部活勧誘会二日目
授業が終わり、藤丸は教室で鞄を整えながら、今日どこを回ろうかと思案していた。
昨日は途中から物思いに耽ってしまい、運動部まで回ることができなかった。
「よぉ、立香。部活、決まったか?」
声をかけてきたのはレオだった。いつも通り、軽い調子。
だけど、藤丸にはそれがありがたい。
「まだ。レオは?」
「俺もまだ決まってねぇな。……一緒に回らねぇか?」
「いいね。実は運動部を回ろうと思ってたんだ。そっちでいい?」
「おう、いいぜ。とりあえず体育館行くか」
そう言って、二人は人波の中に紛れた。
⸻
「レオ! パス!」
「おっしゃ! ——オラァ!」
藤丸のパスを受けたレオが、そのままゴールにダンクを叩き込む。
体育館ではバスケ部の体験会が行われていて、今は三対三のミニゲームの最中だった。
「ナイスシュート」
「そっちもナイスパスだったぜ」
レオとハイタッチした、その瞬間。
「君たち、すごいね」
声をかけてきたのは、バスケ部のジャージを着た先輩だった。
「藤丸くんは冷静に周りを見て、的確にパスを繋いでくる。レオくんは、その体格でフィジカルがしっかり出てる。……二人とも、ぜひバスケ部に入ってくれ!」
「えっと……すみません。まだ色々見て回りたいと思っていて」
藤丸が申し訳なさそうに断ると、先輩は笑顔のまま頷いた。頷いた、だけだ。
「そうか。だが、君たち二人が入ってくれれば全国だって狙える! ぜひ検討しておいてくれ!」
笑顔の圧が強い。
二人は視線を合わせて、同時に頷いた。
——そして、逃げるようにその場を離れた。これ以上いると「検討」が「確定」になりそうだったからだ。
⸻
体育館を出たあとも、二人の“体験ツアー”は止まらなかった。
柔道では、受け身が妙に綺麗すぎて先輩が目を丸くした。
バレーでは、レオのジャンプ力に歓声が上がった。
サッカーでは、二人の連携が噛み合いすぎて、なぜか周囲がざわついた。
そして、どこへ行っても最後は同じだ。
「入らない? 今なら間に合うよ!」
「君たち来たら戦力が一気に——!」
「全国、狙えるぞ!」
まるで合言葉みたいに。
勧誘の波をかいくぐって、二人はようやく廊下の端で立ち止まった。
「……なーんか、しっくりこねぇなぁ」
レオがぼやく。
「分かる。楽しいんだけど……なんか違う」
「競い合うのが嫌ってわけじゃねぇんだけどな」
藤丸は言葉を探して、少しだけ視線を落とした。
「俺は、もっと……自分のペースでできる部活がいいのかも」
廊下の先で、次の体験会の呼び込みが響く。
けれど二人の足は、自然とそちらへ向かなかった。
そのとき、廊下の掲示板の片隅に、ひっそりと貼られた一枚の紙が目に入った。
手書きで、飾り気がない。
【山岳部 体験会】
・競争なし/安全第一
・ジャージ、歩きやすい靴でOK
・校舎裏〜○○緑道のミニハイク(約30分)
・ゆっくり歩きましょう
集合:放課後 体育館裏 〇〇前
「……山岳部」
藤丸が呟くと、レオも覗き込んだ。
「山岳部か……」
二人は顔を見合わせた。
さっきまで追い立てられていた心臓が、紙の文字を追うだけで少し落ち着く。
「行ってみる?」
藤丸が言う。
「行ってみようぜ。ダメそうなら、また逃げりゃいい」
レオが肩をすくめ、藤丸は思わず笑った。
⸻
放課後。体育館裏。
集合場所には、先輩が三人と一年生が数人。思ったより少ない。
「山岳部、体験来た人ー」
名簿を持った先輩が、軽く手を挙げた。
その声も、運動部の呼び込みみたいに張り上げない。むしろ少しだるそうだ。
「今日はミニハイク。装備は要らないけど、靴紐だけ確認して。ほどけると転ぶから」
言いながら、先輩は自分の靴紐を結び直して見せた。
たったそれだけのことなのに、藤丸は目を離せなくなる。
(……こういうの、ちゃんと教えてくれるんだ)
ゆるそうに見えて、危ないところはきちんとしている。
藤丸は少しだけ安心した。
先輩は続けた。
「競争しない。前の人を追い越さない。列を乱さない。しんどい人がいたら、ペースを落とす。山は逃げないから、ゆっくり行こう」
「歩き方のコツだけ。登りは歩幅を小さく。呼吸は止めない。しゃべれるくらいの速さが基本だ」
先輩が視線を回す。
「よし、みんな分かったな? キツかったらちゃんと言えよ。……それじゃ、出発!」
⸻
校舎裏を抜けると、空気が変わった。
体育館の熱気が遠ざかり、土と葉の匂いが近づく。
舗装路から、少しだけ柔らかい道へ。
足音が変わる。
人の声が、少しだけ小さくなる。
(なんか、懐かしい空気だな)
藤丸は自然の匂いを吸い込むように、深呼吸した。
列の前に先輩。真ん中に一年生たち。
その後ろに別の先輩がついている。
誰かが遅れたら合わせられる位置。
追い越さないように、列が乱れないように。
登りが始まってしばらくして、息が上がる子が出た。
背の小さい一年生が膝に手をつく。
それを見て、後ろの先輩が声をかけた。
「一回休憩しよう。無理すんな」
道が少し開けたところで、列が止まる。
「すみません、俺のせいで……」
一年生が言うと、先輩は首を振った。
「いいって。舗装路と違って、自然の道は余計に疲れる。気にすんな」
そして先輩は、藤丸とレオに視線を向けた。
「……そっちの二人は平気そうだな。経験あるのか?」
藤丸は少し迷って、言い方を選んだ。
「俺は……林の中を走ったり、サバイバル経験が多かったので。慣れてるだけです」
レオが軽い調子で続ける。
「俺は彷徨癖があるからな。歩くのは得意だぜ」
「お前ら、どんな生活してんだよ」
先輩が呆れたように言って、でも笑った。
「まあいい。自然の中で休憩するのも山岳部の醍醐味だ」
そう言って先輩は水筒を取り出し、持ってきていた紙コップに中身を注いだ。
湯気が立つ。
「ほら」
渡されたコップを覗き込んで、藤丸は目を丸くする。
「……豚汁ですか?」
「おう。外で飲むと美味いぞ」
藤丸は言われるまま、豚汁をゆっくり口に運んだ。
旨みと塩気が舌に広がり、体の内側からじわじわ温まっていく。
旅の途中で、自然の中で鍋を囲んだこともある。
けれど、あのときはいつだってどこかを警戒していた。
ここまで気を抜いて「ただ温かい」と思えたのは、もしかすると初めてかもしれない。
藤丸はそんなことを考えながら、もう一口飲んだ。
全員が豚汁を飲み、息が整った頃合いを見計らって、先輩が声を上げる。
「よし、休憩終わり。足を取られないように気をつけろよ」
列はまた、静かに動き出した。
⸻
集合場所に戻ると、先輩が軽く手を叩いた。
「おつかれ。どうだった?」
「めちゃくちゃ良かったです。自然の中をゆっくり歩いたの、初めてかもしれません」
藤丸が言うと、レオも頷いた。
「俺も良かったな。歩くの好きだし、俺に合ってるって感じた。豚汁も美味かったしな」
先輩は一拍置いて、笑った。
「じゃ、入る?」
藤丸はレオを見た。
レオも藤丸を見る。
ふたりとも、さっきまでみたいに迷っていなかった。
「入ります」
「俺も」
「おーけー。入部届、あとで渡すからな」
それだけ。
大げさな歓迎も、全国だの何だのもない。
なのに藤丸は、胸の奥があたたかい。
「今日はありがとうございました。これからよろしくお願いします」
「俺も、よろしくお願いします」
先輩は笑って手を振った。
「そんな硬くなくていいって。気楽にやろうぜ」
その一言に、藤丸はまた少しだけ笑った。
ここなら、続けられる。そう思えた。
作者は山に登ったことがないインドア派です。