数日後――ブランシュ事件の後始末が、ようやく落ち着き始めた頃。
達也と深雪は、放課後の喧騒から離れた場所にいた。
九重寺。古式魔法を扱う寺社の一つであり、“九重”の名が示す通り、学校とは別の文脈で力が集まる場所だ。
境内は静かだった。風の音がやけに澄んでいて、石畳を踏む音さえ、余計に響く気がする。
奥の座敷に通されると――そこにいたのは、丸く剃った頭を指先でつるりと撫でながら、にこにこと笑っている坊主。
九重八雲である。
「それで今回は、どんな用件だい?」
軽い調子。だが、目の奥は人を測っている。
達也は一拍置いて、淡々と答えた。
「師匠。古式魔法について、確認したいことがあります」
「ほう? どんな魔法だい?」
「“人を召喚する”術は、古式魔法に存在しますか」
八雲の糸目が、ほんのわずかに開いた。
深雪はその変化に気づき、小さく息を呑む。
「達也くん。それをどこで聞いた?」
達也は言葉の角を落とした。
「同級生……いえ、友達が使っていました」
「ほう、友達が」
八雲がわざとらしく繰り返す。
深雪の頬が、ほんの少しだけ膨らんだ。
「先生。からかわないでください。お兄様は……必要があれば、ちゃんと“友達”と仰います」
「はは、すまんすまん。ついね」
八雲は笑いを引っ込めきれないまま、達也へ視線を戻した。
「で、達也くん。古式魔法について、どれくらい知ってる?」
「現代魔法の体系によらず、儀式や媒介を使って発動する術――その総称です」
「うん。だいたい合ってるよ」
八雲は畳を指先で軽く叩く。
「ただね。君たちの学校が“古式魔法”と呼んでいるものは、昔はもっと広い言葉で呼ばれていた。――“魔術”だ」
「魔術……ですか?」
深雪が首を傾げる。
「魔術は、現代魔法みたいに“体系化された再現手順”じゃない。
世界に残っている“理不尽”――人の理屈じゃ説明できない現象を、技術として扱うものだ」
「理不尽……」
「怖がらなくていいよ。昔の言い回しだ。要するに“神秘”の力を借りるってことだね」
「神秘、とは何ですか?」
深雪が素直に尋ねると、八雲は少し楽しそうに笑った。
「簡単に言えば――『人が知らないほど強くなる力』さ」
達也が静かに促す。
「……もう少し具体的に」
「いいとも」
八雲は指を折る。
「神秘っていうのはね、“当たり前じゃない”ことの価値だ。
多くの人が知って、理解して、説明できるようになるほど、神秘は薄くなる」
「知ったら……弱くなる、のですか?」
「そう。たとえば昔の人が雷を見たら、神の怒りだと思った。怖くて祈って、畏れた。
でも今は科学で説明できる。避雷針もある。……雷は“ただの現象”になった」
八雲は肩をすくめた。
「“ただの現象”になったものは、魔術の材料としては弱い。畏れがなくなったからね。
世界がそれを“特別扱い”しなくなる。今の古式魔法は、神秘をあまり使わない魔術が古式魔法として残ったんだ。
あるいは儀式で神秘を集めて、そこから使うか――だね」
深雪がゆっくり頷く。
「では……魔術が衰えたのは、人が理解してしまったから……?」
「魔術が衰えたのは、2004年にとある事件が起きたからなんだけど……」
八雲は説明するか迷うように、視線を泳がせた。
「2004年と言うと、狂信者集団が核兵器テロをしようとして、超能力者が止めた話ですか?」
迷っている八雲に、達也が問いを重ねる。
「神秘が薄くなったのはその前なんだけど……うーん。そうだね。ちゃんと説明しておこうか」
八雲は少し姿勢を正す。
「達也くんは、その狂信者集団が何者かわかるかい?」
「いえ……まさか」
達也の脳裏に、ひとつの答えが浮かぶ。
「……魔術師、ですか」
「そう。魔術を扱う魔術師だよ」
「なぜ魔術師がそんなことを?」
「詳しいことは分からないけど――大方、神秘を再現したかったんだろうね。核戦争でも起こして人類滅亡……神話の再現でも狙ったのかもしれない」
「そ、そんなことのために……!」
深雪が理解できないというように、声を震わせる。
「魔術師は大抵ロクでもない連中だからね。……だから古式魔法師のことを“魔術師”なんて呼んじゃいけないよ」
八雲は苦笑して続けた。
「昔からそういう無茶をしてきたから、恨みも買う。今の古式魔法師やいろんな人たちに狙われて、資料もろくに残らなかった。
だからね――人を召喚するほどの神秘を扱うその友達を、僕は魔術師と疑っているんだけど……」
「彼はそんな人ではありません」
深雪が即座に否定する。
「俺もそう思います。聞いた話の“魔術師”みたいな人物ではありません」
「ほう。達也くんにまでそう言わせるとは、よほど善良なんだろうね」
八雲は面白がるように笑い、すぐ真面目に戻す。
「名前を教えてもらえるかい? 本人が善良でも、周りがそうとは限らない。こっちでも調べてみるよ」
「分かりました。1年E組の藤丸立香です」
「……ん? 藤丸立香と言ったかい?」
「はい」
達也は、聞き返された理由が分からないまま頷く。
「もしかしてだけど……近くに、マシュちゃんという子かカルデアという組織はいるかい?」
「カルデアは分かりませんが、マシュさんは私のクラスメイトです……知っている人なんですか?」
深雪が聞き返す。
その瞬間、八雲が堪えきれないように笑い出した。
「ふふ……はははははははは……そうかそうか」
「師匠。二人を知っているんですね?」
達也が再び問うと、八雲は笑いを落ち着けながら頷く。
「あぁ、知っているとも。面識はないけどね。
さっきの彼が魔術師の話は無しだ。二人ともいい人だから、達也くんたちは気にしなくていいよ」
「教えて下さい。二人は――藤丸は何者なんですか?」
達也の声が、わずかに強くなる。
「悪いけど、それは教えられない。彼のことは広めるわけにはいかないんだ」
「ですが——」
達也が踏み込もうとした、その瞬間。
八雲の笑みが、ふっと消えた。からかいの温度が抜けて、声だけが静かになる。
「達也くん。君が情報を集めたくなるのは分かる。
でも彼の“正体”を探るのはやめておきなさい。探り方次第で、彼は距離を置くだろう。
そうなってから後悔しても遅いよ」
達也は返さない。
否定もしない代わりに、目だけがわずかに動いた。
八雲はそこで息をつき、いつもの軽い調子に戻す。
「じゃあ一つ、助言をしておこう。彼とは、そのまま良好な関係を築いておきなさい。
君たちが困ったときは、必ず力になってくれる」
座敷に、風の音が戻ってくる。
深雪は小さく頭を下げた。
「……ありがとうございます、先生」
達也も、最後に一言だけ落とす。
「承知しました」
二人は立ち上がり、障子の向こうへと歩き出す。
背中に、八雲の声が追いかけてきた。
「——あぁ、それと。あんまり器用にやろうとしないことだ。君は、そういうところがあるからね」
返事はしない。
ただ達也は、境内へ出た瞬間、空気の冷たさを一度だけ深く吸い込んだ。
――探るな。
そう理解しても、癖は簡単には止まらない。
けれど。
(距離を置く……か)
それだけは、妙に現実味があった。
魔法科高校の劣等生で初めて超能力者(魔法師)が出たのが1999年ですが、この世界では2004年にズレています。
補足説明
2004年のとある事件が人理漂白です。
その後、どっかの魔術師が神秘を取り戻そうとして超能力者に殺されて現代魔法が広まったという設定です。
神秘が薄くなった影響で魔術師はほとんどの魔術を使えなくなってそこを恨みを持った人達にタコ殴りにされました。
魔術師達が殺されて魔術の資料も紛失したので人理漂白のことや藤丸達のことを知っているのは極一部の古式魔法師ぐらいです。
現代魔法は“神秘に頼らず、理屈と情報処理で再現する技術”。
古式魔法は“残った神秘を、媒介や儀式で引き出して使う術”。
そして魔術はその原型――神秘の濃さを前提にした体系で、今の時代では多くが成立しない。
色々考えたけど多分活かせないので忘れていいです。