​姉の命令で作った偽彼女が可愛いが、デート後は姉に上書きされる   作:紫糸ケイト

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彼女の笑顔と一瞬の闇

 

 

 

 足音がしないように室内用のスリッパをぬぎ、万が一母さんに見つかったとしても言い訳ができるように寝間着を着て準備をする。

そして月が完全に登りきって、車の通る音が少なくなった。

それこそが、唯一姉さんと触れ合える時間が来たという合図であり、俺達の秘密の夜の始まりだ。

 

 学校じゃ仲の良い姉弟を演じないといけない。

それはそれで楽しいけれど、一人の男として姉さんと向き合えないのは辛い物がある。

 

 街中でもそれは継続しないといけない。

店の中ならともかく、外じゃ誰が見ているか分からないし、この噂が早い都会とも田舎とも言えない場所じゃ誰が見ているかわからないから。

 

 そして家の中じゃ、母さんがいる。

それでも俺と姉さんは会う時間を大切にしてきた。

たとえ睡眠時間が削れたとしても、少ししか直接会って本音で語り合えないとしても、この時間は何よりも大切なんだ。

 

 廊下をいつも通り静かに進み、姉さんの部屋の扉を開ける。

そこは寝ている前提で電気すら付けられない部屋だけど、カーテンを開けて月明かりを身に纏う……俺の、俺だけの女神が待っていた。

 

「来たよ、心優」

 

「待ってたよ、湊」

 

 白色の寝間着の姉さんは、神秘的な美しさを放っている。

今すぐその艶のある髪に触りたい、抱き締めたい。

いつも通り姉さんに近づいて抱き締めようとしたけれど、姉さんは俺に向かってバツを作って拒否し、彼女が腰かけるベットの隣に座るように促した。

 

「それじゃあ、初日のデートの様子を聞かせて」

 

 これから始まる漣さんとのデートの報告会は、姉弟ルールの中でもっとも意味のある物だろう。

ここでの決まりは一つだけ、事実を事実のまま話す事だ。

 

「心優が帰ってから、少し雑談をして、映画を見に行く事になったんだ」

 

「初デートに映画ねぇ、ずいぶんとベタじゃない?」

 

「確かに、言われたらそうかもな」

 

 姉さんはスマホの画面を消して、俺を見ながら話を聞いてくれる。

俺がちゃんとデートをしたのか、何をしたのか、事細かに全てを聞かれて、全てを話す。

 

「漣さんの好きなヒーロー映画を見に行ったんだけど、隣にいるのが心優ならもっと楽しかったと思うよ」

 

「そういうのはいらないから、それからどうしたの?」

 

 俺が心から思う事も今は必要とされていない。

言いたくない事だって。

 

「心優といたら絶対に見ないような映画で、結構面白くてさ……」

 

「ふーん、アタシじゃない女といたのに、楽しめたんだ」

 

「映画の話だっての、誰と見てもそれは変わらないだろ」

 

 姉さんが嫉妬するだろう事実さえも、隠す事は許されない。

ここで嘘をつくって事は、嘘をつく程の事があったって事を意味するし、姉さんを騙す事になる。

俺が姉さんへの愛を証明するこの課題に対する重大な違反行為であり、彼女がそれに気付いて、姉弟ルールにのっとって私も彼氏を作るとか言い始めるかもしれない。

そんな事になったらもう……いや、考えたくない。

俺に対する姉さんの愛なんて試さなくていい、気持ちは理解してる。

たとえ仮の彼氏だとしても、それは許せない。

 

「それで、映画が普通に面白くて手ぐらいは繋ごうとしたんだけど忘れてて……気が付いたらエンドロールだったんだよ」

 

「ププッ、ヘタレ」 

 

「でもその後で漣さんから手を握ってくれて、映画館を出るまでは手を繋いでたんだよ」

 

 手を繋ぐのを忘れていたと言った時の姉さんはとてもいたずらっぽくニヤニヤと笑っていて、機嫌が良さそうだったけれど、最終的には手を繋いだと報告した途端に笑顔は悲しそうな顔に変わっていった。

可愛いけれど、心が痛む。

本当に好きな人の前でこんな報告をするのは……スマホの画面越しなら嫉妬してくれて可愛いと思えるけれど、こうリアクションが見えていると……。

 

「そっか、彩華ちゃんは本気でアンタに惚れてるんだね」

 

「……わかんね」

 

「惚れてるよ、好きでもない人にそんな事しないっての」

 

 やっぱり、辛いな。

 

 それから俺は全てを話した。

姉さんはスマホの通知音すら無視して、俺がキスしようとして出来なかった話を喜んだり、漣さんから大切にしてくれてありがとうと言われたと伝えると、「本当はリビングで私にキスするケダモノのくせに」と言いながらニヤニヤしたりしていた。

 

「あれは笑い事じゃねぇだろうが、今も俺は……母さんが怖いんだぞ」

 

「そりゃアタシもあの時は怖かったよ? でもさ、あれはアタシ達が悪いじゃん?」

 

「そりゃあ、姉弟でキスするのは悪い事かもしれねぇけどさ」

 

 姉さんは俺の唇に人差し指を当ててから、その指を自分の唇に当てて、ウインクをして笑っている。

 

「あんなにバレやすい所でキスをしたアタシ達が悪いのよ、次があるならもっとうまくやらないとねー、また一人暮らししろとか言われかねないもん」

 

「そう……だな」

 

 もちろん俺だって姉さんとキスがしたい。

もっと恋人らしい事をして、他の男を寄せ付けないようにしたい。

いつか……俺が漣さんとキスをしたら、姉さんは俺と……。

 

「さてと、アンタが彩華ちゃんにしたのは……手を繋ぐ事だけで間違いない?」

 

「あ、ああそうだよ」

 

「右手? 左手?」

 

「左手だけど……どうしてそんな細かな事を……あっ!」

 

「そう、姉弟ルールよ、彼女とした事はアタシにお願いできるけど……どうする?」

 

 まさか握った手まで細かく聞かれるとは思わなかったけれど、それはどうでもいい。

次も細かく覚えておけばいいだけの話でしかない。

とりあえず、これで姉さんに触れられる。

 

「お願いしてもいいかな」

 

「アタシで上書きして欲しいの?」

 

「その為に漣さんと手を繋いだんだから、もちろんだよ」

 

「そっか、ウフフ」

 

 俺の左手が姉さんの手に包まれる。

冷たくて、小さくて、柔らかで、俺の大好きな手だ。

同じ女性だが漣さんとはまるで違う、心が通じ合っているような気持ちになるし、彼女といた時のような緊張や焦りは感じない。

ただただ、幸せになれるんだ。

 

「そんなんじゃいつまで経っても、お姉ちゃんを振る事なんてできないぞー?」

 

「そんな事考えた事ねぇよ、俺には心優しかいない」

 

「……うん、ありがと」

 

 いつも通りの可愛い笑顔を見せてくれるのはありがたいけれど、一瞬だけ、確実に姉さんは悲しそうな、何か言いたい事があるような表情になっていた。

だけどそれを聞くには、時間が足りなさすぎる。

 

「時間よ、今日はここまでね」

 

 姉さんの手が俺から離れていく。

時計は二時半を指していて、この夜の楽しみが終わりを迎えたのだと俺に伝えてくる。

どうして授業の三十分はあんなにも退屈で、流れる時間が遅く感じるのに、楽しくて幸せな時間はこんなにも簡単に流れていくのだろうか。

 

「……もう少し、ダメか?」

 

「ダーメ、前みたいにアンタが寝ちゃうかもしれないじゃん」

 

 うぅ……それを言われると弱い。

だがアレは姉さんのベッドで寝てみたかった欲望に負けた弱い俺が原因だ、今の強い俺なら大丈夫!

 

「大丈夫だよ、今夜は眠らない」

 

「それって、アタシをどうするの? どんな事をされちゃうのかしら」

 

 どうするって?

いや、だから眠らないだけ……あ!

違う、そ、そういうんじゃないんだ!

 

「ち、違うから! 何もしないから!」

 

「へー、アタシにはそんな魅力はないって事?」

 

 どう答えるのが正解だったのかはわからない。

だが少なくとも、俺を見ながらクスクスと笑っている彼女の楽しそうな顔を見る限り何を答えても笑われるのだろう。

からかわれたけれど、姉さんのその笑顔が見られたなら、これも悪くない。

 

「それじゃ、また明日ね」

 

「わかったよ……おやすみ、心優」

 

「うん、湊もおやすみ」

 

 俺は心優を愛している。

それはずっと、変わらない。

近くて遠い手を振る姉さんと別れて……さてと、すぐに部屋に戻って寝ないと明日の学校でまた寝てしまう。

……夢でも姉さんに会えるといいな。

 

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