P.ZZZ 虚満ちる、壊れた世界。   作:悠問追

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Chapter9『捧げ物』

 

「じゃあ、僕たちはこれでお暇させてもらうね」

 遠くから聞こえてくるノクスの歌声。ライブはまだ続いている。

 突如巻き起こったアクシデントは『演出の一環』という認知に捻じ曲げられて、観客の中に浸透した。僕たちの認識ですら〝そう〟なってしまいそうなのが恐ろしいところだけれど、本来ライブとは笑って始まり、笑顔で終わるものだ。これがある意味正しい形なのかもしれない。

「そうか。・・・・・・妹さんにはよろしく伝えておいてくれ」

「うん、伝えておくよ。ありがとう」

 サクリファイスを倒し。その後で、舞台裏に設置されていたホロウの核も破壊した。何より避難の途中に気絶してしまったリンが気がかりだ。解決した後に戻ってきたレインが、後部座席に寝かせてくれたと言っていたけれど・・・・・・だとしても。心配しすぎだ、とリン本人は笑うかもしれない。

 

 短く別れの挨拶を告げて、僕とハリンはライブ会場に背を向けて歩いていく。

 

 イヴリンさんと連絡先は交換した。何かあればまた連絡するように言ってある。次にまたライブを行うことがあれば、リンと僕と、ハリンの分のチケットをくれる、とも。

「・・・・・・というか、ハリンは最後まで残って居ても良かったんだよ?」

 横目にハリンへと視線をやりながら言葉を投げかける。変わらず、ハリンの視線は前へ。歩く先を見つめたまま、僕には向かない。

「それは貴方もよ。リンのことは私に任せて、最後まで居ても良かったのに」

「そうはいかないよ。僕はリンのお兄ちゃんだからね」

「・・・・・・そういうモノなの?」

「そういうモノなの」

 視界に映る、ハリンの瞳が少し揺れた気がした。そこに宿る感情の色はわからない。

 ・・・・・・そこに踏み込むことは、僕にはできない。だから気まずい沈黙をやり過ごすように、ただ足を進めることしか出来なかった。

 

『ツイッギー────!!』

 

 凄まじい形相を浮かべ、名を呼びながら跳んでいったあの時。

 ステージの上に現れた、ハリンとアンビーによく似た彼女。ハリンとあの子の間に、何か因縁があるとわかっていても。いや、わかっているからこそ、踏み込めないのかもしれない。

 

 特別、誰かの懐に入り込むのが怖いというわけではない。

 むしろ仲がいいと思っている相手なら力になりたい。話して楽になるのなら、僕のことはいくらでも思いをぶつけるだけの壁と思ってくれて良いとまで思っている。

 

 だとしても、ハリンにはそこに踏み入らせないだけの凄みがある気がして。

 リンのようにはいかないな、と。内心苦笑を浮かべた。

 

 社用車の側に辿り着き、後部座席の扉を開く。

 そこには寝息を立てるリンが横たわっていて。その表情には、いつもと比べて少し苦しげな表情が浮かべられていた。

 

 あの日、あの時。リンが家から出なくなってしまった原因の日のことも。僕はリンの口から未だに聞けずにいた。

 何が起こったのか。何が起きてしまったのか。それは何となく、現状から理解はできているけれど。

 だとしても、あくまで僕の想像でしかない。

 

 踏み込めない思い。リンの心の内側。

 

 きっとこの子は、僕が手を差し伸ばさずとも独りでまた歩き始めるのだろう。この子は、そういう子だ。

 

『────キミは、何を思ってソレと戦うのかな』

 

 そこまで考えて、僕の脳裏にはグレースさんにかけられた言葉がフラッシュバックする。

 セスと火鍋を食べに行ったあの日。義手のメンテナンスに行った、あの日のこと。

 

 ◇◆◇

 

 今や僕の身体の一部にまでなった偽物の右手は、僕の体を離れて、遠くの机の上で無数のケーブルに接続されている。

 幾らか機械構造を読み取れる知能水晶体(僕の目)でも、その内部の理解は難しく、ブラックボックスのようなモノと化していて。メンテナンスのついでにデータを見ているグレースさんの背中を、僕は眺めていることしか出来なかった。

「うん。不具合の類は見受けられないね・・・・・・『能力』の方の使い心地はどう?」

「特に不自由もなく。むしろ、有難いと思っているくらいだよ」

「そう? なら良かった」

 グレースさんが振り返る。背後にあった机の上からタブレット端末を手に取りながら、言葉を続けた。

「私としても、キミの義手は未知の領域に足を踏み入れた物だからね。こうして定期的に診せに来てくれるのは有難いよ」

「僕自身の身体の事だからね。それこそ、サボったらリンに怒られてしまうから」

「はは、違いない。義手の能力のこと、隠してたせいでこってり絞られたんだって? 私も電話口で少し怒られてしまったよ」

 思わず僕たちは肩を揺らして笑う。それは宛ら、イタズラがバレた子供のように。

 こうなること────というか、確実に止められることがわかっていたから、僕たちは事後報告にしたところが正直ある。

 未知の領域。身体にどういった影響を及ぼすかすら解らない、能力の込められた特殊な義手。

 それこそリンは烈火の如く怒り狂い反対するだろう。僕たちに戦闘能力・・・・・・自衛の手段が備わるメリットを理解していたとしても。リンは『もしも』のデメリットのことを重視する。

 手に取るようにわかる。だって僕も、逆の立場ならそうするだろうから。

 きっとリンも。僕の立場であればこの義手を選び取り、そして僕に『事後報告』という形を取ったであろうことも。

 笑いが収まり、グレースさんの視線は再びデータが映し出された画面に向く。そこに映し出されているのは、シオリちゃんが生み出したホロウの中で、無数に現れたエーテリアスを遠くから『掴み』、放り投げている映像だった。

 その端々には豹を模ったエーテリアス────サクリファイスと戦闘しているハリンが映り込んでいる。

 しばらく、映像を眺めているだけの時間が続いて。グレースさんは短いため息を吐き出し、

「ついで、と言ってはアレなんだけども。一応忠告をしておこうと思ってね」

「忠告?」

「・・・・・・うん。最初に録画データを見た時には確信が持てなかったんだけど────」

 言いながら、グレースさんは自身が身に纏った作業着のチャックに手をかけて。音を立てて下ろしていくものだから、咄嗟に視線を明後日の方向に逸らす。

 ・・・・・・何をしているんだか、この人は。逸らしても彼女が作業着を脱いでいく、布が擦れる音が聞こえてくるものだから。心臓に悪い。

「────見ていいよ。むしろ、見てほしい」

「い、いや。急に何を────」

 ぽんぽん、と肩を数度叩かれる。恐る恐る視線を向けたその先は、

「────、────」

 別の意味で、心臓に悪くて。頰に集まった熱が引いていく気配がある。

 

 露出した右腹部から、鎖骨にかけて続いている大きな手術痕。それは、何かが突き刺さったような傷を縫い合わせているようで。

 両腕には所々、何かに斬られたような傷も見受けられる。改めて見つめたグレースさんの瞳は、酷く冷静だった。

 

「キミたちが戦っているのは『サクリファイス』だね?」

「なぜその名前を────」

「ソレと初めて遭遇したのは六課ではなく、白祇重工────いや、あの時には倒産していたか。『元白祇の面々』である・・・・・・私たちだからね」

 

 H.A.N.D.の機密データに記される存在。その名前が彼女の口から出たものだから、目を開き、息を呑む。

 しかも初めて遭遇した、だなんて。

 

「私たちは先代社長の痕跡を追っていた。・・・・・・まあ、身内の話になってしまうから詳しいことは伏せさせて貰うけど。プロキシを雇うことすら出来ず、ただホロウの中を彷徨うしか無かった私たちの目の前に────ソレは、現れた」

「・・・・・・、・・・・・・」

「キミたちが遭遇したものと同じ、白と黒を基調とした特殊なエーテリアス。私たちは必死に応戦して────持っていた戦力全てを投入し、何とか討伐することが叶った」

 グレースさんの視線は、何かを思い返すように天井へと向けられている。そこに宿る色は、悲しみや嘆き。とても、良いものとは言い難い。

「無数の発明品(子供達)と、社員を何人か。あとは私の内臓を幾つかと、右の肋骨を三本。ソレが、アレを討伐するのに私が払った代償だ」

「────、けど、」

「キミたちは今は上手くいってるかもしれない。けれど、それは『偶然』に過ぎないかもしれない」

 僕の言葉を遮るように。グレースさんの言葉は、尚も続く。

「・・・・・・能力付きの義手を選んだ時点で、キミが────いや、兄妹(キミたち)がホロウに対して、何かしらの『果たさなければいけないこと』があると、何かしらの事情があるんだろうということは察している。だから手を引け、とは言わない。ただ・・・・・・()()()()()()()()()()()()()()はして欲しいな。まあキミにとっては、降りかかる火の粉を払っているだけにすぎないかもしれないが」

 

 確かに、とは思う。グレースさんが言うことも一理あった。

 今はハリンのおかげで、対サクリファイスはどうにかなっている。けれど、永遠に上手くいくとも限らない。

 今まで僕たちが戦ってきた個体が、都合よく倒せる相手だっただけ。次に対面する相手は僕たちの力が敵わないかもしれない。

 ハリンが万が一相手を倒せず、倒れてしまったその時は。次に狙われるのは、戦場に立っている僕だろう。

 

 そうなってしまえば────、

 

「────キミは、何を思ってサクリ()ファイス()と戦うのかな」

 

 投げかけられた問いに、息を呑む。

 僕が何故ホロウに赴くのか。僕が何故、サクリファイスを討伐するために動くのか。

 ケセドの時は空裂閣(くうれつかく)の調査のために。シオリちゃんの時は、そもそものホロウを閉じるために。

 

 そのホロウを鎮圧して、街に────新エリー都に平和を齎すために。

 

 リンとの平和な日々を過ごすために。そして、旧都陥落の────先生の真相を探るために。

 

「誰と、何故戦うのか。ソレは見失わないようにしなければいけない」

「・・・・・・そう、だね」

 ぐうの音も出ない、とはこの事だろう。反論の余地が無かった。

 小さくため息を吐き、頭を横に振る僕へ。グレースさんはタブレットの画面を向けて、

「まあ、後────『サクリファイス』という名称をつけたのは、H.A.N.D.ではないし・・・・・・」

「・・・・・・?」

 イマイチ話の流れが読めない。首を傾げる僕の視界に映る、画面に表示されたどう引っこ抜いて来たのかは解らないH.A.N.D.の、サクリファイスの研究データ。

 その中には確かに、『讃頌会と協力関係にあったジャスティン・ブリンガーがそう呼称していた事から、『サクリファイス』とし────』という文言が並んでいる。

「・・・・・・いやね。各地で発生した謎のホロウ。そして、そこに現れる『生贄』『犠牲』『捧げ物』などの意味合いを含む名前をつけられた、特殊なエーテリアス。そこに意味を求めてしまうのは、考えすぎ(職業病)かな?」

「あ────、」

 納得してしまった。確かに、と思ってしまった。

 生贄。犠牲。捧げ物。そして、認知を操る特殊なホロウ。

 致し方なく討伐していたけれど。確かにソレは────、

 

「僕たちは本当に、正しいことをしていたのか・・・・・・?」

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