一瞬、理解を拒んだ。この街にいる全員が一度死んだ人間? いや、そんな────。
『てっきりソッチもそうなのかと思ったんだけど……その様子からして、違うのかよ?』
「あ、あたしはまだ死んでないけど────あんたたち二人も、一度死んでるってこと?」
『おう。バッチリ逝った記憶あるぜ』
「ええ。ホロウの中で二人揃ってね」
……この二人自身が死んだ記憶があるっていうんなら、多分そうなんだろう。あたしを騙すために嘘をつくような連中には見えないし……そもそもビリーの方は、何と無く『嘘がへたっぴ』みたいな印象を受けるし。
死者と生者の間に横たわるホロウ。サラの目的としては────死んだ讃頌会の連中をもう一度戦線に投入するため、ってとこか。アイツが考えそうなことではある。
……突然不利に傾いた戦況。ラマニアン内部に現れた三つの人工ホロウ。死者が生きる街。
頭の中に散らばっていたピースが徐々に嵌っていく感覚がある。それも、あたしから見れば嫌な方向に。
この人工ホロウを潰さなきゃいけない。つまり、あたしは────、
『おい猫又。聞いてっか?』
「え、ああゴメン。考え事してた。なんか言ってた?」
『早く食わねーと餃子無くなっちまうぞって』
「なっ!? 食べ過ぎじゃないか、アンビー!?」
さっきまで目の前の皿にこんもり盛られていたはずの餃子が嘘のように消えている。配慮とか無いのか、この女には……。
せっせと自分の皿に盛り分けて、横取りされないように口へと運んでいく。味わう暇すらあったもんじゃない。
騒がしくて、忙しなくて。正直行儀もすこぶる悪かったけど……なんか、久々だ。この感じ。
お腹だけじゃなくて、胸まで満たされるみたいな。
「……ご馳走様でした」
「結局七割くらい平らげやがったぞ、
満足そうに笑みを浮かべて、あたしの目の前でお茶を啜るアンビー。いや、多分あたしだけじゃ全部は平らげられなかっただろうけど。なんか納得いかないな〜……。
なんて眉間に皺を寄せること数秒。あたしたちの皿が空になったことを確認すると、空いた食器を回収しにお婆ちゃんが歩み寄ってくる。
「あら、たくさん食べてくれたのねえ。治安官さん、お気に召した?」
「すっごく美味しかったぞ〜! ありがと、お婆ちゃん。でもアレ、別にあたし治安官ではなくって〜……」
お婆ちゃんだけじゃなく、ビリーとアンビーの視線までもがあたしに突き刺さる。さて、何と説明するべきか。
「あたしは〜……治安官に雇われたヤツ、っていうか。雇われの傭兵……的な……?」
『なーんでおまえ自身のことなのに、そんなに自信なさげなんだよ』
「だ、だって仕方ないだろ!? あたしも自分でだいぶフワフワしてるなって思ってるっていうか……」
……多分、イチから説明すればすんなりわかって貰えたんだろう。
十二分街の人工ホロウのこと。あたしがどういう経緯で、何をして来たのか。
でも、その全部をこの人たちに吐露するのは気が引けた。何となく……嫌だったから。
暖かい笑顔と、柔らかい声音。ソレを歪ませることはしたくなかった。
あたしの言葉を聞いて、お婆ちゃんはお皿を重ねていって。あたしたちの湯呑みにおかわりのお茶を注いだその後で、
「……そう。立派なのね、お姉さん」
「立派?」
「ええ、立派じゃない? 市民や街を守る治安官さんに、自分から望んで力を貸しているのだから。とーっても立派よ?」
「────、────」
……曇りのない笑顔。一切悪意のない言葉。
きっと、本当にこのお婆ちゃんは心の底からそう思っていて。あたしを困らせようという気持ちは全く込められていないと思う。
それでも。あたしがこの人工ホロウの中に入ってから聞いてきた、どの言葉よりも深く深く突き刺さって────とても、痛かった。
「お姉さん、名前を聞かせてもらって良い?」
複雑なキモチが顔に出てしまってたんだろうか。お婆ちゃんはあたしに気を遣ってか、話題の舵を取り直してくれる。
「そっか、お婆ちゃんは知らなかったっけ。あたしは猫宮。猫宮又奈」
あたしの名前を聞いて、お婆ちゃんが大きく瞬きするのがわかる。その様子を見るなり、ビリーとアンビーまでもが「ああ、やっぱり?」なんて言いたげな顔をしていて。……なんかあたしだけ仲間はずれにして、三人の理解が進んでるみたいだった。なんか居心地悪いな……。
「え、えーと……なにか……?」
「猫宮さん。やっぱりそうよね。……うん。目元とか、お母さんそっくり」
「……え?」
「……貴女のご両親も、ここに来てるわよ。すぐ近くの雑貨屋に居るから、会っていったら?」
◇◆◇
……太陽が沈んでいく。ここに来て初めての夜がやって来た。街のあちこちには暖かい明かりが灯り、この街の歪な平和を照らし出していく。
道をゆく人々。談笑しながらあたしの前を横切るその姿は、とても『死者』には見えなくて。それでも確かに、
『ああ、そうだね。私は一度死んでいるよ』
『んー、確かホロウ災害で────』
『病気でぽっくりと、ね。最後は家族に囲まれて……』
『……殺されたんだよ。ホロウの中で』
確かに、『一度死んだ記憶』を所有していた。
最後の瞬間はそれぞれではあったけれど。あたしが話を聞いたその全員が、たったひとりの例外もなく。
でもって、全員揃って生前の習慣に沿って生活している────か、生前は出来なかったことをしてる、と言ってた。
店を営む人たちはあたしから一切金銭を受け取らず、街中で美味しそうにお菓子やご飯を頬張る人たちは、お腹が満たされることはない。
ただ、そうしていると落ち着くから、と。それでも今の外の世界……
「どうしたもんかなぁ……」
街中のベンチに腰掛けて、思わず呟く。街には大した異常は無し。見渡す限りの平和と平穏。陽が沈めば街の人間全員がエーテリアスになったりしないか、とか思ったもんだけど……全然そんなことはなくて。
「いやそれは映画の見過ぎか」
……正直どん詰まりだった。前に進んでる感じが全然しないぞ。困った。ホロウの出口も特に見当たらないし、ちょっとだけ懸念してたエーテル侵食の症状なんかも見当たらない。何ならあたしの身体はこのホロウに入る前より健康体まである。
行き場のない思考の中で、右手にぶら下げたビニール袋の中から、饅頭をひとつ取り出して齧り付く。考え事しすぎて頭が疲れてたのか、甘味がとんでもなく染み渡った。
「街中に異常がないってなると、後は『こっち側』のラマニアンホロウの中……とかかな」
ラマニアンホロウの中にある人工ホロウの中のラマニアンホロウ。……ちょっと紛らわしいな。頭回ってない。
ぐるぐるとひとりでに回る思考の中で、不意に目の前の雑貨屋から二人の人影が出てくるのが見える。
「────、────」
……お父さんと、お母さん、だった。
二人はあたしの最後の記憶と違わない姿で、楽しそうに会話を交わしながら店の外へと出て来て。脚立に乗り上げて両手を伸ばすと、がらがらと音を立ててシャッターを下ろしていく。
……別に疑ってたわけではないけど。あのお婆ちゃんが言ってたことはホントだったんだな。
軋むほどに強く奥歯を噛み締めて。駆け寄りたい気持ちを必死に押し殺して、ただただその光景を眺めてる。
抱きしめてもらいたい。言葉を交わしたい。頭を、撫でて欲しい。
……でも出来ない。だって、今二人と会ってしまえば、あたしは────、
「……絶対、揺らぐ。何もかもが」
かつて、自分の認知を貼り付けて────ハリボテだったとしても依存してしまった、あたしが求めて止まなかった二人の姿。
あたしの中の『平和だった頃』の象徴に背を向けて、駆け出す。
気づいて欲しい。気づいてくれないだろうか。背後から名前を呼ぶ声が聞こえてくるのを、期待している自分自身を捩じ伏せて。前へ、前へ。
お兄さんが営業してるホテルの一室に逃げるように駆け込んで、あたしは目を瞑る。眠りの海の中へと沈んでいくように。
何も考えるな。考えないで。
ただやることだけを、見てればいい。