ライブは無事に終わった。笑顔を浮かべながら満足げに帰っていく観客を舞台袖から覗くだけで、アタシの中にこの上ない幸福感が満ちていく。
初の、ファンや観客との面と向かってのライブ。アクシデントはあったし、一時はどーなることかと思ったけども。無事に終わってよかった。
まあ何か。気づいたら客席からはアキラくんとリンちゃん、ハリンさんは居なくなってましたけど。あんなことがあった以上仕方ないとはいえ、不服ではある。シンソコ不服である。ノクス・不服・ロア。
「お疲れ様、ノクス!」
そんなくっだらない思考を回していれば、不意に背後から名前を呼ばれて身体が飛び上がった。身体を急速に旋回させて、土下座の姿勢。あっ、ヤベ。ツノ外すの忘れてた。わたわた、と頭を手のひらで弄り外して自身の横に置く。
「・・・・・・いろいろ、舐めた口効いてすみませんでした」
その場の勢い。行きすぎた思い。まあ、表現は無数にある。あの時は色々なことに腹が立って仕方なくて、思ったことがフィルターやら何やらを突き抜けて口から飛び出した。
『こっち、見ろ────!!』
『自分のライブで観客全員がこんな顔してる。自分を見てない・・・・・・それが、許せないタイプじゃなかったのか!?』
『マイクを取れ。歌え、アストラ・ヤオ!』
あの時口走った言葉の数々がリフレインする。一番最初の言葉に関しては、こっち見てない観客や、こんな状況を巻き起こした連中に腹立ったのはあるけど。同様に自分の肩を抱いて俯いてたアストラさん・・・・・・いやアストラ様にハッパかけるつもりでもあったといいますか。
挙句にゃ呼び捨て。しかも自分と同類だと決めつけて。
『この世界には、アンタの歌
終いにゃ『も』って。アンタの歌〝も〟って。ちょっと。思い上がりすぎ。
要りません〜〜〜〜アタシの歌なんてこの世には要りません・・・・・・ここは脱出不可能な死の牢獄・・・・・・言葉が現実に残す大きな傷痕・・・・・・ぐぇぇ・・・・・・死のっかなもう。恥ずか死してるようなモンですけど。
「ちょっと、聞いてる? ノクス」
「ふぇ?」
言われて、顔を上げる。アタシの目の前には膝を降り、しゃがみ込んで。アタシの顔を見つめるアストラ様。頬を膨らませて不満ですと言いたげな顔もお美しい。
「顔を上げて。謝らないで良いわ」
「いやアタシの気が済まnブゥ〜」
「謝らないでって言ってるの。謝る方が失礼よ」
言葉の途中で頬を潰された。痛い。これは・・・・・・涙・・・・・・? 謝罪の念と痛みで心の底から溢れ出た涙・・・・・・。
しばらく黙って見つめ合う。その間もアタシの頰はアストラさんの掌で潰されたままで。ちょっと痛い。し、今アタシめちゃくちゃ間抜けな顔してるんだろうな。
アタシの顔を見つめ、小さく吹き出すアストラさん。そのまま肩を揺らしながら笑みを浮かべたままで、
「良いの、謝らなくて。私は嬉しかったから」
「嬉れし、かった?」
「そう。・・・・・・久々にね、イヴ以外に私のことを対等に見てくれた。新エリー都の偶像────世界一の歌姫として持ち上げられた私ではなくて、ただひとりの『アストラ』として見てくれたから」
はあ。はあ・・・・・・? それは、アレっスかね? 『ふ。おもしれー女』的なアレ?
「今変なこと考えてるでしょ」
「イエソンナコトハ決シテ」
何怖い。アストラさんレベルの歌姫になれば、人の思考も読み取れるんスかね。だからあんな胸に響く曲を作れるのか。成る程ぉ。
「・・・・・・はあ。まあ良いわ。ねえ、ノクス。CD持ってたりしない?」
「え? アストラさんのはアルバムもシングルも家に全部・・・・・・」
「何で私の話になるのよ。貴女のよ、貴女のCD」
アストラさんが、アタシのCDを・・・・・・?
「何故・・・・・・???」
「何故って。貴女のファンになったから」
「アタシのファンに・・・・・・??????」
「ええ。すっごく好きよ、貴女の演奏も・・・・・・歌も。貴女の曲と言葉に背中を押された。私の心を救ったアーティストだもの」
アストラさんが、アタシの歌と演奏を、好き・・・・・・? アタシの歌と言葉がアストラさんを救ったって???
正直夢みたいな言葉だったけど。表情や声音・・・・・・それから、驚くアタシを見ながら首を傾げる様子から見るに、その言葉に嘘は無いみたいだった。
「物販でCD買おうと思ったのに売り切れちゃってて。でもね。私、貴女本人から買いたく────」
「アタシ今なら死んでも良いっス」
「ちょっと! 死なれたら困るわよ。貴女とまた歌いたいんだから!!」
「生ぎまずぅ〜!!」
「い、忙しい子ね! もう・・・・・・!!」
ライブは無事に終わった。本当に、無事に。
まあアタシの涙腺は無事ではなかったけど。アタシのサイン入りのCDを受け取り本当に、心の底から喜んでくれてるアストラさんを見て、ライブ以上に叫んだせいで喉まで無事では無くなってしまったけれど。
それでも無事に。この上なく満足感で満たされてアタシのファーストライブは終わりを告げる。
日が沈んで、闇が広がる遠い空。
そこに瞬く星たちは、いつもよりも綺麗に見えた。
◇◆◇
私の中から命が潰えていくのを感じる。
腹部に空いた穴が熱を孕み、肉体が再生していく気配が気持ち悪い。熱い。痛い。視界が頻りに明滅して、グラグラと意識が揺れる。揺れる。
「は、は、ぁ・・・・・・、づ────」
今自分が何処にいるのかすらわからない。適当な路地の裏に逃げ込み、壁に背中を預けて。地べたに座り込みながら、熱が落ち着くのを待つ。
────最悪。
本当に最悪。こんなところでストックを全て使わされるなんて。何か明確な使用法を考えていたわけではないけれど。それでも、苛立っている自分がいる。
死の恐怖が間近にある。一度味わった感覚が、常に私の背後に立っている。
死ぬ。死んでしまう。もうあの寂しい感覚は嫌だ。私の中にストックされていた〝彼女たち〟の命は、その不安を覆い隠していたのに。
身体が震える。熱いのに、どうしようもなく震えて。奥歯がガタガタと、噛み合わない。
地べたに血反吐を吐き散らす。穴が、穴が塞がっていく。掌に付着した赤が、怖い。
何故こんなことになったのか。
途中までは上手くいっていた。ハリンですらも圧倒して、私は。私は────、
「────せない」
私は、
「許せない」
無価値に。無価値になんて成り下がらない。否定はさせない。否定なんてさせてやらない。
彼女たちとは違う。あの子たちとは違う。私には価値がある。私だけが、最後に残ったシルバー小隊のクローン兵。だから、だから。
「────アンビー?」
沸騰していく思考。グラついた視界の中で、知らない声が。知っている人の名前を呼ぶ。
霞む視界を上げれば、桃色の髪を風に揺らした女が。緑色の瞳で、私を見下ろしていた。
知ってるやつ。そのはずだ。名前────名前は、なんだったっけ。
まとまらない思考は、答えを出さない。ソイツはしゃがみ込み私の症状を見ると、汗を一筋垂らしながら口元を歪める。
「立てる?」
言いながら、腕が持ち上げられる。その間に柔らかな感覚が潜り込むのがわかって。
それを最後に、私は意識を手放した。