姉の命令で作った偽彼女が可愛いが、デート後は姉に上書きされる 作:紫糸ケイト
高校の放課後と言えば青春の代名詞、部活動の時間になるのが一般的かもしれないが……俺は部活に入っていない。
正確には入っている余裕が無いというか、こんな事をしている暇があるのなら勉強をしていたいんだ。
いい大学に入って、稼げる職業について、姉さんを養える男になる為の努力だと思えば勉強はまったく苦にならない。
むしろ……。
「ねぇ、それ式ちがくない?」
「え、マジ?」
「だって……あ、あってるか」
「勉強が足りてねぇな、姉さん」
「うっさいわね、妖怪彼女に助けられてニヤニヤ男、略してニヤニヤ男」
人のほとんど来ない図書室の端は、姉さんと俺だけの特等席だ。
流石に誰かが来る可能性があるから隣に座ってイチャイチャは出来ないけれど、姉さんを独占できるこの時間は大好きだ。
「授業に意味なんてないから聞いてなかっただけだっての、あとニヤニヤとかしてない」
「本当かなぁ? 実は彩華ちゃん可愛いなーとか思ってたんじゃないの?」
「可愛いとは思ってるよ、でも……」
ノートの端に、他の人に聞かれたくない言葉を書いてから姉さんに見せる。
『一番は心優だから』
「ふふっ、アンタって本当にバカよね、はいバカの戯言消しまーす」
端に書いた言葉は姉さんのシャーペンによって塗りつぶされていく。
だが、その端に小さく。
『アタシも』
そう書いてから、それをトントンと飛び出た芯で指して、俺が確認したのを見てからそれも消していく。
姉さんのその笑顔は漣さんのそれとはまったく違う。
もっと綺麗で、可愛くて、美しい。
比べるなんて最低な事だとわかっているけれど、やはり俺にとって姉さんは本当に特別であり、大切な人だと確信できる。
「そろそろお姉ちゃん離れすればいいのに、そんなんじゃ彼女に嫌われちゃうかもよ」
「十分姉離れしてるっての、漣さんにも愛想つかされないようにしてるし……可愛いけど人気ないっていうか、他に漣さんを狙ってる人もいないし、大丈夫だよ」
「あ、そういえばさ」
姉さんがペラリとテキストをめくりつつ。
「彩華ちゃんって人気あるの知ってる?」
「いや……え、マジ?」
「隠れファンっていうか……ほら、あの子ってアタシみたいに誰にでも好かれるタイプじゃないけどさ、一部からめちゃくちゃ人気あるらしいよ」
……マジか。
そんな重要な事をさらりと言わないで欲しいもんだが……まぁ、大丈夫だよな?
うん……多分、大丈夫。
だって俺は漣さんと今のところうまくやってるはずだし!
「彼氏君は彼女さんを守れるのかなー?」
「はっ、言ってろ」
姉弟ルールに俺と漣さんが破局した時には、俺の愛を確かめる物から姉さんの愛を確かめる物に変わると決められている以上、絶対に破局してはいけない。
少しの焦りと、何故か少しだけ安心感が芽生えている。
やっぱり漣さんは可愛いし、人気があるんだって、あのバカの見る目がなさすぎるだけだなって、正当な評価にホッとする自分が嫌になる。
「……なにしてんの、キモ」
その小さな安心感を消す為に、否定するために頭を抱えたり振ったりしていたけれど、それを目の前の姉さんに見られてシンプルな罵倒を受けた。
「なんでもない」
「だったらなおさらキモいっての」
「漣さんが……かぁ」
「ああそういう……んー、心配ならまた勉強教えてあげたら? そこで近づいて他の男から守ってあげなよ」
「俺が今姉さんにしてるみたいにか?」
「そんな事考えながら勉強してる奴に負けるアタシってどんだけ頭悪いのよ……」
しかし悪くない提案かもしれない。
姉さんの紹介で漣さんと知り合って、そこから距離を縮める為に使ったのが勉強会だったから、誘う事自体に何の不信感もなければ違和感もないだろう。
よし、明日にでも声かけて……いや遅いな、今日の部活終わりの漣さんに直接言いにいこう。
「後で映画研究会の所行ってくるよ」
「心配なんだ、可愛い所あるじゃん」
「そんなんじゃねぇ、ただ漣さんと勉強する方が姉さんと勉強するより学びがあるだけだ」
「はいはい、そういう事にしといたげるから……気になるなら今すぐ行きなさい」
気にならない訳じゃない、もしかしたら俺が知らないだけで映画研究会で漣さんに近づく男がいるかもしれない。
けれど……。
「この時間を捨てて、行くわけないだろ」
「バカね、本っ当に……バカな弟を持って辛いったらありゃしない」
あの人は彼女だが、本当の意味では"恋人"じゃない。
可愛いと思ってる、魅力的なのもわかっているし、焦りが完全に無いと言えば嘘になるだろう。
けれど、愛する人と過ごす時間を削ってまで会いに行くべきじゃないし、したくない。
なにより、目の前の姉さんが……。
「アタシに勉強を教えるなんて家でもできる事じゃない、少しはお姉ちゃん離れしないと愛想つかされるかもしれないかんね」
そんなに綺麗に、大好きな笑顔を見せる姉さんを置いて他の女性の所に行くなんて、俺にはできない。
血が繋がっていなければ、もし、考えても仕方のない事だが目の前の女性が義理の姉ならどれだけ良かっただろうか。
こんな隠れて愛を伝えたり、人の目に怯えたりしなくていいのに。
「行ってほしくないくせに」
「ふふっ、さぁどうだろうね」
この人は誰にも渡したくない。
この笑顔は、俺だけの物なんだ。
姉さん……大好きだよ。
やばい、めちゃくちゃいい雰囲気なんじゃないか?
意識したらドキドキしてきたし、ど、どうしよう。
調子に乗って普段言わないような事言っちゃったし……。
「姉さん、その」
「ちょっとまちなさい、ねえ、あの子って……」
俺が恥ずかしいセリフを吐いてオロオロしていると、姉さんの表情が俺だけに見せる特別な笑顔から毛色が違う物になり、視線が図書室の入り口をとらえている。
誰か……図書委員が見回りにでも来たのか?
同じ方向を見てみると、いつも通り、そして予想通りの図書委員がそこにいた。
「あれって、図書委員の子じゃん」
「そうだけど……あれ、アンタ知らないの?」
「知らない? いや中等部の子の名前までは覚えてないっての」
制服の色からわかるのはあの子が中等部って事ぐらいだし、興味がなくて名前を知ろうとした事もない。
そんな子を何故姉さんは見てたんだ?
「あ……バレちゃいましたか」
なんて言えばいいのか、前から思っていたがボーイッシュな子だな。
短い髪はいいとして、スカートじゃなくてズボンを履いているし、バレたと言いながら右手で後頭部をかくなんて男の所作そのものじゃないのか?
いやまぁ顔と声で確実に女だってのは分かるんだけど……。
「委員会活動お疲れ様、まどかちゃん」
「さっきまで寝てたんで疲れてないっすよ、お姉さん」
まどか……あれ、どっかで聞いた事があるような気がする。
だけどそれを何処で聞いたか覚えていない。
まどか……うーん。
「隠れて何してたのさ」
「えっと、実は自己紹介とお礼を言おうとしてたんすけど、二人が真面目に勉強してたんでなかなか話しかけられなくて、あはは」
「ならアタシから紹介するわね、湊、この子はまどかちゃん、アンタの彼女の漣彩華ちゃんの妹よ」
さ、漣さんの妹だと!?
え、ちょっと待て、え!?
言っちゃ悪いが似ていない、あまりにも違いすぎる。
ほぼ、いや確実に他人だろ。
「どうも、湊センパイ、いつも姉がお世話になってるっす!」
「ほ、本当に姉妹か? え、いやあまりに……あ、ごめん悪口じゃないんだが……」
「いやいやいいっすよ、それよく言われるんで慣れっこですし」
軽快に笑って……ずいぶんとカラッとした子だな。
漣さんとは何もかもが真逆な妹さんか。
「その、実は湊センパイに一つお願いがありまして……」
「えーっと、俺にか?」