「ああ」
藤丸は、もう結果を疑っていなかった。
「――マシュの勝ちだ」
だが。
マシュが先頭のままコーナーに差し掛かった、その瞬間。
――閃光が、弾けた。
マシュはコーナーでは遮光障壁を解除している。
真正面から光を受け、思わずバランスを崩した。
幸い、ボードから落ちることはなかった。
だが、速度は大きく削がれる。
その一瞬の隙を突いて、ほのかが前へ躍り出た。
「うわっ……ここで閃光!?」
エリカが思わず声を上げる。
「……なるほど」
幹比古が、感心したように呟いた。
「ここまでコーナーで影を使っていたのは、この瞬間のためのブラフでもあったんだ」
「でも、まだ直線がある!」
藤丸は思わず拳を握る。
「直進なら……マシュが有利だ!」
マシュは閃光を受けた直後、すぐに体勢を立て直した。
前を走るほのかを捉え、必死に距離を詰めていく。
「いけ……マシュ!」
藤丸は、声を抑えきれなかった。
だが――
ゴールラインを、わずかに早く切ったのは、ほのかだった。
試合が終わり、藤丸たちは選手控えエリアでマシュたちと合流した。
「お疲れ様。二人とも」
藤丸が声をかけると、まずほのかに向き直る。
「ほのかさん、優勝おめでとう」
「ありがとうございます」
少し照れたように、ほのかが頭を下げた。
「マシュも……最後は惜しかったけど、準優勝おめでとう」
「ありがとうございます、先輩」
マシュは一度頷いてから、少しだけ視線を落とす。
「でも……一緒に作戦を考えてくださったのに、勝てなくてすみません」
「謝らなくていいよ」
藤丸はすぐに首を振った。
「今回は、ほのかさんたちの作戦が一枚上手だったからね。」
そう言ってほのかを見ると、彼女は少し申し訳なさそうに目を伏せる。
「私も……ほとんど達也さんの考えた通りに走っただけですし……」
「それでもです」
マシュはまっすぐに言った。
「とても素晴らしい走りでした。最後の作戦も……達也さんとの信頼関係がなければ出来なかったと思います。
それだけ、達也さんのことを信頼されているんですね」
ほのかは一気に顔を赤くして、俯きながら小さくぶつぶつ言い始める。
「そ、そんな……信頼だなんて……」
「……ほのかさん?」
マシュに呼ばれて、ほのかははっと顔を上げた。
「い、いえ! ありがとうございます!」
慌てて姿勢を正し、改めてマシュを見る。
「マシュさんも、本当にすごい走りでした。最後なんて……抜かれるんじゃないかと、ずっとヒヤヒヤしていました」
「ありがとうございます」
マシュは一度受け止めてから、少しだけ力のこもった声で続ける。
「ですが……悔しいです。ですから、またいつか。必ずリベンジさせてください」
一瞬の間。
それから、ほのかが柔らかく笑った。
「私で良ければ、ぜひ。次は一緒に、全力で走りましょう」
マシュの表情が、ぱっと明るくなる。
「はい!」
二人は、しっかりと手を取り合った。
その後のアイスピラーズ・ブレイクでは、深雪が優勝し、雫が準優勝した。
九校戦は終盤へ向かい、会場の熱気もさらに高まっていく。
――そして、九校戦六日目。
モノリスコードの競技中、事件が起きた。
第一高校の選手が滞在していた廃ビルが、魔法によって倒壊。
選手は負傷し、競技は一時中断となった。
ざわつく会場を離れ、藤丸は人目のない場所へ向かう。
そこで、静かにモルガンへ声をかけた。
「モルガン……誰の仕業なの?」
モルガンは一度、霊体化を解除し、いつものように平然と答える。
「あれは、ただの事故です」
「モルガン……お願い。教えて」
藤丸は一歩踏み出し、声を荒らげる。
「知ってるんでしょ?」
「言っているでしょう。事故です、と」
とぼけた態度を崩さないモルガンに、藤丸は一度、深く息を吐いた。
そして、無理に押すのをやめ、問いを変える。
「……知ってるんだよね。
それでも、なんで隠すの?」
しばしの沈黙。
モルガンは視線を伏せ、やがて静かに口を開いた。
「……我が夫」
その声は、いつもより少しだけ柔らかい。
「今のあなたは、観戦に来た一般人です。
今回の件に、あなたが首を突っ込む必要はありません」
淡々とした口調のまま、言葉を重ねる。
「あなたが罪悪感を抱く必要もない。
これは――関係者が解決すべき問題です」
藤丸は、その言葉の奥にあるものを感じ取った。
「……ありがとう、モルガン」
藤丸は素直に礼を言う。
「俺のために黙ってるのは、分かったよ」
だが、視線を逸らさず続けた。
「でもさ……みんな、真剣に勝負してるんだ。
もし誰かの仕業なら、許せないし、見て見ぬふりもしたくない」
まっすぐな眼差しで、モルガンを見つめる。
「……我が夫」
モルガンは、はっきりと言い切った。
「あなたには教えません」
「モルガン……!」
なおも食い下がろうとした藤丸を制するように、モルガンは続ける。
「ですが」
一拍置いて。
「“事故”が、これ以上起きないようにはしておきましょう」
「……え?」
「後のことには、私は手を出しません」
あまりにも不器用で、遠回しな言い方。
藤丸は一瞬呆気に取られ――それから、思わず小さく笑った。
「……うん。ありがとう、モルガン」
藤丸がそう言って目を見つめると、
モルガンは何も答えず、そっと視線を逸らした。