姉の命令で作った偽彼女が可愛いが、デート後は姉に上書きされる 作:紫糸ケイト
漣さんとのデートが終わり、ようやく家に帰ってきた。
姉さん以外との初デート……疲れたな、身体は大丈夫だけど心にくる辛さがある。
もしこれが姉さんの言う普通の恋愛かつ普通の幸せなのだとすれば、彼女の"心配"は杞憂と言うべきだと思う。
だって現に、俺は姉さんの事が今も大好きで、愛しているから。
「ただいま」
家にいる時はいつでも姉さんとイチャイチャできる訳じゃない。
親がいなければできるんだけど……。
「あら湊、おかえり」
「母さんか、ただいま」
「心優から聞いたわよ、あんた今日は初デートだったんでしょ? どうだったのよ、教えなさいよ」
「こういう話題って親としたくねぇもんなんだよ! 疲れてるから部屋行く!」
残念な事に家には母さんがいる。
父さんみたいに遠くに働きに行くか、単身赴任なんてさせずに一緒に行ってやればいいのに。
そうすれば父さんも寂しくないだろうし、俺も姉さんと二人きりになれるんだぞ、いいことしかない。
ったく、さっさと二階にあがって……。
「お姉ちゃん離れ出来たみたいで、お母さんは安心してるわよ」
「っせぇ!」
明るい声と、息子を小馬鹿にするような言葉。
だが俺は、ふと振り返った時に母さんが俺を疑いの目で見ていた事を見逃さなかった。
手には菜箸を持ち、料理の途中を思わせる日常から、一気に冷たい現実が襲ってくる。
あれからもう三年だぞ……母さんには隠れてうまくやってきたってのに……まだ疑ってんのかよ。
二階の一番奥の部屋、ここが俺の部屋だ。
元々は隣が姉さんの部屋だったが、昔の事があって以来手前の一番階段に近い場所に彼女の部屋が移動されてしまって、今じゃ隣は物置として使われている。
隣が姉さんなら……はぁ、言っても仕方ない。
「しかし流石だな、姉さん」
姉さんが母さんに俺に彼女ができたと言って、完全に関係性が終わったと勘違いさせようと先手を打っていた。
まぁまだ疑われているけれど、この生活を続けていればいずれ完全に騙せるに違いない。
さてと、それはいいとして……母さんが家にいる状態で姉さんの部屋に行くのはリスクがあるから、会いたいけど……メッセージで我慢だ。
『ただいま、心優』
『おかえり、デート楽しかった?』
楽しくはあった、でもこれは伝えていいんだろうか……。
いや、それが今回の目的なのだから……うん。
『心優と一緒にいる時の方が楽しかったけど、そこそこ楽しかったよ』
嘘は書いてない。
漣さんは素敵な人だし一緒にいて楽しかったけれど、姉さんと一緒にいる時程じゃなかった。
ってか既読ついてから返信来るの遅いな……。
『ふーん、楽しかったんだ』
『心優?』
『べつに、楽しかったんだなーって思っただけ』
『心優といる時の方が楽しかったよ』
『でも、あの子といる時も楽しかったんでしょ?』
俺はちゃんと報告しただけで、悪い事をした訳じゃない。
だけど、姉さんが不機嫌になる理由は理解できる。
どんな理由があれど、俺が姉さんの立場なら他の異性と楽しく過ごしていたなんて言われたら頭では理解していても不機嫌になるだろう。
でも……。
『既読ついてからもう一分経ってるのに、無視?』
『へー、アタシの事好きとか言ってたけど、その程度だったんだね』
『なんとか言ってみなさいよ』
このめんどくさ可愛い姉さんが見られるなら……悪くないかも。
やばいどうしよう。
多分、今めちゃくちゃにやけてる。
画面の向こうで、少し離れた部屋でむすーっとしながらスマホを見つめる姉さんを考えるだけで嬉しくなってくる。
『心優が一番だから、安心して』
『深夜二時に部屋に来て、詳しく聞くから』
ま、こんな姿を姉さんに見られたら何言われるかわからないし、そもそも彼女が提案したこの課題に反するリアクションになってしまってるんだ。
姉さんが知りたいのは、"俺が姉さんを諦めずにいられるかどうか"であって、彼女のリアクションで楽しむなんて事は……ふふっ。
いや、これは俺だけの特別なご褒美だ。
こんな事に巻き込んで、俺の愛を試そうとした姉さんへの罰だ。
『わかってる、また行くから』
『あとお母さんには先手うってあるから、適当に話を合わせときなさい』
『まかせろ』
『いっつも威勢だけはいいんだけどねぇ』
ああ、姉さん可愛い。
この気持ちが変わる事なんてないのに……姉さんも心配性なんだな。
ベッドでスマホに保存した姉さんの写真を集めたファイルを眺めて、多分さっきはこの写真を撮った時のようにむすーっとした表情をしていたのかなとか考えているうちに一階から母さんが俺達を呼ぶ声がした。
「湊ー! 早く来ないと冷めるわよー?」
「着替えてんだよ!」
「ならさっさと着替えてから来なさい!」
さてと……部屋着に着替えて行くとするか。
昔はシャツにパンツでリビングに行っても何も言われなかったが、母さんは俺と姉さんが下着姿で会う事を良く思っていない。
きっと、キス以上の事をするかもしれないとか考えているんだろうけど、そんな事ができるならもうやってるっての!
……まぁ、姉さんを前にそんな勇気があれば、だけど。
一階に降りてテーブルに並べられた料理を食べつつ、つまらないテレビを見ていると母さんが俺を見ている事に気付いた。
長い髪を後ろで一つにまとめて、エプロン姿のまま俺の対面に座って同じ料理を食べているが……なんだ、食べづらいから言いたい事があるなら言え。
「何?」
「彼女ってどんな子なの?」
「だーかーらー、母さんには関係ねぇだろって」
「だってぇ、お母さんって生き物は息子の彼女が気になる生き物なんだもん」
うぜえ……世の中の母親はみんなこんな感じなんだろうか。
せっかく旨い飯がマズくなるからやめて欲しい。
「ねーねー、どんな女の子なのか教えてよー」
「ハァ……真面目で勉強もできるけど、ヒーローとヒーロー映画が大好きな人だよ」
「あら、ずいぶんと変わった趣味なのね、男の子みたい」
ヒーローが好きイコール男の子みたいって、いつの時代の話をしてるんだよ。
漣さんの肩を持つ訳じゃないけど、海外産のヒーロー映画なんて男女問わず大人気だし、今日見てきた映画も男しか楽しめない内容って訳でもない。
ったく、これだから……わかってないな。
「価値観を昭和に置いてきてんのかよ」
「あれでしょ……ごほん、ライダーキーック! みたいなの!」
箸で遊ぶなよ、仮にも息子の前で行儀悪く食べる親がどこに……ここにいるわ。
「そっかそっかー、ついに湊にも彼女がねー」
「あのな、だからその話はもういいだろ」
「ならもう、お姉ちゃんは諦められたんだ」
…………言葉を途切れさせるな、なんでもいい、否定する言葉をぶつけてやらないと。
「諦めるも何も、元々好きじゃない」
母さんの目はいつも通り、柔らかで優しい目をしている。
だがそこには、俺でも分かる程の疑惑や疑いの意味が込められた暗い光が宿っているような、そんな考えが過る程"柔らかでキツイ"目をしていた。
「なら、いいんだけどね」
頬杖をついて、俺を見る母さんは笑顔を崩さない。
やっぱり俺はこの人が苦手だ。
無言の時間が続き、カチャカチャと食器と箸が触れる音と、カチカチと時計の動く音、そしてテレビの広告だけがこの空間を支配している。
少しでも俺が回答や返答を間違えたら、この無は破壊され俺の断罪の場に空気が一変するだろう。
「あらやだ、また卵が値上げするんですって!」
母さんは何事もなかったかのように、値上げのニュースを見てから冷蔵庫に向かっていって……ああ。
やっぱり、この人が苦手だ。