P.ZZZ 虚満ちる、壊れた世界。   作:悠問追

57 / 57
Chapter7『うたかたのゆめ』

 

 わたしから色々なものを奪って行ったあの日。旧都陥落が起こったあの日から。わたしの目には、人の『痕跡』が映るようになっていた。

 

 ────『現実(いま)』と『幻覚(かこ)』を曖昧にするほどに鮮明なまぼろし。起きながら見る夢。

 

 そこに残された記録と記憶が、形を持って……像を結んで、わたしの目に見えるようになっていた。

 

 当然、目にするのは良いものばかりではなくて。ホロウの中に入れば、誰かが終わりかけた頃の記録を目にすることになる。終わってしまった記録を、目にすることになる。

 何度も幸せだった頃を見た。何度も絶望を目にした。

 次第にわたしの心の何かが削れて行って────思うように、なったのだ。

 

 終わりが無い物語なら、わたしもページをめくる勇気が持てるのに……って。

 

 誰しも望んだ終わりを迎えられたわけじゃない。誰しも、平和に終われたわけじゃない。

 その光景を目にする度、辛くて苦しくて堪らなかった。

 

 だから、

 

『そう。辛かったのね』

 

 だからこそ。

 

『私と共にくれば────貴女の夢も、きっと叶うわ』

 

 あの人の言葉が、深く深く胸に突き刺さった。

 

 わたしはこの街を知っている。わたしはこの場所を知っている。

 ……正確に言えば、『外のこの場所を』にはなるけれど────。

 

「あのね、猫又ちゃん。よく聞いて?」

 

 この街を最初に見た時浮かんだ違和感。目を逸らしてきたその感覚が、教会の扉に触れて確かなものへと変わってしまって。

 

「この人工ホロウの主人は、わたしなの」

 

 この温かい夢の終わりを拒んでいるのは、この向こうに居るわたし。

 

「それで……この扉の向こうに居る『アレ』もまた────、」

 

 ◇◆◇

 

「────え、」

 思わず掠れた声が漏れて。そんなあたしを置いてけぼりに、教会の扉は開く。

 

 頰を撫でる、肌が粟立つほどの冷たい風。扉の向こうには、寒々しい光景が広がっていた。

 

 規則的に並べられた幾つかの長椅子には氷が張り付き、正面の壁には煌びやかなステンドグラス。ソレを通り抜けた日差しは様々な色で、室内を照らしている。

 

 赤、青、黄色、緑。色とりどりの光が照らすそこに、

 

「あの化け物もまた、わたしなの」

 

 背中から生えた無数のタコの触手を壁に這わせて、眠るように項垂れた人型のエーテリアスが……白と黒を基調とした外殻の化け物が、そこに居た。

 

「人としてのわたしはもう終わってしまった。あの化け物は────あのエーテリアスは、かつてのわたしの願いを叶えるために動き続けるモノ」

「ぇ、ぁ、」

 

 人工ホロウの性質。かつて、『ケセド』とサラに呼ばれていたあの場所で、あたしがそうであったように。このホロウにも主人がいるのだろうという考えはあった。

 

 死者が平和に暮らす街。終わりの向こう側というテクスチャを貼り付けた街。それを望んだ誰かが居るのだろう、と。

 

 澄輝坪に住む連中には『死んだ時の記憶』があった。だから讃頌会の信徒が何処かに潜んでいて、ホロウの主人をしているだろう────そんなことを、思っていたモノだけど。

「イ、ドリー……が?」

「ええ、そうよ。わたしが。……わたしが望んだから、あの街はある。わたしが望んだから────このホロウは、成り立っている」

 そして、ステンドグラスの中央に埋め込まれた核を護るように存在する、あのエーテリアスもまた────自分自身であるのだ、と。

「誰もが望んだ最後を迎えられたわけじゃない。誰もが幸せに死ねたわけじゃない。だから、その後くらいは平和に過ごしていて欲しいなって……温かい世界を、望んだから」

 ……言いたいことは、とてもわかる。

 

 まるで、幸せな夢みたいな場所だったから。

 

 誰もが終わりを受け入れて。誰もが笑って暮らしてて。生前と変わらない生活を、叶わなかった習慣を繰り返して。変わらない明日が、繰り返し訪れる。

 優しい街。優しい世界。終わりと絶望が、ホロウという形を持って目に見えてしまうこんな世界だからこそ、あの街は幸せで……温かくて。

 

「でもね、猫又ちゃん。わたし、あなたを見ていて思ったの。あなたたちを見ていて思ってしまったの。この街があると、生者も死者も────きっと、前に進めない」

「────、────」

「繰り返し訪れる当たり前の明日はあっても、その先に未来はないのよ。幸せで、温かくて。それでもきっと、人間(わたしたち)はそれだけじゃいけないの」

 

 イドリーの足が進んでいく。目の前で項垂れるエーテリアスに歩み寄るように。その全てを、受け入れるように。

 

「だからね、猫又ちゃん。あなたが────終わらせて」

 

 出会ってから一番優しい声音を最後に。瞬きの間に、その姿が消失した。

 

 あたしに伝えたいことは全て話した。対話の時間はもう終わりだ、と言わんばかりに。床に向いていたエーテリアスの頭部と思われる部位が持ち上がり────その中央に在る大きなヒトツメが、あたしを見た。

 

 壁に這わされていた無数の触手。そのうちの一本が立ち上がり、あたしを目掛けて振り下ろされる。

 

「みんな────みんな、あたしに託して先に行く」

 

 誰も責めることはせず、温かい笑顔で見送ってくれる。

 この街の終わりを受け入れて、その手伝いまでしてくれて。

 

 まだ、自分のことに答えすら出せていない────あたしに。

 

「みんな、みんな……あたしを置いていく」

 

 振り下ろされた触手を、床を転がるように躱して……上手く力が入らない両手で、双剣の柄を握り直した。

 

 何も────何も、答えなんて出せちゃいない。

 

 なんでみんな満足した顔であたしの背中を押すんだよ。ここに居るのが、あたしじゃなくて……もっと立派な『誰か』であれば良かったのに。

 

「ゔ、づ────!」

 

 横っ腹に痛みと衝撃が走る。肺の中から空気が一気に抜ける感覚があって。視界が一瞬、明滅、して、

 

『アンビーや俺の意思を否定してほしくないように。俺は、猫又の選択や意思を『あたしなんかが』で否定してほしくねえよ』

 

 勘弁してくれ。もう苦しいんだよ。止まってしまいたい。

 

 このホロウを終わらせる。この場所に来る。そう最初に決めた頃のあたしに、贖罪の意識はあった。誰かを救った実感が欲しかった。

 

 これから先に、進むために。

 

「結局全部投げ出したかっただけなんだよ」

 

 死に場所を求めていた。それもまた事実だ。

 終わりが欲しかった。先になんて進めやしなかった。

 サラに利用されて。自分の手を汚して。赤牙組の連中も、お父さんもお母さんも失って。今の自分には何もない。

 

 だから、先に進みたくない。先に進めない。目の前にある道を歩くだけの余力がない。力がない。

 

 ……なんでアンタらはそんなに立派な答えを持ってるんだよ。停滞したって良いじゃんか。なんで……なんでそんな顔でみんな終わりを受け入れて、先に進めるんだ?

 

「そんな立派な答えがあるなら、あたしにも教えてくれよ────」

 

 なんで、終わりたくて仕方ないあたしに……進み方すら分からず、どうしようもないあたしに『明日』があるのに、

 

『────別に私たちも、簡単な話だって思ってるわけじゃない。正直今でも死んでしまったことは悲しいし、悔いのない人生だったと言えば嘘になる』

 

 悔いを持った『ここの人たち』に、『明日』がないんだよ。

 なんで、そんな……終わりを受け入れられるんだよ。

 

 氷の(つぶて)があたしの体に叩きつけられる。痛みが、寒気が、冷たさがあって。

 意識が、削ぎ落とされていく。

 

「なんか────もう疲れたな」

 

 ……もう良いか。良いや。全部。ここで終わっても良い。

 

 諦めて良いだろ、もう。きっと誰も、あたしを責めない。仕方ないって笑って受け入れてくれて、ここの住人の仲間入り。

 いつか朱鳶や巴、輝夜ちゃん辺りがあたしの代わりに終わらせてくれるはずだ。

 

 それで良い。もう、良いだろ。

 

 良いじゃん。全部。

 

「なのに────、」

 

 なのに、何で。

 何で体が言うことを聞いてくれないのか。

 

 致命傷になり得る氷の礫と、氷柱を双剣で弾いて受け流して。潤んだ瞳は、エーテリアスを捉えて離さない。

 

 悴んで上手く力が入らない掌は、それでも双剣を離してくれなかった。

 

 ……死にたくないから? いや、違う。

 

「────無駄にしたくないんだ。託されたから。託されちゃったから」

 

 みんなが笑っていた。みんなに託されたから。誰かの思いは、無駄にしたくないから。

 

 自分のことなんて何もわかっていないくせに。自分のことを、何も決められていないくせに。

 

「……ああ、いや。そっ、か」

 

 そうだ。誰しも、満足な死を遂げられたわけじゃない。誰も、自分の人生に悔いがなかったわけじゃなかった。澄輝坪で暮らしてた、みんなだってそうだった。

 

 だからこそ、寂しいって言葉が飛び出したんだろう。

 

「────今答えが出るわけじゃないんだ。今、答えが出せるものじゃない」

 

 だからこそ、あたしに『託す』ことはしても。こうした方がいい、ああした方がいい、と。押し付けることは決してしなかった。

 

 悔いはあっても。悲しみはあっても。それでも前に進む決意をして、あたしに託したんだ。

 

「は、はは────うん。そっか。そうかも。そうだよね」

 

 無くしたものへの向き合い方はわからない。あたしの中に巣食う罪悪感への向き合い方もわからない。

 

 目の前の行動と贖罪を結びつけようとするな。そんなに簡単な問題じゃない。

 

 わからない。何も分からないけど────わからないからこそ、前に進む。わかるまで考えれば良い。

 今ここで答えを出そうとするな。一生をかけてでも、考え続けろ。

 

「ありがと、おかげで頭が冷えた。楽に死ねないな、本当に────!」

 

◇◆◇

 

 ……肝が冷えた。そっか、ちゃんとあの子なりの答えに辿り着けたならそれでいい。

 (わたし)は彼女に何があったのかは知らない。知り得る手段はきっと、一生無い。それでも前を向けたなら、歩み続ける覚悟ができたのなら。この子に『この先』を託して良いのだろう。

 

 この子に素晴らしい明日(みらい)が訪れることを願って。私も、最後の仕事をしよう。

 

 ────ずっと、考えていた。終わってしまった(わたし)に何か支払えるものは無いのかと。

 

 彼女が言うに、外の世界はこの街のせいで────このホロウのせいで困っている。

 きっと、あの子も。あの子は強い子だけど、無理をするから。今も必死に前を向き続けて、戦っている。

 

「なら────私も最後の大仕事をしなくちゃ」

 

 鞘から剣を抜く。切先に陽の光が反射して妖しく煌めく。

 

 これは、何かを代償に振るわれる一撃。

 

 今の私の身体に支払えるモノは何も無い。それでも死後までこの剣が着いてきたということは、まだ支払える何かがあると言うことだろう。

 

「────良いよ、持っていって。そうだなあ……円環の理から外れる、とか。そんなところかな」

 

 息を大きく吸う。吐き出す。それだけで、今の私には十分。

 

 地を蹴り、宙を舞い────教会の入り口に着地して、体の芯まで凍ってしまうような冷たい風を受けながら、

 

「伏せて」

 

◇◆◇

 

 突然背後から聞こえてきた声。その声の主が振りかぶった剣から、眩い光が放たれる。

 咄嗟に身を屈め、頭を抱えて。視界に映るのは浮かび上がった無数の剣。それが触手を壁に縫い付けると、見惚れるほどのひと振りが放たれる。

 

 横薙ぎの一閃。斬撃がエーテリアスの胴体へ到達し、音を立てて外殻が破れて────コアが、露出する。

 

「お膳立てはこれで十分。ほら、行って」

 

 道は、開けた。あたしを邪魔するものはもう何もない。

 

 足を回す。駆け出す。駆けていく。もつれさせながらも進んで、剣を逆手に持ち直して、振りかぶる。

 

「────、────」

 

 奥歯を噛み締めて、目の前のコアに狙いを定めて、振り下ろす────その瞬間に。

 

『ありがとう、猫又ちゃん』

 

 穏やかな彼女の声を、聞いた気がした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ver2.▇『願い、交差する線。並行の世』(作者:悠問追)(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

 仲良し兄妹。そう知れ渡っている私たちでも、兄妹喧嘩に発展することはあることにはある。▼ 売り言葉に買い言葉。簡単に言ってしまえば、そんなよくある話。よくある光景。小さな、些細なきっかけでソレは始まった。▼ 私の居場所は何処にもない。私が知っているようで、私が知らない世界。▼ ────私はひとりじゃ、パエトーンにはなれない。▼ そう自覚するための冒険が。始ま…


総合評価:239/評価:8.67/完結:8話/更新日時:2026年01月11日(日) 21:15 小説情報

朝起きたら隣にヴェリナがいた(作者:ぼっちプレイヤー)(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

▼ ヴェリナさんの新密度イベでこれ同人誌の導入では?となってから勢いで書いた。▼ オリ主×ヴェリナなのでアキカプ推しのプロキシは閲覧注意なのだ。


総合評価:1637/評価:8.45/連載:6話/更新日時:2026年09月03日(木) 20:00 小説情報

ビデオ屋の末っ子ツイッギー概念(作者:アズカバー)(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

▼シルバー小隊。それはかつて防衛軍によって製造されたクローン兵士によって構成されていた小隊である。▼彼女らの実力は一人で戦場を左右できるとまで評され、命令とあらば自害も受け入れるなど、忠実な兵士として育成されていた。▼全ては完璧な兵士となるために。▼だが、一人生産するだけで莫大な金銭かかかるコストパフォーマンスの悪さ、そして軍内部の派閥争いによって主導陣も潰…


総合評価:590/評価:8.56/連載:5話/更新日時:2026年07月24日(金) 02:30 小説情報

貴方のことが好きすぎるゼンゼロ女子だなんてそんな(作者:究極最終さむらい(2歳))(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

ゼンゼロ女子たちに愛されて夜も眠れない♡▼⚠話ごとに設定など異なります。▼独自設定などあり▼文体が一人称だったり三人称だったりすることもあります。▼頭からっぽのほうが夢詰め込めるので、深く考えずにお楽しみください▼リクエスト等あれば、下記の活動報告にお願いします!▼https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=33…


総合評価:1665/評価:8.12/短編:12話/更新日時:2026年07月08日(水) 00:31 小説情報

新エリー都を翔ぶ黒き鳥(作者:謎多き作家)(原作:ゼンレスゾーンゼロ)

レイヴンの火ルート後のC4-621(女の子)をゼンゼロ世界に召喚してみました。▼ビックシードを見て、戦闘スタイルも見て、尚且つコックピットがあると聞くとACをビックシードくらいにしてもC4-621ことレイヴンは普通に戦えるんじゃね(無理矢理)?的な感じで書いてるのとアーマードコア6を再度プレイ中の為、得る覚えな所がありますのでご了承くださいm(__)m▼


総合評価:694/評価:8.69/連載:19話/更新日時:2026年09月03日(木) 01:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>