姉の命令で作った偽彼女が可愛いが、デート後は姉に上書きされる 作:紫糸ケイト
照明が暗くなる前の映画館の広告は不思議と嫌いじゃない。
動画配信サイトで流れるような広告はうざったくて、少しでも早くスキップしてやりたいと思って見ているのに、このまったく俺に関係のない車や家の広告や飲食店の紹介は見ていても苦にはならないんだよな。
「それにしても……ほぼ満員ですね、端の方ですが席が取れてよかったです」
「それよりさ、さっき言ってたコラボグッズっていったいどんな物なんだ?」
隣に座る漣さんは俺の言葉を聞いて、小さなキーホルダーの入ったビニール製の袋を取り出し見せてくれる。
あれは、これから見るマスクドライバープラネットのミニフィギュアか?
特徴的なスーツにちりばめられた星はキラキラと輝いていて、子供が手にしても喜ぶような工夫がされている。
「これです! キラキラで綺麗で……かっこいいです」
彼女が手に持つそれよりも、君の方が綺麗で可愛いよとか言うべきなんだろうか。
いやそれは流石に狙い過ぎか?
姉さんを除けば漣さんは初めての彼女だし、普通の恋愛をした事がないから距離感をどれぐらいの勢いや温度で詰めていくのがベストか分からないんだよな。
「でも、湊君もかっこいいですよ」
「……ん?」
いきなり……何だ?
どうしてそんなにも買ったばかりのミニフィギュアと俺の顔を交互にチラチラと見て……あ、目が合ったと思ったら視線がフィギュアに固定されちゃった。
「えっと……そ、それに心優ちゃんも綺麗です」
今度は姉さん?
いやいや、姉さんが綺麗とかわざわざ言うべきじゃない、だってそれは当たり前の事だろう。
水を見て透明だと思うように、夜になれば眠くなるように、不変にして絶対的な物をいちいち声に出したりはしないだろう?
すくなくとも、俺は言わないね。
「姉さんが……ねぇ」
漣さんはいきなりよくわからない事を言い始めたと思ったら、今度は少しだけムッとした表情になって、プラネットが描かれた特別製の器に入ったポップコーンを食べだした。
「むー……」
「えっと、漣さん?」
「いえ、何でもありませんから」
絶対なんかあるじゃん!
まて、まってくれ。
俺がなにかミスったか?
考えろ、さっきまで周囲の子供達に負けないぐらいキラキラとした目で映画を楽しみにしていたはずなのに、今は少し落ち込んでるんだけど、その原因はなんだ!?
「…………頑張ったのに」
ポップコーンを食べるペースが早い。
一口食べて、口の中の物を飲み込むよりも早く次の一口を食べて、まるでやけ食いしているみたいな食べ方をしている。
おそらく、いや確実にそうだ。
俺が確実に何かやらかしたんだ!
「あの、漣さん」
話しかけた俺の言葉は周囲の子供達の声と、暗くなっていく照明の直後に現れたマスクドライバープラネットの子供達向けの映画館を視聴する際の注意事項についての特別映像によって書き消されていく。
『良い子の諸君! 俺が活躍している時やピンチの時は静かに、心で応援するんだぞ? 俺はマスクドライバープラネット、声援は嬉しいが心の中で応援してもらえると、君の座席からその心が地球を通じて俺に届くんだ!』
いやどんな設定だよ!
地球の声って……何だかちょっと"スピってる"ような表現をするなって!
まぁ確かに、祈りというか心で応援する事をお願いしつつ、子供達を黙らせる為にはいい方法かもしれないが、少しやりすぎな気がする。
強烈なインパクトのある映像にツッコミを入れてしまったが、違う、今は漣さんの謎の怒りを止めないと……って。
彼女は手を合わせて祈っている。
これが姉さんなら、『俺以外の男の為に祈るのは浮気だからやめろ』って言ってやるんだが……めちゃくちゃ真面目に祈ってるせいでそんな言葉をかけられる雰囲気ではない。
それにもう映画が始まってるし……くそ、と、とにかく見終わってから……。
映画の内容は、ニチアサにやっているヒーロー物とは思えない程重くて、軽いホラー要素もあり、周囲の子供達が風船が破裂したような声をあげたりする程の……対象年齢が間違っているとしか思えない物だった。
『このニコニコ笑顔の缶詰工場で作っていたこのミートボールは……まさか!』
『今頃気づいたのか、プラネットよ! お前が避難所に必死に配っていたこのニコニコ笑顔のミートボールは人から作られているんだ!』
しかし映像のクオリティは高く、ヒーロー物の映画として見るなら明らかに異常作だが、普通の映画として見ると面白く感じる。
内容は複雑だが、やっている事は明確な悪をヒーローが倒すってわかりやすい物だし、スーツもこうやって映像で見るとなかなかカッコイイ。
『だったらどうしろと言うんだ! 我輩がこの工場を守らねば、従業員を路頭に迷わせる事になったのだぞ!』
『貴様の従業員を守るというその想いはわかる、だが! その方法は正義とはかけはなれた邪悪でしかない! くらえ、プラネットスラーッシュ!』
最初はバカにしてたがめちゃくちゃ面白かった。
お、スタッフロールが流れてもう終わり……って待て!
違うだろ俺のバカ!
何夢中になってんだよ!
映画館に来て普通に楽しんで……それじゃただのデートじゃねぇか!
さっきのホラーなシーンとかで手を繋ぐとか出来たのに、それすら忘れて夢中になってるとか最悪だぞ。
今からでも遅くない、せめて漣さんと手をつなぐとか……。
焦る俺は隣を見た。
流れるスタッフロールに興味がない子供達が帰っていく中で、彼女はさっきまでの不機嫌な表情を見せずに、とても真剣に画面を見ている。
姉さんと手を繋ぐ為にも、俺から動いて手を繋ぎに行かなければいけない。
だけど……まだ映画は終わってない。
俺が手に触れれば、彼女は意識を俺に向けるだろう。
それははたして、映画を楽しむ恋人にする普通の事なんだろうか。
いやいや、この人は姉さんに愛を証明する為の言うなれば駒でしかない。
ここで使わないなら意味がないだろう。
手を握るだけだ、それぐらい姉さんと何度もやってきた事だ。
やってみせろ、俺ッ!
『マスクドライバープラネットの次の敵は……別の惑星からやってきたプラネット!? 次作をお楽しみに!』
そんな事を考えているうちに、完全に照明は薄暗く、恋人同士が手を繋いでいてもおかしくない雰囲気を作り出していたベールも消えていく。
だがそこには落ち込む俺とは真逆な彼女が、空から降り注ぐ人工の光よりも輝く笑顔の漣さんがいた。
「はぁ……面白かったですね、湊君!」
「そう……だね」
「湊君? ど、どうしましたか?」
やばい、顔に出てたか?
大丈夫、本質的な事はバレちゃいない。
姉さんの事で落ち込んでいるなんて絶対バレてはいけないが、まだ姉さんの話はなにもしていないし、バレる訳がない。
「湊君?」
輝く笑顔が徐々に変わっていく。
もしかしたら心配してくれているのかもしれないが……いやきっと、確実にそうなのだろう。
ならなんて答えるのが正解だ?
俺は今、落ち込んでいる所を見られたんだぞ。
不自然じゃなくて、それでいて納得してもらえる話を考えろ!
『アンタって本当にわかりやすいわよね、お姉ちゃんの手をチラチラ見て、フフッ』
『す、好きな人と手を繋ぎたいってのは当たり前だろうが!』
『ごめんごめん、バカにして笑った訳じゃなくてさ、子犬みたいで可愛いなって思っただけよ』
小手先の嘘をついても、それが嘘だってバレるかもしれない。
なら、ここは正直にいくべき……というより、それしか思いつかない。
「いや、ただその」
「ただ、どうしましたか?」
「手を繋ごうと思ってたのに、映画が面白くてタイミング見つからなかったなって……思っちまってさ」
言ってしまった。
姉さんから、漣さんはカッコイイ人が好きだと聞いていたのに、ヘタレな一面を見せてしまった。
これしか言い訳が思いつかなかった俺を呪いたい。
漣さんも俺を見て……ほら、驚いてる。
「あ、その、違う! これはだな」
左手に暖かくて、姉さんと同じぐらいの大きさの物があたった。
「私も手を繋ぎたいと思っていましたが……まさかここまで面白いとは思ってませんでした」
「そ、そうだな、面白かった」
「お互いに手を繋ぐ事を意識しつつ、ヒーローに夢中になってそれを忘れてるなんて、私達ってもしかしたら似ているのかもしれませんね」
少しだけ顔を赤らめた漣さんが手を握ってくれた。
姉さんよりも暖かくて、柔らかなソレを俺は求めていたんだ。
これで姉さんに報告できるぞ、ありがとう、漣さん!
「ありがとな、漣さん」
「こちらこそ、ありがとうございます!」
ありがとう?
いやいや、俺のありがとうは意味が分かるが、そっちのありがとうは何に対するお礼なんだろうか?
手を繋ぐ事を拒否しなかったから?
それとも、もっと別の……?
「子供向けの映画に付き合ってくれて、それでいて最後まで夢中になって見てくれて……ありがとうございます!」
「普通に面白かったからな、そんなお礼を言われるような事じゃないって」
「映画に行くのは流石にヤバイと、妹はヒかれるからやめておけと言ってましたが、湊君の前なら自分を作らなくてもいいって、理解してくれる人だと思えたんです」
違う、俺はそんな人間じゃない。
だからそんな笑顔で俺を見ないでくれないか。
さっきまで、俺は君と手を繋いだという実績をひっさげて姉さんに触れられる事を喜んでいたんだぞ。
「湊君が彼氏で、私は幸せです!」
君の嫌うヴィランの俺には、正義の笑顔は眩しすぎるんだ。