P.ZZZ 虚満ちる、壊れた世界。   作:悠問追

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Chapter7 『伴走』

 

「は? ────へ?」

 風が止む。嫌な予感が消え失せていき、代わりに困惑の声と共にツイッギーの口元からは血の赤色が地面に向かって滴り落ちた。

 背中が曲がる。それに伴い、腹部から抜き取られていく指先。地面に音を立てて彼女が倒れ込んだのと同時に、

「────『シード』」

 彼女と、目が合った。

「久しぶり、『11号』・・・・・・あ。今はハリン、だったっけ」

「────『シード』!!」

 構え直す。跳躍する。左手に持った拳銃を空高く放り投げ、空いた左手でベストから手榴弾を取り出しピンを抜き、目の前に投げつける。

「・・・・・・へぇ?」

 突如現れた、機械の太い腕。その指先から放たれた実弾が手榴弾を炸裂させ炎を生み出し、ナタのトリガーを押し込み炎を刀身に吸収。振るった刀身は、その太い腕で受け流された。

「あは。再会の挨拶くらいはあってもいいと僕は思うんだけどな〜」

 上空から飛来してくる拳銃を取り、頭部を目掛けて発砲。顔を逸らすことで銃弾は外れ、間近で私と彼女の視線がかち合う────。

「何でそんなに怒ってるの? この子のこと、元々キミは殺す予定だったでしょ」

「────、」

「ナタ以外も使うようになったんだ? 変わったね。僕は前のファイトスタイルの方が好きだったよ」

「時間の流れは容易く人を変えるわ」

「そうだね、だいぶ変わった。今のキミは、土を求めて根を這わせる花みたい」

 その間伸びた話し方も。身に纏った雰囲気も、引き連れた機械兵────『ビッグ・シード』も、変わらない。

 そこにある違いは互いの立場だけ。元『オボルス』の兵士────フリーの傭兵となった私と、反乱軍の一員となった彼女。

 言動、現状からして。彼女は今、讃頌会と共にある。

「・・・・・・久々に顔を見られてよかったよ。僕はもうやること終わったし、帰るね」

「待ちなさい」

「何で止めるのさ〜・・・・・・だってハリン、僕に対して殺意無いでしょ。これ以上戦っても無駄だよ?」

 スクーターのハンドルに身体をもたれ掛けさせ、『シード』は首を傾げながら続ける。

()のことは他の誰でも────オボルスに残った他の子達でも構わない。キミ自身が僕を殺さなくてもいい。そう思ってるから、必死さが無い」

「────、────ッ」

「図星なんだ〜? ならハリンの今の仕事は、僕を捕えることじゃ無いよね。あっちの方」

 言いながら、指をさした先。アキラとイヴリンが立つその向こうに、サクリファイスが叫びを上げているのが見える。

 蟹のような大きな鋏を持った異形の人型。頭部から生やした触覚────その先にあるヒトツメが、遠くから私を捉えた。

「それにね、ツイッギーはまだ生きてるよ。逃げちゃったみたいだけどね。詳しいことはわからないけど、あの子の中にはあとひとつか二つくらいは命が残ってるんじゃなかったかな? だから僕にかまけず、自分のやることを優先してね」

「・・・・・・余計なお世話よ」

「元同僚のよしみだよ〜」

 ヒラヒラと手を振る『シード』・・・・・・その目の前に大きな裂け目が開き、それを潜ろうとスクーターを走らせる。その最中、肩越しに私へと振り返り、

「・・・・・・あ。余計なお世話ついでに、もうひとつ。僕の居場所を探ってるみたいだから」

 かつてと変わらず、柔らかい笑みで、

「ラマニアンに出来たホロウの内のひとつに僕は居るよ。近いうちに、また会うことになるかもね」

 

 ◇◆◇

 

「なんなんスか、これ────」

 突如ステージに現れた乱入者。様子がおかしくなったアストラさんを見て、アタシは舞台袖から思わず駆け出す。

 それから目にした景色は。アタシが思い描いていたものとは全く違って。信じられないものを見たアタシの視線の動きは、油を差し忘れた機械みたいに重たくて鈍い。

 

 こんなはずじゃなかった。

 

 アストラさんのパフォーマンスが終わって、アタシがまた舞台に戻ってきて。最後に見た『みんな』より、もっと楽しそうで笑顔が咲いたみんなを見下ろすはずで。

 

 だってのに。この光景は、何だ?

 

「────、────ッ」

 

 奥歯を噛み締める。強く噛み締めたソレが軋む音がする。

 笑顔なんて、一ミリたりともそこには無くて。ステージでは無い何処かを見つめたみんなの顔には、張り付いたような絶望の表情が浮かべられていた。

 胸の内から湧き上がる感情。メラメラと炎が燃え上がるような感覚。

「────悔しい、」

 それから、怒りだった。

 自分のライブが踏み躙られた。自分のファンたちの感情が利用された。

 許せない。腹が立つ。何より礼節も何も弁えていない、音楽の魅力もわかってねーような連中が我が物顔して暴れ回ってんのが腹立つ。

 

 そんな奴らのせいで、楽しくて仕方ない時間を中断しなきゃいけないのが、許せなかった。

 

「────っち見ろ」

 

 止めてやらない。辞めてやらない。絶対に、このライブは最後まで行ってやる。

 まずは全員の意識をこっち側に引き戻す。

 

「こっち、見ろ────!!」

 

 ギターを掻き鳴らす。そこに込める気持ちは変わらない。

 思えば、ギターを持ち始めた頃から同じことを考えていた。

 自分を見て欲しい。アタシを見つけて欲しい。アタシの音楽を聞け。アタシの声を聞け。

 ずっと、ずっと。昔から、込め続けてきた思いは変わらない。

 

 だから再生回数が伸びるだけで嬉しかった。初めてコメントなんて付いた日には涙が枯れるかと思った。面と向かって曲の感想をもらえた時は、天に昇るような気持ちだった。

 

 気持ちをぶつける。心をぶつける。誰かの代わりに泣いて、誰かの代わりに怒って。誰かと共に笑って、それで。

 

 音楽に言語は関係ない。人種も何も、何処の誰かだって関係ない。

 みんな等しく繋がれるツール。

 だから、アタシの曲でみんなの背中を押して引っ張って。

 このドン底みたいな世界で笑うんだ。

 

「見ろ、見ろよ。アタシを見ろ! 聞け! こっちを見ろよ!!」

 

 アンタらがあんなにノッてた曲のフレーズだぞ。アレンジだっていくらでもできる。体にこびりつくほど練習した曲の数々。

 だけど、

 

「見ろって・・・・・・」

 

 誰ひとり。その視線は、アタシに向かない。

 でも、だとしても────、

 

「こっちを見ろっつってんだろクソがよ!!」

 

 ギターを弾くことは辞められない。だって、音楽(コレ)が、音楽(コレ)だけが、アタシの価値の証明だから。

 ギターを握る。舞台の上に立つ。歌を歌う。そう決めた日から、アタシにはこれ以外の物は他に何にもない。

「アンタもそうなんじゃないのかよ────、」

 変わらずギターをかき鳴らしながら。それでも視線は、アタシの隣で蹲るその人へ。

「アンタも、アタシと同じなんじゃないのかよ!!」

 何かに怯えたように。恐怖に打ち震え、自分の身体を抱く彼女へ。

「自分のライブで観客全員がこんな顔してる。自分を見てない・・・・・・それが、許せないタイプじゃなかったのか!?」

 アタシの知ってるアストラ・ヤオは、いつも笑顔でステージに立っていた。アタシの知っているアストラ・ヤオは、たくさんの人に囲まれていた。

 彼女にも色々あるのかもしれない。テッペンに立っているからこそ見えない景色もあるだろうし、そこに居るからこそ受ける扱いもある。

 良いことも悪いことも。アタシじゃ考えられないくらいに色々な感情な向けられていると思う。

 けど。そんなの知ったこっちゃない。

 

「立て、アストラ・ヤオ!」

 

 受け手から送り手に行く人間は、大概何処かしらイカれているのだと思う。

 だってこの世の中、毎日何処かしらから、何かしらの『摂取』できるものが口を開いてれば落ちてくるような世界だ。

 何も考えず口を開き、ソレを口の中に入れて程々に咀嚼するのが一番楽なのに。

 形状を問わず、何かを創作────表現する側に回るなんて、イカれてないと務まらない。

 

 音楽も、絵も、文字も。何か創作をする段階ではいつだって孤独だ。

 自分の生み出すものは本当に良いものか。そう問いかける自分と睨み合い、手を動かすしか道はない。

 

 そんなイカれた道を選ぶヤツは。それ以上に、何かに取り憑かれてるからここに居る。

 

「アンタも────アンタもこっちを見ろよ!」

 

 アタシの誘いに乗ったのは何でだ? 『一度始めたからにはまた戻らなくちゃいけない』なんて義務感じゃないだろ。どうにかしたいと思ったのは何でだよ。

 アンタの歌に脳を焼かれてここまで身体を引きずってやってきたアタシのように。ステージ(ここ)に、アンタの脳を焼く何かがあったんじゃないのか。

 

「マイクを取れ。歌え、アストラ・ヤオ!」

 

 何より。何より、

 

「アタシたちには、それしかないだろ────!!」

 

 マイクを手に取り、歌で表現すると決めてしまったアタシたちには。それ以外はもう、何もないはずだ。

 

 歌うことをやめて仕舞えば、死んでしまったのと同義だ。表現方法を手放してしまったアタシたちには何も残らない。

 アストラ・ヤオの人気に挑戦してみたくなった。真っ向から殴り合ってみたかった。ああ、それは本音ですとも。正直心の底からそう思う。

 けれど、同時に。アタシをここまで連れてくるほどに脳を焼いたヤツを殺したくなかった。

 だからぶん殴ってでもこの場に引きずり戻す。アンタが死ぬなんて他の誰かが許してもアタシが許さない。

 

 ステージの上まで戻ってこい。

 アタシのことなんて簡単に飛び越えていけよ。

 戻ってこいよ、アストラ・ヤオ。

 

「この世界には、アンタの歌も必要なんだよ────!!」

 

 雨が降る。雫が落ちる。

 音の波をかき消し、虚しさが込み上げるような、誰も注目しない無人(・・)のステージで。

 

 かつて憧れた彼女だけが。初めてアタシの顔を見た。

 

 ◇◆◇

 

 突如襲来した地獄。それに対処するために、私は一度もステージの方を見れていない。

 目的はわからないが、同じ顔をした三人の女。それらがステージに、観客に近寄らないようにするので精一杯だった。

 ステージに背を向け武器を振るう。両手に握ったナイフを振るう。

 糸で捕縛し、着火して。私の死角に回り込んだソイツは目に見えない手に掴まれたようにその場で停止して、私に武器を振り下ろすことはない。

「大丈夫だよ、イヴリンさん────自分のことだけに集中して!」

 ────視界の外からアキラくんの声が聞こえる。

 原理はわからない。けれど、こうして支援を行ってくれるのはとてもありがたかった。

 戦闘に────殲滅に、注力する。これが私の仕事だ。私は、私の仕事に専念すればいい。

 的確に。かつ、短く、時間をかけずに合理的に。刺客の戦闘力を、戦闘意欲を。命を、奪っていく。

 

 そして、その中で。ソレもまた、突然現れた。

 

 目の前で揺らぐエーテルの波動。大気が割れるように現れた裂け目から、白く細長い手がぬるりと伸びる。

 手に握られていたのは注射器。今掻っ切ろうと切先を向けた女の首筋に注射器は突き立てられ────、

 

「な、」

「ぁ、づ!? っ、っ────▟▞▟▜▞▂▇█!!」

 

 空気が、変わる。

 女の口から放たれたか細い悲鳴は太く、長く伸びるように。恐怖に怯えるように抱いた肌が粟立ち、割れたひとつひとつの穴の内側からエーテル粒子が溢れ出し、身を包むと、地面が揺れるほどに地面に頭が叩きつけられる音がする。

「なん、だ・・・・・・」

「イヴリンさんマズい、離れて!」

 悲鳴によく似た声。背後から飛んできた声を聞くなり背後に飛べば、女を包み込んでいたエーテル粒子の膜が破れた。

 どろりと地面に爛れ落ちる卵膜によく似たソレ。その内側から現れたのは、白と黒を基調とした化物であった。

 人型を保ってはいる。が、肥大化した右手の先には蟹によく似たハサミが見え、地面を引き摺るように振り回される。

 一度、二度、三度。地面に叩きつけられた後に横に長い頭部、その中心の口を開けば、

「▃▄▄▟▞▟▜▞▂▇█!!」

 産声を上げるように叫びを上げる。頭部から伸びた触覚、その先の掌ほどの大きさのヒトツメが辺りを見回して。遠くの、何かを捉えた。

「サクリファイス────!」

 コレは、そんな名前なのか。

 似たようなモノと、スターループのあの日に対面したことはある。

 謎のエーテリアスの助けもあって、何とか討伐したソレとは纏う雰囲気から違っていた。

 生物的恐怖。悪寒が背筋を走り、そして。

「立て、アストラ・ヤオ!」

 遥か後方のステージから。マイクを通さずとも私の耳に届くほどの叫びが聞こえた。

 ここにきて初めて背後を振り返る。お嬢様の名前を、こんなにも大きな声で呼ぶモノだから。反射で振り返ってしまった。

 視界の先。焦るように奥歯を噛み締めるアキラくんの更に先で、

「────お嬢、様」

 怯えた様子で自身の体を抱く、彼女を見た。

 

 心が揺らぐ。駆け付けてやらなけらばいけない。けれど、こっちにはサクリファイスと呼ばれた怪物も居て────、

 

「────行き、なさい!!」

 

 轟音。何かと何かがぶつかるような音と共に、私の背中を押す声が聞こえる。

「ハリン────」

「コレの相手は慣れてるわ。だから行って」

「だが・・・・・・」

「だが、じゃないよイヴリンさん! 今の彼女には、貴女が必要なんじゃないのかい!?」

「ッ、・・・・・・」

 

 最悪の未来が脳裏を過ぎる。あの日の彼女が、視界を覆い尽くす感覚があった。

 

 駆け出す。足を回す。

 

 ずっと、ずっと。言葉にできない思いがあった。

 

「アンタも────アンタもこっちを見ろよ!」

「は、っ、ぁ────」

 

 ────足を回す。足を回す。

 

 スターループのあの日から。心に巣食う、靄が居た。

 その靄は部屋の中で、なんとも言えない視線で窓の外を眺める彼女の背中を見る度、痛みを伴って存在を主張していて。

 

「マイクを取れ。歌え、アストラ・ヤオ!」

 

 ────足を回す。足を回す。

 

 あの時、私はもっとかけてやれる言葉があったのではないか。あの時、彼女を安心させてやれる言葉がもっとあったのではないか。

 痛みが選択肢を狭めた。状況が許さなかった。言い訳は、幾らでもできる。

 

「アタシたちには、それしかないだろ────!!」

 

 ────足を、回す。何も言わぬ、観客の間を掻き分けて。一直線に、舞台に向かって。

 

 けれどその言い訳は『過去』の話であって、『今』ではない。

 

 様々な悪意が、あの日にお嬢様へ向けられた悪意が、敵意が。彼女を『部屋(狭い籠)』の中に閉じ込めた。

 

 でも。閉じ込めたのは、私もそうだ。

 

 怖かった。再び彼女が悪意に晒されるのが。あんな表情をさせるのが怖かった。

 友人の言葉に背中を押されなければ、彼女を再び舞台に上げる選択を取れない程に怖かった。

 きっと私の中で彼女の存在はとうの昔に大きく育ち、私の心の拠り所になっていたのだろう。

 

 失うのが、怖かったのだ。

 

 彼女が悪意に怯えるのと同じように。彼女が自分の側を離れるのが怖かった。

 

 鼓膜を揺らす音楽が私の背中を押す。音色の数々が、押し留めていた言葉を引き摺り出す。

「この世界には、アンタの歌も必要なんだよ────!!」

 

 ────足を回す。雨が、降る。

 

「お嬢様────」

 

 空から降る雨粒は私の声を掻き消して。きっと彼女の耳に届いた声は、ノクスの物だけ。

 だから、

 

「────アストラ!!」

 

 負けじと必死に名前を呼ぶ。

 視線は私に向かない。それでも、私の声に反応したように。肩が小さく跳ねるのは見て取れた。

 

「私も。私も、貴女の歌が好きだ。貴女の歌が、私にも────いや」

 

 思いを隠すのは辞めにしよう。思いを包むのは辞めにしよう。

 私は彼女たちのように歌に乗せて思いを届けることは出来ない。だから、せめて。自分の気持ちだけは、真っ直ぐに。

 

「私には、貴女の歌が必要なんだ」

 

 自身の立場。そしてしがらみ。そんなものは投げ捨てて彼女の隣に立つことを選ぶのなら。

 

「貴女が、歌を歌う様子が好きなんだ」

 

 ────『シェヴァリエ』(彼女を護る騎士)ではなく、『イヴ』(彼女の友)として在ることを選ぶのなら。

 

「再び貴女に悪意が向けられるなら、隣に立ってソレを取り除くことを約束する。護るのではなく、共に歩むことを約束する。だから────、」

 

 雨に濡れた前髪も気にせず。喉が枯れるのも気にせずに、

 

「────歌ってくれ、アストラ!!」

 

 ただ、ただ叫ぶ。

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