とはいえ、ラマニアンホロウの面積は膨大だ。かなり広いこのホロウの中、何処かに居る────もしくは居たであろう讃頌会を探す、なんてのはそう簡単なことじゃない。
ちょこちょこ襲いかかってくるエーテリアスを撃退しながらホロウの中を練り歩いて、大体一時間くらいが経過した。
「……そろそろ休憩の時間ね。イドリーも疲れてるでしょう」
サーベルに付着したエーテルを払いながら、アンビーが小さくため息混じりに呟く。
……イドリーの額には汗が滲んでいて、前髪が張り付いているのが見える。それでもイドリーは笑みを浮かべると、首をゆっくり横に振った。
「大丈夫よ。みんなは気にしないで」
『いやいや、気にしてるわけじゃねーって。俺たちも少し疲れたところだからさ、一旦座って小休憩入れようぜ〜』
……うん。明らかに無理してる。呼吸もさっきより浅くなってるし、心なしか足取りも重い。彼女の得物のハンマーの柄を握る手のひらも、見てわかる程度には震えていた。
多分……この人なりの、あたしへの気遣いなんだろうな。嫌なら帰って良い────極力巻き込みたくない、みたいな言い方をしたから。これは多分あたしのせい。
「大丈夫だよ、イドリー。あたしのこと気にしなくても。辛かったら辛いって言ってくれるほうが嬉しい。付き合わせてる側なわけだしさ」
「そう? ……じゃあ、ちょっとお言葉に甘えるわね」
そこまで言ってようやく納得してくれたらしい。イドリーは重そうなハンマーをその場に寝かせると、手頃な倒木にゆっくり腰を下ろしていく。それを合図に各々が休憩の態勢をとり、あたしも近くの芝生へと座り込んだ。
風で草木が揺れる音と、遠くから聞こえるエーテリアスの遠吠えと思われる声。それから、それに混じって聞こえてくるアンビーとビリーが自分の武器を手入れする音。
その全てを聞きながら長く、長く息を吐いて。あたしはゆっくり目を瞑った。眠るつもりはない。少しだけ、頭の中を整理したくて。
このホロウの中に来てから色々あった。……色々あった、というか。色々考えるべきことができた、というか。身体はめちゃくちゃ健康なのに、頭の中はぐっちゃぐちゃだった。
……このホロウのことが、『
そりゃあ、きっとこのホロウを潰さないとあたしたちに勝ち目はない。倒しても倒しても湧き続ける讃頌会を相手にしなきゃいけないとなると、先に潰れるのは────戦場にいる朱鳶たちの方。
それでも────、
「猫又ちゃん?」
「おわ」
突然名前を呼ばれたモンだからびっくりした。間抜けな声まで出ちゃったぞ。
瞼を開けば、霞む視界にあたしの顔を覗き込むイドリーが見える。
「ど、どうかした……?」
「あのね。見つけたかも、手がかり」
◇◆◇
先頭を歩くイドリーの歩みに迷いはない。定期的に立ち止まって、周囲を確認しながら進んでいくその足取りは、休憩の甲斐があったのかさっきよりも軽やかだった。
「……うん。
「────、────」
白装束の怪しい仮面をつけた連中。そんなの、
「……讃頌会」
アイツら以外に居ない。というか、そんなキテレツな格好したヤツが他に居て欲しくないのが本音だった。
イドリーの後に続く形で道を歩き、裂け目を潜って。挙句にあたしたちがたどり着いたのは────、
「……街?」
『っつーより、廃墟街って感じか……?』
口々にアンビーとビリーが呟きながら首を傾げた通り、朽ち果てた建物が並ぶ地帯だった。
外周を取り囲むように設置された金網。その内側にもぐるっと背の高い塀があって、塀は所々朽ち果てて穴が空いている。
穴の向こうには立ち並ぶ家屋たち。エーテル侵食が進んだその場所は、誰かが住んでいるようには見えなかった。
「……うん、ここね。この街に、讃頌会の人たちは入って行ってる」
『き、気味悪ィな〜……』
「でも行くしかないわ。明らかに怪しいもの」
金網を乗り越え、塀の穴を潜り。あたしたちは、その街の中へと入っていく。そこで────、
『なん……じゃ、こりゃ』
視界に映り込んだその数々に、一瞬目を疑った。
恐らく広場であろうそこ。水が干上がってしまった噴水と思われるその場所に、積み重ねられるように転がった讃頌会の連中の遺体。
────いや。正確には遺体じゃない。微かに呼吸をするように、肩が上下してるのがわかる。
肉体の欠損や切り傷……死因や外傷はさまざまにしろ、徐々にその身体は元に戻っていくように……まるで映像の逆再生みたいに修復されていっている。
『お、俺たちも最初ここにきた時はこんな感じだったってことか!?』
「……そうかもしれないわね。ということは、放置していれば私たちのように元気になるのかも」
『恐ろしすぎるぜ讃頌会!! 不死身かよ!?』
……や、まあ。流石に不死身ってわけじゃない。これが、サラがこのホロウでやりたかったこと────このホロウの『誰かの認知』を利用した力。きっと街の何処かに、外の世界に通じる裂け目とかがあるのかもしれない。
「……そのホロウの核があるとすれば、あの建物かも」
言いながら、正面を指差すイドリー。そこにあるのは、恐らくこの街で一番背が高いであろう建物────何の神を祀ってるかはわからないけど、荘厳な雰囲気がある教会だった。
教会の周りにはうじゃうじゃとエーテリアスが闊歩しているのが見える。明らかに、あそこが怪しい。
……けど、
「……ごめん、みんな。あたし、一回街に……
小さく呟くように放ったあたしの言葉。それを聞いて、三人の視線があたしに突き刺さる。
「怖気付いたわけじゃない。……外の世界では今でも戦いが続いてる。そんな呑気なこと言ってる暇ないってのはわかってる……けどさ」
早くこのホロウを閉じたほうがいい。今でも、外の世界では誰かが犠牲になってる。そんなのはわかってる。
でも誰かが犠牲になるのは、このホロウの中でも同じことだ。
「……ちゃんと街の人たちにも言っておきたい。このまま何も言わずに全部終わらせるのは……もう、違うと思うから。ちゃんとケジメを付けてから、『ここから先』に進みたい」
うん。それが、きっと。あたしが『ここの衛非地区』に……そこに暮らす人たちに見せられる、精一杯の誠意だと思うから。
ほんの少しの沈黙があって。その中で、真っ先に口を開いたのはアンビーだった。
「……そう。わかった。猫又がそう言うなら、一旦街に戻りましょうか。怪しい場所の特定はできたことだし」
『おう、そうだな。俺たちもちゃんと終わる覚悟するか……とか、思ったんだけど────』
ビリーの気の抜けた声を遮るように、辺りに響く無数の足音と────ソレを伴って現れる、無数の影。
『────囲まれちまったな。戻るも進むも地獄だぞこれ』
侵入者をそう簡単に帰してくれるわけがない。そう簡単に進ませてくれるわけがない。
あたしたちを取り囲んだ無数のエーテリアスが、刃のように変化させた腕を、触手を、牙を、怪しく煌めかせ、寒気がするほどの敵意と殺意を向けてくる。
数は────いや、もうわかんない。数えきれない。それでも突破するのが難しいことは確かだった。
「……映画なら、ここで強力な助っ人が現れる場面ね」
『言ってる場合かよアンビー!? そんな都合のいいこと────』
二人の呑気な会話を聞きながら、双剣の柄を強く握り直して。額を垂れる汗を拭った、その途端。
音を立てて、何かの意思に従うように宙へと浮き上がり────瓦礫が、集まっていく。
徐々に集合した瓦礫の群れが形成したソレは────まるで、巨大な『掌』のようだった。
暴風を伴い、振り下ろされる瓦礫の掌。叩き潰されたのはあたしたちではなく、目の前のエーテリアスの群れ。
『あった────!?』
コアや身体を叩き潰されたエーテリアスたちは地面に倒れ伏して。その身体を踏み潰すように、ひとりの影が何処からか飛び降りてくる。
白い髪を風に靡かせながら……鋭い目つきをあたしたちに向ける、眼帯をつけた女。なんか、何処かアンビーに雰囲気が似てるような……。
「────なんか困ってるようだったから、勢いで助けちゃったけど。余計なお世話だったかしら」
気怠げにそう問いかける眼帯の女の視線が、アンビーを見た瞬間に固まる。
「……ツイッギー」
「あー……ああ、そう。また会うことになるなんてね。久しぶり、アンビー」
やっぱり二人は知り合いだったのか。アンビーとは昔からの付き合いっぽいビリーが頭上に疑問符を浮かべてる辺り、かなり昔の知り合いなのかもしれない。……いや、そうじゃなくて。
「ええと────ツイッギー、でいいのか? あたしたちは一旦ホロウを出たいんだ。手伝って欲しい!」
「ふぅん……なるほど。死にたてほやほやだってのに、随分とこの世界は人使いが荒いのね。ま、わかったわよ」
凝り固まった体をほぐすように大きく伸びをすると、ツイッギーの右手が鋭い────剣のような形に変形していく。
その切先が、
「私も好き勝手利用されて腹立ってたし。乗ったわ」
……む、無数の積み重なった讃頌会の連中の身体に突き立てられた。一度だけじゃない。何度も。念入りに。
「な、ななななな何して────」
「え? 何って。一旦街に戻るんでしょう? コイツらこのまま放置してたら外に出てくわよ。だから念入りにギタギタにしとくの」
あ、アンビーの知り合いだからって協力を仰いだけど……思ったよりやべー人だったり……する……?
◇◆◇
戦力が増えただけあって、帰り道は行きより楽だった。
……というか、ツイッギーはだいぶ強い。瓦礫を好きに操ったり、右手を剣に変化させたりと奇妙な力を使うけど。それでも『味方』として見ればだいぶ頼もしかった。
帰りの道すがら、一応ツイッギーにも現状の説明を済ませておく。
ここはどういう場所で、何が起こっていて────外の世界がどうなっているのか、というところまで。
その全てを彼女は黙って聞いていて。話を終えたその時に、何やら小さくため息を吐いた。
「まあ大方、私の予想通りだったわ。あの女が考えそうなことだわ」
「……アンタ、サラと知り合いなのか?」
「知り合い……そうね。知り合い。別に仲間ってわけじゃないわよ。確かに讃頌会側にはついていたけど────」
ほんの少し歯切れの悪い返事。挙句に隻眼をあたしに向ければ、浮かべていた表情から何かを察したらしい。数度の瞬きの後で、向けられていた視線が正面へ戻された。
「アンタと同じような感じよ。それで察して」
「……、……わかった」
その言葉だけで、正直十分だった。敵ではない、というこの子なりの意思表示なのだろう。ヤケにこのホロウに対して理解が早いのがちょっと引っかかるけど。
ラマニアンの出入り口に着いて、止まっていたロープウェイに乗り込む。行きよりも車内の雰囲気はとても静かで、ビリーですら大人しく座席に座っていた。
多分、原因はアンビーとツイッギーの間に流れる微妙な空気だ。定期的に視線同士は合うけど、それでも何かを言いかけてやめるのを繰り返しているだけ。
それでも、
「ねえ、アンビー。後で話があるから」
「……? わかったわ。時間を作る」
「ありがと」
たった一度だけ、短い会話を交わす。それきり車内には静寂が満ちて、ロープウェイは澄輝坪へと辿り着いた。
さて。……さて。まあ、後はあたしがやることを済ませて────またラマニアンに戻るだけ。言うだけは簡単だけど、ちょっとだけ胃が痛い。内側から目に見えない手に胃を鷲掴みにされてるような感覚だった。
再集合は明日の朝。それまでは各々自由時間。必要な連絡だけ済ませて、あたしは重い足取りを街へと向ける。
まずは散々世話になった中華料理店────『飲茶仙』へ。
座席に案内されそうになったところで、お婆ちゃんを止めて。この街の現状と、この街がホロウの中に作られた街であること。それから……それから、あたしがこの街を潰しに来たことを────話す。
「────そう。そうなの。終わってしまうのね」
お婆ちゃんも、イドリーやアンビーたちと同じであたしを責めることはなくて。
「辛い判断だったわよね。ありがとう」
「────ぇ、」
むしろ、あたしにお礼を言う始末だった。
「外の街が元通りに、平和になったら……向こうの『飲茶仙』にも行ってあげて。多分、私の孫か娘が営業してるはずだから」
「……うん」
「肉まんの味もきっと変わらない。ちゃんとメモを残してきたから────味がかわってしまってるようなら、
「……わかった」
あたしに色々茶菓子をくれたお爺ちゃん。
「そーか。終わっちまうのかあ……お嬢ちゃん、元気でな」
街で関わった色んな人に。その全てに、
「寂しくなるなあ。まあ、仕方ねーやな」
あたしは、一度も文句を言われることはなくて。
「そっか、明日か。……猫宮ちゃん、今夜も泊まってくだろ?」
「え? ああ、うん。寝床は無いし、そう言ってくれるとありがたい」
「よしきた。じゃあちゃんと英気を養ってくれな。おやすみ」
ホテルを切り盛りするお兄さんと別れ、あたしは昨日寝泊まりした部屋と同じ部屋に通されて────着替えを済ませて、ベッドに潜り込む。
みんな────街の全員が、一瞬寂しい顔を浮かべても。誰ひとりあたしを責めることはなくて。やめてくれ、と止めることもなくて。
むしろあたしを応援までしてくれて。辛かったね、って同情までしてくれて。
「────、────」
なんとも言えない気持ちに奥歯を噛み締めて、あたしは強く目を瞑る。
眠りの海に逃げ込むように。
最後の夜ですら、両親と会う決意が固められなかった事実から────逃げるように。