何か粗相をしただろうか。そんなモヤモヤが、ずっと私の中に根付いて離れない。
私と別れる寸前の朱鳶さんの表情。ほんの一瞬だけど、私の視界に映ったソレは────酷く痛々しく、見ている方が胸が痛くなってしまう程で。それ以上の対話を拒否するような、逃げるような足取りは。私の追いかける足を堰き止めた。
「ん、ぐぅ〜〜〜」
追いかけて問い詰めるべきだったろうか。意地でも話を聞くべきだったろうか。遠慮せずに無理やり踏み込んで話を聞くのも大事だったのでは。
私は生憎エスパーの類ではない。他者の心は本人から口にしてもらわないとわからない。朱鳶さんの心の内を、想像で語ることしかできないのだから。
人間は言葉を交わしてわかりあうもの。映画の中でもよくある話。私の今までの人生でも嫌というほど実感したし、だから極力お兄ちゃんにも思ったところがあれば言うようにしていて・・・・・・、
「ん、ぎぃぃぃぃ」
立場! 間柄!! あ〜もう思考がまとまらない!
色々なものが私の思考を邪魔してる。これが朱鳶さん相手じゃなければ私だって加減なしに突っ込んで行ったのに。どうするのが正解だったんだろう。何が失敗だったのかすらもわからない。
思考の堂々巡り。イタチごっこ。自分の尻尾を追いかけてくるくる回る犬の気分。もどかしい。
『リン、大丈夫かい?』
・・・・・・そんな私の思考を遮る声がする。キーボードの横に転がされたスマートフォンから、お兄ちゃんの声。そういえば通話繋ぎっぱなしにしてたんだった。
「ごめん、大丈夫。そっちはどう?」
『ああ、こっちも大丈夫だよ。今十二分街付近に着いて、巴くんとも合流するところだ』
今日から私たちは、巴さんの依頼に取り掛かる。お兄ちゃんはイアスを連れて十二分街。私は『
『少しでも観光気分を味わえるように写真を送っておくね』
「ちょっとお兄ちゃん! 遊びでそっち行ってるんじゃ無いんだからね。しっかりしてよ?」
『はは、わかってるよ。じゃあ、またホロウに入るタイミングで連絡するね』
「・・・・・・本当にわかってるのかな」
なんて私のぼやくような言葉は、ちょうど通話が切れてしまってお兄ちゃんには届かなかったわけだけれど。
むくれる私を他所に、お兄ちゃんは随分と楽しんでいるみたいで。十二分街の入り口から撮られた写真────お兄ちゃんの謎ポーズの写り込み付き────がノックノックに届く。
知らない町並み。巴さん、輝夜ちゃん、お兄ちゃんといった知ってる顔ぶれ。そして、
「・・・・・・?」
遠くに映るホロウ。これも、知っている光景のはずなのに。
「うん? ・・・・・・うん。なんだろ」
違和感。直接ホロウを見たわけじゃ無いからなんとも言えないけれど、この街のホロウは何処か────何かが違う。
ただこの部屋で待つしかできない私は。写真を眺めながらウンウン唸り、首を傾げるしかできなかった。
◇◆◇
「ちょっと、妹チャンに送るんなら言うてや。もっとイカしたポーズ取ったのに」
「そうかい? 十分すぎるくらいにキマってたと思うけれど・・・・・・」
「外野にはわからん『美学』っちゅーモンがあんねん・・・・・・まあええわ」
僕の端末を覗き込む巴くんが、大きなため息を吐き出す。その後で両腕を広げ、僕の前に躍り出て、
「ようこそ! お笑いと食い倒れの町、十二分街へ。歓迎するで、アキラクン」
やたら演技が勝った声音と振る舞い。背後に広がるその街へ視線を向ければ、巴くんの言葉は正しく『そう』であると思わせられる。
あちこちに見える食べ物屋とその露店。香ばしいソースの匂いが鼻腔を擽り、鼓膜を揺らすのは活気のある声の波。
視線の遥か先には街の半分程を覆うホロウと、そこから頭だけ見せる特徴的なシルエットの塔。僕の想像より栄えているように見えるし、街の全体から感じる雰囲気は『元気』の二文字だった。
「・・・・・・初めて来たけど、凄いところだね。ここは」
「せやろ? 六分街も住みやすさこそはあるかもしれんけど、元気さだったら負けてへん。予定に困ったら十二分街へ。足を踏み入れりゃ休日彩るんには
こうして会話を繰り返す最中でも、少しでも客足を他所に取られないようにと頻りに声をかけられる。ソレに巴くんが「これからお仕事やねん」だとか、「また来るわ。オマケしてな〜」と応えたり、輝夜ちゃんが笑顔で手を振り受け応えるのを横目に足を前に進めていれば、
「で、良い感じの義手もらえたみたいやな。いくらしたん?」
不意に問いを投げられ、自身の右腕に視線を投げた。
太陽光を反射して、黒く光る機械製の腕。無意識に開閉を繰り返すも、僕の体の一部と言っても遜色ないレベルでレスポンスに問題はない。
「今回、お金は特に払っていないよ」
「なんや、タダだったんか。アイツのトコで作って貰ったんだったら人工皮膚使って見た目隠すくらいはできるのに。剥き出しだからその辺でケチったんかと思ったわ」
「はは、まあソレは────」
────もうひとりの
つい昨日リンが語った言葉。僕としても、否定の言葉が見つからなくて。
片腕がないと不便を感じるのはそれはそう。けれど、僕としても・・・・・・向こう側のリンに、もう一度人として生きていける権利を貰った。ソレは変えようのない事実。
だから僕も、全てを無かったことにしてはいけないような気がして。だからこうして、目に見える形で。戒めという形で残しておくことを選んだ。
リンを二度と独りにしてはいけない。改めてRandom Playに戻ったあの時の気持ちを、変わり果て、荒れ果てた部屋を見た時のあの感情を。決して忘れない為にも。
・・・・・・ほんの少し気まずい沈黙がある。吐き出す言葉に悩んで、黙りこくっている間も、巴くんは特に言葉の続きを急かすことはなかった。
「・・・・・・まあ、完全にタダってわけじゃないよ」
「ああ、そうなん?」
特に言葉が見つからなくて。僕は話の路線を変えることを選んだ。
まあ、この内心はリン以外に話す必要も無いだろうし。
「この義手は新機能の試作品らしくてね。性能と動作のテストをする代わりに、この義手を使わせて貰っているようなモノさ」
「ほ〜んなるほどな。したらグレース姉さんの叡智が詰まっとるワケか。アイツのことやし、どエラい技能が付いとるんやろ? お披露目が楽しみやね」
件の義手をまじまじと見つめながら、いつもの笑みで言葉を並べる巴くん。
「にしても特殊技能付きの義手選ぶとか偉い張り切っとるね、アキラクン」
その続け様に放たれた言葉に、
「要警戒エーテリアスの件の汚名返上、っちゅーヤツか?」
「────、────」
僕は思わず、息を呑んだ。
僕が僕でない姿でホロウを彷徨った約一年間。僕の中に、その頃の記憶は断片的にしか存在しない。
覚えているのは、ホロウに迷い込んだ何人かを救ったことと。この世界に絶望感を抱き、この世界をどうにかせねば────なんて使命感に駆られていたことだけだった。
誰も殺してなどいない。誰も襲ってなどいない。その確信が欲しくて、情報が少しでも欲しくて。インターノットで調べて僕が得た情報は、ホロウの中に奇妙なエーテリアスが居た、という話だけ。
〝
それを、巴くんは何故。
「ん、あれ。深読みしすぎか?
「・・・・・・いや。間違いではないよ」
戸惑いはあれど、否定はない。僕の胸の内側にずっと巣食うこの焦燥感の正体は、きっとそれだ。
再びこうして歩き出すチャンスをもらった。それなら僕は何かを成さなければいけない。リンとはまた別の形で、この貰った奇跡に応えなかればいけない、という気持ちがある。
「あ、そ。まあボクとしてはアキラクンたちがやる気なら何でもええねん。ちゃあんと協力して、ボクらを導いて。仕事してくれりゃあ、なんでも」
僕の傷口に塩を塗るだけ塗って満足したらしい巴くんは、すぐにこの話題から興味を無くして大きな欠伸を漏らす。その様子を咎めるように輝夜ちゃんはその脇腹を小突き、
「ン
気だるげにそう溢す巴くんを他所に、輝夜ちゃんは僕に向けて両手を合わせてくる。見かけの印象こそは『姉弟』としては逆だが、こうして見ていると確かに輝夜ちゃんの方が姉らしく見える気がする。
「・・・・・・ほらアキラクン、着いたで」
巴くんの歩みが止まる。十二分街────その中央を通る大きな街道。
道の先を覆い隠すように広がる大きなホロウを見上げて、僕は抱えていたイアスを地面に下ろす。
「ん、よし来た。じゃあリン、イアス。出番だよ」
◇◆◇
『貴女はこのホロウを広げることだけを考えて・・・・・・たまに私が送った指示に従えばいいわ』
『広げるためには何をすればいいのかって? そうねえ・・・・・・ここに居座って、世界の創生を願えばいい。貴女が願うままの、平和な世界を望めばいい。このホロウでは貴女が主なの。きっと、この場所は貴女に応えてくれる。定期的に生贄や供物を捧げる必要なんてない────簡単な話でしょう?』
半ば無気力となったあたしに、アイツが命じたのはただそれだけだった。
この場ではあたしが主。あたしが中心。その言葉には嘘はなくて、確かにこの空間はあたしの気持ちに応えてくれた。言葉を、願いを叶えてくれた。
だからありもしない、甘い幻覚と空想に浸って過ごす。
暖かな家。暖かな家族。温かいご飯。食べるものに困ることなく、〝死んでいない〟ではなく〝生きている〟生活。
たまにアイツから送られてくる指示に赤牙組のみんなと応えて、何気ないことで笑いあって。家に帰れば、家族が待っていて。
胸の何処かに巣食う虚無感を端に端に追いやって、あたしは暖かな日々に飲まれていく。
ずっとこの日々が続けばいい。
ずっとこの毎日に浸ればいい。
ここではあたしを邪魔する存在なんていなくて。みんな優しくて。あたしは────あたしは、ひとりじゃない。
あたしの名前を呼ぶ声。抱きしめてくれる温もり。その全てが、ここにはある。
▇▞▟▇▟▞▟▇█▇?
ノイズのかかった声がする。
よく聞き慣れた声がする。
何を言ってるか読み取れなくて。その癖に、あたしの何処かにその声に同意する気持ちがある気がするけど。今はもう、どうでも良かった。
全部が全部、どうでもいい。
幕に包まれた『ここ』の外も。
夜布団に入って不意に襲ってくる不安も。
先を見据えれば横たわっている果てのない闇も。
今のあたしには、どうでも良いのだ。