姉の命令で作った偽彼女が可愛いが、デート後は姉に上書きされる 作:紫糸ケイト
憂鬱な平日の朝がやってきた。
目覚ましよりも早く起きる事が出来た事なんてないけれど、朝は必ずと言っていい程アラームは止められている。
無意識の俺が勝手に止めているんだろうが、そのせいでスマホには八時と表示されていて……おのれ、朝に激弱な自分が許せない。
つーかやばいって、遅刻になるって!
さっさと着替えて……でも寝癖も直さないといけないし身支度も……。
「母さんは……もう仕事行ったか」
一階に降りて、リビングに置いてあったパンを朝食代わりに手に取り、それを食べながら鏡の前で髪をととのえて寝癖を直す。
「寝癖ついたまま学校に行けば姉さんにだらしない男だと思われるかもしれねぇから……」
いや、朝起きられない時点でダメな男だと思われてるか?
中学時代は姉さんが部屋まで来て起こしてくれて、起こそうとする彼女の手を掴んで俺のベッドに引き込んで、布団の中でおはようのキスをしたり……楽しく起きる事ができていたのに……。
『遅刻カウントダウンが始まってるよ、ねぼすけ』
スマホから通知音がして、無機質なロック画面を覗くと姉さんからのメッセージが表示されていた。
スマホのロックを解除して、壁紙にしている最高に可愛い寝間着姿のまま笑顔の姉さんを少し眺め、教科書が入ったカバンを持ちながら靴を履く。
あとメッセージも返しておこう。
同じクラスだから登校すれば会えるけれど、少しでも好きな女性と繋がっていたいってのは……男ならわかるだろう?
『一緒に登校できたらこんな事にはなってないって』
『そりゃ起こせるなら起こしたいけど、お母さんが見てる前でアンタの部屋に入るなんてできないんだから仕方ないでしょ、そろそろ一人で起きるのに慣れなさい』
『なら母さんが仕事に行った後で起こしてくれよ!』
『そんな事したらアタシまで寝坊するでしょうが! そこは一人立ちしなさいよね!』
すごいな、あまりにも正論、ド正論だ。
言い返そうにも言葉がないって……あれ、漣さんからもメッセージ来てるじゃん。
『おはようございます、昨日はありがとうございました』
『それと、昨日の暴走は忘れて下さい』
『妹にデートの事を根掘り葉掘り聞かれて話していたのですが、何故か正座させられて怒られたので……とりあえず、学校で待ってますね』
漣さんの妹……か。
会った事ないけれど、どんな人なんだろうか。
彼女から来たメッセージを読む限り、姉よりも気が強そうな感じがする。
とにかくメッセージ返しておかないと、姉さんにうまくメッセージでもやりとりしてるかどうかを確認された時に言い訳が出来ない!
『おはよ、今急いで学校向かってるからまた後で!』
しかし!
今の俺には余裕がない!
あと十分で遅刻が確定するこの状況で、ゆっくりとメッセージを返しつつ早歩きなんて無理!
走ればギリギリ……よし、行ける。
遅刻なんてカッコ悪い所を姉さんに見せてたまるかっての!
「ねぼすけ愚弟は先生に怒られるのが趣味なの?」
「ま、まあまあ、心優ちゃんもそこまで言わなくてもいいと思いますが……湊君って、やっぱり朝はダメなんですか?」
「苦手なんてもんじゃないわ、愚弟は昔から朝に絶対勝てないのよ」
「あはは……でもほら、そういう体質かもしれませんね」
結論から言おう。
走っても普通に間に合わなかった。
目の前で閉まる校門を目撃し、ギリギリ滑り込むとかそんなレベルじゃない。
着いた時には閉まりきっていたし、先生に平謝りして朝から説教されて……やっと生徒指導室から解放されて教室に戻り、クラスメイトに笑われながら自席に戻って来たところで姉さんと漣さんがやってきた。
「いやいや彩華ちゃんはコイツに甘過ぎ! ちゃんと目覚ましを何個も用意するとか出来るはずなのにそれをしないのはコイツが甘えてるだけよ!」
「でもぉ……その……か、彼女として湊君の味方をしないと」
「恋人だからって甘やかしてたらコイツはいつまでもこのままなのよ? 彩華ちゃんもこのままの湊は嫌なんじゃないの?」
「このまま……えへへ、このままの関係が続くなら……」
「彩華ちゃんって……もしかしてダメ男が好きなタイプ?」
姉さんは呆れ、漣さんは俺を見て下を向いてを繰り返して……多分、姉さんよりも付き合いが短いから呆れようにもどう表現すればいいのかわからないのだろう。
だって他のクラスメイトからの視線みたいな冷たさや嘲笑を感じないけれど、今まで見た事のない表情をしている。
「そんなんじゃダメよ! 変な男に引っ掛かって利用されて……ああ、だからうちの愚弟の事好きになったし、コイツも彩華ちゃんが好きなのね」
「ダメだから好きとかじゃないですよぉ! 湊君のいい所はそれだけじゃありませんから、総合的に好きというか……」
「彩華ちゃん……少なくともダメな所はいい所じゃないからね」
姉さんは言うまでもないが、漣さんも美少女に分類されるぐらいには可愛いと思う。
このクラスの一番と二番が俺の事で盛り上がっているのが気にくわないのか、男からは軽く睨まれてる。
んでもって、女子は……何故だろうか、俺じゃなくて漣さんを見ていた。
「とりあえずさ、俺がダメ男って前提で話すのやめてほしいんだけど」
「アンタが寝坊したからこの話をしてんでしょうが!」
そう言いながら、姉さんの両手が俺の頬を掴んだ。
まるで他の女子を見るなって嫉妬してくれているみたいに、視線の先が姉さんだけになるように固定されている。
綺麗な瞳は宝石みたいで……双子なのにどうしてこんなにも違うんだろうか。
少なくとも鏡を見ても俺にはそれがない。
「ちゃんと聞いてんの?」
「聞いてるっての」
聞いてないわけがないだろ。
俺だけの心優の声を他の男に聞かせるのも嫌なんだから、ちゃんと聞いてるっての。
「その顔、反省してないわね」
「してるって、悪かったよ」
「なら明日からどうすんのよ、どうやって寝坊しないようにするの?」
「ちゃんと目覚ましを多めに付けるっての! とにかく離せよな」
姉さんの手を包み込むように掴んで、体温を重ね合わせてみると、当たり前だが姉さんと繋がっている感覚がする。
さらにこれで他の男にこの人は俺の物だと証明して……あ、姉さんからいい匂いする。
同じシャンプーにボディーソープを使っているはずなのに……はぁ、姉さんの匂いだ。
「今日も目覚まし鳴ってる中寝てたのは誰かしら」
「うっせぇ」
「あわわ……ふ、二人とも落ち着いて下さい!」
漣さん、今は邪魔をしないでほしい。
姉さんは力をまったくいれていないし、俺も無理矢理手を引き剥がそうとはしていない。
優しく頬を撫でる彼女の手をにぎっていたい、この至福の時間を終わらせたくないんだ!
「わ、わかりました……あの、私が起こしに行きますから!」
「……へ?」
「……え?」
姉さんと似たような言葉が出たぞ。
え、漣さん今……え、起こしにくるって言った?
「いやいや流石にそこまでさせるのは悪いって……気持ちだけでいいよ、な、姉さ……」
「……いいんじゃない? 彩華ちゃんは彼女、恋人なんだから彼氏を起こしに来る権利はあるでしょ?」
まただ。
また、姉さんは他の人にはわからない程度に、だが確実に一瞬辛そうな顔をしていた。
昨日もあの表情を見せていたが……いったい何だろう。
「まぁでもアレよね、そこまでいったらもう彼女って言うより通い妻みたいよね」
「つ、つつつ妻ですか!?」
「未来の私の妹にも……うりゃーっ!」
「ぴゃっ! 手が冷たいです!」
俺の頬から彼女の手が離れていった。
そして、今度は漣さんを……クソッ、姉さんを取られた!
いや落ち着け落ち着け、俺から姉さんを奪ったのはかなりの問題だがそれは一度おいておこう。
「湊が嫌になったらいつでもアタシに乗り換えていいからね、彩華ちゃんみたいな女の子なら大歓迎よ」
今一番の問題は、ニヤニヤとしながら漣さんに抱きつく姉さんの表情だろう。
真っ赤になってあたふたしている漣さんも面白いけれど……姉さんは一体、何を考えているのだろうか。