……自然と意識が浮上する。寝ぼけ眼で時間を確認すると、アンビーたちと約束した時間の二時間前だった。
「んぇ〜……寝直す気にもならないな……」
眠気は何処か遠い、遥か彼方。もっかい呼び戻すのも骨が折れる。幸い体は十分に回復してくれてるし、とりあえず身体を起こすことにした。
着替えを済ませて、顔を洗って。カーテンを開いて窓の外を眺めれば、丁度日が昇り始めた辺りだった。
ホテルから街に出ても、誰ひとり人影は無い。昨日までの賑やかさとか、温かさが嘘みたいに。
特に目的地も決めずに足を進めていく。気がつけばあたしはロープウェイ乗り場まで来ていて────なんともなしに、朝日に照らされたラマニアンホロウを眺めた。
「今出れば、あたしひとりでどうにかできるかも」
……なんて、数日前のあたしなら考えていたかもしれない。あのエーテリアスの数を見ても、自分が圧倒的に不利だとわかっていても。何の策も無しに突っ込んで、きっとこの街の一員に仲間入りしていたことだろう。
……きっと、あたしが求めていたのは贖罪の機会と、誰かを救った実感だけじゃなくて────、
「────死に場所、かな」
言葉という形で自分の外に出して、何となく納得するあたしがいた。
罪との付き合い方。贖罪の在り方。どう生きていけば良いかわからないからこそ────多分、あたしは終わりを求めていたのだ。
長いため息が漏れ出す。額の重さに負ける形で、目の前のフェンスにもたれ掛かる。そんなあたしの背後に歩み寄る、二つの足音があった。
『おっす、猫又! おはよーさん』
「ずいぶん早起きね。……眠れなかった?」
「アンビー、ビリー……」
二人は緩く手を振りながら、あたしを挟み込むように両サイドに並ぶ。あたしに倣うようにフェンスへともたれ掛かると、アンビーが缶コーヒーを手渡してきた。
「……気持ち、固まった?」
「え?」
「昨日、街の人たちと話してくると言っていたから。心境の変化は、あった?」
……あたしの胸の内側を覗かれているような錯覚があった。冷めたような────それでいて、誰かを思いやる温かい気持ちが宿った視線が、あたしに真っ直ぐに向けられている。
「まぁ……それなり、には」
「そう。……誰も責めなかったでしょう?」
「責めなかった。むしろ、あたしの方が心配までされた。でも────、」
でも。そこから先の言葉が、何かに引っかかって出てくれない。
嗚咽に似た感覚が喉の向こうから吐き気を押し出してきて。カコ、と乾いた音を立てながらプルタブを開くと、半分近くを一気に流し込んだ。
「────でも。あたしなんかで良いのかな、とも。思うよ」
最初は確かに善意だったかもしれない。あたしがやらなくちゃいけない、という使命感だったのかもしれない。
きっとその気持ちに嘘はなくて。それでも、瘡蓋のように傷口に被せた言葉を剥がせば、その奥に見えたのは『終わりたい』という自罰的な感情だった。
────自殺の協力を仰ぐようなもの。この二人にあの朝放った言葉。
実際は自分自身に向けて放っていた言葉なのかもしれない。
終わりたい。終わってしまいたい。先が暗闇に包まれていて、上手く見えないからこそ。歩いて行けるビジョンが見えないからこそ。
誰の役にも立たずに死ぬのではなく。このホロウを閉じて、確かな功績を得てから死にたい。
自殺に付き合わせているのは、あたしの方だった。
「……あたしだった。ここに来たのはあたしだったから────それだけの理由で、あたしが終わりの引き金を引いて良いのか。もっとふさわしい人が居たんじゃないか。もっとふさわしい人が居るんじゃないかって……そう思う」
それが誰なのかという答えは出ない。それが誰なのかという答えは、持ち合わせていない。
すぐに地面に落ちてしまうような弱々しい吐露を聞いて。二人は、何も言わなかった。
……しばらく、静寂が辺りに満ちる。遠くから聞こえてくる鳥の声が響くだけの時間があって、
『スターライトナイトは、選ばれし者だけがなれる……そう思っていないかい? 暗闇を前にしても勇気を抱き続ける限り────スターライトは、君の呼びかけにきっと答えてくれる!』
「いや待って。急に何の話?」
いや、本当に何の話だよ。思わず地面に腰を下ろし、場違いなほどに明るい声で言い放つビリーを見上げた。
「……今のはビリーが好きな特撮番組、スターライト・ナイトの台詞ね」
『オウ! シーズン二の第七話、だな! ……俺が好きなセリフのひとつだ。今でも見返すくらいに、好きで堪らねェ』
いやまあ、何かの引用なのはすぐに気づけたけど。そうじゃなくてさぁ……。
『でもよ、猫又。同じことだとは思わねーか?』
「同じこと?」
『そう。……別に、選ばれた誰かじゃなけりゃいけないってことはないだろ。資格なんてもんは関係ない。誰だって自分の人生の主人公なわけだし……誰だって、選択を迫られることはきっとある。何も知らせずに終わらせる方法だってあった。でも、自分から街のみんなに知らせるっつー辛い道を選んだ。俺、あん時猫又のこと、すげーなって思ったんだぜ?』
「────、────」
『アンビーや俺の意思を否定してほしくないように。俺は、猫又の選択や意思を『あたしなんかが』で否定してほしくねえよ』
……始まりはよくわからない所から。それでもビリーが言いたいことは、何となく理解ができた。
まあ、本当に『もっと他に何かなかったのか』とは思うけど。
「……そういうモンかな」
『おう、そういうモンだと思うぜ! 猫又も立派なスターライト・ナイトだ!』
決まった、と言いたげに胸を張るビリー。それでも、アンビーが向けた視線はとても冷ややかで。
「……それは少し違うと思うわ、ビリー」
『え、えぇアレ!? 違うか!?』
「途中までいい感じだったのに……だって、別に英雄である必要は無いもの。ビリーが『彼』に憧れる気持ちはわかるけど」
他愛のない二人のやり取りは続いて。スターライト・ナイトの魅力まで語り始めて────そんな二人をよそに、時間は過ぎていく。
────この街にも、朝がやってきた。
あちこちから聞こえてくる、扉が開く音。未だに番組の話をしてる二人に苦笑を浮かべながら合流する、イドリーとツイッギー。
あたしたちだけではなく、街のほとんどの人たちが────ロープウェイ乗り場に集まっていた。
「……ねえ、猫宮。アンビーとそこの機械人は何の話をしてるの?」
「放っといてやってくれ〜……なんか楽しそうだし別にいいんじゃない?」
「これからこのホロウを閉じに行くってのに、だいぶ呑気なのね。昔のアンビーからは考えられないわ……」
呆れたようにため息を吐き出すツイッギー。それでも言葉とは裏腹に、その口元には笑みが浮かんでいて。その笑顔を横目に見ながら、イドリーまでもが小さく笑った。
「ふふ、良いんじゃない? みんなどんよりしてるよりも、わたしはこっちの方が好きよ」
「ほら」
「何。この場で正気なのは私だけ?」
呆れた、とばかりにツイッギーは大きく肩をすくめて。それきり、少し離れたところでアンビーとビリーを眺め始めた。呆れと言うよりは、諦めなのかもしれないけど。
……さて。そろそろ行かないと。良い加減、ケリをつけないといけない。
集まってくれた街の人たちに改めて向き合う。視線を巡らせて、顔をひとりずつ確認────している、つもりで。あたしはみんなの表情を確認するのが怖くて、わざとピントをズラしてる。
それでも。そんな臆病なあたしに、
「頑張ってこいよ、嬢ちゃん」
「外の世界のこと、頼むわよ」
……とても温かい、応援の言葉をくれた。
小さな頷きだけを返して背中を向ける。あたしを先頭に、ロープウェイの車両まで歩みを進めて。扉に手をかけた、その瞬間だった。
「又奈!!」
一番聞きたかった声。
一番、聞きたくなかった声。
「又奈」
「────、────」
記憶の中にある声と寸分違わぬ、あたしの名前を呼ぶ声が────人だかりの向こうから、あたしの背中に飛び込んできた。
「……お父さん、お母さん」
振り返らない。振り返れない。だって、今。多分……とてもみっともない顔をしてるから。
「顔を見せてくれ、とは言わない。多分、私たちの所に来なかったのは────又奈にも、何か理由があるんでしょう?」
何も、何も。言葉が、出てこない。
「ごめんなさい。貴女の思いを、踏み躙るようなことをして」
違う。怒ってるわけじゃなくて。
「本当は貴女を見てるだけで十分だった。けどね────我慢、できなかったの」
「────、────」
「背、伸びたな。大きくなって」
並んで、身長を比べたい。多分お母さんより大きくなったんだ、あたし。
「ちゃんと食べれてる? 無理、してない?」
食べてる。食べさせてもらえてる。
「ごめんね、お母さんもお父さんも、こんな言葉しか出てこなくて……もっと、気の利いたことが言えればいいのに……でもね────、」
大丈夫。もう、大丈夫だから。
「でもね、これだけは覚えておいて。又奈は、いくつになっても私たちの子供よ」
「……ッ、……」
ドアに触れた手が震える。前が上手く見えない。
それでも必死にドアを押し開いて、
「……うん。行ってくる」
「────、行ってらっしゃい」
たった一度だけ交わされた会話。たった一度だけ交わった言葉。
ソレを合図に、ロープウェイは────ラマニアンに向けて、走り出す。
◇◆◇
あたしたちを迎え入れたのは昨日に比べて数が多いエーテリアスの群れ。その数々を切り裂き、群れの隙間を縫う形で駆けていく。
「なに、まだこのホロウ閉じられたら困ったりするのかしら!! 随分と必死じゃない!!」
高笑いまじりに、剣に変化させた右手でエーテリアスを斬り伏せながら────ツイッギーだけが楽しそうだった。
「なあ、アンビー? アイツ昔からあんな感じなのか?」
「……いいえ、そんなことはないわ。むしろ戦闘は苦手だった」
ああ、そう……なんか吹っ切れるようなことがあったのかもしれない。味方として見れば心強いし、良しとするか。
斬る、足を進める。斬る、足を進める。その繰り返し。
あたしたちのその進行は、行先を知っている分昨日よりも早かった。
足を進めるごとに苛烈さを増していく妨害。それでもあたしたちの足取りが止まることはない。
終わりが近づいている。その終わりを、ホロウだけが拒んでいるような。
昨日は乗り越えた金網を斬り破り、塀の穴を潜る形で街の中へと入り込む。
昨日とは変わらない光景。街の中心の広場────その噴水の中には、無数に重なった讃頌会の信徒がいる。
が、今日はその何人かが起き上がり、あたしたちに敵意を向けているのが見てとれた。
「なによ、元気そうじゃない────人生は一度きりでありなさいよ。人として。追ってくるエーテリアスとこの
「……ツイッギーひとりじゃないわ。私も残る」
『おうともよ。俺も残るぜ!』
その言葉だけではなく。切先で、銃弾でエーテリアスと信徒の歩みを堰き止め、あたしに目配せする三人。
「……猫又を頼むわね、イドリー」
視界の隅で、アンビーの言葉を聞いて頷くイドリーが見える。
……向かっていく。あの街の終わりに。
草が生えて割れたコンクリート。その上を走って、教会の敷地内へ。カビとエーテル侵食が見られる木造の扉に手をかけて、
「────ああ、」
イドリーの動きが。止まった。
「そっか、やっぱり────そういう、ことだったのね」