魔法科高校の帰還者   作:テトマト

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第22話

翌日――いよいよ九校戦本番。

藤丸は観客席に上がり、マシュと一緒に第一高校の応援席を探していた。

ざわめき、アナウンス、空気の張り。昨日とは別の緊張が、会場全体に漂っている。

そのとき、ふと気づく。

(……モルガンの気配がない)

普段なら、霊体化していても“そこにいる”感じだけは分かる。

なのに今朝は、それすら引っかからない。

(ハベにゃん。モルガン知らない?)

(うーん? そういえば朝から見てないね)

(まあ、モルガンなら心配ないけど……見つけたら教えて)

(いいよ〜)

短いやり取りを終えたところで、藤丸は達也たちを見つけた。

応援席の一角。見慣れた顔が揃っている。

藤丸は近づき、軽く手を上げた。

「おはよう」

「おはよう、藤丸」

達也が先に返し、みんなにも順に挨拶を交わしていく。

挨拶が一段落すると、雫が端末を見ながら今日の流れを簡潔に教えてくれた。

「初日は、午前が七草会長のスピード・シューティングの予選。午後に決勝」

「その後、バトルボードの予選。渡辺先輩が出る」

「楽しみだな」

藤丸がそう言うと、ほのかが小さく笑って頷く。

マシュも「はい」と短く答えた。気持ちは前を向いている――そう見えた。

――そのとき。

背後から、聞き覚えのある声が落ちてくる。

「我が夫」

藤丸の背筋が反射で伸びた。

振り返ると、そこに立っていたのはモルガンだった。

霊体化の“気配”じゃない。普通に、目で見える。

しかも服装が……やたらと“溶け込んでいる”。

上品な淡い色のワンピースに、薄手のショール。つばの広い帽子とサングラスまで完備。

一見すればどこかの観戦客――なのに、近づくほど隠しきれない圧がある。

「モルガン!? なんで、げん……ここにいるの!?」

“現界してるの!?”と言いかけて、藤丸は慌てて言い換えた。

モルガンは何でもない顔で頷く。

「もちろん。我が夫と観戦に来たに決まっているでしょう」

言外に「何を今さら」という温度がある。

そのまま自然な所作でモルガンは藤丸の腕に絡みついた。

「モルガン――!?」

「何を恥ずかしがっているのです。我が夫」

モルガンはそう言って微笑む。

微笑むだけで、周囲の空気が一段固まった。

ほのかが恐る恐る口を開いた。

「あの……藤丸くんと、どういう関係なんでしょうか……?」

「言ったでしょう。“我が夫”と」

モルガンはさらりと言い切り、絡めた腕に少しだけ力を入れる。

「し、雫……ど、ど、どうしよう……」

昨夜の会話でマシュの気持ちを知ってしまったほのかは、小声で雫に救援を求める。

雫は表情を変えないまま、困ったように視線を逸らした。

(分かるはずがない)――そう言いたげに。

そして。

空気を切るように、マシュが一歩前へ出た。

「モルガンさん。お久しぶりですね」

礼儀は崩さない。けれど声に、いつもの柔らかさが少しだけ足りない。

「ここにいらっしゃる理由は……私には分かりません。ですが」

マシュは藤丸の反対側に立ち、そっと――しかし確実に腕を取った。

「もう少し、先輩から離れていただけますか?」

棘、というほど露骨ではない。

モルガンはマシュを見て、微笑みを消さずに目だけ細める。

藤丸は左右から腕を押さえられたまま固まった。

(……あ、これ、まずい)

九校戦初日。試合が始まる前に、別の火種が立ち上がろうとしていた。

「ふふ。冗談です。ねえ、立香」

モルガンはそう言って、意外なほどあっさり藤丸の腕から手を離した。

拍子抜けするほど簡単に、だ。

ハラハラしていたほのかが、ほっと息を吐く。

「……で? 結局この人、誰なのよ」

エリカが藤丸に詰める。

「えっと……」

藤丸が答えを探して一瞬だけ目を泳がせた、その隙に。

「親戚の姉です。モルガンと言います」

モルガンが、さらりと“平気な嘘”を差し込んだ。

しかも自己紹介として妙に整っている。

「は!?」

藤丸が反射でツッコミかけたが、モルガンは涼しい顔のまま続ける。

「一人だけ仲間外れは良くありませんね」

そして、指先を軽く鳴らして言った。

「ハベトロット。出てきなさい」

「うぉっ!?」

空気がきゅ、と縮んだかと思うと――小さな影が、ぽん、と現れた。

「ちょっとモルガン! そういうのは先に言ってよね!?」

ハベトロットが思わず声を上げる。

「? 必要ないでしょう」

モルガンは本気で不思議そうに首を傾げる。悪気がないぶん、たちが悪い。

「はぁ……まあ、いいや」

小さな影――ハベトロットが肩をすくめて前へ出た。

「僕はハベトロット! 糸紡ぎの妖精だよ。みんなよろしく〜」

その瞬間、空気が一段ゆるむ。

「わぁ……かわいい、なんですかこの子?」

美月がいの一番に反応して、目を輝かせた。

「私と契約している妖精です」

モルガンは平然と嘘を重ねていく。

「ねえ、触ってもいい?」

エリカが遠慮なく聞く。

「いいよ〜。たくさん愛でてね!」

ハベトロットがにこっと笑うと、エリカがさっそく撫で始める。

ほのかも雫も深雪も――最初は恐る恐るだったが、少しずつ輪に加わっていく。

さっきまでの気まずさは、ハベトロットの明るさに溶けていった。

藤丸はモルガンに、小声で詰め寄る。

「ちょっとモルガン! 大丈夫なの?」

“二人とも現界して大丈夫?”とは言えない

モルガンは涼しい顔で返す。

「問題ありません。私を誰だと思っているのです。ハベトロットの姿は他の人には見えないよう隠しています。見られる心配はありません」

達也は皆の様子を見守るふりをしながら、小さな存在――ハベトロットを観察していた。

人型だが、人間ではない。

(……似ている)

十文字会頭との模擬戦やブランシュの襲撃時に見た存在と、どこか同じ匂いがある。

警戒と、少しの興味。達也は静かに“精霊の眼”を使おうとした。

その瞬間。

「おい、下郎。不躾な視線を送るな」

低い声が、達也の意識を真っ直ぐ刺した。

「――っ」

バレた。

しかも“視ていた”ことまで、言い方で分かる。

モルガンは表情を崩さない。

ただ言葉だけで、圧を落とす。

「立香に免じて一度は許す。二度目はない」

短い。短いのに、拒絶の刃が混ざっている。

達也は冷や汗を感じ、これ以上不興を買うのは危険だと判断した。

素直に頭を下げる。

「……申し訳ありません」

張り詰めた空気の中で、藤丸がコホンと咳払いし、空気を和らげるように言った。

「二人とも、あんまり喧嘩しないでね」

そのとき。

「――あ、試合が始まるみたいですよ!」

ハベトロットを撫でていたほのかが、試合場を指さした。

 

九校戦――初日の競技が、始まろうとしていた。

 

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