前話読んでない人は気を付けてください。
それでは良いお年を
「分かりました。引き受けます」
藤丸は一拍置いてから口を開いた。
「……模擬戦って、どんな形で?」
十文字会頭は即答する。
「先程と同じだ。——こちらは俺が相手をする」
「十文字くんが!?」
七草会長が思わず声を上げた。
「俺が提案した。俺がやるべきだろう」
渡辺先輩が短く釘を刺す。
「やり過ぎるな。双方ともだ」
「分かっている」
十文字会頭が頷く。
藤丸は苦笑して、肩をすくめた。
「……分かりました。やります。ですが、一ついいですか」
「どうした」
十文字会頭が目を細める。
「“開始前の魔法発動は禁止”ってルールがありますよね」
藤丸は言葉を選びながら、ダ・ヴィンチとの会話を思い出す。
『英霊召喚は、現代魔法から見たら異物だ。この時代は神秘が薄い。召喚そのものが難しいのに、人を呼ぶなんて確実に騒ぎになる。
それにサーヴァントは、現代の計測器じゃ観測できない。霊体化の解除を見られたら、透明人間だの何だのって大騒ぎさ』
『要は、人前で使わなければいいんでしょ?』
藤丸が「分かってる」と言わんばかりに返すと、
『ああ、そうだとも。でも君は、誰かのピンチだとか騒ぎに必ず首を突っ込むだろう?』
『えっと……』
藤丸は言葉を詰まらせた。しない、なんて断言できなかったからだ。
『まあ、それが君の美点でもある。そこで考えたのは——“魔法を使う”ことだ』
『魔法を使う?』
『ああ。サーヴァントは霊体化を解除した時、現代の計測器じゃ観測できないって言っただろう? なら、あえて“観測できる形”を作る』
『?』
『つまり、偽装魔法を先に展開して“魔法を発動させた事実”を作っておく。
そうすれば「認識できない変な現象」から、「観測できる召喚魔法」になるんだ。まあ、それでもバレたら面倒だけどね。
——ということで藤丸くん、この魔法を覚えてもらうよ』
藤丸は小さく瞬きをして、目の前の十文字会頭へ視線を戻して言った。
「俺の古式魔法は……発動というより、待機状態に近いんです」
十文字会頭は数秒考えて、頷く。
「ふむ。なるほど」
それから淡々と言った。
「では、俺が障壁を張る。それに“攻撃”をしてみせろ。外へは漏らさない」
「それなら、問題ありません」
七草会長が半分呆れたように笑う。
「決まりね……。藤丸くん、ほんとに大丈夫?」
藤丸は短く、はっきり言った。
「大丈夫です。……でも、やるならちゃんとやります」
「先輩なら問題ありません」
マシュが自信満々に言う。
その言葉に藤丸は苦笑して、視線を落とした。
「……ありがと」
そして、胸の奥で短く念じる。
(メリュジーヌ。起きてる?)
(うん、話は聞いてたよ)
(できれば姿を現さずに攻撃してほしいんだけど、できる?)
(僕を誰だと思ってるの? 最強種だよ? 僕のスピード舐めないでよね)
念話でのやり取りの最中、準備を終えた十文字会頭が一歩前へ出た。
「準備はいいか」
「はい」
藤丸は短く頷く。
「では——」
十文字会頭がCADを操作する。
サイオンの流れが、部屋の空気をまっすぐ撫でた。
“何もないはずの場所”に、境界だけが立ち上がる。
見えるというより、そこから先が「違う」と分かる感触。
「障壁はこれだ。外へは漏らさない。遠慮はいらない」
淡々とした声。だが、その言葉には揺るがない確信がある。
その時、市原先輩がぼそりと独り言みたいに口を開いた。
「……十文字家は、障壁の“ファランクス”で有名な一族です。ファランクスそのものではありませんが……それでも、かなり強固な障壁です」
藤丸は一度だけ息を吸って、吐く。
(落ち着け。これは“攻撃するだけ”。戦う必要はない)
それでも、体の奥が勝手に戦闘の手順を思い出そうとする。
“日常”のはずだった。なのに、気づけばこういう場所に立っている。
「じゃあ……」
藤丸は軽く手を上げる。
手首のリストバンド型CADに指を添えた。
見た目は市販の汎用。操作も、周りと同じ仕草でいい。
“偽装用の型”をなぞるだけ。痕跡を、ここに残せばいい。
(メリュジーヌ。やりすぎないでね)
(りょーかい)
返事だけはやけに軽い。
次の瞬間——
空気が、鳴った。
音じゃない。部屋の“密度”が一段だけ変わる。
藤丸の指がリストCADの表面を滑り、わざとらしいほど丁寧に操作をなぞる。
この魔法は偽装用だ。魔法そのものに効果はない。だからこそ、藤丸でも即座に起動できる。
後はメリュジーヌとタイミングを合わせるだけ。だが藤丸は歴戦のマスターだ。サーヴァントと息を合わせるなんて、魔法を使うより簡単だ。
十文字会頭の前——“何もないはずの場所”が、わずかに歪んだ。
「……来い」
十文字会頭が低く言う。構えは崩さない。
だが視線が、見えない一点に固定される。
達也も同じだった。
精霊の眼で“何か”を捉えたように、瞬きが一つ止まる。
——そこだけ、世界の温度が変わった。
霊体の気配が、ほんの一拍、重くなる。
次の瞬間、メリュジーヌが“解けた”。
目に映ったのは、たった一瞬の人影。
白銀の輪郭が、光ではなく「圧」で浮かぶ。
見えたのは、相対している十文字会頭と——達也だけだった。
「……っ」
七草会長が息を呑む。
そして。
刃が走った。
派手な閃光はない。音も最小限。
ただ、境界だけが“二つに割れる”。
見えないはずの障壁が裂けた——その事実だけが、空気に残る。
沈黙。
「…………」
十文字会頭の眉が、ほんのわずかに動く。
達也は目を細めたまま、藤丸の手首——CADの動きと、いま起きた現象のズレを無言で見比べている。
藤丸はふぅと息を吐いて、構えを解いた。
「……当たりました」
背後で、霊体がまた薄くなる気配。
(……これでいい?)
だるそうな声が伝わってくる。
(うん、ありがとう)
藤丸が返すと、気配はふっと軽くなって——消えるように沈んだ。
「待って待って、何!? 今の……!」
七草会長が、会長の顔を忘れたみたいに身を乗り出した。目が丸いまま、藤丸を問い詰めるのを堪えきれない。
「藤丸くん、いま何したの!?
障壁、割れたよね? どうやって!?」
言葉が追いつかない。驚きがそのまま声になって飛び出す。
「えっと……」
藤丸はその圧に押されてしまう。
「七草」
十文字会頭の低い声が落ちた。
七草会長が「え」と振り向く。
十文字会頭は表情を変えないまま、淡々と続ける。
「今は詮索する場じゃない。魔法の内容を根掘り葉掘り聞くのはマナー違反だ」
一言一言が、釘みたいに静かに刺さる。
「……だって、だって今のは——!」
七草会長はまだ食い下がりかける。けれど、十文字会頭の視線が一段冷えて、そこでようやく飲み込んだ。
「……ごめん。私、ちょっと興奮した」
会長らしく言い直そうとして、でも最後まで整えきれない。
十文字会頭はそれ以上責めず、場を締める。
「模擬戦は終了。これ以上は不要だ」
市原先輩と中条先輩が、遅れて息を吐く。
何が起きたか分からない。けれど十文字会頭の障壁が破られた事実に、驚いた顔だ。
七草会長は会長の声に戻す。
「今日はここまで。みんな、戻ろう。手続きと説明は予定通りね」
藤丸は頷いて、リストCADのバンドを指先で整えた。
「さすがです、先輩」
マシュが小声で言う。
「ありがとう、マシュ」
(と言っても、ほとんどメリュジーヌだけどね)
藤丸は心の中で小さく付け足す。
廊下に出ると、さっきまでの張り詰めた空気が嘘みたいに薄まっていた。
けれど背中の奥に、まだ視線の残り香がある。――七草会長の「気になる」が、まだ消えていない。
「先輩、買い出しは……」
「うん、行こうか。お腹減った」
軽く笑って、藤丸は歩き出した。
その背を、達也が見ていたことに藤丸は気づかない。