P.ZZZ 虚満ちる、壊れた世界。   作:悠問追

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Chapter6『いってくる』

 

 ……自然と意識が浮上する。寝ぼけ眼で時間を確認すると、アンビーたちと約束した時間の二時間前だった。

「んぇ〜……寝直す気にもならないな……」

 眠気は何処か遠い、遥か彼方。もっかい呼び戻すのも骨が折れる。幸い体は十分に回復してくれてるし、とりあえず身体を起こすことにした。

 着替えを済ませて、顔を洗って。カーテンを開いて窓の外を眺めれば、丁度日が昇り始めた辺りだった。

 ホテルから街に出ても、誰ひとり人影は無い。昨日までの賑やかさとか、温かさが嘘みたいに。

 

 特に目的地も決めずに足を進めていく。気がつけばあたしはロープウェイ乗り場まで来ていて────なんともなしに、朝日に照らされたラマニアンホロウを眺めた。

 

「今出れば、あたしひとりでどうにかできるかも」

 

 ……なんて、数日前のあたしなら考えていたかもしれない。あのエーテリアスの数を見ても、自分が圧倒的に不利だとわかっていても。何の策も無しに突っ込んで、きっとこの街の一員に仲間入りしていたことだろう。

 

 ……きっと、あたしが求めていたのは贖罪の機会と、誰かを救った実感だけじゃなくて────、

 

「────死に場所、かな」

 

 言葉という形で自分の外に出して、何となく納得するあたしがいた。

 罪との付き合い方。贖罪の在り方。どう生きていけば良いかわからないからこそ────多分、あたしは終わりを求めていたのだ。

 長いため息が漏れ出す。額の重さに負ける形で、目の前のフェンスにもたれ掛かる。そんなあたしの背後に歩み寄る、二つの足音があった。

『おっす、猫又! おはよーさん』

「ずいぶん早起きね。……眠れなかった?」

「アンビー、ビリー……」

 二人は緩く手を振りながら、あたしを挟み込むように両サイドに並ぶ。あたしに倣うようにフェンスへともたれ掛かると、アンビーが缶コーヒーを手渡してきた。

「……気持ち、固まった?」

「え?」

「昨日、街の人たちと話してくると言っていたから。心境の変化は、あった?」

 ……あたしの胸の内側を覗かれているような錯覚があった。冷めたような────それでいて、誰かを思いやる温かい気持ちが宿った視線が、あたしに真っ直ぐに向けられている。

「まぁ……それなり、には」

「そう。……誰も責めなかったでしょう?」

「責めなかった。むしろ、あたしの方が心配までされた。でも────、」

 でも。そこから先の言葉が、何かに引っかかって出てくれない。

 嗚咽に似た感覚が喉の向こうから吐き気を押し出してきて。カコ、と乾いた音を立てながらプルタブを開くと、半分近くを一気に流し込んだ。

 

「────でも。あたしなんかで良いのかな、とも。思うよ」

 

 最初は確かに善意だったかもしれない。あたしがやらなくちゃいけない、という使命感だったのかもしれない。

 きっとその気持ちに嘘はなくて。それでも、瘡蓋のように傷口に被せた言葉を剥がせば、その奥に見えたのは『終わりたい』という自罰的な感情だった。

 

 ────自殺の協力を仰ぐようなもの。この二人にあの朝放った言葉。

 実際は自分自身に向けて放っていた言葉なのかもしれない。

 

 終わりたい。終わってしまいたい。先が暗闇に包まれていて、上手く見えないからこそ。歩いて行けるビジョンが見えないからこそ。

 

 誰の役にも立たずに死ぬのではなく。このホロウを閉じて、確かな功績を得てから死にたい。

 

 自殺に付き合わせているのは、あたしの方だった。

 

「……あたしだった。ここに来たのはあたしだったから────それだけの理由で、あたしが終わりの引き金を引いて良いのか。もっとふさわしい人が居たんじゃないか。もっとふさわしい人が居るんじゃないかって……そう思う」

 それが誰なのかという答えは出ない。それが誰なのかという答えは、持ち合わせていない。

 すぐに地面に落ちてしまうような弱々しい吐露を聞いて。二人は、何も言わなかった。

 

 ……しばらく、静寂が辺りに満ちる。遠くから聞こえてくる鳥の声が響くだけの時間があって、

 

『スターライトナイトは、選ばれし者だけがなれる……そう思っていないかい? 暗闇を前にしても勇気を抱き続ける限り────スターライトは、君の呼びかけにきっと答えてくれる!』

「いや待って。急に何の話?」

 

 いや、本当に何の話だよ。思わず地面に腰を下ろし、場違いなほどに明るい声で言い放つビリーを見上げた。

 

「……今のはビリーが好きな特撮番組、スターライト・ナイトの台詞ね」

『オウ! シーズン二の第七話、だな! ……俺が好きなセリフのひとつだ。今でも見返すくらいに、好きで堪らねェ』

 いやまあ、何かの引用なのはすぐに気づけたけど。そうじゃなくてさぁ……。

『でもよ、猫又。同じことだとは思わねーか?』

「同じこと?」

『そう。……別に、選ばれた誰かじゃなけりゃいけないってことはないだろ。資格なんてもんは関係ない。誰だって自分の人生の主人公なわけだし……誰だって、選択を迫られることはきっとある。何も知らせずに終わらせる方法だってあった。でも、自分から街のみんなに知らせるっつー辛い道を選んだ。俺、あん時猫又のこと、すげーなって思ったんだぜ?』

「────、────」

『アンビーや俺の意思を否定してほしくないように。俺は、猫又の選択や意思を『あたしなんかが』で否定してほしくねえよ』

 

 ……始まりはよくわからない所から。それでもビリーが言いたいことは、何となく理解ができた。

 まあ、本当に『もっと他に何かなかったのか』とは思うけど。

 

「……そういうモンかな」

『おう、そういうモンだと思うぜ! 猫又も立派なスターライト・ナイトだ!』

 

 決まった、と言いたげに胸を張るビリー。それでも、アンビーが向けた視線はとても冷ややかで。

 

「……それは少し違うと思うわ、ビリー」

『え、えぇアレ!? 違うか!?』

「途中までいい感じだったのに……だって、別に英雄である必要は無いもの。ビリーが『彼』に憧れる気持ちはわかるけど」

 

 他愛のない二人のやり取りは続いて。スターライト・ナイトの魅力まで語り始めて────そんな二人をよそに、時間は過ぎていく。

 

 ────この街にも、朝がやってきた。

 

 あちこちから聞こえてくる、扉が開く音。未だに番組の話をしてる二人に苦笑を浮かべながら合流する、イドリーとツイッギー。

 

 あたしたちだけではなく、街のほとんどの人たちが────ロープウェイ乗り場に集まっていた。

「……ねえ、猫宮。アンビーとそこの機械人は何の話をしてるの?」

「放っといてやってくれ〜……なんか楽しそうだし別にいいんじゃない?」

「これからこのホロウを閉じに行くってのに、だいぶ呑気なのね。昔のアンビーからは考えられないわ……」

 呆れたようにため息を吐き出すツイッギー。それでも言葉とは裏腹に、その口元には笑みが浮かんでいて。その笑顔を横目に見ながら、イドリーまでもが小さく笑った。

「ふふ、良いんじゃない? みんなどんよりしてるよりも、わたしはこっちの方が好きよ」

「ほら」

「何。この場で正気なのは私だけ?」

 呆れた、とばかりにツイッギーは大きく肩をすくめて。それきり、少し離れたところでアンビーとビリーを眺め始めた。呆れと言うよりは、諦めなのかもしれないけど。

 

 ……さて。そろそろ行かないと。良い加減、ケリをつけないといけない。

 

 集まってくれた街の人たちに改めて向き合う。視線を巡らせて、顔をひとりずつ確認────している、つもりで。あたしはみんなの表情を確認するのが怖くて、わざとピントをズラしてる。

 それでも。そんな臆病なあたしに、

 

「頑張ってこいよ、嬢ちゃん」

「外の世界のこと、頼むわよ」

 

 ……とても温かい、応援の言葉をくれた。

 

 小さな頷きだけを返して背中を向ける。あたしを先頭に、ロープウェイの車両まで歩みを進めて。扉に手をかけた、その瞬間だった。

 

「又奈!!」

 

 一番聞きたかった声。

 一番、聞きたくなかった声。

 

「又奈」

「────、────」

 

 記憶の中にある声と寸分違わぬ、あたしの名前を呼ぶ声が────人だかりの向こうから、あたしの背中に飛び込んできた。

 

「……お父さん、お母さん」

 

 振り返らない。振り返れない。だって、今。多分……とてもみっともない顔をしてるから。

 

「顔を見せてくれ、とは言わない。多分、私たちの所に来なかったのは────又奈にも、何か理由があるんでしょう?」

 

 何も、何も。言葉が、出てこない。

 

「ごめんなさい。貴女の思いを、踏み躙るようなことをして」

 

 違う。怒ってるわけじゃなくて。

 

「本当は貴女を見てるだけで十分だった。けどね────我慢、できなかったの」

「────、────」

「背、伸びたな。大きくなって」

 

 並んで、身長を比べたい。多分お母さんより大きくなったんだ、あたし。

 

「ちゃんと食べれてる? 無理、してない?」

 

 食べてる。食べさせてもらえてる。

 

「ごめんね、お母さんもお父さんも、こんな言葉しか出てこなくて……もっと、気の利いたことが言えればいいのに……でもね────、」

 

 大丈夫。もう、大丈夫だから。

 

「でもね、これだけは覚えておいて。又奈は、いくつになっても私たちの子供よ」

「……ッ、……」

 

 ドアに触れた手が震える。前が上手く見えない。

 それでも必死にドアを押し開いて、

 

「……うん。行ってくる」

「────、行ってらっしゃい」

 

 たった一度だけ交わされた会話。たった一度だけ交わった言葉。

 ソレを合図に、ロープウェイは────ラマニアンに向けて、走り出す。

 

 ◇◆◇

 

 あたしたちを迎え入れたのは昨日に比べて数が多いエーテリアスの群れ。その数々を切り裂き、群れの隙間を縫う形で駆けていく。

「なに、まだこのホロウ閉じられたら困ったりするのかしら!! 随分と必死じゃない!!」

 高笑いまじりに、剣に変化させた右手でエーテリアスを斬り伏せながら────ツイッギーだけが楽しそうだった。

「なあ、アンビー? アイツ昔からあんな感じなのか?」

「……いいえ、そんなことはないわ。むしろ戦闘は苦手だった」

 ああ、そう……なんか吹っ切れるようなことがあったのかもしれない。味方として見れば心強いし、良しとするか。

 

 斬る、足を進める。斬る、足を進める。その繰り返し。

 

 あたしたちのその進行は、行先を知っている分昨日よりも早かった。

 足を進めるごとに苛烈さを増していく妨害。それでもあたしたちの足取りが止まることはない。

 

 終わりが近づいている。その終わりを、ホロウだけが拒んでいるような。

 

 昨日は乗り越えた金網を斬り破り、塀の穴を潜る形で街の中へと入り込む。

 

 昨日とは変わらない光景。街の中心の広場────その噴水の中には、無数に重なった讃頌会の信徒がいる。

 が、今日はその何人かが起き上がり、あたしたちに敵意を向けているのが見てとれた。

「なによ、元気そうじゃない────人生は一度きりでありなさいよ。人として。追ってくるエーテリアスとこの()()()()()は私に任せて、先に行きなさい」

「……ツイッギーひとりじゃないわ。私も残る」

『おうともよ。俺も残るぜ!』

 その言葉だけではなく。切先で、銃弾でエーテリアスと信徒の歩みを堰き止め、あたしに目配せする三人。

「……猫又を頼むわね、イドリー」

 視界の隅で、アンビーの言葉を聞いて頷くイドリーが見える。

 

 ……向かっていく。あの街の終わりに。

 

 草が生えて割れたコンクリート。その上を走って、教会の敷地内へ。カビとエーテル侵食が見られる木造の扉に手をかけて、

 

「────ああ、」

 

 イドリーの動きが。止まった。

 

「そっか、やっぱり────そういう、ことだったのね」

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