朝食を終えて、あたしたちは……アンビーの言っていた『プロキシのアテ』との待ち合わせのために、適当観の前へ。
……街の温かさなんかもそうだけど、
「猫又はそこで待っていて。プロキシとは門の前で待ち合わせにしているから」
「……ん」
どうやら気まずさを感じているのはあたしだけのようだった。アンビーは変わらない様子でそう告げると、振り返ることすらなく歩みを進めていく。
……残されたあたしとビリーの間にも、特に会話は無かった。話すことがない────というわけではないけど。口を開けばまた言い合いになってしまいそうで。
だって仕方ないじゃんか。正直二人のこと巻き込みたくないし。あたしの思ってることは全部言ったし。そう簡単に『はいそうですか』って納得できるわけでもない。けど、
「……まあでも、確かに。アンビーたちの意思を全部無視して、あたしが終わらせるってのは……傲慢なのかな」
黙ってあたしに任せておけばいい。平和に暮らしてれば、知らない間に全部終わる。その思考は確かに良くはないよなぁ、とも……思うあたしも居るのだった。
「あ、居た! おはよう、ビリー」
『おう、イドリー! 悪ィな、突然呼んじまって』
「ううん、良いのよ。友達が困ってたら助けるのは当然だもの」
……多分このおねーさんが件のプロキシなのだろう。タコの触手を背中から生やしたその金髪のおねーさんは、プロキシと言うには少し雰囲気が……こう、ふわふわしていた。全然アウトローって感じがしない。むしろ、そういう『裏家業』なんかより、古本屋の店員とかやってそうな。
「あなたが猫又ちゃん? 初めまして。わたしはイドリー。イドリー・マーフィーよ」
「初めまして。あたしは猫宮又奈。こんな見てくれだけど治安官ではないから、そこんトコは期待しないでほしいな」
「ふふ、大丈夫よ。アンビーちゃんから聞いてるわ」
……というか、あたしこの制服着てる間は毎回この訂正しなきゃいけないのかな。ちょっと面倒なんだけど。
まあワガママ言ってる暇はなかったし……外は
「……ってことは、あたしが何しにラマニアンに行くのか、とかもアンビーから聞いてる?」
「……? いいえ、それは何も。ただ『ラマニアンに行きたいから助けてほしい』とだけ……」
あの女。肝心なところだけ伏せやがってからに。
……いや、これもある種アイツなりの気遣いなのかもしれない。前言撤回しておこう。
「────、────」
ほんの少しだけ、迷ってしまう。話すべきか、そうではないか。アンビーは『街のみんなは受け入れてくれる』と言っていた。
……イドリーの第一印象としては、優しいお姉さんって感じだ。なかなか怒らなそうではあるし、大概のことは『あらあら』で許してくれそうな勝手なイメージはある。
だとしても、『今からおまえらを終わらせに行きます』と言われて怒るかどうかってのは別の問題なわけで────、
『貴女の優しさはありがたく思うわ。でも、この街は私たちが見ている夢だから……私たちは今こうして、貴女と意思を持って対話しているんだから。手伝うかどうかくらいは、私たちの意思で決めさせてほしい』
「んぎぎぎ」
アンビーの言葉が頭にこびりついて離れない。鬱陶しさのあまり頭まで掻きむしり始める始末だ。
……そんなあたしを困ったように見つめるイドリー。いや、もう。もう。調子狂うな本当に!!
一度大きく息を吸って、吐き出す。やかましくがなり立てる心臓を落ち着けるだけの間を設けて。あたしはゆっくり、首を傾げるイドリーを見上げた。
「……あの、さ。今あたしたちが居るこの衛非地区は、讃頌会が作った人工ホロウの中身なんだよ。その人工ホロウのせいで、外では色んな連中が困ってる。色んな人が────死んでる」
「────、────」
「だからあたしはこの街を終わらせなくちゃいけない。……終わらせるために、ここに来た。その人工ホロウが閉じた後、アンタたちがどうなるかは正直よくわかんないけど……」
どうなるのかは核を壊してからじゃないとわからない。でも想像に難くはないだろう。
僅かに揺れるイドリーの瞳。そこから、あたしの言葉が何を意味するのか察したであろうことがわかる。
「……今からあたしたちがやりにいくのは、
……また、沈黙がある。ビリーも大して茶化したりすることはせず、視界の隅で筋塀にもたれ掛かってるのが見えた。
次にイドリーから放たれる言葉が怖くて、居心地が悪くて。思わずイドリーの顔から目を逸らしたのと、ほぼ同時。
「────そう。終わってしまうのね」
彼女の口から放たれたのは、そんな何とも言えない感情を孕んだ短い言葉だけだった。
怒ることはせず。嘆くこともせず。あたしを責めることもない。ただ、その事実を受け入れるみたいに。
「わたしもね、一生続くとは思っていなかった。一度死に別れた両親と暮らして……平和な街で、何気ない日々を過ごして。神様の気まぐれで与えてもらった延長戦────ううん。上手い表現は、見つからないけど」
……返す言葉が見つからない。それでもイドリーは、言葉を続ける。
「でも、あなたが話してくれて良かったわ。知らない間に終わるのは確かに幸せなことかもしれないけれど……終わりを自覚して、エピローグがあとどれくらいで訪れるかを知らされて。ちゃんと、覚悟を決める時間ができたから」
「────、────」
「だからありがとうね、猫又ちゃん」
お礼を素直に受け取るのは憚られた。それでも、あたしの胸の中に────ストン、と。何かが落ちる感覚はあって。
アンビーが言いたかったこと。ビリーが言いたかったこと。きっと、二人の性格からして……単純にあたしを放っとけないって気持ちもあったのかもしれないけど。
ああ、うん。多分、二人が言いたかったのはそういうこと……なのかもしれない。
優しさを押し付けて……押し売りして。相手から取り上げていたものは、あたしの想像以上に大きなものだ。
確かにここまで繰り返してきたあたしの言動は、傲慢極まりない。
「……迷いは晴れた?」
あたしがイドリーの言葉を咀嚼して、吞み下すのを見計らっていたかのように、ヤケに良いタイミングでアンビーが適当観から戻ってくる。
門を潜り、あたしを覗き込んでくるその表情は変わらず涼しげではあるけど。それでも、口元には僅かに笑みが浮かんでいるように見える。
「……まあ。うん。ちょっと、改めた」
「そう。……なら良かった。でも猫又の選択が正解なこともあるだろうから、選択肢のひとつくらいに覚えておいて。貴女にはまだ『これから』があるんだし」
まだ、『これから』がある。この人たちは、ここで終わる。言葉とは裏腹に、そう言い放った声音は清々しくて。
「歳、あたしとそんな変わらないように見えるのにヤケに悟ったこと言うじゃんか」
「? 悟るのも当然。だって私は一度終わってるもの」
「冗談でもあまり言うなよ、そういうこと!! 痛いから!!」
ホント……ホントこの女は読めないし気に食わない。多分別の場所で出会ってたらもっといがみ合ってたんだろうな。
『で、アンビーは適当観に何しに行ってたんだ?』
「……できれば戦力がもう少し欲しいと思って。もうひとり頼りたい人が居たんだけど留守みたい。四人で行きましょう。イレギュラーが無ければ、何とかなるはず」
◇◆◇
……外の衛非地区で乗れなかったロープウェイに、こんな形で乗ることになるとは思ってもみなかったな。
ホロウの中へと続く太いワイヤーを伝って走る車体。何気なく窓の外を眺めるあたしたちの中で、ビリーだけが大はしゃぎしていた。
『見てみろよ猫又! めっちゃ高いぜ!!』
「わ、わかったからあんま暴れないで。揺れてるから」
ナンタラと煙は高いところが好き。そんな言葉を最初に思いついたヤツは、こういう光景を見ていたのかもしれない。知らないけど。
「そういえば、猫又?」
思わずため息を吐き出す。既にもう疲れ始めたあたしの名をアンビーが呼んだ。
「人工ホロウを潰す、閉じる────という話は聞いてるけど。具体的には何をするの?」
「あ〜……」
そっか。そうだよね。手伝ってもらうんだし、その辺の話はしておかないと、か。
「えっと。讃頌会が作ったその人工ホロウには、核があるんだよ。エーテリアスのコアみたいな球体で────なんか、心臓みたいに定期的に動く手のひらサイズのヤツ」
『なんッだソレ。気色悪!』
「それを探して壊せば、このホロウは閉じるってことね。場所に目星はついてるの?」
……場所。目星、ねぇ。
視線が泳ぐ。長距離水泳選手よろしく永遠泳いでいた。まぁ、まぁ。ね。ほら、それは。
「ま、まさか猫又ちゃん? 無策でプロキシも付けずに、本当にひとりでラマニアンに入ろうとしてたの……?」
「……も、黙秘権を行使するぞ〜」
イドリーまでそんな目で見ないで欲しい。いや、だってほら。その。ねえ? 本来は誰も巻き込まずにあたしひとりでどうにかする予定だったし。あたしひとりが苦労する分には全然良いと思ってたといいますか────。
あたしを除く全員がため息を吐くのがわかる。呆れた様子で口を開いたのはアンビーだった。
「……猫センサーとかでわかったりはしないの?」
「シリオンにどんな印象抱いてるんだよアンタは。そんなモンない」
「う〜ん……タコセンサーでもダメねぇ……」
『ロボセンサーでもどうにもならねぇな……』
「そこの二人も乗っからなくて良いから」
……というか、もっと重苦しい雰囲気になったりするモンだと思ってたんだけど。気を遣われてるのか、元からこういうお気楽な感じなのか。どっちなんだ。
なんてあたしたちの気の抜けたやり取りを他所に、ロープウェイはラマニアンホロウ内部へと辿り着く。
ロープウェイの車体を降りて、ラマニアンホロウ内部へ。ここも街と同じように、あたしの記憶に比べれば静かだった。そこかしこから戦闘音が聞こえることはなく、火の手が上がることもない。ミアズマらしきものが漂ってるのは見えるけど、それでも質量は大して多くないようにも見えた。
「じゃ、捜査パート開始ね。……タコセンサーは無いけれど、どうにかなるかも」
辺りを見回すあたしを他所に、イドリーが何やら張り切るように胸を張って。そのまま辺りを見回し、何かを
「……何してるんだ? イドリー」
「え? ああ……わたしね。ホロウの中限定だけれど、人の痕跡が見えるの」
人の痕跡。いまいちピンと来なくて、思わず首を傾げた。
「どんな人がこの場所で何をしていたか、何処へ向かったか。それが影のような形で見える────と言えばわかりやすいかしら」
「へえ、便利なんだなあ……」
「良いことばかりではないけどね」
きっと、イドリーのその言葉に嘘はない。あたしにそう告げる彼女の表情には、困ったような────それでいて、寂しそうな笑みが浮かんでいる。
「さ、探索しましょう? 立ち止まっていても何も得られないわ。とりあえず、痕跡から讃頌会の人を見つけて追いましょう」