────目の前で強い光が破裂する。
咄嗟に両手で顔を庇い、背後に跳んで。爆風に身体を押される形で、壁を突き破り私の身体は外へと飛び出す────。
「づ、ぅ────」
ぬかるんだ地面の感覚。数度の接触の後、強い衝撃が背中から全身に走って。その勢いは無くなった。
クソ……あのクソ女。帰って来た時に、子供たちが出迎えに来ないあたりで疑うべきだった────!
「……あれ、無傷? おっかしーわね……火薬の量、ミスったかしら」
「ニコ・デマラ────!!」
場違いなほどに呑気な声を漏らしつつ、半ば崩れた廊下の奥から、瓦礫を踏み越え顔を出すニコ。右手には黒いアタッシュケースが握られていて────がこん、と鈍い音を立てて開いたその先からは無骨な砲身が飛び出し、その先が私に向くのが見えた。
……明確な敵意。明確な殺意。この女は、
「……最初から私のことを疑ってたってわけ」
「安易に誰かを信用するな────裏の社会じゃ常識よ。ひとつ賢くなったわね、おじょーさん♡」
戯けた態度。私の神経を逆撫でするような言葉選び。それでも浮かべた表情は、
なるほど。これが邪兎屋のボス。アンビーを従えていた、女の姿。
「でもアンタの言葉は半分正解で、半分不正解ね。及第点、ってトコかしら」
「未だに『お姉さん』気取り? バカみたい」
「バカはどっちよ。こんな見え見えの罠に引っかかっちゃって……ま、私の方が一枚上手だったってだけね。非常時用の爆弾を仕込んだ部屋に、アンタを通したのは正解だった。あんな『よく見える場所』で、『今後のやり取り』をしたアンタが迂闊で馬鹿で不正解だった。それだけの話」
……本当に、本当に腹が立つ。
この女が。この女の言葉選びが。
────何より。たった一瞬でも、あんな生温い日常に浸かり、浸ってしまった自分が、一番腹が立つ。
未だに痛みを訴える身体。奥歯を噛み締めながら立ち上がりつつ、右手に持った『ホロウの核』を地面に埋め込む。
瞬間、大きな鼓動が数度地面を揺らし、ホロウの膜が辺りに広がり、大きく口を開いた。
孤児院を中心に、大体半径1km程。これで、最後の球体────『マルクト』は完成した。
「あとはアンタをサクリファイスに変えて────私が殺せば、全て終わり!」
駆け出す。ぬかるみに足を取られながら足を回し、注射器の先をあの女に向けて。同時に砲身から弾丸が放たれ、数度の跳躍でその全てを躱していく────!
「一宿一飯の恩義ってモンを知らないワケ? アンタ、随分と礼儀知らず、ね!!」
「アンタに恩義なんて感じたこと、一秒たりともないわ! 自分勝手に私に色々押し付けて、迷惑この上なかったっての!!」
体の動きが鈍い。『シード』にやられた肉体の再生────その後遺症が、未だに身体から抜けきっていない。
突き出した注射器の先。その悉くが躱され、空を切り、雨粒の感覚だけが返ってくる。奥歯を噛み締め放った回し蹴りすらも、アタッシュケースに受け止められた。
「暖かいご飯も、味のする食事も、ふかふかな布団も……ッ!! アンタたちが言うような、『当たり前』の日々も私には要らない!! 硬いパン、加熱剤付きの食事と血の匂い────それが私の普通。私の日常。『これから』の話なんて、馬鹿みたい!!」
受け止められた足に体重をかけて、ニコの身体をぬかるんだ地面に押し倒す。
びしゃり、と飛び散る水の音。右手を高く振り上げ、首元に狙いを定めて、
「────アンビーの名前を騙ってまで、その
冷たい声音で放たれたその言葉に。振り下ろす腕が堰き止められた。
一瞬の隙。一瞬の間。それが見逃されるわけもなく、腹部に強い衝撃と痛みが走る。
「────っ、づ!」
揺らぐ身体。抜けていく力。その隙に横っ腹を強く蹴り飛ばされ、私の体が吹き飛んだ。
────出血は、ない。何これ、ゴム弾? コイツ、何処まで私を馬鹿にして……ッ!
「迷惑だったんでしょう? 鬱陶しかったんでしょう? ならすぐに行動に移せばよかったじゃない」
「……るさい」
「ホロウだって見た感じ、特別な準備が必要には見えない。先送りにした理由は何よ」
「……るさい、」
「サクリファイスとやらに変える人間だってそう。孤児院の子供を使えばよかったんじゃないの?」
「うるさい!!」
雨の音が。あの女が放つ言葉が、うるさい。
強く握りしめた掌。その中に、痛みを覚えるほどに硬く、存在を主張する注射器があって。
「何も────何も知らないくせに!!」
「知らないわよ。だって、アタシはアンタじゃないもの。アタシはアタシ」
慰めの言葉なんて要らない。安い同情なんて要らない。それなのに、
「他人の名前を騙って、他人の人生を被らなきゃ生きれないなんてバカみたい。アンタだってアンタでしょ」
コイツの言葉が、酷く、酷く痛かった。
『わかる、ハリン? アンビーはね。戦場以外の居場所を見つけて、拠り所を見つけて────弱くなったから死んだのよ。今の貴女と同じようにね!!』
ほらね? ハリン。あの時私が放ったあの言葉は、決して間違いではなかった。
だって、今の私────、
「……どうしようもないほどに、弱いもの」
かつてないほどに、弱く、脆く、矮小で。
どうしようもなく、情けない。
だからもうどうでも良くなっちゃった。サクリファイスになるのは誰だっていい。
贄は誰でも良い。殺されるという行動自体に価値がある。
だから、
「もう良いわ」
右腕を振り上げる。注射器を握り直し、その感覚を確かめて。
「ちょっと、アンタ────」
焦ったようなニコの声を無視して。駆け寄る姿を見遣りながら。私は満面の笑みを浮かべた。
「ざまあ見ろ。全部、壊してやるから」
◇◆◇
「爆発だけじゃなくて、ホロウまで────!?」
目の前まで突如広がるホロウの膜。いや、予想はしてた。予想はしてたけども。
人工ホロウまで出張ってくるとなると、私はハリンに最後までついていけない。H.D.D……は、サブ機を社用車には積んであるけど……社用車はポートエルピスに止めてあって。イアスはRandom Playで充電中────取りに戻るのも、連れてくるのも大幅に時間ロスになる。
ハリンだけホロウに突入させるのも、今は避けたい。
「どうしよう────」
ひとつの問題が解決に向かったと思えば、また次の問題。どうやら私は、前世でよっぽどの罪を犯したらしい。どうしよう、本当に────、
「リン」
「何、ハリン。ごめん待って、今色々考えてるから……」
「あれ」
言いながら、何やら私の背後を指差すハリン。
その指に従うように振り返ると、凄まじい速度で迫ってくる社用車が見えた。運転席にいるのはイアス────えっ、イアス!?
ぎゃぎゃぎゃ、と凄まじい音を立てながら私の目の前で、ドリフトをしながら停止する社用車。そのまま勢いよく扉が開き、運転席から飛び出すイアスと
『
『
「ふ、二人とも〜!! 流石すぎるよ、ありがとう!! でも危ないから次からはやらないように頼むね!?」
正直とてもありがたい。有難いけど、見た感じ
けど、
「……ホントありがとう。これで、ホロウに入れる」
トランクを開き、H.D.Dのサブ機の電源を入れて。知能水晶体が反応したのを確認してから、後部座席に腰を下ろす。
「────じゃあ、行こっか。ハリン」
視界に走るノイズ。電子の海へと身体を沈めていく感覚。数度の瞬きを経た後で、私の意識はイアスの中へと入り込んだ。
いつもより広く、それでいて低い視界。肉体感度は────正常。充電もバッチリ。これなら、ホロウの中に入れる。
ハリンを先導するように、ホロウの膜を潜り中に入る。
膜を潜ったその先。特に内部の風景に変化は無く、孤児院へと続く舗装された道が見える。
そして、視線の先には立ち上る煙も。
『Fairy!』
『はい、マスター。────二時の方向へ3m進んでください。そこの裂け目を通るのが、このホロウの中心部への最短ルートです』
『ありがとう!!』
……優秀で助かるよ、ホント。Fairyが来るまで、こんなことは考えられなかった。
イアスの短い足を必死に回して向かったその先。大きく口を開けた、ホロウの裂け目を潜って。
視界が一瞬暗転する。強く目を瞑って、開いたその後で。
「ざまあ見ろ。全部、壊してやるから」
目の前で繰り広げられる光景に、私は息を呑んだ。
満面の笑みで言い捨てた女の子────ライブ会場で見た、ハリンに『ツイッギー』と呼ばれていたその子が。腹部に何かを突き刺した途端、凄まじいエーテル粒子の波が巻き起こる。
波は暴風までもを巻き起こし、雨は嵐へと成り変わった。
「は、はは────ははは!!」
風が奏でる轟音。その中で、ツイッギーだけが────甲高い、張り裂けるような笑い声をあげていた。
辺りに充満した粒子は、卵膜のように変容し、彼女の身体を包み込む。
紫色の空気が充満したその中で。彼女の影が脈動を繰り返し、私たちの間に緊張が走る。
『サクリファイス化────』
「────、────」
思わず漏れた呟き。私の隣でハリンは、ただ黙ってその光景を見つめていた。
────孵化が、始まる。
影の脈動が止まり、膜の内側から切先のような
白と黒を基調とした外殻を持った、人型のサクリファイス。彼女の眼帯を象徴するように隻眼だけが赤く輝き、ドレスのような外殻の裾を靡かせて。剣に変容した右手を振うと、視線を向けたその先に居たのはハリンだった。
「なぁに、ハリン。あれだけ説き伏せたのに、まだお友達ごっこしてるの?」
「────、────」
「良いわ、勝負しましょう。
艶やかに放たれる開戦の狼煙。二重に、三重に重なって聞こえるその気味の悪い声には────悪意や憎悪は含まれておらず。
「約束通り、全部壊してあげるから」
ただ、破壊への願望だけが、そこにあった。