一瞬にしてツイッギーの姿が消える。何かが激突するような金属音に遅れて暴風が吹き荒び、イアスの身体が転がった。
『ハリン────!!』
ごろ、ごろ、と転がる視界。何とか視線に捉えたハリンは自身の得物で、異形の右腕を受け止めて。ぬかるみに足を取られながらも、鋭い視線をツイッギーに向けている。
────押されてる。押し込まれている。
徐々に背中は弓形に曲がり、ハリンの口元には苦悶の表情が浮かんで。吐き出す息すらも、荒く、浅く────、
「ど、りゃ!」
視界の外から聞こえて来る声。同時に重力場がツイッギーに着弾し力が緩むのがわかる。その隙にハリンは彼女の下から抜け出すと、構えを取り直した。
『ニコ────!』
「リン。その姿だとだいぶ久しいわね────なんて世間話してる暇はないか。アレは何?」
イアスの身体を抱えて起こしながらも、ニコの視線は変容したツイッギーに向けられている。その先で彼女は、忌々しげに────鬱陶しそうに、重力場を見下ろしていた。
『アレは普通のエーテリアスじゃないの。要警戒個体種────名前は、サクリファイス』
「……ナルホドね。ただならない雰囲気は感じ取ってはいたけど……ああなったら、もう助からないワケ?」
『……うん。現状、そういう手段は見つかってないし。報告も受けてない』
「……、…………そう」
……ニコの声音が一瞬沈んだのがわかった。私には、二人の間に何があったのかはわからない。それでも、一瞬揺らいだその瞳から、ツイッギーに対する後悔や自責の念が見えて、
「────なら、終わらせてあげないとね。ちゃんと」
自身の頰を引っ叩き、意地でも前を見ようとするその姿勢が。眩しくて────それでいて、酷く痛く映ってしまった。
『……大丈夫?』
「ダーイジョブよ。アンタは気にせず支援に徹して。なんかこう……攻撃パターンとか読めたりしない? 良い感じに飛ばしてよ、指示」
『相変わらずフワフワとした無茶振りをするよねアンタ……! わかったよ、任せて』
別に私だって、プロキシとして復帰して何もしてこなかったわけじゃない。
────お兄ちゃんは義手に込められた特殊能力と、エーテル適応体質という手段を得た。
私だってこのまま、指を咥えて見てるわけにはいかないって色々やってきたんだ。
改めて視線を戦場に向ける。……正直、ツイッギーの剣先は目で追えない。何とかハリンが、度重なる剣戟を受け流してるのがわかるくらいだ。
それでも、
『それでも私だって、隙を作るくらいは出来る────!』
イアスの背中。エンゾウさんにつけてもらった増設ユニットから爆弾を取り出し、身を乗り出してツイッギーの足元に投擲する。
狙いは違わず、足元に着弾。先程の爆発とまではいかないが────地面が崩れ、ツイッギーの身体が揺らぎ、
「さっきからちょこまかと、外野が鬱陶しいわね────!」
「────余所を気にしてる場合かしら」
鋭く振るったハリンの刀身が外殻に直撃する。それでも返ってくるのは甲高い金属音────致命的なダメージにはならない。
『やっぱりコアを狙うしかないか……ニコ!』
「はい、よ!!」
再びニコの砲身から放たれる重力場。しかし、
「だから鬱陶しいって言ってるでしょうに……大人しくしてて。後で相手、してあげるから」
ツイッギーに着弾することは叶わなかった。
何かの意思に従うように集合した瓦礫の山────ソレが、ツイッギーと重力場の間に割って入る。役目を終えたように倒壊したその塊は重力に押し潰されて、鈍い音を立てながら砕け散った。
「何でも有りじゃない────」
それだけでは終わらない。思わず引き攣った笑みを浮かべるニコを他所に、再び瓦礫が集結する。
人の形を保った左手へ。正しく、自分の手の延長のように────大きく、大きく。
「リン、退避!!」
『わ、わかって────ぇぁ!!』
巨大な影が振り下ろされる。必死に駆け出し、足がもつれて、前方に盛大にすっ転ぶ。
背後に振り下ろされる瓦礫の掌。大きな地響きと共に手形を残したソレは、
『孤児院が────!!』
いとも容易く、孤児院の正面玄関を叩き潰した。
露出する室内。雨に打たれる廊下。きっと、沢山の思い出が詰まってるであろう生活スペース。
「言ったでしょう? 全部壊すって」
『だからってこんな……』
……瓦礫で形成された左手は、何度も、何度も振り下ろされて。誰かの大事な場所を破壊していく。崩していく。
その視線は変わらず、正面のハリンから外れない。こんな破壊行為ですら、彼女にとっては『片手間』だった。
「ほら見える? 見て、ハリン。これが私の力。今の私の実力。わかるでしょ?」
「────、────」
「言ったじゃない。戦場以外に居場所を求めるから。戦場以外に居場所を見出すから、こんなヤツらなんて頼るから────貴女たちは弱くなった」
正面玄関を含む前棟が、轟音と共に崩れ去っていく。そこに込められた思いを、記憶を────叩き潰すように。
「このままじゃ貴女も無様に死ぬわよ。アンビーみたいにね」
『────、────ッ』
倒壊していく建物。雨粒に混ざる土煙。
その中で放たれた彼女の言葉が、痛かった。
拠り所を見つけたから。戦場以外に居場所を見つけたから、アンビーは弱くなって────死んだ。
ハリンの口からも放たれた言葉。一度は聞いた言葉だというのに、胸に深々と突き刺さる。喉元まで迫り上がった言葉が、痛みと嗚咽で詰まるのがわかった。
……それでも何か言わないと。思考もままならないまま、何も纏まらないまま言葉を発そうと、私が口を開いたその瞬間、
「ああ、何。アンタそんなくだらないこと悩んでたワケ?」
冷たい、体の芯から冷えるようなニコの言葉が。戦場を貫いた。
「────は?」
「ああ、ゴメンなさいね。聞こえなかったかしら? 『くだらない』って言ってんの。まだ子供たちの喧嘩の方がマシに聞こえるくらい────ホンット、心底くだらない」
唾を吐き捨てる勢いだった。右手にアタッシュケースを握ったまま、大袈裟すぎるほどに肩を竦めて。やれやれ、と首を横に振りながら、ニコは一歩、前に出る。
そして、ツイッギーの瞳が……赤く輝く隻眼が、ここにきて初めてハリン以外を見た。
「戦場以外に拠り所を見つけたから弱くなった? アタシたちを頼るようになったから情けなくなったって言いたいの? 言っとくけど────アタシが知ってる限り、アンビーは最後の最後まで強かったわよ。手に入れた力を振るって誇示してるアンタに比べたら、よっぽど」
「ッ────さい、」
「だいたい何? 今アンタひとりでアタシたち三人を相手して、苛立ってんのは何でなのよ。弱くなったって言いたいんなら、アタシたちのことなんて無視してその子を殺しゃあ良いじゃない。出来るでしょ? 強いんだから」
一歩、一歩と。互いが歩みを進めて、距離が────縮まっていく。
「良い? バカで未熟なアンタに教えたげる。戦場以外に拠り所を見つけるのも、誰かに心を預ける行為も、誰かを頼るのも────決して『弱くなる行為』じゃない」
「────さい、」
「自分ひとりでは出来ないことがあると認める行為よ。弱さじゃない。生きていく上で必要な強さ」
二人が向き合う。今にも噛みつきそうな形相で。
「だからね、そのままお返しするわ」
「うるさい────!」
「アンタ、そのままだと────弱いと断じたアタシたちに、無様に殺されるわよ」
その言葉が、ツイッギーの堪忍袋の緒を叩き切った。
異形の右腕が振り上げられる。雨粒を受けたソレが怪しく煌めき、振り下ろされて────、
「ゼロ距離なら防げないでしょ。喰らいなさい!!」
ツイッギーの視線はニコの顔に向けられていた。
完全な死角────彼女の腹部に当てられた砲身から、ひと際強いエーテル反応が迸り、巨大な重力場が放たれた。
回避行動は取れない。既にトリガーは引かれている。砲撃の勢いで後ろに吹き飛んだニコと入れ替わるように、得物の切先を地面と平行に構えたハリンが駆け出し────、
「コア、胸の真ん中! 至近距離だからよぅく見えたわ!! 思いっきり刺してやんなさい!!」
「……ありがとう。でも煽りすぎよ、貴女」
ハリンの視線は彼女の────ツイッギーの胸元に。跳躍の勢いを乗せた刺突が外殻にぶつかり、
「────もう終わりにしましょう、ツイッギー」
剥がれる、剥がれていく。そして、
「貴女は、充分に戦ったわ」
その切先が、コアに────届いた。
◇◆◇
私の切先が彼女の胸に……コアに触れた、硬い感覚があった。けれど不思議と、次にやってくるはずのソレが砕ける感覚はなくて。
「────?」
思わず首を傾げる。たった一度の瞬きだけの間……だったはず。
けれど私は、見知らぬ場所に立っていた。
私のすぐ隣にはひとつの椅子。それ以外は何もない────ただひたすらに、『無』が広がっているだけの空間。
「何ぼうっと突っ立ってんのよ。ほら、座りなさい」
そして私の目の前には、よく見知った姿のツイッギーが椅子に行儀よく座っていた。
彼女の椅子は、私の歩幅で五、六歩先。私の周りには見渡す限りの『白』が広がっているのに対し、私と彼女の間を隔てるように、向こう側には『黒』が広がっている。
……不満げなツイッギーの視線が私の身体に突き刺さるのがわかる。とりあえず視線に促されるままに、私は席についた。
「……ここは何?」
「私とハリンの精神だけを切り分けた世界、って所かしらね」
「……そう」
「意外。驚かないのね?」
「貴女は今、あの人工ホロウの主でしょう? それに、サクリファイスにまでなっていた。それくらい出来ても不思議じゃないわ」
「ふぅん……可愛げがない」
何をどうしてこうなっているのか、は何となくわかる。けれど、
「何でこんなことを?」
何故、だけが理解できなかった。
自慢できたことではないが、私と彼女は別に『姉妹仲良し』というわけではない。この数日に渡って、リンとアキラを見ていたからこそ、尚のことそう思う。
けれど私のそんな言葉にも、ツイッギーは呆れたようなため息を吐き出して、
「私は貴女に負けた。貴女は私に勝った。勝者にはそれなりの報酬を与えなきゃいけない。でしょう?」
「……???」
「何でそこで疑問符を浮かべるのよ……貴女の端末に、私の研究施設の位置情報を送っておいたから。パソコンの中身を削除して施設を燃やせば、これ以上『シルバー』が悪用されることはないはずよ。……まあ、ラマニアン内部は手遅れでしょうけど」
ラマニアン内部。その言葉に引っ掛かりを覚えたけれど、彼女の顔が『それ以上は聞くな』と言っているものだから。喉元まであがった言葉を、静かに飲み込んだ。
……私たちの間に沈黙がある。私たちと二脚の椅子以外、本当にこの場に何もないモノだから。互いが静かに呼吸する音と、ツイッギーが身じろぎする音だけが辺りに響いている。
その沈黙に耐えかねたように、
「────ねえ」
口を開いたのはツイッギーの方だった。
戦いの最中……あんなに私に憎らしげに向けられていた視線は俯き、膝の上で指を組んだ自身の掌に向けられている。
「……ハリンは、どう思ってるの? 私たちが戦場以外に居場所を見出す────そこから来る、強さの変動」
声音までもがヤケにしおらしい。場違いなほどに呑気に思った。
あんなにも自分の理論を振り翳し、全てを壊すと豪語していた時の面影は全くない。
……私はどう思うか、ね。
「正直な所、まだわからないわ」
「……そう」
「けれど、正しく意味を理解できてなかった────と。ニコ……だったかしら。彼女の言葉で、思い知らされた」
彼女は私とツイッギーが、長く心の内側に秘めていた思いを、ただくだらないと一蹴した。
誰かに頼るというのは、自分ひとりでは出来ないことがあると認める行為であると。それは弱さではなく、生きていく上で必要な強さなのだ、と。
戦場以外に拠り所を見つけるというのも、また。
……これは私の感情論ではあるけれど。
『私は、ハリンとの明日が欲しいよ。私は、ハリンとの未来が欲しい』
目を泣き腫らし雨に濡れながら。自分の傷を自ら差し出し、必死に紡がれたあの言葉を、私に向けられた好意の形を、
「……私は、間違いだとは思いたくない」
否定したくない。否定してはダメだと思った。今の私の心にあるのは、それだけ。
そんな私の独白を受けて、ツイッギーは『心底不快だ』と言いたげに、その顔を歪める。
「……貴女、あれだけ熱烈なアプローチを受けておいて『まだわからない』なの?」
「……見てたの?」
「見てた、じゃないわ。今見てきた。『セフィロトのホロウ』の主の特権ね。……安心なさい、『死人に口なし』────別に無闇矢鱈に言いふらすような真似はしないわ。ハリンは結構めんどくさい末っ子気質だ、ってね」
……そんなに言われるようなことだろうか。人の在り方はそう簡単に変わるようなモノではない。
私の視線の先で、大きなため息を吐き出すツイッギーもまた。
「私は認めないわ。考えは改めたくない。そうしたら今までの自分に嘘をつくことになるもの」
「────、────」
「何よ、目一杯眉間に皺寄せちゃって。だってそうでしょ? どうせもうすぐ死ぬんだもの。最期に『はい改心しました〜! 今まで私が間違ってました〜!』なんてゴメンよ。辞世の句を吐くとしても、もっとマシなモノを選ぶわよ」
どうせもうすぐ死ぬ。その言葉が痛くて、思わず私の肩が小さく跳ねた。
その変化を彼女が見逃すわけがなく。ほんの一瞬だけ視線が泳ぐ。それでも、言葉は止まらなかった。
「……けどね。認めたくない、認めてたまるかって意地を張っていたことは認めるわ」
返す言葉が見つからなかった。……いや、そもそも。ツイッギーの中では、私の返事は要らないのだろう。最後のひと時の、最後の独白。
「……多分、嫉妬してたのよ。ニコにも、アンビーにも────そして、貴女にも」
「私に?」
「そう。私だけが置いて行かれている気がして。私の頑張りが否定されている気がして────みんな新しい居場所を手に入れて、自分の中の物事と折り合いをつけて。私に見えないモノを見てる。ま、貴女は折り合いつけてないみたいだけど」
誰もが前に進んでいる。目の前に、ホロウという名の絶望が横たわるこの世界で。自分の中にある辛いモノ、辛い出来事、辛い記憶と折り合いをつけて────。
ツイッギーの言いたいことは理解できた。私も、そういった人間を知っている。
辛くても苦しくても、奥歯を噛み締め前に進む人間を。それだけじゃなく、誰かの手を引っ張って前に進もうとする人間を。
「どうして貴女たちだけ、って気持ちがあった。必死に身体を弄くり回して、前に進んでいるはずが────貴女たちとは違う方向へ進んでいる。その辛さを誤魔化すために悪態を吐いて、自分は正しい方向に進んでるんだって言い聞かせてた」
「────、────」
「それでね。同時に、寂しかったんだと思う」
寂しかった。そう紡ぐ声音は柔らかく、静かで。自分の中に、意識を向けるような────そんな声音。
「貴女にライブ会場で会ったあの日、貴女に向けて放った言葉……食事なんて硬い硬いパンと加熱剤付きの保存食で十分でしょう。家族だって────ってヤツ、覚えてる?」
「……ええ、昨日の出来事だから」
「アレの続き、今ならわかるの。家族だって────私たちが居れば十分じゃない。私は多分、そう言いたかった。言いかけて、飲み込んだ。隣にいるのは、私でありたかった」
紡ぐ言葉に嗚咽が混ざる。それでも決して、彼女は涙を流さない。潤んだ隻眼が私を見つめて、まるで自分を嘲笑うように、短い乾いた笑いをあげて、
「寂しかった。だから────だから、私はシルバーに固執した。私の腕なら新しい兵士を作ることだって、まぁ出来たでしょう。まぁ、私には? 時間もお金も沢山あったし。私、優秀だから。でも、それでも────、」
「……、…………」
「さびし、かったのよ。寂しかった。隣にいるのは、『
握りしめた彼女の手が震える。強く奥歯を噛み締める音が聞こえてくる。
「新しい子たちを作るたび、貴女たちとは違うと理解させられた。もう貴女たちは隣に居ないと突きつけられた。忘れられたくなかった。折り合いなんて、付けられたくなかった。だから私たちを捨てた
大きく震える身体。所々詰まる言葉。涙を堪えるように必死に泳ぐ視線は、私には向かない。
その姿は最早、『シルバー小隊のツイッギー』ではなく。ただ、『ひとりの少女』でしかなくて。
誰かに感情を吐露し、自身の傷を打ち明けることに慣れていないその様子が痛々しくて、苦しかったから。
「────大丈夫よ、ツイッギー」
らしくもなく、向かう先も見据えず、私は口を開いてしまった。
……向かう先も見据えず、は嘘。何を言いたいのか、私がどうしたいのか。それはもう、彼女の本音を聞いた時点で決まっていたから。
「大丈夫。貴女のことは────いいえ、『
「────、ッ」
大きく見開かれたツイッギーの瞳が揺れる。
何かを言おうとしては辞める。その繰り返し。挙句、大きなため息がその口から吐き出された。
「────バカね。本当に」
そこに含まれた感情はわからない。……言及すらも許されない。まるで私の疑問から逃げるようにツイッギーは席を立つと、
「……うん。終わりにしましょう。私もう、行くから」
まるで、ちょっとそこまで買い物に行くような気軽さで。緩く片手を振る。
「……ええ、また。私もすぐに行くから」
「はあ? 何言ってんのよ。『また』じゃないでしょ。貴女は私と同じところに堕ちない。もし貴女がこっちに来たら意地でも追い返してやるから」
白が、黒が、散っていく。ヒビ割れ、その隙間から────徐々に、光の粒になっていくように。
「それから、ハリン。貴女は長生きしなさい。私が選ばなかった道を選ぶんだから、ちゃんと私が得なかった言葉を────得なかった思考を手に入れてから死になさい」
背中を向けて、目の前の『黒』に向かって、歩み始める。
「────それじゃあね。永遠に、さようなら」
────雨粒の感覚。風が頬を撫で、静寂が終わる。
私の、剣を握りしめた両手に。彼女のコアを砕く感覚が、やってきた。
◇◆◇
────異形と化したツイッギーの背中から、ハリンのブレードが飛び出すのが見える。
傷口からは鮮血のようにエーテル粒子が吹き出して、まるでハリンを抱きしめるように膝を折り、崩れていく。
外殻が。彼女を覆っていた鎧が、粒子となって雨の中に溶けていく。
「……、…………」
ハリンは何も言葉を発さない。そのまま彼女を地面に仰向けに寝かせると、視線を私に向けてくる。
「後はこのホロウを閉じるだけ、ね」
『え────ああ、そうだね。ホロウの核を、見つけないと』
私が感傷に浸っている暇はない。何よりハリンが前を向いているのだ。私も、終わりに向けて舵を取らないと。
辺りを見回す。エーテル反応を辿るように。私の推測が正しければ、多分この辺に────、
「……ねえ。後はアタシに任せてくれない? そのホロウの核とやらの場所も知ってるから」
なんて、視線を巡らせる最中。私の視界にニコの足元が映り込み、目線を合わせるようにしゃがみ込むと。私に柔い笑みを向けてくる。
『え? うん。別にいいけど────』
「だってアンタたち、びしょ濡れじゃない。早くシャワー浴びたいでしょ? ほら、行った行った!」
半ば強引に、背中を押される形で。私たちは、孤児院を背にして歩き出す。
何となく、私は。そのニコの表情を、確認するために────振り返ることすらできなかった。