P.ZZZ 虚満ちる、壊れた世界。   作:悠問追

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何か指摘される前に白状しておきます。これを書いてる時にデカグラマトン編を読んでました。


Chapter5『団欒』

 お兄ちゃんからのノックノックの通知を横目に確認して、H.D.Dのスイッチを押下する。

 途端に身体から意識が乖離していく感覚。身体を置き去りに意識だけが剥がれて落ちていく。

 暗く何も見えない周囲。身体を委ねて流されていくソレは、夜の海での潜航によく似ていた。

 電子の海を流され流され。瞼を強い光に焼かれたのと同時に目を開けば。いつもより高い位置にある、お兄ちゃんと巴さんと輝夜ちゃんの顔。

 そして、いつもと変わらず大きく広がる、ホロウの幕があった。

「感覚同期は久々だよね。調子はどう?」

『やっほ〜、お兄ちゃん! 全然問題ないよ。感度良好、視界良好! なんかむしろ、ようやく戻ってきたなって感じがするくらい』

 いつもより小さい身体。少し窮屈な感じはするけれど、それでも『私はプロキシという立ち位置に戻ってこれたんだ』という安心感がある。

 それに、心なしかいつもより視界が広い気がする。

『いや。事実視界が広いな────気のせいじゃないや』

 ここ最近の生活で慣れた視界に比べて、幾分か広い。

 そっか、イアスの視覚情報を使ってるから左目も見えてるんだ。なるほど。

 自身の感覚を用いて、イアスの手を開いて、閉じて。頑張ろうね、なんてイアスに声をかけてから。私たちは目の前のホロウに踏み入った。

 薄い膜を潜るような名状し難い感覚。その後で、

「・・・・・・?」

『えっ、』

 私たちの目の前に広がる光景に。私とお兄ちゃんは、思わず疑問の声を上げた。

 数秒前まで、十二分街の大通りに居たはず。それなのに、私たちは────、

『家・・・・・・?』

「家、だね」

 そう表現する他なかった。

 窓から入り込む温かい日差し。部屋の中央にはお兄ちゃんの腰あたりの高さのテーブルと、ソレを囲うように四脚の椅子。部屋のあちこちに立つほんの少し古びた家具たち。キッチンスペースには調理器具や調味料が幾つか並んでいるのが見えて、窓の向こうには芝生が生い茂る庭があって────と。平和な、何処にでもある家庭の一室。家族がみんなで集まる場所。なんの変哲もないリビングだった。

 困惑を隠せない私たちに、巴さんは扉を指さして、

「扉開けてみ」

 言われるがままに、お兄ちゃんはすりガラス付きの扉へ歩み寄ると押し開く。

 その向こうにはまたリビング。今いる部屋と全く同じ作りで、全く同じ家具が並べられたソレ。

「これがこのホロウの変な所なんよ。ボクらの町────十二分街を侵食しとるのに、中に入ってみりゃ永遠〝同じ家〟の部屋が続いてる。ボクらが探索した限り、エーテリアスとも遭遇せぇへん」

「・・・・・・なるほど。他のホロウとは毛色がだいぶ違うね」

 辺りに充満する空気には、エーテル粒子が含まれている。けれど確かに、他のホロウに比べて生命の気配を感じない。

 この光景を『幻覚』と片付けることも出来るかもしれないけど。お兄ちゃんは今、ドアノブに確かに触れていて。実体を持っていることも確かだった。

「ボクらがこのホロウを何度か調査した結果、わかったことは三つ」

 困ったようなため息を吐き出して。巴さんはリビングの中央を陣取る椅子の一脚に腰を下ろし、言葉を続けた。

「ひとつ目は、扉は開き直せば別のところに通じるっちゅーコト。位置情報も変わるっぽいし、ホロウの裂け目みたいな役割をしとるんかな。その辺はボクらにはわからんけど」

 その言葉を聞くなり、お兄ちゃんは目の前の扉を閉めて開け直す。先程までリビングが広がっていたはずの扉の先には、玄関扉に続く長い廊下が見えた。

「二つ目は、この家からは絶対に出られへんっちゅーコト。たまたまアキラクンが開けた扉がリビングからリビングって続いとったけど、リビングから急に風呂場やトイレ、寝室やらあべこべに繋がれて飛ばされて・・・・・・玄関の外にってのは一度もなかった。勿論、玄関扉開けたところで外には出れへん」

「・・・・・・輝夜ちゃん、椅子を一脚取って貰って良いかな?」

 頷いた輝夜ちゃんが、椅子を両手にお兄ちゃんに駆け寄る。その椅子で扉が閉じないように抑えたのを視認してから、私たちは廊下の先・・・・・・玄関扉に向かった。

 今度は扉を引いて開く。その先には風呂場。ここがホロウの中で無ければ、何の違和感も抱くことない、何の変哲もない風呂場だった。

 巴さんたちが待つリビングに戻る。肩越しに私たちを見やる巴さんの視線は、『な?』なんて笑っているようだった。

「・・・・・・で、三つ目。この家には隠し扉みたいなモンがある」

『隠し扉?』

「そ。見たところで一切気付かへん隠し扉。壁やら床やら、ようわからん場所にある扉」

「それは・・・・・・怪しいな」

「せやろ? だからパエトーン(キミたち)が必要なんよ」

 巴さんが椅子から立ち上がり、イアスを────私を見下ろす。出会ってから何度も見た類の笑み。特徴的な丸い眼鏡を鼻にかけ直してから向けられた指先は。イアス越しに、私の瞳へ向けられているようだった。

「キミたちの目はエーテルの流れを見ることができるらしいやん? この場に於いては、真と偽を見破ることができる目。明らかに怪しいホロウ・・・・・・隠されてる扉。このホロウでアレコレ悪さしてるやつが()るとすれば、その先やろ」

 ・・・・・・言われて、納得する。確かに普通の人間、普通のプロキシがこの場に居たところで。巴さん達が目的とする場所には辿り着けない。

『わかった。じゃあ────』

 普通の人では存在にすら辿り着けない隠された扉。わざわざ隠すってことは、身内以外が見てはいけない何かが隠されてる・・・・・・なんて、言葉にしなくても教えてくれてるようなものだ。

『この町で悪さしてる連中の牙、抜きに行こっか!』

 

 ◇◆◇

 

 ポートエルピス。灯台。

 漣と鴎の声────釣りに勤しむ連中の声が漂う、和やかな風景を一望できるそこで。潮風に吹かれながら、小さく息を吐く女がいた。

 右手にはスマートフォン。左手には缶コーヒー。落下防止の柵の上には山盛りのポテトフライが入ったカップがあり、それを狙っているらしい鴎が、頭上を旋回しているのが見て取れる。女の視線は十二分街の方向へ。決して町自体が視認できるわけではないが、彼女だけが感じ取れるような何かがあるのだろう。

『なーんだよ、サラ。こんなところで油売ってて良いのかい?』

 ぽてぽて、と可愛らしい足音とは裏腹に。小憎(こにく)たらしくも聞こえる声が、彼女の背中を呼びかけた。

 女────サラは長い黒髪を靡かせて、肩越しに声の主へと振り返る。視線を向けた先には、補修の痕が目立つポンプ。サラの顔に浮かべられた表情からして、二人の間の関係はあまりよろしくないのだろう。サラは眉間に皺を寄せると、すぐに視線を前に戻した。

「何か用?」

『同じ先を見据えて、同じ方向へ歩むヤツの進捗確認。たまたま見かけたから声かけたってだけだよ。どう? そっちは』

 冷たい声音をものともせず、ボンプはサラの足元へと歩み寄る。わざわざ視界に入るために柵にまでよじ登って。ポテトフライの横へと腰掛けた。

「・・・・・・そうね。計画は順調。『ケセド』のホロウは彼女(・・)のおかげで安定した。もう少しで役割を終える頃合いね」

『それがどんくらいまで進んだのかイマイチわかんないんだけど。アンタの計画、全部知ってるわけじゃねーし・・・・・・』

「それはお互い様でしょう? 私も貴方の計画全てを知っているわけじゃない」

『話す気ないからな』

「それもお互い様」

 独特の空気。独特の間がある。その沈黙に耐えかねたのはボンプの方で、徐に真横のポテトを一本摘んで空に掲げ、

『ケセドっていうと・・・・・・十二分街のホロウだったっけか? 随分と生ぬるい、優しい場所』

「優しい? ・・・・・・ああ、そう。貴方にはそう映るのね。まあ、如何に高性能なAIとはいえ・・・・・・人の気持ちは理解できないでしょう」

 言いながら、サラは鼻で笑う。それこそ心の底から嘲るように。嘲笑うように。それでもサラの視線はボンプには向かない。

「暖かい過去、優しい過去は時に辛い過去や暗い未来よりも牙を向く。自身の暖かな思い出に縋るその間は、未来に目を向けなくて良い。痛みを伴うほどの辛い〝今〟から目を逸らさせてくれる」

 だからこそ────と。言葉を区切るように小さく息を吸うサラは、ポテトフライのカップを柵から塔の下へと突き落とした。

 

 宙を舞うソレらを、落下するソレらを。啄むために鴎が降りてくる。

 その様子を見下ろしながら笑みを浮かべる彼女は、何を思っているのか。

 

「だからこそ効率が良い。未来(さき)の見えないこの世界────見たくないこの世界。数歩先に絶望の二文字が横たわるこの世界で、甘い過去は離れたく無い場所になる。誰もが先を見ることを諦め、誰もが未来を悲観したその時に。人類が頼るのは神なのよ」

 

 甘い毒に蝕まれていくように。誰もが『先』へ歩むことを諦めたその先にあるのは停滞だ。

 停滞したその世界で、誰もが武器も力も置き捨てたその世界で、最後に頼るのは『神』なのだ、と。

 たとえソレが目に見えない、形のないモノだとしても。誰もがこの世に蔓延る『悪』や『不幸』に原因、要因を求めるように。自分のせいではないと信じたいように。

 

 未来が絶望的であればあるほど、人々は他の誰かに、何かに救いを求める。

 

 各地で広がるホロウや讃頌会の存在。最強の虚狩りの引退。彼女がばら撒いた毒は着実に世界の基盤を蝕み、人々から明日への希望を奪っている。

 

 求める神が降臨するのは、そういう場こそが相応しい。サラは心の底からそう思っているのだろう。

 サラの笑顔を横目に見つめるボンプは、そう思った。

 

 ◇◆◇

 

 扉を潜って、潜って。隠された扉を潜り、何度も見た光景を横切っていく。

 リビングから廊下。夫婦の寝室と思われる一室。風呂場、トイレ、廊下。あべこべに繋がる部屋の数々は、私の頭とか方向感覚を狂わせるには充分すぎた。すっごい変な感じする。今私は何処に居るんだろう・・・・・・? 頭がクラクラしてくる。

「リン、大丈夫かい? 少し休もうか」

『ん、ん。ううん、大丈夫。まだ行けるよ』

「・・・・・・辛くなったら言うんだよ。あまり無理はさせたくないから。僕でも隠された扉を見つけられれば良かったんだけれど」

 知能水晶体の力をぶっ続けで使い続けている疲労もあるのかもしれない。

 お兄ちゃんが言った通り、このホロウに隠された扉────エーテル粒子の流れだとか、そういったモノを見る力には私の方が長けていた。

 というか、私の記憶が確かなら・・・・・・最後にホロウに入った時に比べて、格段に〝見える〟ようになっている気がする。

 心当たりがあるとすれば、向こう(・・・)の私がやってた強引なアップデートか・・・・・・喜んで良いのやら、悪いのやら。

『あ、巴さん。そこの壁、扉あるよ』

「ん、りょーかい」

 何でもないような廊下の、何でもないような壁。そこを軽く押してやると、ぎぃ、と音を立てて壁が扉状に開いていく。何度見てもその光景には慣れなかった。

 そして。扉が開いた、その先。

 

「あら、又奈(まな)。おかえりなさい」

「今日は少し遅かったな。早く手を洗ってきてしまいなさい。お母さんの料理が冷めてしまうよ」

 

 ここに来て、初めて私たち以外の誰かに出会った。

『え、あ────』

 けれど様子がおかしい。何度も見たリビングの中心。椅子に腰掛けたひと組の男女の視線は、私たちを見ているようで一切見ていなくて。

 そして何より、二人が手を伸ばし────食べ進めている食器には何も盛られておらず、ソレを美味しそうに口に運ぶモノだから。異様なその光景に、一瞬眩暈を覚える。

「気にせん方がええよ、二人とも。多分この二人は〝この家〟と同じやろ。ニセモンや」

 確かに言われてみれば、何度か潜ってきた扉と同じようにエーテル粒子で全身が象られている。

 気にしない方がいい。確かにそうかもしれない。

 

 その奇妙な光景に気味悪さを感じるのと同時に、()()()()()()()()な感覚があったから。

 

 だから極力視界に入れないように。隠された扉を探すために辺りを見回す。リビングに入っていく。その私たちを、

「待って。こ、ここで・・・・・・ここでおまえたちは、何をして────」

 呼び止める震えた声があった。

 思わず振り返る。そこに居たのは、猫耳を生やした褐色の女の子。私たちを見つめる視線は怯えの色に染まっていて。握りしめた拳が、声と同じかそれ以上に震えていて。弱々しい印象を受ける。

「よーやく出てきよったか、猫宮(ねこみや)又奈。アキラクン、リンチャン。コイツがボクらが探しとる赤牙組の、今の親玉や」

「親玉────?」

 お兄ちゃんの困惑したような声。けど、困惑するのもわかる。

 だって、こんなに小さい女の子が? 見た感じはまだ十七歳かそれくらいだ。怯えたように私たちを見つめるその顔にだって戦意が見られない。これならまだ、このホロウに迷い込んだ一般人だと言われた方が信じられるくらい。

「何や、襲いかかって()ぉへんの? 生暖かい夢に浸って戦意まで削がれたか。猫宮」

「ッ、っ────そんな、」

 巴さんの言葉に猫宮が小さく震える。その視線は、私たち越しにリビング中央の二人を見ている。

「夢、なんて、」

 そんな、巴さんの言葉を否定するような声が、

 

「ははは、又奈はお転婆さんだなあ。また怪我しても知らないぞ?」

「もう又奈ったら・・・・・・いっつも洋服を洗濯するお母さんの気持ちにもなってよ」

 

 誰かが不在のまま進む団欒の声に、遮られた。

 二人の視線は空席に向けられている。父親と思われる男の掌が虚空を撫でる。誰かの言葉を聞くような沈黙があって。

 

「それは又奈も悪いぞ。全く、誰に似たんだか・・・・・・」

「お転婆加減はお父さん似でしょう? 顔は私。お父さんに似なくて良かったね、又奈」

 

「ちが、違う────夢なんかじゃ」

 

「む、それは聞き捨てならないな。お父さんだって職場じゃそれなりにイケメンだって言われていてだな」

「違う、違う。これは」

「まあそうよねえ・・・・・・少し怖い顔はしてるけど。真っ先に惚れたのはアナタの顔だもの」

「違う、違う!! あたし、あたしは────あたし、は」

 

 猫宮の視線が定まらない。今にも泣き出しそうな視線が、顔が、そこら中を泳いで。奥歯を強く噛み締めた後で、私たちに背中を向けて何処かへと駆け出す。

『ま、待って────』

 私の呼びかける声は届かない。

「追いかけんで()えよ。本来の目的はヤツと(ちゃ)う・・・・・・ゆーチャン(・・・・・)、そろそろか?」

「何だよ母さん、好きなのは顔だけか?」

 ここに居ない誰かの名前を呼ぶ巴さんの声と、それに頷く輝夜ちゃん。そして、この場の空気も気にせず未だに続く団欒の声。

「何よ。顔だけだったらこんなに一緒に居ないでしょう?」

 情報の処理が追いつかない。頭が、おかしくなりそうだった。

 温かい、暖かい、浸ってしまいたいと思わせるような団欒の中で。巴さんの声だけが酷く冷たくて。

 巴さんはズカズカとダイニングキッチンへと歩みを進める。冷蔵庫の真横の壁に手を当てれば、それもまた扉のように開いてしまって。

「ああ、あった。ここか」

 

 その向こうに広がって居たのは、リビングとは打って変わって寒々しい光景。

 部屋の壁には無数の、何かの演算がされているモニター。部屋の光源はソレだけ。

 モニターから繋がれるケーブルの束を視線で追えば、その先に。

 

 透明な箱の中で。何らかの機械に接続された、メモリーカードがあった。

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