P.ZZZ 虚満ちる、壊れた世界。   作:悠問追

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ごめんなさい。昨日の夜更新予定だったんですけど爆睡してました。


Chapter3 『痛みと提案、あべこべ』

 これから義手の製作と機能相談に入るけど。妹ちゃんはどうする?

 なんてお姉さん────グレースさんの問いを聞いて、私は彼女の工房を出た。だいぶ長くなると言ってたし、何より私もやりたいことがあって。

 工房から六分街へ戻り、そのままの足で駅へ。電車の行先は、ルミナスクエア。

 椅子から私の身体に伝う揺れを感じながら、窓の外をぼんやりと眺めて。私は、巴さんから聞いた話に思いを馳せる。

 

 私が居なかった一年間の空白。

 

 落ち着いて、こうして窓の外を眺めれば、確かに────遠くの視界に映るホロウは、私の記憶より多く思えた。

「・・・・・・、・・・・・・」

 電車の他の乗客に目を向ける。学校終わりらしい学生。どこかに出かけた帰りの老夫婦。仕事途中なのか、スーツを身に纏った人。

 その姿は様々で。浮かべる表情も様々で。暗い表情や、絶望を浮かべる人間なんて誰ひとり居ない。

 それでも手元の端末でインターノットのスレを開けば、ソースすらわからない『世界滅亡の予言』なんて話で盛り上がっていたり、本気でこの世界の行末を案じる人たちのスレが目に入る。

 あべこべだ。その姿が、何だか。私の目には危うく映る。

「正義の味方────ねえ」

 誰に聞かせるわけでも無いけれど。思わず口から吐いて出たその言葉は、電車の駆動音と辺りの話し声の波に溶けていった。

 小さなため息まで漏れ出たのと同時に。電車はルミナスクエアに辿り着く。

 ぷしゅー、と間抜けな音を立てて開くドアを潜って、駅の改札を出て。左折すれば、私の目的地はすぐそこだ。

 治安局駐屯所。チラホラと行き交う人を眺めながら、私は入り口の塀に背中を預けて。目的の人が出てくるのを待つ。

 スマートフォンを弄りながら、途中で近くのお店でティーミルクを買ったりして。数十分程度で、私の目的の人は治安局から出てきた。

 

「────あ、」

 

 ◇◆◇

 

 書類整理。書類整理。印鑑を押して、横に流して。ファリングして、それで────。私は今日もひたすら書類に目を通し、印鑑を持った手を振り下ろすだけの機械となる。

 ラマニアンホロウの調査以来、私には現場の仕事は回ってきていない。あの一回ですら、治安局(私たち)に良くない目が向けられている今、奇跡の一回に等しい。

 新エリー都で起こる事件。ソレを今の私が知ることができるのは、全てが終わった後だった。

 全てが事後報告。私は常に蚊帳の外。こういうことがあった。こういう対応をした。その事実だけが書き連ねられた書類に目を通し、全てが終わった事件や災害を把握する。

 こんな事を言いたくは無いが。私は、こんな事をするために治安官になったわけでは────、

朱鳶(しゅえん)よ」

 そんな私の仄暗い思考を、聞き慣れた声が堰き止める。書類から顔を上げてみれば声の主と視線が絡んだ。

青衣(チンイー)先輩・・・・・・」

「そろそろ、定時では無いか? 出来る社会人は残業をしない。全てを定刻に済ませ帰宅する。我らが班長殿のスタンスは、そう在るモノだと思っていたが」

 特徴的な青い髪を揺らし、先輩は片目を瞑って私に語りかける。時計を確認して、窓の外に目をやれば。とっくに日が沈み始めた頃合いだった。どうやら、私は思った以上に作業に没頭してしまっていたらしい。

「そう、ですね。今日は終わりにしましょうか」

 言いながら、手早く荷物を纏める。まだ雅の面会時間には間に合いそうだな、とか。けど見舞いの品を買っていく時間はないかな、とか。ぼんやりと思考を回していても、先輩の何か言いたげな視線は私から離れない。

「・・・・・・どうかしましたか?」

 何処か居心地の悪さを感じて。思わず、首を傾げながら問いかける。先輩は数秒考え込んだ後、いつものように。凛と鈴が鳴るような声で、

「あまり、無理はするでないぞ」

「────、────」

 無理すらもさせて貰えない状況でしょう? なんて。口から出かけたらしくない言葉を必死に飲み込んだ。

「恐らく────ではあるが。現状は一過性のモノに過ぎず、我々に向けられている不信感の類は何れ無くなっていくであろう。こういう言い方こそしたくは無いが、この世界では〝悪い噂〟は事欠かぬ。すぐに市民の興味や悪意は別方向へ向き、過去のモノになる」

 それは────それは。本当によしとして良いのだろうか。

 

 救えなかった人が居た。取りこぼした命があった。果たせなかった責務があった。

 

 手を差し伸ばせなかった、友が居た。

 

 今回のことは上層部の失態。私たちだって被害者のようなものであり・・・・・・隣家の火の粉が私たちに降り注いでいるに過ぎない。

 だとしても、起こってしまった事象は変えられない。

 

 なら、救えなかった命よりも多くの命を救わなければいけないのではないか。

 

 たとえ〝より多く〟を助けたところで、取りこぼした命が返ってくるわけではない。それがわかっていても、私たちは────私は。何の償いもなく、何の禊もなく。許されて良いとは思えないし思いたくない。

 いつか忘れられ、風化し、だから元通り。そんな結末は許されない。

「主の気持ちも────」

「お疲れ様です」

 それ以上の言葉は先輩の口から聞きたくなくて。纏めた荷物を持ち上げながら、足早に事務所を出ていく。

 背後にドアが閉まる音を聞けば、張り詰めた空気から解放されたような錯覚がある。今の私に、あの手の話に付き合う余裕はないのだろう。

 自己嫌悪に蝕まれていく。明日先輩に謝らないと。

 ・・・・・・気を使われているのは理解できた。きっと、現状に不満や不安を抱いているのは私だけじゃない。セスくんや、先輩だってそう(・・)なんだろうから。最後に先輩が言いかけていたのは、きっとソレだ。

 

 治安局を出る。

 

 すれ違う人たちに軽く挨拶をしながら歩みを進めていれば、

「────あ、朱鳶さん!」

 ふと。また私の名前を呼ぶ声がした。今度はあまり聞き覚えのない声。

 ゆっくりと振り返る。・・・・・・珍しい顔。ラマニアンホロウの一件の当事者────ああでも、今の中身は違うんでしたね。

「リンさん。お久しぶり・・・・・・で、良いんでしょうか」

「え、へは。そうだね、久しぶり・・・・・・で良いのかな。なんか変な感じするな〜」

 私が最後に見た時より幾らか元気そうだった。風に吹かれて揺れる長い後ろ髪も、ちゃんと手入れがされていて。『痩せ過ぎ』という印象を受けた身体も、今はあの時に比べて健康的に見える。

 

 同じ人間。けれど、私が知ってる彼女ではない。

 

 どう接して良いのか困り果てているのは彼女も同じようで、駆け寄りながら浮かべる笑顔は何処かぎこちなかった。

「今日はどうしました? 居心地もあまり良くないでしょうに」

 だから気を遣って、というわけでは無いけれど。私の方から話の水を向けてみる。

「そ、っか。朱鳶さんは知ってるんだもんね・・・・・・居心地は確かに悪い。や、決して悪いことはしてないんだけども」

「ええ、察してます。じゃなきゃ、顔を合わせて即手錠を取り出してましたよ」

「・・・・・・冗談? 本気?」

「ふふ。さて、どちらでしょう」

 こうして話してみた感じ、私の知っている彼女と相違ない気がする。

 ・・・・・・ああでも、向こうのこの子に比べて少し声音が自信ないように聞こえるかもしれない。こうして細かい観察をしてしまうのは職業柄か。

 ほんの少しの沈黙がある。気まずいらしいリンさんが手に持ったティーミルクに口をつけるだけの間があって。迷った後で、再び口を開くのが見えた。

「あの、さ。朱鳶さんにお礼、言いたくて」

「お礼ですか?」

「そう。ラマニアンホロウで、向こうの私に協力してくれたでしょ? だからそのお礼」

 律儀な子だ。あまり来たい場所でもないだろうに。わざわざ出向いて、私が退勤するまで待って。こんな寒い中、どれほどの時間待っていたんだろうか。

「気にしなくて良いですよ。当然のことをしただけですから」

「だとしてもだよ。向こうの私も、私も。とても嬉しかったし・・・・・・有難いと思ってたから」

 ・・・・・・胸の奥が痛む。ほんの少し苦しくなるような言葉。普段なら甘やかで、溶けてしまいそうなほどに嬉しい言葉だろうに。

「だから、ありがとう」

 その言葉が私の身体に重くのしかかる感覚がある。錯覚がある。前頭葉が酷く重たく、内側から何かに押されるような。

「朱鳶さんだって今色々大変でしょ?」

「────、────」

 ああ、ああ。そうか。知られてしまったんですね。

 それはそうか。調べれば数々の記事がすぐにヒットする。時間の問題ではあった。

 知られたくなかった。貴女の前で見せた『治安官』としての像が、崩れてしまいそうで。

「・・・・・・私、は、」

 私はお礼を言われる資格なんてありはしないのに(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

「私、この後予定があるんで。失礼します」

「え? ────ちょ、朱鳶さん!」

 ここ最近の私は逃げてばかりだ。

 向けられた好意からも、悪意からも。

 その癖、逃げた先は救えなかった友の元で。自身の罪を自覚する場所なのに。

 私は、私自身どうしたいのかわからない。

 

 ただ、ズキズキと警笛を鳴らし、私を咎めるような頭痛だけが。今の私にとって、確かな全てだった。

 

 ◇◆◇

 

「さて、アキラくん。兄思いの妹さんが居なくなったところで、少し聞かせづらい話をしようか」

 向かい合って座るグレースさんがそんな突拍子もないことを言うものだから、思わず僕は目を丸くした。

「聞かせづらい話? ・・・・・・なんだろう、それは」

「いやね。今キミに提示できる選択肢は二つあって」

 言いながら、目の前の机の上のものをガラガラと床に落とし、僕の目の前にタブレット端末が置かれる。

 表示されてるのは料金表。とりあえず、端に書かれた合計金額からは目を逸らすとして。

「ひとつはコレ。キミの注文を聞いて、キミの思う通りに作る────というもの。キミのやりたいことに合わせて作れるから、これが一番オススメではあるね」

「なるほど」

「ただ、今から制作するから受け渡しまでは少しかかってしまう。すぐに義手が必要だというのなら、ヤキモキする時間はあるかもしれない」

 なるほど確かに。今回の────巴くんの依頼の時から生身でホロウに入り、少なからず自衛の手段を持っておきたいのならこの提案は飲まない方がいいのかもしれない。

 何せ今回は赤牙組の掃討。ソレについていく、となれば。何も手段を持たず、片腕だけの僕は彼らの足を引っ張ることになってしまうだろう。

「そこで、だ」

 僕の思考を断ち切るグレースさんの声。タブレットから視線をあげ、不適な笑みを浮かべる彼女の瞳をまっすぐに見つめる。

「もうひとつの選択肢がある。聞きたい?」

「その話を聞くこと自体に料金やリスクが発生するのであれば、少し考えたいところだけれど」

「私もそこまで守銭奴では無いよ。それに、これは提案というより・・・・・・そうだな。私からの頼み事に近いからね」

 ・・・・・・頼み事。イマイチ話の先が読めず、目の前から引っ込められるタブレット端末を見送って。口を噤むことで、グレースさんの言葉の続きを待った。

 浮かべる表情は無邪気な笑み。外見年齢に比べて子供らしい、イタズラを企む子供のような笑みだった。

「丁度、キミにすぐに渡せる義手()がひとり居る。若干のサイズ調整は必要かもしれないが、ひとつ目の選択肢に比べてキミに渡すまでの時間はかからないだろう」

「この物言いだと、その代わりに何か条件がありそうだね」

「ご明察。完成はしているけど、諸々の調整がまだ終わって居ないんだ。ほんの少し、難儀な子でね」

 難儀な子、だとか。ひとり、だとか。まるで自分の子供のような物言いをするんだなと思ったけれど。自分の手で生み出した物なら子供みたいな物か、と。特に言及することもなく、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。

「難儀、というと?」

「言ってしまえば私の研究の試作一号機。とある技術、とある能力を持たせた義手。理論上は完成しているけど、いざ実用となると────まだどうなるかわからない」

 タブレット端末の代わり。僕の目の前に差し出されたのは一本の義手。沈み始めた夕焼けを反射して輝く、真っ黒いソレ。

 サイズ感は確かに僕にちょうど良くて。素人目に見ても、取り付けるための調整なんかは特に必要なさそうに見えた。

「私が義手を使うために腕を切り落とすわけにもいかないからね。作業用のマニュピレータを使ったりはするけれど、ソレは本来の使い方じゃ無い」

 ああ、ここまで来て。何となく、グレースさんの言いたいことがわかった気がする。

「キミにそのテストを頼みたい。それなら料金を取ることもしないし、すぐにこの子をキミに渡そう」




一応、pixivのコメント欄で貼り付けたこの世界線の話を共有しておきます。
(サラに無尾の力全部奪われたのでは?というコメントに対して)
なんか展開で違うことになってたら『ああ変わったのね』と思いながら読んでくださいな。
結論から言えば、無尾の力は完全に奪われてません。本編に比べて好き勝手やられてるかもしれませんが。雅さん単体の力が強いので、その辺はなんとかできてます。この世界線で問題なのは、サクリファイス・ブリンガー戦で集まった連中のほとんどが『パエトーンの縁』というところで。
なので、本編以上に雅は無理をしなくちゃいけなかった、という感じですね。後のことは本編で触れると思うので!!
という感じです。
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