午後のアイスピラーズ・ブレイク予選も、深雪と雫が無事突破し、四日目は大きな波乱もなく終わった。
そして――五日目の朝。
ロビーで合流したマシュに、藤丸は少しだけ表情を和らげて声をかける。
「おはよう、マシュ。体調はどう?
昨日も試合だったし、今日もあるけど……大丈夫そう?」
「はい。問題ありません」
マシュは背筋を伸ばし、いつも通りの調子で答えた。
「それに、バトルボードは午前中は予選が一回だけですし。体力的にも余裕はあります。今日も頑張ります」
そう言って、小さく拳を握る。
気合十分、といった様子だ。
「そっか。無理はしないでね」
藤丸は苦笑して続ける。
「ま、とにかく。今日も応援してるから」
「はい! ありがとうございます、先輩」
そうして二人は別れ、藤丸は観客席へと向かった。
やがてアナウンスが響き、マシュのバトルボード競技が始まる。
「……速くない?」
マシュがコースに出た瞬間、エリカが目を丸くする。
「あれ、加速魔法使ってる?」
「いや……違うな」
達也が目を細め、魔法の流れを追う。
「ボードの下に障壁魔法を張っている。だが……どうやって動かしている?
障壁魔法は動かせるが、あそこまで自由な制御は難しいはずだ」
「うん。達也の言う通り」
藤丸が頷いて補足する。
「マシュはボードの下に障壁を張ってる。
動かしてるのは――足を軸にして、だよ」
「足?」
エリカが聞き返す。
「そう。足を動かして、障壁の角度を変えてるんだ」
「ああ……なるほど」
エリカがぽん、と手を打つ。
「足をハンドル代わりにして、障壁を舵とかオールみたいに使ってるのね」
「理にかなっている」
達也が静かに頷いた。
「これなら加速魔法より操作が直感的だ。
コーナーでも減速しにくいし、ボードの下に障壁がある分、他の選手からの妨害も受けにくい」
「障壁魔法は、本来“防ぐ”ためのものだ」
達也は少し感心したように続ける。
「それを移動用に転用するとは……発想が柔軟だな」
「まあね」
藤丸は肩をすくめる。
「ただ、その分バランスはめちゃくちゃ難しいよ。
足を軸にしてるから、体幹が弱いと即転倒するし」
「……確かに」
達也がマシュの安定したフォームを見る。
「マシュの身体能力ありき、というわけか」
「そういうこと」
藤丸は少し誇らしげに、コースを滑走するマシュを見つめた。
障壁魔法を的確に操り、減速のないコーナリング。
無駄のない軌道で他の選手を置き去りにしていく。
結果は明白だった。
――安定した走りで、マシュは予選を一位通過。
観客席から拍手が起こり、藤丸は小さく息を吐いた。
(よし)
マシュの出番が終わると、間を置かずに次のレースが始まる。
今度は――ほのかの番だ。
スタート直前、達也が無言で藤丸に近づき、サングラスを差し出した。
「……これをつけておけ」
「? 分かった」
理由は分からないが、藤丸は素直に受け取り、かける。
次の瞬間だった。
試合開始の合図と同時に、水面が――眩いほどの光を放つ。
「うっわ……」
エリカが顔をしかめる。
「ルール上は問題ないとはいえ、性格悪いわねぇ」
「……確かに」
藤丸は水面を走るほのかを見ながら、ぽつりと呟いた。
「うーん……これは、マシュはだいぶ分が悪いね」
「珍しいわね」
エリカが横目で藤丸を見る。
「マシュ全肯定の藤丸くんが、そんなこと言うなんて」
「いや、全肯定って……」
藤丸は軽く否定しつつ、視線をコースに戻す。
「単純に相性が悪いんだよ。
マシュの障壁魔法は、水面の揺れとか物理的な干渉には強い。でも――」
「光は防げない、ってこと?」
エリカが察して言う。
「そう。障壁は今、ボードの下に一枚張ってるからね。もう一枚張って光を防ぐこともできるかもしれないけど……
あれ、水面の反射も混ざってるよね。正面だけ防いでも意味なさそうだし」
藤丸はちらりと達也を見る。
「それに……達也のことだし、仮に光を防がれても、次の手を用意してそうだし」
「……」
達也は肩をすくめ、淡々と答えた。
「悪いが、それは教えられない。
当事者同士も、そういうのは嫌いだろうしな」
そう言って、ほんの少しだけ口元を緩める。
その笑みを見て、藤丸とエリカは顔を寄せ、わざと聞こえるくらいの声量で囁いた。
「……あれ、絶対ろくでもない作戦考えてるよ」
「本当よ。一体どんな性悪なこと思いついてるんだか……」
「…………」
聞こえていた達也は、露骨に不服そうな顔をした。
「失礼だな」
その様子に、二人は小さく笑った。
昼休憩を挟み、午後。
バトルボード新人戦――決勝戦。
達也、深雪、雫は次の競技――アイスピラーズ・ブレイクを控えているため、この場にはいない。
「……あれ? マシュ、サングラスしてないの?」
会場に出てきたマシュを見て、エリカが首を傾げる。
他の選手は全員、ほのか対策としてサングラスを着用している。だが、マシュだけが素顔のままだ。
「うん。ここでサングラスを着けたら、達也の思う壺だと思うしね」
藤丸が、どこか余裕のある口調で答える。
「でも大丈夫かい? さっきみたいに閃光で目眩ましされると思うけど」
幹比古が心配そうに問う。
「そこは対策してるから、大丈夫」
藤丸は自信満々に頷いた。
――その直後、試合開始を告げるブザーが鳴り響く。
「……あれ、サングラス?」
スタートと同時に、マシュが魔法を展開する。
次の瞬間、彼女の目の前に“サングラス状の障壁”が形成された。
「そう。障壁魔法を使った遮光障壁だね」
藤丸が説明する。
「普通のサングラスだと競技中に外せないけど、魔法で作ったものなら閃光を防げるし、必要な時だけ出して、すぐ消せる」
感心したようにエリカが息を吐く。
「なるほど……器用なことするわね」
だが――コースがコーナーへ差し掛かった、その瞬間。
影が、不自然に“伸びた”。
サングラス越しの視界で距離感を誤認した選手たちが大きく膨らみ、減速する。
その隙を突き、ほのかが一気に前へ出た。
「なるほど……影を伸ばして、コーナーの広さを誤認させてるのか」
幹比古が唸る。
「サングラスしてると、余計に影が曖昧になるのよね。……やっぱり、いやらしい作戦考えてきたわ」
エリカが呆れ混じりに言う。
だが藤丸は、落ち着いたままだ。
「でもマシュは、魔法でサングラスを作ってるからね」
視線を戻すと――マシュはすでに“答え”を出していた。
直線では遮光障壁を展開し、
コーナーに入る直前で、それを解除する。
影に惑わされず、最短ラインを維持したまま、マシュは速度を落とさない。
二人の距離が、少しずつ――確実に縮まっていく。
そして、ストレート。
マシュが、ほのかを捉え――追い越した。
「よし!」
藤丸は思わず、拳を握った。
「閃光は遮光障壁で防がれるし、影のトリックも通じない……」
幹比古が静かにまとめる。
「これって――」
「ああ」
藤丸は、もう結果を疑っていなかった。
「マシュの勝ちだ」