イントロ
私が再び目を覚ましたあの日。最初に抱いた感情は、喪失感だった。
全てを失ったという自覚。何もかもが崩れ去ったという事実。酷く冷たい現実を突きつけるかのように、私の体のあちこちにはエーテル鉱石が見られて。
「あ、ああ、ああああ────!!」
目を覆いたかった。耳を塞ぎたかった。身体を丸めて全てから逃避したかった。それも叶わないほどに私の両腕と両脚は朽ち果て、大凡『人のモノ』とは言えず。地面に転がる私が目を向けた先には、無数の姉妹たち
きっとその先には、私と同じように捨てられた彼女も居るのだろう。
誰に許しを乞えばいいのか。誰に救いを求めればいいのか。それすらも私はわからず、喉を枯らすほどに叫ぶしかなかった。
だから捨てられた。こんなにも、呆気なく。人の形を模ったというのに、人としての最低限の尊厳すらもなく。ゴミのように打ち捨てられた。
「────せない、」
そんな私の、朽ちていきそうな命を、
「許せない!!」
繋ぎ止めていたのは。燃え盛るような怒りだった。
舌を噛んで自害することもできただろう。この世の全てを諦めて、意識を手放すことも出来ただろう。
けれど。私たちを無価値だと判断した連中が許せなくて。
何より、
時は過ぎ去る。何日経ったのかもわからない。日付、時間感覚が狂う中で。全てが嫌になる現実の中で。正反対に、嫌気がさすほどに空が綺麗だったことだけは覚えている。
ホロウの薄い膜の向こうから。私を見下ろし、肌に照りつける太陽が鬱陶しかった。
時は過ぎ去る。時が、過ぎ去る。
最初に私を拾ったのは、
「▄▟▞▟▜▞▂?」
「▃▄▄、▟▞▟▜▞▂▇█、▟▞▟▜▞▂▇█」
私のイカれた聴覚機能は言語を受け取る仕事を放棄して。私は、天井を眺めることだけしか出来なくて。
覆い被さる臭い体と、体の中にある異物感。嫌にリズミカルに揺れる身体と、臭い臭い生温かい感覚。
それでも私の、心に滾った炎は消えない。燃え盛る炎は燃料となり、私の体に絶えず熱を送り続けている。
どうするべきか。どうしてやれば、私を捨てたアイツらに後悔させてやることができるのか。
そればかりを考えていた。それだけを考え続けていた。
────いつの日か、戦場に戻らなければいけない。だってそうだろう。私は……私たちは、その為に生み出されたのだから。
私の生存価値。私の生み出された意味はそこにしかない。こんなところで横たわり、誰かの道具になる為に生み出されたわけではないのだから。
私の価値を理解できなかった彼は、私をすぐに売りに出した。とても表で見せられないような物品ばかりが並ぶオークションで、私を競り落としたのはあの女だった。
「貴女には今日から、
サラと名乗った女は、即座に私の利用価値に気付き、莫大な資金と研究施設、それから時間を私に与えた。
幸運だった。この上なく。逃してはいけないチャンスだと。そう思った。
与えられた機材と資金でまずは自分の身体を再生する。失った四肢を取り戻す必要があった。
自分の細胞を使用して、四肢を生み出して。最初は不恰好ではあったものの、次第に代用品として使うには遜色ないものが出来上がって。
怒りの炎は決して消えない。けれど、人間と近い構造で身体が作られているせいで、どうしても空腹感は覚えるもので。備蓄していた食料が尽き、サラの計画も中盤に入ったことで彼女が研究施設に顔を出すことも減って。
自分で仕方なく買い出しに出た、ある日のことだった。
『こらアンビー、そんなに食ったら夕飯が入らなくなるゼ?』
「大丈夫よ。好物には『別腹』が適用されると、この前借りた映画で見た」
目を疑った。信じられない光景だった。
もう会えないと思っていた人。もう聞けないと思っていた名前。
咄嗟に振り返り視線を向けた、その人は。
「────、────」
見たこともないような、幸せそうな笑顔で。聞いたことしかない食べ物を頬張っていた。
かつて私が焦がれたような気迫はそこにはなくて。私が想っていた彼女は、もう居なくて。
私と同じ場所を見ていたはずの視線は、私の知らないどこか遠くを見つめていた。貴女もそうよ、ハリン。貴女も同じ。
貴女たちは何処を見ているの?
貴女たちには何が見えているの?
その向かう先には、何があるの?
私には何もわからない。解りたくもない。
────だからね。ごめんなさい、アンビー。貴女がホロウの中で死んだとサラの口から聞いた時、特に何の感慨も抱かなかったの。
当然だと思った。まあ、そうだろうなと思った。
ただ、それだけの話。
◇◆◇
────時計の針がうるさい。
『これは私たちの問題。もう隊長も、貴女も関係はないのよ。
寝息を立てるリンを眺める。規則正しく胸が上下するその様を眺めて、
『私から見れば同じでしかないわよ。浮かれてるんじゃないの、ハリン? 髪も整えて、居場所も得て。戦場を居場所としていた頃の貴女の気迫は、もう何処にもない────!!』
────時計の、針がうるさい。
どうしようもなく胸がざわつく。内側から、針を突き刺されているように。
『ちょっと朱鳶さんの所に行ってくるから。リンのことは頼んで良いかい?』
時計の針の音と、数時間のうちに言われた言葉たちが濁流のように頭の中に流れ込んで。思考を掻き回す感覚がある。
うるさい。針の音が、言葉が。全てが私の思考をかき乱し、前頭葉を内側から強く押すような。思考が、視界が、グラグラして。落ち着かない。
私は今、何処を向いているのか。
視線が向く先は、その先は。何処を指しているのか。
『
「……、…………」
『だから僕にかまけず、自分のやることを優先してね』
「……そうね」
彼女の口から聞いた、彼女の居場所は市長に共有した。であれば、
後のことは私でなくてもいい。
『ええ、『
「私のやるべきこと」
『これは私たちの問題。もう隊長も、貴女も関係はないのよ。裏切り者の貴女たちはね!』
「……私の、」
これ以上、シルバー小隊が悪用されることは許してはいけない。それは、望んでいないことだし、望まれていないことで────、
「誰が? ……誰に?」
アンビーはもう居ない。今ツイッギーの元に居るシルバーは、私たちとは関係ない新しい世代。
『これは私たちの問題。もう隊長も、貴女も関係はないのよ。裏切り者の貴女たちはね!』
私には、関係ない。であれば、誰が望んでおらず、誰に望まれていない事なのか。
「…………、……いえ」
関係ない。関係ないはずだ。これは、これは私のやるべきこと。やらなければいけないこと。その……その、はずだ。
心に燻る炎に薪を焚べる。焚べる。ごう、と燃え上がることはないけれど。それでも今の私を稼働させるには充分だった。
シルバー小隊の問題は、元シルバー小隊が片付けなければ。
もう誰も居ない。アンビーもいない。私だ。私だけが。
他者を巻き込むわけには、
『アンビーはね。拠り所を見つけて弱くなった。私たちに拠り所なんて要らない。戦場だけが居場所なのよ。ハンバーガー? 映画? 家族? バカみたい。食事なんて硬い硬いパンと加熱剤付きの保存食で十分でしょう。家族だって────』
────他者を、
『わかる、ハリン? アンビーはね。戦場以外の居場所を見つけて、拠り所を見つけて────弱くなったから死んだのよ。今の貴女と同じようにね!!』
────アキラを、巴を、輝夜を……そして、リンを。巻き込むわけには。
「巻き込むわけには、いかない」
呟いて、立ち上がる。時計の針の音から。絶えず内側から聞こえてくるツイッギーの言葉から、逃れるように。
紙にペンを走らせて。アキラからの伝言を書き写して、それで。
「────さようなら」
聞こえるはずはない別れの言葉。
未だに眠りの海の中にいるリンに言葉を投げかけて。
私はこの部屋を後にする。
ビデオ屋を────新たに手に入れた居場所を、後にする。