僕らの意識外から急に現れた、ハリンとアンビーに良く似た少女とホロウ。治安官、警備員、僕ら────そしてイヴリンさん。誰もがその襲来に気付けず、後手に回ってしまった事実に奥歯を噛み締める。
「レイン、リンを連れてホロウの外へ!」
「わかった。リン、立てる?」
気を抜いていたわけではない。ライブに集中しながらも、周りに気を配っていたつもりではあった。だというのに、彼女とホロウは瞬きの間に現れ、状況をかき乱していた。
一体どうやって・・・・・・テレポート? そんな技術を持っているとは思いたくない。いや、今僕が考えなくちゃいけないのは『どうやって』より『どうするか』だ。
舞台の上に現れた彼女はハリンが対処してくれている。なら、僕はホロウと観客の方を────、
「リン!? 大丈夫!?」
ホロウの出口へ向かったレインの声。視線をやれば、レインに肩を貸されながら気を失ったリンが見える。
駆け寄りたい気持ち。いや、リンはレインに任せるべきだ。大丈夫。大丈夫。
あまりにも状況が混沌とし過ぎている。『うん』とも『すん』とも言わなくなった僕ら以外の観客。他の面々は呆然とした顔で立ちすくみ、ただただステージを眺めているだけ。
そして、立ち見席の方には────これもまた、アンビーとハリンによく似た顔の少女が三人。そのどれもがブレードで武装していて、今はイヴリンさんと交戦しているのが見て取れる。
「何が何だかわからないな────Fairy、聞こえるかい?」
『はい、聞こえます。助手二号』
「朱鳶さんに連絡は取れるかな。増援を頼みたい」
『既に連絡は行いましたが、特に返事はありません。彼女もまた別件に対応中かと』
「ッ────仕方ないか」
観客と同じように立ち尽くした治安官、警備員が数名。正気を保った者は観客を動かそうとしていたり、今イヴリンさんの手伝いをしようと駆け寄っているのが見える。
────僕たちで頑張るしかない。
◇◆◇
それは、突然現れた。
瞬きの間にステージ上に。アストラ・ヤオを覗き込むその顔を見た途端、全身の血が沸騰していくような感覚がある。
「ツイッギー────!!」
止まらない伴奏。意識の外で流れる楽曲。その中でミリタリージャケットを脱ぎ捨て、リュックの中から取り出したタクティカルベストを装着して。得物を抜刀しながら、ステージ目掛けて跳躍する。
私の叫びに似た声を聞いて。彼女の────ツイッギーの顔に。驚愕と、笑みが浮かんだ。
「あら、ハリン。こんな所で会うなんて奇遇ね? 思ったより早い再開でお姉ちゃん嬉しい」
振るったナタが、寸前で身を翻し躱される。その口元には変わらず余裕の笑みが浮かべられていて腹が立った。
踏み込み、振り上げ。その刃先を躱そうと背後に跳躍し、両足が地面から離れたのを見やり、腹部目掛けて回し蹴りを放つ────、
「ッ、・・・・・・」
吹き飛んでいくツイッギー。ステージからすっ飛び、その身体は無人の屋台へと突っ込んでいく。
ソレを追いかけるようにナタを構え直しながら駆けていき、振り上げ、
「怒っているように見えて冷静ね。流石元兵士。私の無力化だけではなくて、ちゃんと『
振り下ろす。刀身は相手を捉えず、鉄板を両断する。
「でも貴女、弱くなった? いや、私が強くなったのかしら。攻撃全部がちゃんと見えるの。ふふ」
「うるさい────!!」
私の顔面目掛けて拳が振るわれる。ソレを開いた左手で受け止めれば、腹部に衝撃が走った。
蹴り。それも、私の記憶の中よりもずっと強く。身体がくの字に曲がり、肺に溜め込んだ空気が一気に吐き出される感覚がある。
彼女の言葉に嘘はない。シルバー小隊の中で参謀役を任されていた過去の彼女よりも、断然力が強くなっている────。
「ッ・・・・・・貴女、あの子達を使って何するつもり?」
「簡単よ、貴女と同じ。
言いながら。彼女は腰元の、二本のブレードを引き抜いた。
シルバー当時と、同じ武装────。
「づ、ぅ────あの子達はもう関係ないでしょう。これ以上、
「ええ、『
受け止める。目の前で飛び散る火花。強く柄を握り込み、目の前で炎が揺らぐのがわかる。
その向こうから向けられる視線。忌々しげな、隻眼の視線が。私の瞳の奥を貫くようで不快だった。
「これは私たちの問題。もう隊長も、貴女も関係はないのよ。
「一緒にしないで────!」
「私から見れば同じでしかないわよ。浮かれてるんじゃないの、ハリン? 髪も整えて、居場所も得て。戦場を居場所としていた頃の貴女の気迫は、もう何処にもない────!!」
ナタが弾かれる。互いに後退する。荒げた呼吸を整え、汗ばんだ掌で柄を握り直す。
ふと、ツイッギーの視線が私の背後に向いて。何かに感心するように、その隻眼を細めた。
「へえ。貴女、面白そうな人を連れてるわね。彼が使ってるの、私と同じ『認知』の力かしら」
「余所見とはずいぶん余裕ね」
「事実、余裕だもの」
胸元のホルスターから拳銃を引き抜き、ツイッギーを目掛けて発砲。しかし銃弾は刀身に両断され、割れた銃弾が地面に着弾する音が聞こえる。
「認知と認識を操る『セフィロト』のホロウ。讃頌会の計画なんてくだらないと思っていたけど、これならサラが執心するのも納得だわ」
跳躍する。振り下ろし、振り上げた刀身が一対のブレードとぶつかり合い、受け流され、数度の火花が散る。
「新エリー都一番の歌姫に寄せられた期待と羨望、『楽しい』という気持ちや、向けられた『認知』を私への恐怖に変換する。それだけでこの場において最強に至れるのだから、私の研究が馬鹿馬鹿しくなってくる」
「────ッ」
「ねえ、ハリン? 私が血反吐を吐くような気持ちで地獄を味わっていた時。シルバー小隊復興のために研究に勤しんでいた時。奥歯を噛み締め、自分の身体をいじくり回していた時────貴女は何をしていたの?」
冷たい。冷たい視線と共に放たれる斬撃を受け流し、地面を踏み締めて。
「オボルスに入隊したあたりまでは私だって許せた。
「ゔ、ッ────」
「けどそのあとは何? メイフラワーの犬に成り下がって、何でもないようなビデオ屋に入り浸って平和を謳歌して────あまりにも生温い」
逃した斬撃のひとつがタクティカルベストを切り裂く。舌打ち混じりの発砲はツイッギーの頰を掠めるに留まった。
「価値の証明は、何処に行ってしまったの?」
「うるさい!!」
その為だけに得物を振るってきた。その為だけに戦場に赴いた。けれど────、
「
その言葉が、胸に痛かった。
「アンビーはね。拠り所を見つけて弱くなった。私たちに拠り所なんて要らない。戦場だけが居場所なのよ。ハンバーガー? 映画? 家族? バカみたい。食事なんて硬い硬いパンと加熱剤付きの保存食で十分でしょう。家族だって────」
その先の言葉は剣戟によって掻き消される。奥歯を噛み締め、軋む音が煩い。
「わかる、ハリン? アンビーはね。戦場以外の居場所を見つけて、拠り所を見つけて────弱くなったから死んだのよ。今の貴女と同じようにね!!」
一撃一撃、その全てが重い。身体にのし掛かるように、私の弱さを自覚させるように。
「・・・・・・もう私と同じ志を持つものは何処にもいない。だから、新しい指導者を作ろうと思っていたけれど────もう辞めたわ。新顔も貴女も彼女には届かない。私もね、あの人には届かない」
そう呟くツイッギーの視線は鍔迫り合いの中でも明後日の方向へ。何かを思い返すように、慈しむように。
「戦場においての『絶対』を担っていた彼女はもう何処にも居ない。彼女がたとえ死んでいなかったとしても、彼女は鬼気迫る
再び互いの体が離れる。剣先の一本が空を指し示し、
「だから。アプローチを変えるわ」
空気が揺らぐ。ホロウの膜が脈動する。
風が吹き荒び、その全てが天に向けられた剣先に集められているのが分かった。
近しい感覚を、私は知っている。
シオリが生み出したホロウの中で。私の愛刀に施された、認知による強化。
私の手元に集められた、認知の感覚────。
「何をする気────やめなさい!!」
「私はシルバー小隊の価値が証明できれば後のことはどうだって良い。創世の主だの、形のない神────世界への執着だってない。むしろこんな世界、壊れてしまえば良いと思ってるわ」
焦燥感がある。風に押されて前に進めない。顔を守るために目の前で交差した腕の隙間から、不敵な笑みを浮かべたツイッギーが見える。
「この世界に私は独り。いくら彼女たちを生み出したところでその認識は変わらなかった。ずっと、ずっと独りだった────隣に並び立つ存在にはなり得なかった。無駄、だったんでしょうね」
掲げた剣先が妖しく煌めく。ホロウの膜と同色の、紫色の輝きを放っている。
同時に辺りの観客の視線が彼女に集められ、つられて肌が粟立つ程の恐怖が集められていくのが分かった。
「シルバーの価値の証明は戦場にこだわることはない。私が────『
「ツイッギー!!」
「私の力では真の崩壊は起こせないかもしれないわ。けれど、その崩壊に向かって────この歪んだ世界にキッカケとなる杭を打つことは出来るでしょう。世界崩壊の原因を作った独りの兵士。それはこの上なく、価値のあるものだと思わない? ハリン」
切先が地面へと向けられる。強く、強く柄を握り直す手のひら。
「だから、私が────この『イェソド』のホロウを以て。この世界に終わりを齎す」
そして、勢いよくその剣は振り下ろさられ────、
「勝手なことするのは困るよ、ツイッギー? サラも、ラマニアンで呆れてる」
その腹部を。太い、機械製の指が貫いた。
◇◆◇
蹲った体が震えている。両手で抱いた体が震えている。
今私の目の前で繰り広げられている光景は、かつての地獄を思い返すには十分で。
『█能が█るのね! █度聞█ただ█で███なんて!』
ねえ、
「────たし、は。みんなの心を、救うために」
そうね。沢山の人の心に光を届けるために歌ってきた。沢山の人の心を、救うために歌ってきた。
「じゃあ、一緒に────」
『█ストラちゃん█歌っ█?』
こんな世の中だから。目の前に終わりが見えているから。きっと歌は、多くの人の心を救う。そう信じて、歌い続けてきた。
けれど、
「────、────ぁ」
喉に何かが引っ掛かるような感覚がある。歌が、歌声が。堰き止められたように、出てきてくれない。
何が、誰かを救うための歌だ。何が、誰かの心を照らすための歌だ。
私の歌は、一度のみならず二度までもこんな地獄を生み出した。
スターループのあの日。
『わかる? 貴女がこの地獄を生み出したの』
『アストラ!!』
『貴女が舞台に立つから』
『おまえが舞台に立つから』
ライブ会場に広がるホロウ。あちこちから私を目掛けて駆け出すエーテリアス。
無数のヨラン・デウィンターの幻影が私を取り囲み、冷たい視線で見下ろしてくる。
『おまえが』
『おまえが、』
『おまえなんかが、代わりになど────』
声、声、悲鳴、傾く地面。庇うように立つ、ネイビーと白色のエーテリアス。私に必死に駆け寄るイヴ。浮遊感。落ちていく、落ちて、落ちて────目の前に、瓦礫で足を潰された彼女の姿があって。掌に触れる血溜まりの感覚があって。
この地獄を私が生み出した。
ぐちゃぐちゃになった光景が、今も私の心を蝕んでいる。
歌えば誰かを傷つける。
歌えば地獄を生み出す。
だから誰かの前に立つのは避けて、
だから歌を唄うことは避けて。
私の歌では誰も救えない。
私の歌は何も生まない。
思い上がりを叩き伏せたあの日の思いを抱えて、私は部屋の中に閉じこもっているのがお似合いだった。
伴奏が聞こえる。伴奏が聞こえる。何度となく、私が耳にした私の曲。
そこに入り混じり、剣戟の音が。叫び、言い合う声が。風が。
私は、こんな光景を生み出すために────マイクを握ったわけではないのに。