イントロ
剣を振るう度、ワタシの身体から何かが抜け落ちていくのがわかる。
何かを失った。何かを零した。何かが、消えた。その自覚は確かにあるのに、その『消えたものの記憶』すら奪っていくものだから、虚しくて虚しくて仕方なかった。
────何が。誰が。何処がワタシの中から失われたのか。何がなくなったのか。
答えが出ない疑問を抱えながらも、ワタシはこの剣を振るうしかない。だって、ワタシにはそれしかないから。
振るう。切り裂く。失われて。
振るう。切り裂く。零して、落として。
振るう、切り裂く。何かが、消えた。
でもそのひと振りで救われる命はあって。救われた誰かは、確かに居て。居た、はずで。
だから辞められない。辞めたくない。戦場の真ん中で嗚咽を漏らそうと、剣を握る掌から力が抜けようと────奥歯を噛み締め、振るう、振るう。
もう何日そうしていたんだろう。もう何日こうしているのだろう。
今は何年で、何月で、何日で。
ワタシ────ワタシ、は。葉瞬光。雲██の弟子で、██と███と、優しい███が、█████────████? ██、████。
「っは、ぁ────」
こきゅう。呼吸────吸って、吐いて。違和感。違和感から目を逸らす。見るな。見ないで。見ようとしないで。
手繰り寄せようとしないで。違和感に気づかないで。全部、全部覚えているから。
大丈夫。まだ、まだワタシは大丈夫。
ワタシには払うものが残ってる。なんだって差し出す。大丈夫だから。
泣かないで、
────────なにが?
◇◆◇
「このデータで最後だよ」
「……そう。ありがとう」
暗い部屋の中。モニターの光に顔を照らされながら、ハリンと短い会話を交わした。
ツイッギーから位置を聞いたらしい研究所。彼女の『これまで』が詰まった場所。
きっと……ハリンが知らない、ツイッギーの時間が詰まった場所。その全てを壊す手つきに躊躇は一切なく、端的に言葉を返したハリンは、最後の爆弾を壁に設置した。
画面の向こうでは、データ削除のシークバーが伸びる。削除を終えたメッセージが表示されたのを確認すると、躊躇いなくPCへと彼女の得物が振り下ろされた。
「じゃあ、出ましょうか。離れたら起爆するようにしておくから」
「……でもハリン、良かったの?」
特徴的なバイザーの向こうから、『何が?』と言いたげな視線が私に向いた。それ以上何も言わないあたり、私の言葉の続きを待っているんだろう。
「いやその……残しちゃいけない技術や記録だっていうのは理解してる。ちょっとだけ読んだ感じ、倫理観度外視の研究────って感じだったし」
「ええ、そうね。
「でも、さ。ほら……ツイッギーが────ハリンのお姉さんが、ここに居た記録……みたいなもの、でしょ?」
……ほんの少しの沈黙がある。視線が逸れて、数度の瞬きが繰り返されて。掠れたような小さな吐息が、部屋の中へ静かに響き渡った。
「……ええ、そうね。美的な言い方をするのであれば、この場所とこの資料はツイッギーが生きた証。ここに居た証拠。けれど、それとこれとは話が別よ」
「そっ、か……」
「それに、彼女のことは私が覚えている。そう、約束したから」
ハリンに何があったのかはわからない。それでも、放たれたその言葉に嘘は無いように聞こえたから。私は頷きを返す他なくて。
二人揃って研究所を出て。社用車に乗り込み、爆発音を背中に聞きながらポート・エルピスへと向かう。
かつて、私が一度救われた場所。向こうの私と、『トリガー』……それから朱鳶さんに救われた────衛非地区を目指して。
◇◆◇
慌ただしい空気の中。僕は適当観を出て行った巴くんを探すべく、街中に出ていた。
あちこちを行き交う治安官と防衛軍の人たち。その人の波の間を縫うように。行き交う人波を避けるように、前へ、前へ。
頭上高く昇った太陽。冬の柔らかな日差しを受けながら、街を登っていくロープウェイに乗り込んだ。
ここに居る────この先にいる、という確信はない。けれど、僕が巴くんの立場ならそうする気がして。
行き交う声が遠のいていく。おそらく、この街で一番高い場所。全てが見渡せる、その場所に────、
「ここに居たんだね、巴くん。輝夜ちゃん」
彼の姿は、あった。
柵に身体を預けて、澄輝坪とラマニアンホロウを眺める巴くんと、ベンチに腰掛けてソレを眺める輝夜ちゃん。
……二人の顔が整っているからかとても絵になる。そんな一枚の絵画のような光景は、僕の声を聞くなり崩れてしまったけれど。
巴くんはいつもと変わらない様子で、肩越しに僕へと振り返った後で、緩く片手を横に振った。
「おお、アキラクン。よくここに居るってわかったな」
「僕がキミの立場なら、何となくここに来る気がしてね。静かな場所で、考え事がしたいから」
「ああそう。流石の推理力やね。伝説のプロキシ……『パエトーン』の本領発揮っちゅートコか」
いつもの揶揄うような言葉。けれど、その声音にいつものような覇気は無い。
ただ静かに、淡々と……言葉を並べ立てるだけのような。良くも悪くも言葉の節々から感情が滲み出る彼らしくない。
彼の視線は再び街へ。そして、ラマニアンホロウへと向けられる。
「ラマニアンの中で地獄を見た。……旧都陥落ン時を思い返すくらいの。馬鹿みたいに湧き出るサクリファイスと、命を何とも思っとらん讃頌会の
「────、────」
「ショージキ、朱鳶がキミらを巻き込みたくないって言う気持ちもわかるくらいにな。ありゃあ、目にするやつは少ない方が
「そんな気遣いなんて知らずに、僕はこうして突っ込んできてしまったけれどね」
「ハハ、せやね。まあボクからすりゃあ見通しが甘いと思うわ。天下のパエトーンが何もせずにジッとしとるワケないやろ。真面目も度がすぎるとただのアホ。カタブツすぎんねん、アイツ」
……やけに朱鳶さんの悪口はサラサラと出てくるな。けどまあ、確かに巴くんと朱鳶さんは相性が悪そうには見える。表面上は上手くやるんだろうけども。二人とも大人だから。
僕のすぐ隣で、巴くんが小さく鼻で笑う音が聞こえてくる。いつもの調子が徐々に戻って来つつはあるけれど、それでも……舌の上で言葉を転がすような間がある。
「ほんでな。キミらパエトーンに言っとかなアカンことがあんねん」
「……何だい、藪から棒に?」
「わかっとらんなキミ……これ全部こっからの話に必要なんよ。黙って────いや黙ったら困るわ。いつもの『柔らか美青年ボイス』で『どうかしたかい?』って聞いときゃええねん」
「……、……」
「黙るんかいそこで」
いや、『どうかしたかい?』は僕の真似をしているのかと。誇張モノマネがすぎるんじゃなかろうか。
思わず眉間に皺がよる。視線だけで話の続きを促せば、巴くんは大きなため息を吐き出して、
「まあ何……ケセドホロウの件の時な。ショージキな話、ボクらは妖精チャン────『Fairy』を手に入れたら、キミらとはお別れのつもりだったんよ。キミらに渡すつもりはなかった。結果として、ボクの話聞かんとキミの妹が自分に無理矢理インストールしたワケやけど」
「ああ、うん。それは……リンの思慮不足でもあるかな。ごめんよ」
「いや別に謝れっちゅーワケじゃなくて……なんや、調子狂うな」
視界の端に映る、巴くんの表情が引き攣る。調子が狂う、という言葉に嘘はないようで。立て続けに自分の頭を掻いているのも見えた。
「本来、Fairyは対ホロウ六課・現課長────月城柳に渡す予定やった。……星見雅が引退したやろ。この世に、『最強』の称号は必要やと思う。有象無象のアウトローへの抑止力……それから、市民に対しても。必要不可欠だって」
「……なるほど」
「月城柳の手にGhostと同等────もしくはそれ以上の力が渡る。そうなれば、再びこの世に『最強』が返り咲く。そう、思っとった」
巴くんの視線は、ラマニアンホロウを眺めているようでそこに向いてはいない。
遥か遠い、何処かを見つめている。
「力を持たん市民が仰ぎ見る先。力をロクでもない使い方する連中が怯える者。それが居らんから、今のこの状況がある。助からんかった連中は……置いてかれた連中は誰を責めれば良いんかもわからん。『最強』が『私が頑張らなかったせいです。ごめんなさい』とでも言えば、幾らか溜飲は下がるやろ」
「……それは、少し違うんじゃないかな。責められるべきなのは守ってくれる人ではなく、奪っていった人だ」
「せやね。ボクも誰かを殺してのうのうと生きとるヤツなんて首括って死んだら
言いながら、巴くんが顎で指す先。
その先には、今も戦いが繰り広げられているであろうラマニアンホロウが口を開いている。
「人が殺しました、人が罪を犯しました。それだけの簡単な世の中ならまだ
「────、────」
「それに。人間は正しい責任の所在と、そこから生まれる怒りや嘆きが向かう先は必ず一致するワケやない。案外汚くてバカなもんやで、人間って」
でも、それは。とても酷な話じゃないか。悲しい話なのではないか。
言葉を挟もうとして、口を開いて────やめた。巴くんが言いたいのはきっと、それだけじゃない。
僕の目に映るその横顔が、誰かを責めたいだけではないのだと、語っている気がしたから。
「力を持ったヤツにはそれ相応の責任がある。あるべきやとおもう。……でもな。瞬光に言ったアレは、多分八つ当たりやった」
「……八つ当たり、か」
「せやね。言いすぎた自覚はある。努力が足らんかったとも、もっと早くに動いてれば助かった命もあったやろ、とも思うけども」
言われて脳裏に過ぎる光景は、体を丸めて巴くんに怯える彼女の姿。
『ごめんなさい、ごめんなさい。全部、全部ワタシが悪いの……大丈夫。大丈夫よ、ワタシのせいで死んでいった人たちのことは覚えてる。顔も、名前も、全員覚えているから。全部が終わったその後で、ワタシも……ワタシも罰を受けるから』
泣きながらそう告白する、瞬光さんの姿だった。
「────『力を持つ者』もまた人間。抱えきれる責任や罰、想いにも限度がある。アイツは、ボクが思っとる以上に……普通の、女の子やった」
はい、最終章開始です。アクセルベタ踏みで行きます。よろしくお願いします。