姉の命令で作った偽彼女が可愛いが、デート後は姉に上書きされる 作:紫糸ケイト
俺にお願いってなんだろうか。
勉強なら教えてあげられる自信があるし、彼女と関わりはほとんど無いけれど内部進学の試験についての話なら答えてあげられるだろう。
だけどそれ以外となると……。
「それで、俺にどんなお願いなんだ?」
「お姉ちゃんを振らないで欲しいっす!」
「フフッ、振らないでだって……アンタ、なんかしたんじゃないの? フフッ、フフフ」
……へ?
すっごい真面目な顔して言う事が、それなの?
隣で姉さんは爆笑してるし、俺は意味が分からずにポカンとしてしまった。
だけど目の前のまどかちゃんはそんな俺達を見て、真面目な態度から変わりはしたが怒るのではなくオロオロと、とても不安そうにしている。
「お姉ちゃんから聞いたんスけど、初デートでその……オタク丸出しだったらしいじゃないっすか」
漣さんはそんな事まで妹さんに話しているのか。
とてもそんな自分から墓穴を掘った事を話すタイプには見えないんだが……。
『妹にデートの事を根掘り葉掘り聞かれて話していたのですが、何故か正座させられて怒られたので……』
あ、今朝のメッセージにあったな。
漣さんから話した訳じゃなくて、この妹に聞かれて話したんだ。
人は見た目じゃないって事は漣さんで学んだつもりだが、このいかにもスポーツに生きてますってタイプの女の子が姉の恋愛事情に興味があるとは……。
「そうだったね、でもあの時の漣さんはめちゃくちゃ楽しそうだったよ」
「あのバカオタクお姉ちゃんめ……あれだけ注意したのに本当に……キモかったっすよね!? でもその、お姉ちゃんはその……か、可愛い所もあってですね」
妹さん、もといまどかちゃんはオロオロと、誰が見ても分かるレベルに動揺しながら早口で姉の魅力について語りだした。
俺は隣にいた姉さんと顔を見合わせてから、二人でまどかちゃんに視線を戻す。
「確かに陰気な感じですけど、お姉ちゃんは結構家では喋るんです! あ、いやこれダメな所だよね……えーっと、その、脱いだら凄いんですよ!」
「ぬっ、脱いだら!?」
バカな!
漣さんはどう見ても姉さんのような抜群のスタイルじゃないだろ。
いや聞いた事があるぞ、女の子は着痩せするタイプもいるとかいないとか……。
まどかちゃんは漣さんと姉妹だから、裸なんて何度も見てきただろう。
つまり、彼女がそう言うなら、漣さんも実はスタイル抜群の可能性が極めて高い!
「アンタ……声うるさ……キモ……」
「そうっすよね、テストの学年一位をキープし続ける天才の先輩といえど男ですし、やっぱり興味ありますよね!」
まどかちゃんは目を輝かせ、俺の肩を掴んで自分の姉が性的に見られている事を喜んでいる。
しかし、俺はミスをした事に気付いてそれどころじゃない。
俺は今、演技で愛すると決めた人のスタイルが良い悪いの話で、反応してしまったんだ。
本当に愛する女性の前で、そんな事に反応してしまった。
「あ……姉さんその、違うんだ」
「よかったじゃん、アンタの彼女スタイルいいんだってさ」
やめてくれ。
そんな悲しそうな顔をしないでくれ。
俺が愛しているのは姉さん、心優だけなんだ。
怒りもせず、責める事もなく、ただそんな顔をするのは何よりも心にクる物がある。
まずい、まずいまずいまずい!
俺は姉さんから乗り換えたりしない、裏切ったりしない。
「でも姉さんの方が……」
そう言いかけて、目の前のまどかちゃんが視界に入った。
さっきまでそこにいた事は分かっていたけれど、脳の全てが姉さんへの言い訳に向けられていて、どうでもいいと脳が処理した目の前の女の子を無視していたんだ。
どうする、このまま普段のように姉さんを褒めたり抱きついたりは出来ない。
なら家に帰ってから謝るか?
それじゃダメだ、いくら偽りの関係とはいえ俺に向けられた"本当に愛する人は誰なのか"って疑惑を払拭できない。
そんな事は思われてないかもしれないし、姉さんは気にしていないかもしれない。
だけど、俺は誰よりも姉さんを知っている。
昔、姉さんを嫉妬させる為に女子に告白された事を自慢した時……。
『よかったじゃん、おめでとう』
姉さんは今と同じように祝福をしていたが、裏では酷く傷付いていた。
『アタシは姉でアンタは弟、普通はアタシなんて選ばないもんね……それでも嫌なの、アタシはアンタが好きなの! 捨てないでよ、湊!』
中学時代のように、姉さんを泣かせたくない。
あの時は俺が姉さんの前で、告白してきた女の子に付き合えませんと言う事で収まったけれど……。
俺の勘でしかないが、次あんな事があったら姉さんは前回以上に傷付くだろう。
「どうっすか先輩! なんならお姉ちゃんのスリーサイズ教えますよ!」
「いや、まどかちゃん……俺はそんなスタイルで人を選んだりはしないからさ、それにその話はプライバシーに踏み込んだものだから、君から聞くのは漣さんに悪いだろ?」
苦しい言い訳だ。
さっきあんな反応をしておいてプライバシーだとか、スタイルはどうでもいいみたいな話は意味不明かもしれない。
それでも、まず危険な話を拒否して見せたぞ。
そして次だ!
「あぅ……でもですね、先輩も食いついてたじゃないっスか」
予想通りの反応だな。
だが、俺が今二秒程度で考えた姉さんにも配慮しつつまともな必殺の言葉をくらうがいい!
「それに! 俺にはスタイルの良し悪しの話は通用しないんだ!」
「えっと……?」
「まどかちゃん、俺の隣のこの人を見ろ!」
「うぇ、ここでアタシ!?」
「心優先輩……ですか?」
姉さんの肩を掴み逃げられないように、それでいて俺は姉さん一筋だと姉さんにアピールしつつ、まどかちゃんを納得させるんだ!
「俺の姉さんは弟の俺から見てもスタイルがいい、ぶっちゃけこの学校で一番のスタイルだと思うんだ」
「それは……そうっすね」
「この艶のある髪! 大きな胸! だけど締まったウエスト! そしてこの尻! 姉さんは全部が完璧だと弟の、弟の俺でもそう思っている!」
俺の勢いと力説の濁流に意識がもっていかれたように、まどかちゃんはポカンとしている。
姉さんは顔を真っ赤にしながら離れようとするが、そうはさせないぞ。
双子だが男と女じゃ筋肉量が違うんだ、絶対に逃がさない!
「ちょ、湊アンタね!」
「こんなのを毎日見せられてんだぞ!? スタイルなんて全部姉さんに比べたら大したこと無いなって思っちゃうだろ? ……だろ!?」
まどかちゃんは手放した意識を取り戻したかのように、ハッと自我を取り戻して俺の顔を見てオロオロとしている。
無理もない、こんなのいきなり先輩から、姉の彼氏から"俺の姉と比べたら他の違いとかわかんないから興味ない"って話をされたらどうすればいいのかわからなくなるだろう。
これも計算のうちだっ!
「だから、俺が漣さんと恋人になったのはあの人の中身が好きになったからなんだよ、スタイルがいいとか悪いとか、見た目が陰気とかそんな理由じゃなくて……俺はたとえ漣さんがどんな見た目でも、彼女に惚れてたと思うよ」
完璧な結びの言葉っ!
姉さんも俺を見て唖然としているし、まどかちゃんも同じような顔をしている。
決まったな、乗り切れたぜ。
「えーっと……お姉ちゃんの見た目じゃなくて中身を好きになったのはわかりました、妹として嬉しいです……けど、あの先輩って実は結構……あ、何でもないです……はい」
まどかちゃんも納得してくれた!
姉さんのスタイルも褒めた!
この危機的状況を全て乗り越えてやったぞ。
いやー、よかったよかった。
「ねぇ、湊」
「なんだよ、姉さん」
「ならアンタは、アタシの体に惚れたって事でいいのかしら?」
俺にだけ聞こえるような、本のめくれる音で消えてしまいそうな小さな声で姉さんはそう囁いて、俺を見て笑っている。
よかった、上機嫌ないつもの姉さんだ。
「……あの姉にしてこの彼氏あり、っスね」