど・・・・・・巴さんの話は全て事実だった。私が外に触れなかった時期に、記事という形でインターノットに残されている。特にブリンガー副長官の事件に関してはスレの荒れようも凄まじかった。
何を信じて良いのかわからない。新エリー都も終わったな。等と、面白半分で書き込む連中だとか本気で悲観している人間のレスで埋め尽くされているのが見てとれた。
「まま、ええわ。せやからボクらがやるしかないねん。赤牙組をどうにかすれば、対ホロウ特別行動部の連中もホロウ鎮圧に動きやすいやろうしな。ホロウが大きくなる一方で困っとんねん」
言ってることの筋は通ってる。困ったように唇を尖らせるその表情にも、嘘はないように見えた。
「・・・・・・でも意外。私たちに依頼をするってくらいだから、てっきり────」
「なんや。エーテル資源だとか、ホロウの中に残された貴重品を盗みに行くんと思ったんか?」
「そ、そこまでは言うつもりはないけど」
なん・・・・・・なんかこう、巴さんは蛇みたいな人だ。話していると、締め付けられるような錯覚を覚えるというか。少しだけ、居心地が悪い。
「ボクとお姉ちゃんは空き巣がしたいワケやない。ホロウレイダーとちゃうねん」
言いながら、巴さんは隣に座る輝夜ちゃんの肩を抱いて。満面の笑みで、私たちを見つめてくる。
「ボクらがなりたいのは、正義の味方や」
それで巴さんの話は一応終わったらしい。工房に、ほんの少しだけの沈黙の間がある。
お兄ちゃんの無言の視線がまた私に向いた。まあ、信用して良いんじゃない? と言ったのは私だし。最終決定権は私にあるか。
思ったより酷い世界の現状。街を取り巻く暗い空気。それをどうにかしたいと思うのは私たちだって一緒だ。
私たちは巴さんと輝夜ちゃんのように胸を張って正義の味方だと、そう在りたいと思える人間ではないけれど。それでも、自分の住む街の平和を守りたいと思うのはまた事実で。
「ゔーーーーん」
思わず唸る。目を瞑る。小さくため息を吐き出して、私は覚悟を決めた。
「わかった! 二人の依頼、私たちが引き受けるよ」
「お、そう来なくっちゃ」
久しぶりに受ける依頼としては、少しばかりハードな気もしないでも無いけれど。これもリハビリだと思えば悪いことばかりじゃない。
それに、プロキシとして再始動するのなら。私が引きこもることになってしまった理由とはキチンとケリをつけておきたかった気持ちもある。だから願ったり叶ったりだ。
なんて所まで思考をして、
『ソレは企業秘密やね。でもキミら的には願ったり叶ったりやろ?』
店に来てすぐ言い放った巴さんの言葉が脳裏をチラつく。
この人は私たちのことをどこまで知っているのだろう。なんとも無しに視線を向けたけれど、笑顔で首を傾げて見つめ返されるだけだった。
「ほんなら・・・・・・せやなあ。依頼の前金、誠意を見せるってことで。キミらに腕のいい
◇◆◇
依頼の詳しいことに関してはまた追々。今日は契約に来ただけやからね、とは巴さんの弁。
私たちと連絡先を交換するなり、件の腕がいい義肢装具士の工房の位置情報が送られて来て。なんならもうアポイントも取ってある、とか言うものだから。本当にあの人は底が知れないというか、あやし・・・・・・胡散臭・・・・・・いやなんかオブラートに包もうと思ってるのに難しいな。
「また難しい顔をしているね」
「う、うーん・・・・・・巴さん、悪い人じゃないんだろうけど。なんっかこう・・・・・・」
「怪しい?」
「怪しい。うん。それと、なんか・・・・・・未来でも見えてる? 私たちの思考を先読みしてる感覚っていうか」
心の中のモヤモヤをなんとか振り払い、彼への印象を言語化するとすればソレだった。
と言っても未来そのものを見てる、というよりは。私たちのことをある程度────いや、ある程度以上知っているからこそ。そこからの計測、予測、というか。そんな印象。
信用して良いとは思ってる。けど気を許しきってもいけないとも思う。なんともまあ、そこらのアウトローよりアウトローらしい人。それなのに浮かべる笑みには嘘はないように見えて、掴みどころがない。
なんて思考を回しつつも。私とお兄ちゃんは足を回して、スマートフォンの地図に記された道を歩いていく。巴さんから共有された場所は、もうすぐそこだ。
六分街からルミナスクエアに向かって歩いた少し先。私たちがビデオの調達によく使う、取引先の店なんかが立ち並ぶ地帯・・・・・・その一画。
骨董品屋が入った小ビル。そこの、薄明るい灯に照らされた地下へと続く階段を見下ろして。何とも無しに、私は思わず息を呑む。
「こ、ここかあ・・・・・・なんかちょっと、勇気いるね?」
視線の先にある扉、そのポストには無数のチラシや手紙が溢れかえっているのが見て取れて。扉の脇には、一切手入れがされていなさそうな元気がない観葉植物が私たちを見上げている。足跡型の泥汚れも、拭き取られることなくそのまま階段に付着していたりして。何というか。何だろうね。オブラートに包んで、とびっきり良い言い方をすれば『一見さんお断りの隠れ家的なお店』というか・・・・・・。その全てがまるで、私たちの存在を拒んでいるようにすら見えてしまう。
息を大きく吸って、吐き出す。私の隣でお兄ちゃんもほぼ同時にそうしているのが見えて、なんだか少し安心した。
コツ、コツ、と乾いた音を立てて階段を降りていく。扉の目の前に来て呼び出しブザーのボタンを押下する────が、
「・・・・・・壊れている、ようだね」
なんの音が響くこともなく。なんの反応も返さないボタンに、お兄ちゃんは苦笑を漏らした。
壊れているものは仕方ない。そのまま拳で、数度扉をノックする。
「すみませーん!」
ついでに扉の向こうへと声を投げかけながら。
辺りにほんの数十秒の沈黙があった後で。扉の向こうから、何やら慌ただしげな物音が聞こえてくる。
どた、どた、どた、がしゃん。焦ったような足音と何かが倒壊するような物音、「あちゃあ・・・・・・」なんてため息混じりの声の後で、軋んだ音を立てながら扉が開いた。
「す、すまない。待たせたね・・・・・・そうか、今日だったっけ」
扉の向こうから現れたのは、ボサボサの長い黒髪の女の人。身に纏っている白い作業服と頰にはオイルの汚れが付着していて、私たちにぎこちない笑みを向ける化粧っ気のないその顔には、うっすらとクマが見えた。
数日寝ていない人の顔。なんというか・・・・・・残念な美人? ・・・・・・いや、本当にそうとしか表現できなくて。明らかに睡眠時間が足りてない、寝不足極まりない顔をしているのに。目は爛々として元気そうに見えるものだからほんの少し怖い。
けれど、何となく彼女の背後に目をやれば。その全てに合点がいった。
部屋の中に所狭しと並んだ段ボールの箱。その中には無数の機械や機材と、そのパーツ。おそらく生活スペースであろう机の上には、エナジードリンクの空き缶が山のように積まれているのが見える。
・・・・・・ああ、この人。自分のやりたいことに夢中になって人間の生活を放棄するタイプの人だ。
とりあえず入って、なんて部屋の中に通される。私の身長なんかより高く積まれたダンボールだとか、足元に転がってる明らかに高そうな工具を避けながら進んでいって。部屋の隅にある応接スペース────ここも物がやたら多くて埋もれているから『恐らく』なんて枕詞がつくけれど────のソファに、私とお兄ちゃんは隣り合って腰を下ろした。
「さて。キミたちが巴くんの言っていた二人だね? 義手が必要なのはお兄さんの方か。確かビデオ屋の店長、だったよね。注文は普通の義手で良いかい?」
何処からかタブレット端末を取り出して、画面を操作しながらお姉さんはそう問いかけてくる。隣のお兄ちゃんに視線をやれば、ほんの少し口を開いて。何かを悩むように、そのまま強く噤んだ。
しばらくの沈黙。流石に違和感を抱いたらしいお姉さんの視線も、お兄ちゃんへと向けられる。
「・・・・・・お兄ちゃん?」
思わず問いが私の口から漏れ出た。それに応えるように私を一瞥して。お兄ちゃんの視線はお姉さんに向けられて、その後で。小さく息を呑む音が聞こえる。
「ビデオ屋、というのは僕らの表向きの顔でね。僕らの本業はプロキシなんだ」
「────ふむ」
思いもよらない言葉が飛び出したせいで面食らう。何よりお兄ちゃんは、『
「日常生活用の義手ではなく、それこそ────ホロウに入る時に、役立つ機能があるような義手をお願いしたいんだ」
「ま、待って。待ってお兄ちゃん、一旦ストップ!」
いやいやいや、聞き捨てならない。それじゃあまるで、お兄ちゃんがこれから生身でホロウに入る機会があるみたいじゃないか。
両腕を前に突き出しながらの私の言葉に、お兄ちゃんは私に向き合って。いつもと変わらない苦笑いを浮かべながら、
「まだリンには話していなかったね。〝アレ〟があって・・・・・・戻ってきた後。僕のエーテル適正値はそこらのホロウレイダーや調査員と同じくらい────なんならそれより少し高いくらいにまで上がっていて」
「うん、聞いてない。聞いてない聞いてない! 何も聞いてないけど!? じゃあ、何? お兄ちゃんはこれから生身でホロウに────」
僕の話が信じられないなら、なんて。ポケットから端末を取り出すと、診断結果のPDFが画面に表示され、私に向けられる。
・・・・・・確かに本物の書類だ。端にはちゃんと医療機関の印字がしてあるし、偽装された書類なんかじゃない。
表示されてるエーテル適正値は確かに普通より高い。特殊なホロウ以外であれば、難なく活動できるくらいの数値が書かれていた。なんなら多分『零号ホロウ』なんかでも、少し無理をすれば活動できるだろう。
「僕が生身で、リンがイアスを使ってホロウへ入る。そうすれば今までに比べて何かと効率も上がるだろうし、何より現地と外でリスクも分散できるだろう? 生身でホロウに入らないとわからないことだってある」
「だ、だとしても! ちゃんと相談して欲しかったっていうか・・・・・・」
そう、一番はそこだ。お兄ちゃんの胸の内にどんな気持ちがあったとしても、一度は相談して欲しかった。
私が、お兄ちゃんの居ない一年近くで自覚したように、
向こうの私が私の中に居た二日ほどで自覚したように。
私たちは二人でパエトーンなんだ。二人揃って歩いて行かないと、私たちは目的地に辿り着けない。
だから一緒にまた歩いて行くのなら。そこに介入する意思は、どちらか片方だけのものであって欲しくなかった。二人揃っての意思であってほしかった。とはいえ、
「でもこうなった時のお兄ちゃん、私が何言っても聞いてくれないからなあ・・・・・・」
それもまた事実だ。私たち兄妹は案外頑固なものだから。お兄ちゃんはこうなったらテコでも動かないし、意見は曲げない。
それがわかってるから、私も渋々頷く他ないのだ。
「・・・・・・話は纏まったかい?」
ここまで何も口を挟まず、話を聞いてくれていたお姉さんが苦笑まじりに口を開く。
「はい。僕の注文通りでお願いします。お見苦しいところを見せて申し訳ない」
「ああいや、良いんだ。キミたち双方が納得した状態で手続きを進めないと、後々めんどくさいからね」
世間話やヒヤリングはここまで。そう言うように、お姉さんが両手を合わせた。部屋に手のひら同士がぶつかる乾いた音が響いて、
「さて。手続きに入らせてもらおう。まだ名乗ってなかったよね?」
言いながら、作業着からほんの少し折れ目のついた名刺が差し出される。
「私の名前はグレース・ハワード。フリーの義肢装具士で、メカニック────依頼を受けるからには、キミにとびっきりの義手を提供しよう」