魔法科高校の帰還者   作:テトマト

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第21話

九校戦前日。

九校戦の開会式を兼ねたパーティ会場で、マシュは端の方に立っていた。

華やかな照明と談笑のざわめき。その中で、彼女の表情だけが少し暗い。

原因は、自分で分かっている。

(最近、先輩との時間が少なくなっている……)

カルデアにいた頃は、ずっと一緒だった。

けれど学校に通い始めてからは、クラスも違う。会える時間はどうしても減る。

学校生活が嫌いなわけじゃない。むしろ好きだ。

同い年の友達と話して、競い合って――以前とは違う充実がある。

――それでも。

先輩と会えない時間が続くのは、やっぱり寂しい。

先輩が会場に来るのは、アイスピラーズ・ブレイクが始まる二日目からだ。

朝は見送りをしてもらった。けれど、そこから二日会えないと思うと胸のあたりが落ち着かない。

パーティ会場でこんな顔をしてはいけない、と分かっている。

それでも表情が戻らない。

寂しさのあまり、思わず呟いてしまう。

「……先輩」

顔を伏せた、その瞬間。

聞き慣れた声が、すぐ近くで響いた。

「お呼びですか? お嬢様」

マシュは弾かれたように顔を上げた。

そこにいたのは――執事服を纏った藤丸だった。

「せ、先輩!? どうしてここに……!?」

「ふふ。サプライズ」

藤丸は、いたずらが成功した子みたいに笑う。

「エリカが実家の縁で、予定より早くこのホテルに泊まれるようにしてくれてさ。ついでに、ちょっとだけアルバイト」

「……えっ」

驚きで固まるマシュに、藤丸は肩をすくめる。

「どう? 驚いた?」

マシュの表情が、さっきまでの暗さが嘘みたいにほどける。

「はい……とても驚きました」

声は少し震えているのに、笑顔は隠せなかった。

「あの、先輩」

「どうしたの?」

「写真、撮ってもいいですか?」

マシュが少し興奮した様子で言う。

「うん、いいよ」

藤丸が頷くと、マシュはどこからか小型のカメラを取り出し、ぱしゃぱしゃと遠慮なく連写した。

角度を変えて、距離を変えて――数枚どころじゃない。

「ありがとうございます! この写真は宝物にします!」

「大げさだよ」

藤丸は笑いながら肩をすくめた。

――そのとき、会場のスピーカーからアナウンスが入る。

『ただ今より、九島 烈様より激励のお言葉を賜りたいと存じます』

「九島烈って誰?」

藤丸が小声で尋ねると、マシュはすぐに答えた。

「十師族の長老の方です。それに、魔法師を統括する協会の理事長も務めていらっしゃいます」

「へぇ……」

会場の照明が落ち、壇上だけに光が集まる。

だが――そこに立っていたのは、若い女性だった。

(トラブルかな? ……いや、違う)

藤丸の背筋がわずかに固くなる。

見た目ではない。視線が吸い寄せられるような、嫌な感覚。

(……ターゲット集中を喰らった時に近い)

その違和感を“意識した”瞬間、見え方が反転した。

壇上の奥――ほんの僅かな“影”に、老人が立っているのが見える。

「……マシュ」

「はい」

短いやり取り。けれど二人にはそれで十分だった。

藤丸は正面から目を離さず、横目だけで出入口と周囲を確認する。

マシュも同じように、会場の流れと逃げ道を把握する。

だが、その警戒を嘲笑うように、老人が一歩、前へ出た。

「まずは、悪ふざけをしたことを詫びよう」

声は穏やかで、よく通る。

「今のは魔法というより……手品のようなものだ。だが――その“手品”を見抜いた者は七名だけだった」

九島烈は、会場全体をゆっくり見渡す。

その視線が流れた一瞬、藤丸と目が合った――気がした。

「もし私がテロリストだったなら。君たちを守れたのは、その七名だけということになる」

ざわ、と会場が揺れた。

笑っていた空気が消え、息を呑む音があちこちで重なる。

「今のは魔法としては弱い。だが、その弱い魔法で君たちは騙された。

魔法の研鑽は大切だが、それだけでは不十分だ」

九島烈はゆっくりと言葉を区切り、最後に穏やかな笑みを浮かべる。

「魔法を学ぶ若人諸君。私は君たちの“工夫”を楽しみにしている」

その一言で締めると、会場から拍手が湧いた。

ぱちぱち、という軽い音が、次第に大きな拍手へ変わっていく。

「すごい人だったね」

藤丸が息を吐くように言う。

「はい。とても……素晴らしい演説でした」

マシュも頷き、感心している。

藤丸は時計を見て、少しだけ焦った顔になる。

「おっと。そろそろバイトに戻らないと。マシュ、また後で」

「はい、先輩」

マシュの返事は明るい。

会場に来た時の暗い表情は、もうどこにもなかった。

 

開会式が終わり、マシュが部屋に戻ろうとしたところで、ほのかに声をかけられた。

「ねえマシュさん。明日から始まる九校戦のことで、みんなと作戦会議するみたいなんだけど一緒に行かない?」

「作戦会議」という言葉に、マシュは素直に頷いた。

案内されたのはホテルの一室だった。

部屋に入ると、深雪や雫、それから九校戦に出場する同級生の女子たちがすでに集まっている。

「よし、集まったわね」

全員が揃ったのを確認して、B組の英美が真剣な表情で口を開いた。

「始めるわよ――恋バナを!」

「……九校戦の作戦会議じゃなかったの? 明日に響くわよ」

深雪が呆れたように言う。

「えー! だってみんなでお泊まりなんだから、こういうの一回やってみたかったの!」

英美はまったく怯まず、勢いのまま続けた。

「それに、私たちの出番の新人戦は後半だし。大丈夫大丈夫!」

嫌な予感しかしない空気の中、英美はターゲットを決めたように深雪へ向き直る。

「じゃあまず深雪から! 深雪はやっぱり達也さんみたいな人がいいの?」

「……何を勘違いしてるのか知らないけど、私とお兄様は実の兄妹よ」

深雪はきっぱり返す。

「恋愛感情なんて感じたことはないわ」

正論。完璧。

……なのに、ほのかにはその言い方が、ほんの少しだけ寂しそうに見えた。

英美は次の獲物へ視線を移す。

「次はマシュちゃん!」

「わ、私ですか?」

振られると思っていなかったのか、マシュが目を瞬かせる。

英美はニヤニヤしながら畳み掛けた。

「会場で見てたわよー。E組の藤丸くん、でしょ? ぶっちゃけ異性としてどうなの?」

「え、えっと……その……」

マシュはたっぷり間を置いて、頬を赤くしながらも、逃げずに答えた。

「……はい。好きです」

その仕草と声の温度に、同性であるはずの女子たちまで思わず息を呑む。

「キャー!」

英美が黄色い歓声を上げ、勢いがさらに増す。

「告白は!? 告白しないの? 付き合わないの!?」

「英美。二人の関係よ。あまり部外者が口出しするものじゃないわ」

さすがに行き過ぎたと判断したのか、深雪が止めに入った。

「ごめんなさい……でも、これだけ!」

英美は一拍だけ反省の顔を作る。けれど――恋バナに飢えた女子高生はすぐに顔を上げた。

「馴れ初めは!?」

「馴れ初め……ですか」

マシュはそう言って、自分の手を見つめた。

「手を……握ってもらったんです」

「手を?」

雫が思わず聞き返す。

「はい。もう全てを諦めかけていた時に、先輩が私の手をぎゅっと握ってくださって……」

マシュは静かに言葉を続ける。

「先輩ご自身も危険な状況なのに、震える手で。それでも『大丈夫だよ』って……」

その時の感触を確かめるみたいに、マシュは指先をそっと握り直した。

その表情は、遠い記憶を抱きしめるみたいに儚く、そしてまっすぐだった。

「…………」

部屋に、静寂が落ちる。

「あ、あの……?」

語り終えて我に返ったマシュが、困惑したように周囲を見る。

英美が気まずそうに視線を逸らし、ぼそっと言った。

「……なんかごめんなさい。今日はここでお開きにしましょう」

「そうね」

「うん……」

クラスメイトたちが次々と同意していく。

「え? え……?」

マシュだけが状況を飲み込めず、目をぱちぱちさせる。

ほのかが苦笑しながら、やさしく声をかけた。

「そうだね。マシュさんも部屋に戻ろう? 明日も早いし」

「は、はい……」

マシュは最後まで困惑したまま、みんなと一緒に部屋を出た。

 

マシュたちが作戦会議――もとい恋バナをしている、ちょうど同じ頃。

藤丸は自室で時間を潰していた。荷物の確認をしたり、端末を眺めたり。落ち着かないわけじゃないが、妙に手持ち無沙汰だ。

そんな時、コンコン、とノックが響いた。

扉を開けると――そこに立っていたのは達也と幹比古だった。

「今、少しいいか?」

「もちろん。入って」

藤丸は二人を部屋に招き入れ、簡単に椅子を勧めた。

「それで、どうしたんだ?」

二人が座ったのを見届けてから、幹比古が小さく息を吸って口を開いた。

「……少し、相談があるんだ」

達也がその言葉を引き継ぐ。

「幹比古の魔法についてだ。原因は俺の方で見当がついている。だが――同じ古式魔法側の視点も欲しい。お前にも意見を聞きたい」

藤丸は軽く頭を掻いた。

「あー……悪いんだけど、俺は古式魔法は使うけど、“古式魔法師”ってわけじゃないんだ。だから、あんまり力になれないかも」

「そうなのか?」

達也が、少し意外そうに目を細めた。

「うん。古式魔法師の家の生まれじゃないし、教わったのを少し使えるくらいでさ」

「珍しいな。古式魔法師じゃないのに古式魔法を使えるなんて」

幹比古が思わず、驚いたように言う。

「……そうなのか?」

達也が幹比古へ視線を移す。

幹比古は頷いた。

「うん。古式魔法師って基本、一家相伝なんだ。古式魔法の大きな特徴は“隠匿性”でね。

一族の中だけで技を伝える。外に漏らすなんて、普通はしない」

達也は、九重寺で八雲に言われた言葉を思い出す。

――広まれば広まるほど、神秘は薄くなる。術は弱くなる。

藤丸は苦笑して肩をすくめた。

「俺の場合は、結構特殊な状況だったし……たまたま適性があったから、使えるようになったって感じかな。だから、詳しい理屈とかは分かんない」

「そうか」

達也はそう返しながら、「適性」という言葉に小さく引っかかったようだった。

「だが、お前の視点も聞いておきたい。――ここで幹比古の魔法について相談してもいいか?」

藤丸は即答した。

「うん。友達が悩んでるなら、力になるよ」

幹比古が、少し肩の力を抜いて頭を下げる。

「……二人とも、ありがとう」

夜の静けさが窓の外に落ちていく。

そして、三人の話し合いは――夜更けまで続いていった。

 




もう付き合っちゃえよ!!!
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