魔法科高校の帰還者   作:テトマト

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第2話

魔法。

それは二〇〇四年に起きた“ある出来事”を境に、世界の神秘が薄れたことで急速に台頭した技術だ。

魔術と違い、秘匿を前提としない。だからこそ魔法は瞬く間に社会へ溶け込み、制度となり、教育となり――やがて日常になった。

春の朝、制服に袖を通す。

布の硬さも、靴の新品らしい軋みも、全部がこれから始まる生活を予感させる。

藤丸立香はそれを少しだけ眩しく思う。

世界を救った“その後”に、普通の学校生活を送る。――そんな事実が少しだけ可笑しく思える

「おはようございます、先輩」

玄関で待っていたのはマシュだった。

藤丸とは違い、肩に花弁の飾りがついた制服を着ている。

「お待たせ。マシュ、制服似合ってるよ」

「ありがとうございます。先輩もよくお似合いです」

マシュは少し照れたように言って、視線を落としてから、また顔を上げた。

「じゃあ行こうか」

「はい!」

扉を開ける。

新しい世界へと、一歩踏み出す。

 

国立魔法大学付属第一高校。

この学校では入学の時点で、生徒は二つに分類される。

一科生(ブルーム)と二科生(ウィード)。

入学式の会場に入った瞬間、藤丸は理解した。

“分けられる”という言葉は、想像よりずっと露骨な形でそこにある。

席が、左右できれいに分かれている。

藤丸は一瞬だけ「ここまでか」と思い、すぐにそれを飲み込む。

驚きはする。でも、怒るほどのことでもない。今はまだ、この学校のことを知らないのだから。

「……思ったより、はっきり分かれているんですね」

「うん。説明で聞くより、ずっと“溝”になってる」

マシュが藤丸の方へ一歩寄る。

いつも通り、当たり前に並ぼうとする動きだった。

「マシュ」

藤丸は小さく首を振った。

今ここで目立つ必要はない。

「大丈夫。また終わったら合流しよう」

マシュは唇を結ぶ。ほんの少しだけ迷って、それでも頷いた。

「……はい。必ず」

別れて席へ向かう。

藤丸は周囲に悟られないよう、胸の奥で念話を開いた。

(ランスロット、マシュについてなくていいの?)

(ああ。マシュの制服姿をもう少し見ていたかったが……私の任務はマスターの護衛だ)

(そんな危険、ないと思うけどね。……それに、もう一人――)

「隣、いいか?」

念話を切って顔を上げると、肩幅の広い体格のいい男が立っていた。

「どうぞ」

短く返すと、男がどかっと腰を下ろす。

「俺は西城レオンハルト。よろしくな」

「藤丸立香。よろしく」

差し出された手を握り返す。見た目通り、がっしりした握手だった。

「なあ、これさ……席、きっちり分かれてんのな」

「みたいだね」

「お前、気にしてない?」

「ここまで来ると、逆に感心するよ。徹底してるなって」

「……確かにな」

男――西城が肩をすくめる。

「西城は……」

「呼びにくいだろ。レオでいい」

「分かった。じゃあ俺も呼びやすい方で呼んでよ」

「ああ。じゃあ立香って呼ばせてもらうぜ」

「……うん。好きにして」

軽口のまま笑い合って、二人とも前を向いた。

ちょうどそのタイミングで、壇上のマイクが小さく鳴り、会場のざわめきが波を引くみたいに静まっていく。

「――これより、国立魔法大学付属第一高校、入学式を執り行います」

淡々とした開式の宣言。続いて校歌斉唱、校長の式辞。会場の空気は整っていて、拍手の間隔まで揃っていく。規則正しさが、むしろ落ち着きを作っていた。

藤丸は背筋を伸ばしたまま、視線だけで一科側を探す。少し離れた場所にマシュがいた。背中が真っ直ぐで――ああ、ちゃんと話を聞いてるな、と思って微笑ましくなる。

式は静かに、滞りなく進んでいった。

やがて閉式の言葉が告げられ、拍手が一斉に鳴る。張っていた空気がほどけて、会場にざわめきが戻ってきた。

「レオ、何組なんだ?」

「E組だ」

「本当? 奇遇だな。俺もE組だよ」

「マジか。じゃあ一緒に行くか」

 

教室に入ると、まず席順の掲示が目に入った。藤丸は自分の名前を探し、次にレオの名前を探して――小さく息を吐く。

「離れてんな」

「しょうがないよ。名簿順で決まるだろうから、こうなる」

席に着いて配布されたカリキュラムを眺めていると、少し離れたところで声がした。レオだ。赤い髪の女子生徒と何やら言い合っている。

止めた方がいいかと思ったが、予鈴が鳴って言い争いは途切れた。

教師が入ってきてホームルームが始まる。連絡事項は淡々と終わり、初日は校内の自由見学の時間になった。

ホームルームが終わると、教室の空気が一気に緩む。

藤丸は、後ろの席の男子と話しているレオのところへ向かった。

「さっき、何で揉めてたんだ?」

「お、立香か。失礼な女がいただけだ。気にすんな」

「ちょっと、誰が失礼な女ですって?」

赤い髪の女子生徒が会話に割り込んできた。隣で眼鏡の女子が慌てて手を振っている。

「え、えっと……二人とも、落ち着いて……」

そのとき、前の席にいた男子が振り返り、静かな声で言った。

「教室で言い争うのはやめてくれないか」

短い言葉なのに、不思議と空気が落ち着く。レオが一度だけ鼻を鳴らし、赤髪の女子も「……ふん」と顔を背けた。

「悪い。……ちゃんと自己紹介からだな!」

レオが仕切り直すみたいに言う。

「俺は西城レオンハルト。レオって呼んでくれ」

「藤丸立香。呼びやすい方でいいよ」

「千葉エリカ。よろしく」

「あ、あの……柴田美月です。よろしくお願いします」

「司波達也だ。よろしく」

「せっかくだし一緒に見学に回らない?」

藤丸が言うと、エリカが腕を組んだ。

「いいわね。どこ回る?」

達也が淡々と言った。

「魔工技師の工房に行きたい。魔工技師志望なんだ」

「あ、私も工房がいいです」

美月が頷き、エリカが笑う。

「じゃあ決まりね。ほら、早速行きましょう」

 

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