P.ZZZ 虚満ちる、壊れた世界。   作:悠問追

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Chapter6 『伴奏』

 

 僕らの意識外から急に現れた、ハリンとアンビーに良く似た少女とホロウ。治安官、警備員、僕ら────そしてイヴリンさん。誰もがその襲来に気付けず、後手に回ってしまった事実に奥歯を噛み締める。

 

「レイン、リンを連れてホロウの外へ!」

「わかった。リン、立てる?」

 

 気を抜いていたわけではない。ライブに集中しながらも、周りに気を配っていたつもりではあった。だというのに、彼女とホロウは瞬きの間に現れ、状況をかき乱していた。

 一体どうやって・・・・・・テレポート? そんな技術を持っているとは思いたくない。いや、今僕が考えなくちゃいけないのは『どうやって』より『どうするか』だ。

 舞台の上に現れた彼女はハリンが対処してくれている。なら、僕はホロウと観客の方を────、

「リン!? 大丈夫!?」

 ホロウの出口へ向かったレインの声。視線をやれば、レインに肩を貸されながら気を失ったリンが見える。

 駆け寄りたい気持ち。いや、リンはレインに任せるべきだ。大丈夫。大丈夫。

 あまりにも状況が混沌とし過ぎている。『うん』とも『すん』とも言わなくなった僕ら以外の観客。他の面々は呆然とした顔で立ちすくみ、ただただステージを眺めているだけ。

 そして、立ち見席の方には────これもまた、アンビーとハリンによく似た顔の少女が三人。そのどれもがブレードで武装していて、今はイヴリンさんと交戦しているのが見て取れる。

「何が何だかわからないな────Fairy、聞こえるかい?」

『はい、聞こえます。助手二号』

「朱鳶さんに連絡は取れるかな。増援を頼みたい」

『既に連絡は行いましたが、特に返事はありません。彼女もまた別件に対応中かと』

「ッ────仕方ないか」

 観客と同じように立ち尽くした治安官、警備員が数名。正気を保った者は観客を動かそうとしていたり、今イヴリンさんの手伝いをしようと駆け寄っているのが見える。

 

 ────僕たちで頑張るしかない。

 

 ◇◆◇

 

 それは、突然現れた。

 瞬きの間にステージ上に。アストラ・ヤオを覗き込むその顔を見た途端、全身の血が沸騰していくような感覚がある。

「ツイッギー────!!」

 止まらない伴奏。意識の外で流れる楽曲。その中でミリタリージャケットを脱ぎ捨て、リュックの中から取り出したタクティカルベストを装着して。得物を抜刀しながら、ステージ目掛けて跳躍する。

 私の叫びに似た声を聞いて。彼女の────ツイッギーの顔に。驚愕と、笑みが浮かんだ。

「あら、ハリン。こんな所で会うなんて奇遇ね? 思ったより早い再開でお姉ちゃん嬉しい」

 振るったナタが、寸前で身を翻し躱される。その口元には変わらず余裕の笑みが浮かべられていて腹が立った。

 踏み込み、振り上げ。その刃先を躱そうと背後に跳躍し、両足が地面から離れたのを見やり、腹部目掛けて回し蹴りを放つ────、

「ッ、・・・・・・」

 吹き飛んでいくツイッギー。ステージからすっ飛び、その身体は無人の屋台へと突っ込んでいく。

 ソレを追いかけるようにナタを構え直しながら駆けていき、振り上げ、

「怒っているように見えて冷静ね。流石元兵士。私の無力化だけではなくて、ちゃんと『アストラ(彼女)』から私を遠ざけるところに意識が向いてる」

 振り下ろす。刀身は相手を捉えず、鉄板を両断する。

「でも貴女、弱くなった? いや、私が強くなったのかしら。攻撃全部がちゃんと見えるの。ふふ」

「うるさい────!!」

 私の顔面目掛けて拳が振るわれる。ソレを開いた左手で受け止めれば、腹部に衝撃が走った。

 蹴り。それも、私の記憶の中よりもずっと強く。身体がくの字に曲がり、肺に溜め込んだ空気が一気に吐き出される感覚がある。

 彼女の言葉に嘘はない。シルバー小隊の中で参謀役を任されていた過去の彼女よりも、断然力が強くなっている────。

「ッ・・・・・・貴女、あの子達を使って何するつもり?」

「簡単よ、貴女と同じ。シルバー小隊(私たち)の価値の証明────でもあの子達はまだダメね。隊長(アンビー)にも、末っ子(貴女)にすら遠く及ばない」

 言いながら。彼女は腰元の、二本のブレードを引き抜いた。

 シルバー当時と、同じ武装────。

「づ、ぅ────あの子達はもう関係ないでしょう。これ以上、シルバー小隊(私たち)の力を悪用するのは辞めに、」

「ええ、『新世代(あの子達)』は『シルバー(私たち)』とは関係ないわ。だから、貴女も関係ない」

 受け止める。目の前で飛び散る火花。強く柄を握り込み、目の前で炎が揺らぐのがわかる。

 その向こうから向けられる視線。忌々しげな、隻眼の視線が。私の瞳の奥を貫くようで不快だった。

「これは私たちの問題。もう隊長も、貴女も関係はないのよ。裏切り者(・・・・)の貴女たちはね!」

「一緒にしないで────!」

「私から見れば同じでしかないわよ。浮かれてるんじゃないの、ハリン? 髪も整えて、居場所も得て。戦場を居場所としていた頃の貴女の気迫は、もう何処にもない────!!」

 ナタが弾かれる。互いに後退する。荒げた呼吸を整え、汗ばんだ掌で柄を握り直す。

 ふと、ツイッギーの視線が私の背後に向いて。何かに感心するように、その隻眼を細めた。

「へえ。貴女、面白そうな人を連れてるわね。彼が使ってるの、私と同じ『認知』の力かしら」

「余所見とはずいぶん余裕ね」

「事実、余裕だもの」

 胸元のホルスターから拳銃を引き抜き、ツイッギーを目掛けて発砲。しかし銃弾は刀身に両断され、割れた銃弾が地面に着弾する音が聞こえる。

「認知と認識を操る『セフィロト』のホロウ。讃頌会の計画なんてくだらないと思っていたけど、これならサラが執心するのも納得だわ」

 跳躍する。振り下ろし、振り上げた刀身が一対のブレードとぶつかり合い、受け流され、数度の火花が散る。

「新エリー都一番の歌姫に寄せられた期待と羨望、『楽しい』という気持ちや、向けられた『認知』を私への恐怖に変換する。それだけでこの場において最強に至れるのだから、私の研究が馬鹿馬鹿しくなってくる」

「────ッ」

「ねえ、ハリン? 私が血反吐を吐くような気持ちで地獄を味わっていた時。シルバー小隊復興のために研究に勤しんでいた時。奥歯を噛み締め、自分の身体をいじくり回していた時────貴女は何をしていたの?」

 冷たい。冷たい視線と共に放たれる斬撃を受け流し、地面を踏み締めて。

「オボルスに入隊したあたりまでは私だって許せた。シルバー(私たち)の居場所は戦場にしかないもの。戻ってくるのは道理」

「ゔ、ッ────」

「けどそのあとは何? メイフラワーの犬に成り下がって、何でもないようなビデオ屋に入り浸って平和を謳歌して────あまりにも生温い」

 逃した斬撃のひとつがタクティカルベストを切り裂く。舌打ち混じりの発砲はツイッギーの頰を掠めるに留まった。

「価値の証明は、何処に行ってしまったの?」

「うるさい!!」

 

 シルバー小隊(私たち)の価値の証明。根幹に掲げたその想いが揺らいだことなど一度もなかった。

 その為だけに得物を振るってきた。その為だけに戦場に赴いた。けれど────、

 

シルバー(私たち)を捨てて邪兎屋に堕ちた『あの人』と、なにも変わらないじゃない」

 

 その言葉が、胸に痛かった。

 

「アンビーはね。拠り所を見つけて弱くなった。私たちに拠り所なんて要らない。戦場だけが居場所なのよ。ハンバーガー? 映画? 家族? バカみたい。食事なんて硬い硬いパンと加熱剤付きの保存食で十分でしょう。家族だって────」

 その先の言葉は剣戟によって掻き消される。奥歯を噛み締め、軋む音が煩い。

「わかる、ハリン? アンビーはね。戦場以外の居場所を見つけて、拠り所を見つけて────弱くなったから死んだのよ。今の貴女と同じようにね!!」

 一撃一撃、その全てが重い。身体にのし掛かるように、私の弱さを自覚させるように。

「・・・・・・もう私と同じ志を持つものは何処にもいない。だから、新しい指導者を作ろうと思っていたけれど────もう辞めたわ。新顔も貴女も彼女には届かない。私もね、あの人には届かない」

 そう呟くツイッギーの視線は鍔迫り合いの中でも明後日の方向へ。何かを思い返すように、慈しむように。

「戦場においての『絶対』を担っていた彼女はもう何処にも居ない。彼女がたとえ死んでいなかったとしても、彼女は鬼気迫るあの頃(・・・)には戻れなかったでしょうね。だから、」

 再び互いの体が離れる。剣先の一本が空を指し示し、

「だから。アプローチを変えるわ」

 空気が揺らぐ。ホロウの膜が脈動する。

 風が吹き荒び、その全てが天に向けられた剣先に集められているのが分かった。

 近しい感覚を、私は知っている。

 

 シオリが生み出したホロウの中で。私の愛刀に施された、認知による強化。

 

 私の手元に集められた、認知の感覚────。

「何をする気────やめなさい!!」

「私はシルバー小隊の価値が証明できれば後のことはどうだって良い。創世の主だの、形のない神────世界への執着だってない。むしろこんな世界、壊れてしまえば良いと思ってるわ」

 焦燥感がある。風に押されて前に進めない。顔を守るために目の前で交差した腕の隙間から、不敵な笑みを浮かべたツイッギーが見える。

「この世界に私は独り。いくら彼女たちを生み出したところでその認識は変わらなかった。ずっと、ずっと独りだった────隣に並び立つ存在にはなり得なかった。無駄、だったんでしょうね」

 

 掲げた剣先が妖しく煌めく。ホロウの膜と同色の、紫色の輝きを放っている。

 同時に辺りの観客の視線が彼女に集められ、つられて肌が粟立つ程の恐怖が集められていくのが分かった。

 

「シルバーの価値の証明は戦場にこだわることはない。私が────『最後に残ったシルバーのひとり(私自身)』が、この世界を壊せばその証明に繋がる」

「ツイッギー!!」

「私の力では真の崩壊は起こせないかもしれないわ。けれど、その崩壊に向かって────この歪んだ世界にキッカケとなる杭を打つことは出来るでしょう。世界崩壊の原因を作った独りの兵士。それはこの上なく、価値のあるものだと思わない? ハリン」

 

 切先が地面へと向けられる。強く、強く柄を握り直す手のひら。

 

「だから、私が────この『イェソド』のホロウを以て。この世界に終わりを齎す」

 

 そして、勢いよくその剣は振り下ろさられ────、

 

「勝手なことするのは困るよ、ツイッギー? サラも、ラマニアンで呆れてる」

 

 その腹部を。太い、機械製の指が貫いた。

 

 ◇◆◇

 

 蹲った体が震えている。両手で抱いた体が震えている。

 今私の目の前で繰り広げられている光景は、かつての地獄を思い返すには十分で。

『█能が█るのね! █度聞█ただ█で███なんて!』

 ねえ、アストラ()? 貴女は一体、何のために歌ってきたの?

「────たし、は。みんなの心を、救うために」

 そうね。沢山の人の心に光を届けるために歌ってきた。沢山の人の心を、救うために歌ってきた。

 

「じゃあ、一緒に────」

『█ストラちゃん█歌っ█?』

 

 こんな世の中だから。目の前に終わりが見えているから。きっと歌は、多くの人の心を救う。そう信じて、歌い続けてきた。

 けれど、

 

「────、────ぁ」

 

 喉に何かが引っ掛かるような感覚がある。歌が、歌声が。堰き止められたように、出てきてくれない。

 

 何が、誰かを救うための歌だ。何が、誰かの心を照らすための歌だ。

 私の歌は、一度のみならず二度までもこんな地獄を生み出した。

 

 スターループのあの日。

 

『わかる? 貴女がこの地獄を生み出したの』

『アストラ!!』

『貴女が舞台に立つから』

『おまえが舞台に立つから』

 

 ライブ会場に広がるホロウ。あちこちから私を目掛けて駆け出すエーテリアス。

 無数のヨラン・デウィンターの幻影が私を取り囲み、冷たい視線で見下ろしてくる。

 

『おまえが』

『おまえが、』

『おまえなんかが、代わりになど────』

 

 声、声、悲鳴、傾く地面。庇うように立つ、ネイビーと白色のエーテリアス。私に必死に駆け寄るイヴ。浮遊感。落ちていく、落ちて、落ちて────目の前に、瓦礫で足を潰された彼女の姿があって。掌に触れる血溜まりの感覚があって。

 

 この地獄を私が生み出した。

 ぐちゃぐちゃになった光景が、今も私の心を蝕んでいる。

 

 歌えば誰かを傷つける。

 歌えば地獄を生み出す。

 

 だから誰かの前に立つのは避けて、

 だから歌を唄うことは避けて。

 

 私の歌では誰も救えない。

 私の歌は何も生まない。

 

 思い上がりを叩き伏せたあの日の思いを抱えて、私は部屋の中に閉じこもっているのがお似合いだった。

 

 伴奏が聞こえる。伴奏が聞こえる。何度となく、私が耳にした私の曲。

 そこに入り混じり、剣戟の音が。叫び、言い合う声が。風が。

 

 私は、こんな光景を生み出すために────マイクを握ったわけではないのに。

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