ルミナスクエア。路地裏。アウトローの人間が集まるバー。街外れにある、取引によく使われる空き地。
「────居ない」
バレエツインズ。銅像前。ロッカー前。
「────居ない」
ポートエルピス。桟橋。灯台の内部から、最上階の展望台まで。
「────居ない」
居ない。どこにも見当たらない。
「何処に……何処にいるのよ」
腹部を貫かれていた。あれほどの傷で、協力者も無しに大きく移動できるわけがない。
『創世の主だの、形のない神────世界への執着だってない。むしろこんな世界、壊れてしまえば良いと思ってるわ』
あの時放たれた言葉から、讃頌会とは『協力関係』まで行っていないはず。それに、
『わかる、ハリン? アンビーはね。戦場以外の居場所を見つけて、拠り所を見つけて────弱くなったから死んだのよ。今の貴女と同じようにね!!』
邪兎屋という居場所を手に入れたアンビーをあそこまで目の敵にしている以上、何処か
誰も居ない展望台。行き場のない感情を吐き出すために手すりに拳を強く叩きつけて。虚しい音だけが辺りに響き、空を覆う暗雲に吸い込まれていく。
────そして、私の脳内では。
『僕のことは他の誰でも────オボルスに残った他の子達でも構わない。キミ自身が僕を殺さなくてもいい。そう思ってるから、必死さが無い』
『私たちに拠り所なんて要らない。戦場だけが居場所なのよ。ハンバーガー? 映画? 家族? バカみたい。食事なんて硬い硬いパンと加熱剤付きの保存食で十分でしょう。家族だって────』
『だから僕にかまけず、自分のやることを優先してね』
あの時言われた彼女たちの言葉が。その数々が。ただひたすらに、反響していた。
……痛い。頭が、内側から絶えず叩かれているようだった。
……シオリのホロウに入ったあの時。シルバーのクローン兵を目にしたあの時。私たちの技術が、讃頌会に悪用されているのだと。そう、思い込んでいた。
「だから私がやらなければいけないことだと────」
だというのに。蓋を開けてみれば、そこには自身の姉────ツイッギーが関与していて。
彼女がシルバーの技術を利用して、世界の終わりに杭を打とうと目論んでいることを知って。
「私は、」
もうアンビーはこの世にいない。だから、
「私が────、」
『僕のことは他の誰でも────オボルスに残った他の子達でも構わない。キミ自身が僕を殺さなくてもいい。そう思ってるから、必死さが無い』
私が、やらなければいけない。そのはずで、
「────本当に?」
恐ろしいほどに冷たい声が、自問するような言葉が。私の口から漏れ出た。
────本当に私が、やらなければいけないことなの?
アンビーは私たちを捨てて、勝手に死んだ。私はこの世に残されてしまった。残ってしまった。
それでも彼女はシルバー小隊の憧れの的で。
────この場所にいるのが、本当に私である理由はあるの?
文句を言いたかった相手を失い、心の中に僅かに燻る炎に……『誰がこなしても構わないような依頼』という名の薪を焚べて、軋んだ音を立てながら動く木偶人形。
オボルス小隊の『11号』という居場所を無くし。新たに得た、リンとアキラの隣という居場所ですら────、
「……、……今は、捜索の方が優先よ」
思考の沼に浸かる余裕はない。深く、深く沈んでいく思考を無理やりに引き上げて。
私は展望台から下へ続く螺旋階段を下りていく。
下りていく。
◇◆◇
────思い返せば、こうして誰かと街を並んで歩くのは初めてのことかもしれない。
私の隣をゆったりとした足取りで、何かを考えながら歩くニコ。
……誰かとペースを合わせて歩くのはこんなにももどかしい物なのか、と。内心私はため息を吐いた。
「何で私が……」
「……何よ。言ったでしょ? 働かざるもの────」
「はいはい。食うべからず、ね」
どうにも、私はこの女が苦手だ。無理やりに壁を叩き割り、私の懐の中に潜り込んでくるような無遠慮さがある。
この女は、歩幅も速度も違えば────思考回路までもが、私とはどうしようもないほどに違うらしい。まぁバカそうだし当然か。
……対人関係ってこういうものじゃないでしょう? 普通。まずは『初めまして』から始めて探り合って。もっとゆっくり互いを知って距離を詰めていくものでしょうに。まぁ、私はその『普通』を映像作品くらいでしか知らないわけだけど。
「……、……」
「……だから、何よ。なんか定期的に顔じっと見つめるわね、アンタ」
「いや、別に」
一瞬浮かんだ思考を頭の隅へと追いやって。両手に握った買い物袋を持ち直しながら、何とも無しに空を仰いだ。
「……ねえ。あとどれくらいかかるの? 早く帰らないと、雨に降られるわよ」
「傘持ってくれば良かったわね〜……あとは野菜を買って終わり。アンタが居るから大量に買えて助かるわ」
なんて宣うこの女は、私に比べて随分と身軽そうだった。ひとりでも持てたでしょ、この量。
「にしても良かったの? 子供達を置いてきて。あんなに自分勝手な子達なのに」
「ん? ああ、大丈夫よ。そもそも、アタシひとりで孤児院が運営できるワケないでしょ? 他に手伝ってくれる連中が居るわ。ソイツらに面倒は任せてある」
「……フ。それもそうね」
「ちょっと。何よその笑い」
「別に」
面倒見はまぁ、悪くないと思う。それでも、ひとりで孤児院のアレコレをこなせるほど要領が良い方とは思えない。なるほど、そういうことだったわけ。
綺麗に掃除された室内。定期的に干されているであろう布団。至る所から『配慮』が感じ取れたし……コイツひとりじゃ到底無理でしょうね。
未だに口元に笑みが浮かぶ私を不満げに見つめながら。ニコは再び口を開いた。
「言っとくけど。これからはアンタにも手伝ってもらうから」
「私が? あの孤児院を? ……そんなのゴメンよ。子供の世話を甲斐甲斐しく出来るようなタイプじゃないわ」
「って言ってる割にはオママゴト、楽しそうだったけど〜?」
「あ、アレは────」
……不思議と会話が弾んでいる。意識すらせず、前へ前へと押し出される言葉たち。
あれほどもどかしくて仕方がなかった歩幅も、歩調も。気づけば自然と合っていた。
それに気がついた途端。思わず歩みが止まる。その数歩先でニコが振り返り、私に視線を向けてきた。
「もう疲れちゃったワケ? 体力ないわね」
馬鹿にするような笑み。けれど、そこには良くない感情は滲んでいない。真っ直ぐに私に向けられた純粋な好意。そこから来る、揶揄いというコミュニケーション。
……本当に、腹が立つ。この女は。
「────違うわよ。ほら、野菜を買いに行くんでしょ? 早く案内して。あんまり長々と付き合わされるのは嫌よ、私」
「やっぱ疲れてるんじゃない。や〜い、体力無し〜」
「っさいわね。違うっての」
追い越すように先程よりも早く歩みを進める。私は行き先を知らないが、そんなのは関係ない。この女の笑顔を見たくなかった。
だから視線は自然と前に。ぶつくさ言いながらも同じ歩調で隣を歩くニコを無視して、ひたすらに歩みを進めていると、
「────あ、」
「……ほら、言わんこっちゃない」
雨が、降り始めた。
頭上から疎に落ちていた雨粒は次第に強く、その勢いを増していく。私よりも先にその不快感に耐えられなくなったニコが駆け出して、
「もー、サイアク! かなり雨足強いじゃない!」
「だから早く帰るように言ったんでしょうに」
「うっさいわね。傘買うわよ! このままじゃ二人揃って風邪ひく!!」
その足先は近くの雑貨屋へ。『141』と書かれた青い看板を掲げる店だった。
屋根の下へと駆け込み、荷物を地面に下ろして。ニコが悪態を吐きながら店の中に入っていくのを見送ってから、私は今日何度目かもわからない溜息を吐き出した。
「ホント、何してるんだか……」
ふかふかの布団で目が覚めて。温かいご飯を食べて、子供達の遊びに付き合って。今度は買い物に連れて行かれ、こうして店先で雨宿りをしている。
こうしてゆったりした時間を過ごすことなんてほとんどなかった。
急に降り始めた雨に戸惑う街の人を眺めることも。……自分を含んだ『これから』の話をされることも。
「あり得ないことよ」
あり得ないこと。あり得てはいけないこと。私の毎日には存在し得ないことだった。
重たくなるほどに服に染み込んだ雨が思考を冷ましていく。浮かれた思考を叩き直す。だって、私の目の前に────視線を向けた、その先に。
雑貨屋の向かいに建てられたコーヒーショップ。その屋根の下に、私の
雨粒が奏でる音色の中。ただじっと私を見つめる、私と同じような顔をしたクローン兵。
視線が数秒絡んだ後で、彼女は屋根の下から歩き出した。
……身体に降り注ぐ雨に表情ひとつ変えることはなく。私の目の前に立つと、端末を差し出した。
水滴が滑るスマートフォンの画面。そこに表示された番号には、覚えがある。
彼女の手からそれを受け取り、軽く振って水滴を飛ばして────小さく呼吸を整えてから、私は耳にゆっくりと端末をあてた。
『束の間の休息は楽しめたかしら、ツイッギー?』
「……随分と悪趣味ね、サラ。認知で量産した
『あら。貴女から提供された技術なんだから、その成果を報告するのは当たり前じゃない? なかなか貴女が電話に出ないのも悪いわよ。……ああそう。
……鼓膜に絡みつくような、悪意が孕んだ声。そう、これが私の日常。私の普通。
「そう。計画通り、上手く進んでるみたいで何よりだわ」
『ええ、そうね。ラマニアン内部にはティファレト、ネツァク、ホドが出現。貴女がイェソドを生み出したから────後は言わずとも、わかるわね?』
最後まで言わずとも全てを察しろ。彼女の表情を見なくとも、声音と語気だけで何が言いたいのか理解できた。
理解できてしまう思考が。そこまで読み取ってしまうこと自体が、私は『こちら側』なのだ────と。変えようもない事実を突きつけてくる。
「……、……わかってるわよ」
『ふふ。物分かりが良くて助かるわ。────シルバー小隊の価値の証明、するんでしょう?』
強く握りしめた手。爪先が手のひらに食い込んで、鋭い痛みを生み出す。
その行為に込められた感情は理解できないし。理解するつもりなんて無いけれど。
『今度は勝手なことしないようにね』
「────ええ」
言いながら、通話の終了ボタンを押して。目の前の彼女に端末を投げ渡す。
戻らなければ。私の普通に。
────少し経って顔を上げれば、店から出てきたニコが二本の傘を手にしていた。何も言わず、その片方をこちらへ突き出してくる。
傘をさして、二人並んで────歩調を合わせながら歩く『今』ではなく。
私の、居場所に。