魔法科高校の帰還者   作:テトマト

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第13話

部活勧誘会二日目

 授業が終わり、藤丸は教室で鞄を整えながら、今日どこを回ろうかと思案していた。

 昨日は途中から物思いに耽ってしまい、運動部まで回ることができなかった。

 

「よぉ、立香。部活、決まったか?」

 

 声をかけてきたのはレオだった。いつも通り、軽い調子。

 だけど、藤丸にはそれがありがたい。

 

「まだ。レオは?」

 

「俺もまだ決まってねぇな。……一緒に回らねぇか?」

 

「いいね。実は運動部を回ろうと思ってたんだ。そっちでいい?」

 

「おう、いいぜ。とりあえず体育館行くか」

 

 そう言って、二人は人波の中に紛れた。

 

 

「レオ! パス!」

 

「おっしゃ! ——オラァ!」

 

 藤丸のパスを受けたレオが、そのままゴールにダンクを叩き込む。

 体育館ではバスケ部の体験会が行われていて、今は三対三のミニゲームの最中だった。

 

「ナイスシュート」

 

「そっちもナイスパスだったぜ」

 

 レオとハイタッチした、その瞬間。

 

「君たち、すごいね」

 

 声をかけてきたのは、バスケ部のジャージを着た先輩だった。

 

「藤丸くんは冷静に周りを見て、的確にパスを繋いでくる。レオくんは、その体格でフィジカルがしっかり出てる。……二人とも、ぜひバスケ部に入ってくれ!」

 

「えっと……すみません。まだ色々見て回りたいと思っていて」

 

 藤丸が申し訳なさそうに断ると、先輩は笑顔のまま頷いた。頷いた、だけだ。

 

「そうか。だが、君たち二人が入ってくれれば全国だって狙える! ぜひ検討しておいてくれ!」

 

 笑顔の圧が強い。

 二人は視線を合わせて、同時に頷いた。

 

 ——そして、逃げるようにその場を離れた。これ以上いると「検討」が「確定」になりそうだったからだ。

 

 

 体育館を出たあとも、二人の“体験ツアー”は止まらなかった。

 柔道では、受け身が妙に綺麗すぎて先輩が目を丸くした。

 バレーでは、レオのジャンプ力に歓声が上がった。

 サッカーでは、二人の連携が噛み合いすぎて、なぜか周囲がざわついた。

 

 そして、どこへ行っても最後は同じだ。

 

「入らない? 今なら間に合うよ!」

「君たち来たら戦力が一気に——!」

「全国、狙えるぞ!」

 

 まるで合言葉みたいに。

 

 勧誘の波をかいくぐって、二人はようやく廊下の端で立ち止まった。

 

「……なーんか、しっくりこねぇなぁ」

 

 レオがぼやく。

 

「分かる。楽しいんだけど……なんか違う」

 

「競い合うのが嫌ってわけじゃねぇんだけどな」

 

 藤丸は言葉を探して、少しだけ視線を落とした。

 

「俺は、もっと……自分のペースでできる部活がいいのかも」

 

 廊下の先で、次の体験会の呼び込みが響く。

 けれど二人の足は、自然とそちらへ向かなかった。

 

 そのとき、廊下の掲示板の片隅に、ひっそりと貼られた一枚の紙が目に入った。

 手書きで、飾り気がない。

 

【山岳部 体験会】

・競争なし/安全第一

・ジャージ、歩きやすい靴でOK

・校舎裏〜○○緑道のミニハイク(約30分)

・ゆっくり歩きましょう

集合:放課後 体育館裏 〇〇前

 

「……山岳部」

 

 藤丸が呟くと、レオも覗き込んだ。

 

「山岳部か……」

 

 二人は顔を見合わせた。

 さっきまで追い立てられていた心臓が、紙の文字を追うだけで少し落ち着く。

 

「行ってみる?」

 

 藤丸が言う。

 

「行ってみようぜ。ダメそうなら、また逃げりゃいい」

 

 レオが肩をすくめ、藤丸は思わず笑った。

 

 

 放課後。体育館裏。

 集合場所には、先輩が三人と一年生が数人。思ったより少ない。

 

「山岳部、体験来た人ー」

 

 名簿を持った先輩が、軽く手を挙げた。

 その声も、運動部の呼び込みみたいに張り上げない。むしろ少しだるそうだ。

 

「今日はミニハイク。装備は要らないけど、靴紐だけ確認して。ほどけると転ぶから」

 

 言いながら、先輩は自分の靴紐を結び直して見せた。

 たったそれだけのことなのに、藤丸は目を離せなくなる。

 

(……こういうの、ちゃんと教えてくれるんだ)

 

 ゆるそうに見えて、危ないところはきちんとしている。

 藤丸は少しだけ安心した。

 

 先輩は続けた。

 

「競争しない。前の人を追い越さない。列を乱さない。しんどい人がいたら、ペースを落とす。山は逃げないから、ゆっくり行こう」

 

「歩き方のコツだけ。登りは歩幅を小さく。呼吸は止めない。しゃべれるくらいの速さが基本だ」

 

 先輩が視線を回す。

 

「よし、みんな分かったな? キツかったらちゃんと言えよ。……それじゃ、出発!」

 

 

 校舎裏を抜けると、空気が変わった。

 体育館の熱気が遠ざかり、土と葉の匂いが近づく。

 

 舗装路から、少しだけ柔らかい道へ。

 足音が変わる。

 人の声が、少しだけ小さくなる。

 

(なんか、懐かしい空気だな)

 

 藤丸は自然の匂いを吸い込むように、深呼吸した。

 

 列の前に先輩。真ん中に一年生たち。

 その後ろに別の先輩がついている。

 

 誰かが遅れたら合わせられる位置。

 追い越さないように、列が乱れないように。

 

 登りが始まってしばらくして、息が上がる子が出た。

 背の小さい一年生が膝に手をつく。

 

 それを見て、後ろの先輩が声をかけた。

 

「一回休憩しよう。無理すんな」

 

 道が少し開けたところで、列が止まる。

 

「すみません、俺のせいで……」

 

 一年生が言うと、先輩は首を振った。

 

「いいって。舗装路と違って、自然の道は余計に疲れる。気にすんな」

 

 そして先輩は、藤丸とレオに視線を向けた。

 

「……そっちの二人は平気そうだな。経験あるのか?」

 

 藤丸は少し迷って、言い方を選んだ。

 

「俺は……林の中を走ったり、サバイバル経験が多かったので。慣れてるだけです」

 

 レオが軽い調子で続ける。

 

「俺は彷徨癖があるからな。歩くのは得意だぜ」

 

「お前ら、どんな生活してんだよ」

 

 先輩が呆れたように言って、でも笑った。

 

「まあいい。自然の中で休憩するのも山岳部の醍醐味だ」

 

 そう言って先輩は水筒を取り出し、持ってきていた紙コップに中身を注いだ。

 湯気が立つ。

 

「ほら」

 

 渡されたコップを覗き込んで、藤丸は目を丸くする。

 

「……豚汁ですか?」

 

「おう。外で飲むと美味いぞ」

 

 藤丸は言われるまま、豚汁をゆっくり口に運んだ。

 旨みと塩気が舌に広がり、体の内側からじわじわ温まっていく。

 

 旅の途中で、自然の中で鍋を囲んだこともある。

 けれど、あのときはいつだってどこかを警戒していた。

 

 ここまで気を抜いて「ただ温かい」と思えたのは、もしかすると初めてかもしれない。

 

 藤丸はそんなことを考えながら、もう一口飲んだ。

 

 全員が豚汁を飲み、息が整った頃合いを見計らって、先輩が声を上げる。

 

「よし、休憩終わり。足を取られないように気をつけろよ」

 

 列はまた、静かに動き出した。

 

 

 集合場所に戻ると、先輩が軽く手を叩いた。

 

「おつかれ。どうだった?」

 

「めちゃくちゃ良かったです。自然の中をゆっくり歩いたの、初めてかもしれません」

 

 藤丸が言うと、レオも頷いた。

 

「俺も良かったな。歩くの好きだし、俺に合ってるって感じた。豚汁も美味かったしな」

 

 先輩は一拍置いて、笑った。

 

「じゃ、入る?」

 

 藤丸はレオを見た。

 レオも藤丸を見る。

 

 ふたりとも、さっきまでみたいに迷っていなかった。

 

「入ります」

「俺も」

 

「おーけー。入部届、あとで渡すからな」

 

 それだけ。

 大げさな歓迎も、全国だの何だのもない。

 なのに藤丸は、胸の奥があたたかい。

 

「今日はありがとうございました。これからよろしくお願いします」

「俺も、よろしくお願いします」

 

 先輩は笑って手を振った。

 

「そんな硬くなくていいって。気楽にやろうぜ」

 

 その一言に、藤丸はまた少しだけ笑った。

 ここなら、続けられる。そう思えた。

 




作者は山に登ったことがないインドア派です。
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