……ポートエルピス。一緒にポテトを食べたベンチ。桟橋。展望台。
「────居ない」
ルミナスクエアに社用車を走らせようとしたところで。断続的にやってくる、世界に『もう一枚』世界が重なるような感覚に襲われて、このまま運転は危険だと判断。焦る気持ちを抱えながらも電車に乗って、ルミナスクエアへ。
「何なのこれ、もう……ッ!」
鬱陶しい。ダブって見える世界のせいで、足元がおぼつかなくて仕方ない。
吐き気まで覚えてしまったところで何とか座席に腰を下ろし、目を瞑って電車が止まるのを待つ。
……今は周囲の話し声すら鬱陶しい。音を遮断するために、イヤホンでも持ってくるべきだったかな。
電車が止まる。ルミナスクエアに辿り着く。
ようやく引いていった世界への違和感。それでも私の中に残った吐き気を抱えながら、足は前へ、前へ。人混みに紛れつつ、雪崩れ込むように改札を通って……まずは、一緒に行った映画館。
「居ない……」
一緒に行ったマッサージ店。
「居ない」
一緒に冷やかした洋服屋、そして一緒に写真を撮った川辺。
「────ッ、居ない」
居ない。何処にも。川辺の手すりに背中を預け、地面に腰を下ろして。思わず身体を丸めて、頭を抱え込んだ。
……私が思いつくのは、ライブの前日にハリンと一緒に行ったところだけ。
「……そっか、私────」
私、ハリンのことを何も知らないんだ。
誰から依頼を受けて。普段どんな所に行って、何をしていて。今まで何をしてきたのか。
彼女のことを何も知らないから、彼女の行先を絞り込めるだけの判断材料が────手掛かりが、何もない。
私が歩み寄らなかったから、というわけではなく。ハリンが私を拒んだからでもなく。あの子が多くを語りたがらないのもまた事実だけど、単に私とハリンの間にはまだ時間が足りて無さすぎる。
「……拒まれているわけじゃない、っていうのはただの願望だけど」
……どうしよう。どうしたらいい?
監視カメラが機能してない以上、Fairyを頼ることは出来ない。当然ハリンからノックノックの返事は無く、電話の折り返しもない。
あとは何処を探してないのか。あの子は────確か、そう。元々防衛軍に所属してたって言ってた。なら、探すとしたら防衛軍の駐屯基地とか……? でも脱隊した人が、そう簡単に入れたりするものなの?
衛非地区にまで行ってるとは思いたくないけど……お兄ちゃんも、朱鳶さんも電話に出てくれない。
誰も頼れない。何もわからない。八方塞がりだ。
「何処に────」
思考を巡らせる。記憶を掘り返す。体の内側から湧き上がってくる吐き気を押し殺し────その中で、
「……、……ある、かも。心当たり。ひとつだけ」
微かな希望。指先が掛かるかすらもわからない、小さな取っ掛かり。
あの日からずっと、私ですら向かうことを拒んでいた、あの場所────。
ルミナスクエアから、リバーブ・アリーナへ向かって少し歩いた先。
高いビルが立ち並ぶ通りから、住宅街を抜けて。木々や緑が目立ち始める、その地帯。
街の喧騒から離れたその場所に、私の目的地はある。
私の罪。私の後悔。かつて、プロキシを辞めて引きこもることになった────その理由。
ビリーとアンビーが眠る、霊園がある。
……お墓の位置はニコから聞いてる。特に霊園の中で迷うことはなく、私は二人の名前が刻まれた墓の目の前に辿り着いた。
墓石の前には、アンビーが愛用していた剣が突き立てられ、その傍らにはビリーの拳銃が一丁供えられている。
……ここにも、ハリンの姿は見えない。けど、
「────ごめんね、二人とも。顔を見せるの遅くなっちゃって。……色々、あったんだ」
本当に、色々。まだその全てが片付いたわけではないし、二人のことを完全に乗り越えたと、胸を張って言うことは出来ないけれど。
膝を曲げてその場にしゃがみ、両手を合わせて目を瞑る。私の呼吸音だけが聞こえてくる時間がほんの少し続いて……その中に、ひとつの足音が混ざるのがわかった。
思わず視線をあげる。遠くから歩いてくる足音の主はハリンではなかった。
ガタイのいい男の人。私に気づいて目を丸くして、サングラスを外したその顔には特に覚えはない。
「……珍しいな。先約がいるとは」
言いながら、その男の人は私の真横で立ち止まって、
「隣、良いか?」
「……え? ああ、うん。どうぞ」
礼を言うように軽く手を挙げると、私と同じように、私の隣へとしゃがみ込む。
その瞬間、自然と私の視線が────彼の、腰元のベルトにぶら下げられたホルスターに向いた。
……見覚えのある、グリップだった。
「ビリーの────」
「? ああ。俺はライト。この人の……かつての後輩、といったところだ」
言いながら、墓石を指すように顎をしゃくって、柔らかい笑みを浮かべるその姿から。この人────ライトさんとビリーは相当親しかったんだろうと、何となくわかった。
私の知らないビリーの交友関係。私の知らない、ビリーの過去。
……、……そして。私が終わらせた、ビリーの痕跡。
「そういうアンタは? どういう関係なんだ」
「私、は────私は、ビリーとアンビーの、友人。友人って呼んで良いのかな。呼んでもらえる、のかな。仕事仲間辺りが適切な気がするな〜……あ、あはは……」
我ながら酷く乾いた笑いだと思う。愛想も何もあったもんじゃない。
「それで、」
それでも口は独りでに回って。私の中にだけ存在する気まずさを誤魔化すように。
「それ、で」
息が詰まる。逃げ道が何処にもないような、何かに追い詰められたような、そんな錯覚。
視線が墓石に向けられない。ライトさんの顔を見るのも、怖くて、辛くて。
「────この二人を殺しちゃったのは、私なの」
……自然と、漏れ出た。普段押し込められていた罪の告白。言えなかった、口にできなかった後悔の形が。言葉という形を伴って。
けれど、
「そうか」
私の罪の告白を聞いても、短くそう返すだけで、
「え────、」
「この人の最期は聞いてる。ホロウで死んだんだってな。アンタはホロウレイダーには見えないし……まあプロキシだろ」
言いながら、サングラスをかけ直した。黒いレンズ越しに向けられた視線。立て続けに浴びせられる、何でもないような言葉の全てが。
「で、だ。プロキシ。俺にどうして欲しいんだ?」
寒気を覚えるほどに、酷く……酷く、冷たかった。
「責めて欲しいか? 糾弾して欲しいか?」
「それ、は────」
「そうだろうな。当然だ。俺が今ここで、口汚くアンタを罵れば、アンタは楽になるだろう」
見透かされている。見られている。私の心の深い部分を。
実の兄にすら見られたくない黒い部分。暗い部分。奥に奥にと押し込めた、罪と罪悪感が詰まったソコを。心の底を。
「懺悔。そこから生まれる叱責というのは……一生をかけて背負う重荷を軽くする行為だ」
「────、」
「一番辛いのは『誰にも責められない』という状況だろう。いっそ罰してくれ────口汚く罵ってくれ。責めてくれ。糾弾してくれ。軽蔑してくれ。そう思う気持ちは、俺もわかる」
感情を削ぎ落としたような声音で続けられる言葉の羅列。そこに怒気や殺意の類は一切なく。
ただ、事実を述べるだけのように並べ立てられる言葉が。私の心の痛いところに突き刺さる。
────そうだ。辛かった。苦しかった。
あれから私のことを誰も責めない。ニコも。そして、ビリーとアンビーも────事切れるその瞬間ですら。私を責めることはなかった。
仕方ない。貴女は悪くない。同情の言葉の数々は私の罪悪感を駆り立てて、罪の所在をわからなくする。
悪くないわけがない。私の判断ミス。二人の命を預かっていたのは私だ。
プロキシとして未熟だったからこそ。あの場にいたのが私だったからこそ、二人は死んだ。
私が、ビリーとアンビーを殺した。
────悪いのは、私。
「だがな、プロキシ。懺悔や謝罪は時に、この上なく身勝手な行為なんだよ」
暗い思考の沼。奥深くに潜ろうとする私の意識を、ライトさんの言葉が無理やり引き上げる。
こっちを見ろ、と。目を逸らすな、と。
「自分は罪を犯しました。後悔しています。どうか許してください、裁いてください。被害者に向けたその言葉は、時に────傷口にできた瘡蓋を抉る行為になる」
「ぅ────」
「アンタが犯した罪を乗り越え、前に進もうとした人間の心を『過去』に引きずり戻す行為になる。……知りたくなかった新たな事実を突きつけることもあるだろう。アンタの自分勝手な気持ちひとつで、だ」
頭が痛い。胸が痛い。視界が、グラつく。
「ごめんなさ────」
「それを踏まえて、もう一度聞く。アンタは、俺にどうして欲しいんだ?」
頭が、いたい。
「行先を間違えるなよ、プロキシ」
「────、────」
私の、行先。私が、何処へ向かうのか。
謝りたい。私のせいで、人生を壊してしまった人に。人生にヒビを入れてしまった人に。
私のせいで、死んでしまった二人に。
────でもそれは、本当に正しいことなのか。
私のせいで社員を失ったニコは邪兎屋を辞めて、孤児院で子供の世話をしていて。
私のせいで友を────先輩を失ったライトさんは、こうしてひとりで墓参りに来ている。
誰もが前に進んでいる。私のせいで起こってしまった二人の死をなかったことにはせず。それでも、自分の足で。
「私は────、」
私は、謝りたい。謝りたかった。けれど、その謝罪は誰のためか。
その意味を、もう一度。問い直さなければいけない。
何のために。誰のために。私は────、
「────そっか、そうだね」
……ハリンにも、ずっと謝りたかった。謝れなかった。
アンビーを殺したのは私。そう告白したかったのはきっと、楽になりたかったからだ。
ハリンと仲良くしたい。ハリンのことを放っておけない。せっかく得た仲間を、友達を失いたくない。
だからきっと、この罪悪感を抱えたまま隣に居るのが耐えられなかった。
────私が、楽になりたかったからだ。
もっと親しくなってから罪を吐露するより。今吐き出してしまえば、傷は浅く済む。
傷つくのが、怖かったから。
────私はプロキシだ。ホロウという迷宮の中で、雇い主を正しく導くのが仕事。
決して、過去に引き戻すことが仕事ではない。迷わせることが仕事ではない。だから、
「……大丈夫だよ。もう間違えない」
「そうか」
「行動で、ちゃんと示す」
「なら良い」
短いやり取り。それでも、私の中にもう迷いはないことは伝わったらしい。
ゆっくりと、ライトさんは墓石に向けて手を合わせる。数秒の祈りを終えるとサングラスをズラし、
「アンタ、名前は?」
そっ、か。そうか。私、自己紹介すらまだだったっけ。
「────私は、リン。二人でひとりの、プロキシの片割れだよ」
「……リンか。ホロウで何かあったらアンタを頼ることにしよう。次に会ったその時には、『曇り』が少しでも晴れてると良いな」
◇◆◇
ライトさんが墓前を後にするのを見送って。私はただ、その場に座り込んで空を仰いでいた。
ここが、最後の手がかり。思いつく場所。
やるべきことができた。ハリンの手紙に書かれていた一文。何か大きなことをやり遂げるのであれば、何となく……アンビーに何か言いにくると思ったんだ。
「……まあ、私ならそうする────って思考だけど」
だから推理ではなく、あくまでも願望。これが外れたらどうしよ……本格的に手詰まりになっちゃうな。
……いやいや。暗い思考は止そう。ダメ。ハリンにひとりで背負わせない。無茶させない。その為に、今私はここに居る。
行動で示す、って約束したでしょ? 気合い入れ直さないと。
勢いよく自分の頰を叩く。パァン、と乾いた音が霊園に響き渡った。
ほんの少し痛みと熱を持った頰。それを冷ますように、
「────あ。雨」
ぽつ、ぽつ、と。雨が、降り始める。
雨足は次第に強く。私の髪と服を濡らし、不快感を生む。……傘、社用車に戻ればあるけど……確かポートエルピスに置きっぱなしだっけ。どうしたもんかな。風邪、引かないと良いけど。
ぼんやりと回る思考。思わず、ため息が漏れ出した────その時に。
近づいてくる足音。視線をゆるりと向ければ、向こうも私に気がついて、足を止める。
見慣れた赤いミリタリージャケット。目元を覆う、黄色いバイザー。
「────ハリン」
私に名前を呼ばれると。その子は────ハリンは。逃げるように、身を翻した。
はい、はい。ごめんなさいね。この回で自我を出すのはアレかと思ったんですけど、ちょっと聞いてって。
来週はなんの日ですか。そうですね、お盆休みです。皆さんもおやすみのことでしょう。なので、13日から16日まで毎日更新があります。もう片方のBA√と合わせて週に八話投稿です。祭りじゃ〜!!
視認できる限り、両作品とも読んでくれてるような熱烈なファンは居ない……と思うので、読者の負担にはならないでしょう。僕が書き溜めを放出してちょっと痛い思いするだけです。ハイ。なにより、作劇の関係上今年中にver.2の内容を終わらせたいんですよね。ver.3も始まってしまいましたし。
お盆の大更新SPで四章が終わり、五章のイントロに入る感じです。皆さんのペースで読んでいただければ幸い。と言うわけで、よろしくお願いします。
PS.僕は普通に仕事あります。応援しててください。