P.ZZZ 虚満ちる、壊れた世界。   作:悠問追

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Chapter3『捨てたモノ』

 

 もぞ、と私の隣でハリンが起き上がる気配がする。徐に手を伸ばしてその肩に手を添え、力ずくでベッドの中へと引きずり戻した。

「ダメ。まだ惰眠を貪りなさい」

「も、もう七時よ・・・・・・?」

「なぁに言ってんの! 〝まだ〟七時だよ。世の中の人間のほとんどはね、休日は昼前まで寝るものなの。大人しくあと三時間か四時間くらいは寝てなさい」

 

 ────そう。休日の楽しみといえば、二度寝三度寝。まずはハリンを惰眠の海に沈めるところから始めていく。

 

 そもそも普段あまり眠れてないんだから、夕方まで寝たって良いくらいだ。半ば強制的に私の抱き枕と化したハリンは、観念したように小さくため息を吐き出すと、寝息を立て始める。

 よし、よし。偉いぞ〜。私も暖かい人肌抱き枕ができて快眠快眠。

 

 で、次。

 

「ハリンはイエベだからなあ・・・・・・昨日化粧品追加で買ってきて良かった〜」

「イエ・・・・・・イ・・・・・・何・・・・・・?」

「あ〜こら! 動かないで!!」

 休日に出かけるからには『おめかし』しないと。昨日141で買ってきたハリン用のコスメをあれこれ顔に塗りたくって行く。

 下地を塗って、リキッドコンシーラーで目元のクマを消して・・・・・・ファンデーション塗って、

「これ終わったら髪切るからね〜」

「え、ええ・・・・・・」

 よほど慣れないのだろう。私が取り出すメイク用具の数々に目を見開き、私が施すその全てにおっかなびっくり。けれど抵抗も無駄だと理解したのか、すぐに人形のように大人しくなってくれる。

 目元には黒に近い緑と薄いブラウンでアイシャドウを入れて・・・・・・ラメは〜・・・・・・良いか、入れちゃえ。最後にあまり発色が強くない、オレンジのリップを唇に塗れば完成。

 それからバラバラだった髪を丁寧に切り揃えて行く。免許を持っているわけではないけど、素人にしてはそれなりに綺麗なショートウルフに仕上がったと思う。・・・・・・というか美容院に連れて行けば良かったな。まあ良いか。

 衣服には手をつけない。ハリンの普段の服装はとても似合っているし。ああ、勿論タクティカルベストは無しの方向で。

 

「よし! じゃあ次!」

 

 社用車に乗って、移動した先はルミナスクエア。十二分街に行っても良かったけど、巴さんとバッタリ遭遇────とかになったら嫌でも仕事の話になってしまいそうだったからとりあえず避けた。

 予定もなく練り歩き、買い食いをして。マッサージ店であまりの痛さに(私だけ)悶絶するようなひと幕があって。映画を見たり、洋服屋を冷やかしたり。

 川辺で二人で写真を撮って、日が沈み始めた頃。

 

「やー、遊んだ遊んだ!」

 

 私たちは何となく、ポートエルピスに来ていた。

 海辺が見えるベンチのひとつ。水平線に太陽が沈んでいくのを見ながら、私たちは山盛りのポテトを二人で摘んでいた。

 加減なしに遊んで少し疲れた私とは対照的に、ハリンは私の隣でチリソースをつけたポテトを黙々と口元に運んでいる。

 

 私たちの間に沈黙がある。漣の音と、釣りに勤しむ人たちの様々な声。それからポテトを狙って上空を飛んでいる鴎の声が聞こえて、何となく私はベンチに背中を預けて空を仰いだ。

 

 ハンバーガーショップを見た時の反応。映画を見る、と聞いた時の表情の歪み。

 私の中に何となくあった疑念は、確信に変わった。

 

 この子は、アンビーの身内だと。

 

 化粧をする時。髪を切り揃える時に注視していたハリンの顔は彼女によく似ていて。

 

『私は貴女たちとは反対に────文句を言いたい人が居た。どうして、と問いたい相手が居た』

 

『そうね。いつか、いつかと先送りにしていたら・・・・・・気づけば会えなくなってしまっていたから』

 

 心の何処かで、他人の空似であってくれと願っていた私がねじ伏せられていくような感覚があった。

 あの子が好きだった物。あの子が好んで食べていたもの────それらを見た時のハリンの顔に揺らいだ表情の色は、読めなかったけれど。

 

 私がこの子の、大切な人を殺してしまった。

 

 その罪の告白も先送りにするべきではないのだろう。ただでさえ何が起こるかわからないこの世界。何も告げられなってしまったハリンのようにならないという確信は何処にもない。

 彼女が何も知らないまま私の目の前から居なくなってしまう未来が訪れるくらいなら。

「ねえ────」

「リン」

 ほぼ同時。決心して口を開いた途端、隣でハリンも私を呼びかけた。

 ・・・・・・視線だけで譲り合いが発生する。根負けしたのはハリンの方で、再びゆっくりと口を開いた。

「今日は楽しかった」

「そう?」

「ええ。とても」

 無理に付き合わせているのではないか。そんな不安は、ずっと胸の中にあった。

 

 ただのお節介なのではないか。余計なお世話なのではないか。

 

 けど、胸の内をずっと不安が支配している気持ちは私もよく分かっているつもりだったから。何かに追われ続ける恐怖を誤魔化す気持ちも、理解しているつもりだったから。

 影も形も、名もわからない何かが常に背後から追いかけている恐怖。焦燥感に似た謎の感情。

 胸な中にぽっかりと穴が空いたような状態で生きていく事の辛さ。

 その感覚から逃げるように何かに没頭するのも良いけれど、時には足を止めて────周りに目を向けてみるのも大事だと。一年近く引きこもっていた経験から、今はそう思う。

「────私。フリーになる前は防衛軍の兵士だったのよ」

「ああ、どうりで・・・・・・」

 何となく、わかる。この子の中にある、アンビーとのちょっとした違い。

 ハリンが放つ雰囲気には、少し張り詰めたものがあって。元軍人だと聞けば、確かにと納得する自分がいた。

「ヘアアレンジを勉強したりはした。私にはどんな髪型が似合うのか、どんな髪型が・・・・・・その、お洒落なのか、とも。メイクにも興味はあったのよ。けど、『11号』(兵士である私)には必要のないものだと思っていたから」

 戦場に赴けば男も女も同じ。武器を取り、エーテリアスや人間を相手にする以上、そこには何の差も無いのだろう。

 汗ばんで、血や雨や様々なモノに汚れる顔には、確かにメイクは必要ないのかもしれない。

「・・・・・・かつて不要だと投げ捨てたものすらも、拾い上げてくれてありがとう」

「いやそれは、その方が気分上がるかなって────」

「特に意図していなくとも、よ。私は嬉しかった」

「そ、そんなに? じゃあ後であのリップあげるよ。本格的な化粧を毎日、は難しくてもさ。色付きリップを塗るだけで、気分は変わるものだしさ」

 ・・・・・・なんか最近、意図してない事で感謝されることが多いな。調子が狂う。

「休暇の大切さを改めて実感したわ。・・・・・・一日休みを頻繁に、というわけにはいかないけれど。追い込んで、無理をするような日は減らす。約束するわ」

「ん、なら良〜し!」

 私の横顔を覗き込むハリンの顔。化粧が施されて普段より煌びやかに見えるその笑顔は、夕焼けを受けて眩しく輝いているようだった。

 だから、

「リンは何を言いかけていたの?」

 

 ────だから。

 

「────、────」

「・・・・・・リン?」

「何でも無い。ごめん、忘れちゃった」

 

 私は、いつも通りの笑みで誤魔化して。喉元まで迫り上がった、罪の告白を飲み下した。

 

 ◇◆◇

 

「おかえり、二人とも」

 夕飯を済ませて六分街へ帰り、裏口から我が家に入る私たちをお兄ちゃんが笑顔で出迎えてくれた。

 丁度〆作業も終わった所で、お兄ちゃんはいそいそと棚のレイアウトを変えていた所だ。

「ただいま、お兄ちゃん!」

「・・・・・・ただいま」

 お兄ちゃんの足元にはいくつかのビデオと、お兄ちゃんの手書きで『黄金の日特集! 家族揃って映画は如何ですか?』なんて書かれたポップが置かれているのが見えた。

 そっか、そろそろ黄金の日も近いんだっけ。それに合わせたキャンペーンとか考えないといけないな。

 手に持ったビデオを棚にしまうと、小さく息を吐き出して。お兄ちゃんはそのままハリンに向き合い、

「リンとのデートは楽しめたかい?」

「ええ、とても。特にスクリーンで見る映画は良いものね。良い音響、大きな画面で見るのはまた違った迫力があったわ」

「ふふ、そっか。よかったよかった」

 思わずハリンの背後で胸を張ってドヤ顔をする私。何せデートプランを考えたのは私だからね! ・・・・・・まあ、私が映画見たかっただけ、ではあるんだけども。

「土産話はまた後で。お客さんが来ているんだ。二人が帰ってくるのを待っていてね」

「あえ、そうなの?」

 それなら連絡のひとつでもくれればよかったのに。何も気にせず遊んできちゃったや。

 そんな話を聞いてしまえばゆっくりしてられない。お兄ちゃんとハリンを連れて工房の扉へと駆け寄って行く。

 扉がキィ、と音を立てて開く。その向こうで、床にしゃがんでイアスと戯れるその子は、

「レイン!」

「あ。おかえり、リンとハリン。お出かけは楽しかった?」

 レインだった。軽く挨拶を交わしながら立ち上がり、スカートを叩いて身だしなみを整えると。小さく手を振って、私たちに笑いかけてくれる。

「どうしたの、何か仕事?」

「仕事の依頼に来たわけでは無いんだけど・・・・・・んー、頼み事、といえばそうかな」

 言いながら、レインのポケットから取り出される数枚の紙。それは、私たちも見覚えのあるもので。

「あ。もしかして『ニフテリノス ウラノス』のライブチケット?」

「うん? ああ────あぁ・・・・・・もしかして、ノクスの言ってた『神様』って三人のこと?」

「まあ・・・・・・あはは。正確に言えば、あとひとりはハリンじゃなくて別の人だけどね」

 レインもあの子のことを知ってるのか。如何にもこうにも、世界というのは狭いものである。

「もうチケットを持ってるなら、この分は必要ないね。・・・・・・ノクスは私の友人でさ。チケットが余ってるから、良ければ一緒にって誘いに来たんだけど。あの子、『あんなん』だけど歌ってる時はすごいんだよ」

 あんなん、と言われた途端に脳内でイマジナリーノクスが『酷い言い様っスよォ〜!!!』なんて叫び始めたが、とりあえず頭の隅に追いやって。レインが向けてきたスマートフォンの画面に目をやれば、一本の動画が再生されていた。

「ノクスは作詞、作曲、MIX作業・・・・・・それから動画制作まで全部ひとりでやっててね。歌にも不思議と、背中を押してくれたり心を掴むような力がある」

「うん────」

 確かにすごい。動画のクオリティも素人目から見てもかなり良いものだとわかるし、レインが言う通りコレを全てひとりで作ったとなると凄まじいものだ。

「・・・・・・ところで、MIXってなに?」

「録音した音源────歌声やコーラス、インスト音源なんかを合わせて加工をしたり、音量だとか色々といじる作業のことだよ」

「それをお兄ちゃんは〜?」

「齧るだけ齧ってやめたから『出来る』とは言い難いね」

「ああそう・・・・・・」

 まるで自分もできる、みたいな言い草だったから期待したんだけど。流石のお兄ちゃんも何でもできるわけでは無いか。

 とはいえ、だ。

「そんな子のライブをタダ────では無いか。ご飯代払ったし。それにしても本来の価格より安く見れるんだから、人助けはするものだね〜」

 あの場面は多分、セスが居なくとも私とお兄ちゃんは財布を開いていたことだろう。

 誰かへの行いは必ず自分へ返ってくる。そう言ってたのは巴さんだったっけ。言えて妙、である。

 そんな私の言葉を受けて、レインはスマートフォンを引っ込めて。何やら意味深な笑みを浮かべながら、

「それに今回は特別ゲストも来てくれるみたいだからね。三人はツイてるよ」

「特別ゲスト────ああ、」

 そういえば、ノクスはあの時〝嬉しいアクシデント〟みたいなことを言ってたっけ。

「その特別ゲストって誰なんだい?」

「ふふ。それがね────」

 再び操作され、私たちの目の前に向けられる画面。そこに映っていたのは、

 

「アストラ・ヤオ────!?」

 

 私やお兄ちゃんですら、よく知っている顔だった。

 

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