P.ZZZ 虚満ちる、壊れた世界。   作:悠問追

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Chapter2 『夜空』

 

 で、場所は移り変わってルミナスクエア、コーヒーショップ。テラス席。

 四人がけの席にそれぞれが腰を下ろし、私の隣にお兄ちゃん。例のクソデカボイスの女の子の隣にセスが座っている形だ。結局この子の支払いはセスだけではなく、私たち三人で割って払うことになった。

「い、いやあ〜助かりましたよ! 本当に助かりましたっス。さささ、ここはアタシの奢りなんで・・・・・・お三方とも、どうぞ遠慮なくズズズっと・・・・・・」

「・・・・・・遠慮なく、と言いつつそんな目で見られてると飲みづらいな」

「ね、ホント・・・・・・」

 ああ、本当に残高がカツカツなんだろう。私とお兄ちゃんがカップに口をつけようとする度、口を小さく開いて「ぁっ・・・・・・」なんてか細い声をあげるものだからとても飲みづらい。セスなんて耐えかねて手すらつけてないもん。遠慮なく、なんて言われたのもここに来て三回目だ。

「・・・・・・良いよ。僕の分はキミが飲んで」

「ぇぁっ!? そんな・・・・・・お、お三方が居なければアタシあそこで治安官にお縄になってたっスから・・・・・・」

 まあ、そのお縄を持ってくる治安官がアンタの隣に座っているわけですけども。

 数度の押し問答の末、お兄ちゃんが無理矢理コーヒーを押し付ける形でそのやり取りは終了する。そのままの勢いでひと口啜って、満面の笑みを浮かべながら、

「っはァ・・・・・・一本吸って良っスか?」

「い、一本って煙草・・・・・・?」

「はい。店主にはテラスの隅の席なら良いよ、って言われてまして」

 ああ、だからヤケに隅っこに連れてこられたのか。というか、なんか・・・・・・こう、印象が落ち着かない子だなこの子は。お兄ちゃんと私とセスが掌で促したのと同時に、彼女は煙草を咥えて火をつけた。

「っァ〜生き返るゥ!! っぱ食後にはコーヒーとタバコが無いとやってらんねっスわ!」

「ああそう・・・・・・」

 吸い始めた途端に饒舌になったし。心なしか表情もイキイキして見える。

「ではでは、改めまして。お三方、本当に助かりました。アタシの名前はノクス・ロアって言います。こう見えて、しがない・・・・・・、・・・・・・シンガーソングライターってことになるんスかねェえへへぇえへ」

「いや、音楽関係かなとは思っていたよ」

「うん。私も」

「ギターケースを背負ってるしな」

「ああそっスか・・・・・・」

 三方向から向けられる冷たい視線と言葉に、件の女の子────改め、ノクスはわかりやすく凹んで見せる。煙草の煙を吸い込み、長く吐き出す間も、相棒であろうギターをケースの上から撫で付けていた。

 まあ何の意外性もないけど、すごいなあとは思うよ。自分で曲を作って歌ってるってことでしょ? 思えど口には出さないけども。この子は調子に乗りそうだし。

「アタシ、ライブを控えてまして・・・・・・ちょっとした〝良いアクシデント〟があって、出費が予想以上に嵩みまして。えぇ。昨日までは残高も結構あったんスよ。ホントっス。だからあそこの支払いもできる予定だったんスよ・・・・・・」

「わかった、別に疑っちゃいないから。オレたちとしても、後日何らかの形で送金してくれればことを荒立てることはしない」

 まあいざとなれば治安官(セス)がついてるしね。

 それに、一食分の支払いくらいであれば。別にそこまで余裕がないわけではないし。

 なんて言いかけたところで、何かハッとしたようにノクスは煙草を咥えて。ギターケースの外のポケットを漁ると、何かの紙の束を取り出した。

「そう、そうそう! お礼と言っちゃアレっスけど、アタシのライブのチケットあげます。ひとり一枚ずつ!! アタシこれでもインターノットではそこそこ・・・・・・いや妄想エンジェルとかあの辺の方々と比べると天と地ですけど、売れ始めたトコでして。日付は明後日。結構デカい場所、しかも特別ゲストもお迎えできることになったんで! 是非!!」

「私も人のことは言えないけども。よく喋るなあ〜・・・・・・」

「退屈はさせません! 絶対に!!」

「よく喋るなあ〜・・・・・・」

 本当によく喋る子だ・・・・・・。ずい、ずい、と目の前に差し出されるチケットを二枚受け取って。思わず、私とお兄ちゃんはチケットに視線を落とす。

 黒地の紙に、白い文字で日付と席番号。日付は確かに明後日で間違いなく、席番号は見た感じ最前列のど真ん中だ。

 それから、赤い文字で────、

νυχτερινός(ニフテリノス) ουρανός(ウラノス)────?」

「すごいな、アキラくん。読めるのか」

「ああいや、意味まではわからないけどね」

「はええ。アキラくんは博識なんっスねェ〜・・・・・・アタシ、辞書引きながら考えたのに。旧文明の言葉で『夜空』って意味になります。アタシのバンド名っス」

 なるほど、そうかバンド名。口当たりが良くてとても良い名前だと思う。・・・・・・あれ? というか、

「さっきシンガーソングライターって言ってなかった?」

「はい、そっスね」

「でも今バンドって言ったよね」

「そっスね。言いました」

「・・・・・・あれ? 私がおかしいの?」

 シンガーソングライターって全部ソロでやってる人のことでしょ? なのにバンド、は矛盾してないかな・・・・・・?

 ノクスを見つめながら首を傾げる。ノクスもつられて同じ方向へと首を傾げて、口から煙を吐き出しながら照れ臭そうな笑みを浮かべた。

「へへへ。まだソロではあるんスけど、そのうち────アタシが、アタシの実力に満足したらバンドメンバーを集めようと思ってるんスよ。今は他の楽器は打ち込みですけどね」

「ああ、なるほどそういう・・・・・・」

 納得と理解はした。つまり今はひとりバンドっていうことか・・・・・・ひとりバンドって文字列がよくわかんないことになってるけど。

 なんて私が内心手を打ったのと同時に、ノクスは吸っていた煙草の火を携帯灰皿の中で揉み消して。残りのコーヒーを一気に飲み干すと、席を立つ。

「じゃ、三人とも絶対来てくださいね! ステージからちゃんと見てるっス!!」

 三人分と思われるコーヒー代を机の上にバン、と置いて。そのまま良い笑顔で走り去って行った。

「・・・・・・嵐みたいな子だったね。破天荒、というか」

「本当にね・・・・・・」

 お兄ちゃんが思わず漏らした言葉に同意する。ああでも、その点ではこの上なくロックンローラーだったかもしれない。

 とりあえず私とお兄ちゃんの分のチケットを畳み、上着のポケットに仕舞い込む。その後でセスに視線を向ければ、

「ああ、やっぱり。この日のこの時間はオレは行けそうに無いな・・・・・・申し訳nアレ。もう居ない」

 会話に参加せずにスマートフォンとチケットを見比べてると思ったら。予定を確認してたのね。

「ついさっき走り去ってったよ」

「嵐みたいなヤツだな本当に」

「・・・・・・ロックンローラー、だね」

 お兄ちゃんの小さな呟きが寒空の下に溶けていく。

 

 ちなみにノクスが置いて行った現金は、ほんの少しだけ三人分の会計には足らなかった。

 

 ◇◆◇

 

「そうか────ハリンも、あの『子供たち』に会ったのか」

 この数日の報告を済ませた。ヒカリとシオリのホロウのこと。それから、治安官の特例実働部隊として活動するようになったことも。

 今の私の雇い主は目の前のこの男だ。男は私の言葉を最後まで聞くと、何処か愛おしいものを思い返すような、柔らかな笑みを浮かべて、

「キミの印象として、彼女たちはどうだったかな?」

「私の? そうね────」

 リンとアキラの印象。一度戦場を共にし、二晩同じ屋根の下で過ごしただけではあるけれど。

「────メイフラワー家が気にするほどの二人だから、どんな人が出てくるかと身構えていたけれど。案外普通の子達ね、と」

「はは、あの子供たちを気にしているのはメイフラワー家(私たち)の意思ではなく、私個人の意思だよ」

 だとしても、だ。新エリー都市長ともあろう一個人が目にかける相手。それにしては、二人は些か普通すぎた。

「・・・・・・まあ、『他に』と言われれば。温かい、かしら」

「温かい?」

「ええ。二人の人間関係────きっと彼女たちは私も含め『三人』と表現すると思うけど。そこには温かみがあると、そう思ったわ」

 誰にでも寄り添うような姿勢。

 それから、

 

『それにね。パエトーン(私たち)にはやりたいことがあるんだ。やらなきゃいけないこと、と言ってもいい。それでいて、私は・・・・・・この世界ではみんな同じだと、そう思ってるから。ヒカリくんが今回シオリちゃんを助けに行きたいって思うのと同じように』

 

 あの時。ヒカリに対して、彼女が放った言葉。

 人間の悪性を知っている。それでも、それ以上に人間の善性を信じている。そんなような印象を受けた。

 私の飾らないまっすぐな言葉を聞いて、市長は変わらず笑みを浮かべたまま、

「そうだね。あの子供達はとても優しく、温かい。キミにも貴重な経験をくれるだろう。大事にすると良い」

「────、────どうかしらね」

 人間関係が互いに与える損得勘定。彼女たちとの関係で何がどれほど私に与えられて、私がどれほどのモノを与えるのかはわからないけれど。

 

『・・・・・・まあ、私にしかできないことが見つかったから、今は少し気分がマシよ。いつか、貴女のことも────、』

 

 眠りにつく間際に自然と口から出たあの言葉は、きっと間違いでも気のせいでも無い。

「・・・・・・話を変えるわ。『彼女』の足取りは未だに掴めない。けど、他にやることができた」

 市長から与えられていた依頼。反乱軍の足取りの調査────その中で、私がやるべきことを見つけてしまった。

 取り出したスマートフォンの地図アプリには、『No Responding』の文字が中心に表示されている。やはり通信機の類は気付かれるか。

「別にキミのやりたいことを見つけ、それを成す分には構わない。けれど、キミの元同僚の足取りの調査がキミの任務だということを忘れないようにね」

「ええ、わかってるわ」

 

 ◇◆◇

 

 適当に買ってきたもので夕飯を済ませて。お兄ちゃんが自室に戻っていくのを見送りながら、残ったひとり分の弁当を温め直すか否か、少し悩んでしまう。

「特にノックノックも返事ないしなあ・・・・・・」

 件の帰ってきていないもうひとり(・・・・・)に連絡したのが二時間ほど前。そこそこの時間が経っていても、送りつけたチャットには既読すらついていない。

 どうしたものか。工房のソファに背中を預けて天井を仰いだところで、カランカラン、と店舗の扉が開く音が聞こえた。

「────あ。帰ってきたかな」

 立ち上がる私に合わせて、06号(れむ)ちゃんの手によって工房の扉が開く。小声で礼を言いながら店舗スペースに上半身を乗り出し覗き込めば、

「おかえり、ハリン」

「────、ええ。ただいま」

 居た。ハリンは首にかけたバイザーを引っ張って外し、長い、長いため息を吐く。

 ・・・・・・疲れてるなあ。何となくだけど、そんな気持ちが胸に満ちる。心配とか、そういう気持ち。

「・・・・・・『Random Play(ウチ)』に来てから毎日何処かに出掛けてるね」

「ええ。まあ・・・・・・任務があるから。やるべきことをしているだけよ」

 とはいえ、である。我が家に来た最初の晩────私の膝の上で眠った時以来、ハリンはまともに寝てないように思える。

 あれから来客者用の布団を買って、私の部屋で一緒に寝るようにしてもらってるけど。いつも私の方が先に寝ついて、私が目が覚めた頃にはハリンの姿は部屋にない。でもって日が沈んでからしばらくして帰ってくるものだから、身体に無理をさせていないか心配になるのも仕方ない。

 思わず口が『へ』の字に曲がる。そんな私を見つめるハリンは小首を傾げて、

「・・・・・・どうかした?」

 そんな問いを投げかける今も。眠気が襲ってきているかのように、覚束ない瞬きを繰り返す。

 

 ────うぅん。良くない。良くないぞ。無茶をしてる時のお兄ちゃんと同じ顔をしてる。

 

「ハリン、明日用事は?」

「変わらずあるわ。明日も、朝から外に────」

「じゃあそれキャンセルして」

 

 食い気味に。有無も言わせぬ形相で告げた私に、ハリンが目を丸くするのがわかる。

「────????」

「キャンセルして。明日と・・・・・・あー、明後日も。予定を無しにしてください」

「何を言っているの? そんなの・・・・・・」

「許される許されないじゃありません。人間にはね、休みが必要なの! ただでさえ、ここのところ色々あったんだから。自分の身体を労う日も大事!!」

 ぐい、ぐい、と無理やり手を引いて工房に入る。そのままの勢いでミリタリージャケットを脱がせ、タクティカルベストを外・・・・・・外し・・・・・・いやこれどうなってるの。どこの留め具がどれ?

「・・・・・・はい。それ外して。脱いで」

「・・・・・・休息の重要性は理解しているわ。とはいえ、私に課せられた任務は今の情勢に大きく────」

「良いから脱ぐ! あと、『誰でも良い依頼をこなして〜』とか言ってたのはどこの誰でしたっけね!!」

「・・・・・・、・・・・・・・・・・・・」

 私はしっかり覚えてます。あの日の、工房でした会話を一言一句違わず。

 ハリンの心の奥に触れた。自分で進んで足を踏み入れた。その時の話を忘れる方が失礼になるってものだし。

 渋々、と言った様子でハリンはタクティカルベストを脱いで、中のTシャツの上にジャケットを羽織り直す。心なしか、私に向けられる視線は居心地が悪そうだった。それこそ、怒られている時の小さな女の子みたいな。

 思わずため息が漏れる。長い、長いため息。

「あのね。ウチに住んでるからには・・・・・・というか無理やり住まわせてる形になってるけども。私の側にいるからには、無理は『ある程度』で済ませて貰います。アンタ、ただでさえちゃんと寝れてないんだからさ」

 今日一日で自覚した。忙しなく動く日も大事だけれど、今日みたいな『何もない日』はそれ以上に大事だと。

 誰かとご飯に行って、他愛のない話をして。何でもない日々を過ごして家に戻り、床に着く。ハリンはウチに来てからそれこそ、ずっと張り詰めているように見て取れた。

「フリーの傭兵────エージェントであるハリンにではなく、私の友人としてのハリンに依頼があります!」

「・・・・・・何かしら」

 俯きがちの顔から視線だけが私に向く。フン、と大きく一度だけ鼻から息を吐き出せば。そのままポケットから、セスから受け取った余りのチケットを取り出して、

 

「明日一日私のお出かけに付き合って。でもって、明後日は一緒にライブに行こう!!」




書き溜めのありがたさを知る。5月末締め切りの新人賞に間に合いそう。よかった。
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