魔法科高校の帰還者   作:テトマト

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第28話

藤丸が寝静まった後、モルガンは、静かに呟いた。

「……我が夫は、信頼する人物をもっと選ぶべきですね」

「それ、モルガンが言う?」

隣にいたハベトロットが、半目で突っ込んだ。

「まぁ、マスターはマスターでちゃんと人を選んで話すから大丈夫でしょ」

モルガンはその言葉に小さくため息を吐いて立ち上がった。

「どっか行くの?」

「……ちょっとした散歩です」

一拍置いた答えに、ハベトロットは即座に眉をひそめる。

「本当に?」

その“間”を見逃さない。

モルガンは、何事もなかったかのように繰り返した。

「本当です。ただの散歩です」

「はぁ……」

ハベトロットは、深いため息をついた。

「何をするかは知らないけどさ。どうせマスターのための行動なんでしょ?

 こういう時は、ちゃんと言いなよ?」

――どうせ言っても聞かない。

そう思いながら忠告する。

「必要ありません」

即答。しかも一切の迷いがない。

「ほら! そういうところが“言葉が足りない”って言われる原因なんだよ!

 どうせ『我が夫が気にしなくていいように、言う必要はありません』とか思ってるんでしょ!」

「?……そう言っているではありませんか」

心底不思議そうに、モルガンは首を傾げる。

「そこだよ!!」

ハベトロットが思わず叫ぶ。

だが、叫びもむなしく――

「……まあ、いいや」

諦めたように肩を落とし、最後にだけ声をかける。

「モルガン。気をつけてね」

「誰に物を言っているのです」

自信満々に言い切ると、モルガンはそのまま踵を返した。

次の瞬間、

女王の姿は、闇の中へと溶けるように消えていた。

 

横浜・中華街

ノーヘッドドラゴン アジト

「なに!? モノリスコードの代理出場が決まっただと?」

男が声を荒げる。

「くそっ……どうする? 代理の選手も妨害するか?」

焦った様子で次の策を口にするが、別の男が制止した。

「いや、派手に動きすぎている。

 もう一度工作をすれば、我々の正体がバレる」

「なら派手な工作をしなければいい」

別の男が口を挟む。

「所詮は代理出場の選手だ。

 少し細工をしてやれば、勝手に自滅するだろう」

その提案に、他の者たちも次々と頷く。

「……よし。会場にいる奴に連絡を取れ。細工を――」

男の言葉が、途中で途切れた。

「――うぁぁっ!!」

突如、悲鳴が上がる。

振り返った先で、男の一人が“床”に縫い止められていた。

否、床ではない。

影だ。

部屋の照明は点いている。

だが男の足元だけ、光を拒むように黒が滲んでいる。

「な、なんだ……!? 床下に何か――」

言い終える前に、影が“掴んだ”。

床から伸びた黒い手が、男の足首を絡め取る。

「や、やめろ! 離せ! 誰か――!」

必死に腕を伸ばすが、徐々に体が飲み込まれていく。

「ひぃっ……!?」

抵抗は一瞬だった。

影は、音もなく男の身体を飲み込み、

次の瞬間には、何もなかったかのように元の床に戻っていた。

「…………」

一拍の沈黙。

誰も、すぐには声を出せなかった。

「……ま、魔法だ。間違いない!」

誰かがようやく叫ぶ。

「どこからだ!探知はどうなってる!?」

「反応がない!」

「そんな馬鹿な……!」

男たちは机を叩き、視線を走らせ、必死に“相手”を探す。

だが。

「……影が、増えてる……?」

誰かの呟きが、致命的だった。

床だけではない。

壁の隅、天井の梁の影、椅子の下――

“影であるはずのもの”が、濃く、歪んでいる。

「動くな! 影から離れろ!」

「おい14号なんとかしろ!」

男が大声で叫ぶが、

「――敵性反応、確認できません」

無機質な声が響く。

次の瞬間、

影が14号の足元に伸びて影に飲まれていく

「な……!? 14号が・・・」

「嘘だ……魔法反応も検知できない……」

「じゃあ……じゃあ、これは何なんだ……!」

男たちは後退る。

だが、どこへ下がっても影はある。

照明を落とせば暗闇に飲まれ、

照明を上げれば、影はくっきりと浮かび上がる。

逃げ場が、存在しない。

「……待て……話をしよう!話を……!」

自分たちを襲って来る何者かに叫ぶ。

返事はない。

ただ。

影が、一斉に伸びた。

「やめろ!助け――」

言葉は途中で消えた。

一人、また一人。

抵抗も、理解も、対策も許されないまま、影に引き込まれていく。

やがて。

部屋は、完全な静寂に包まれた。

血も、破壊の痕跡もない。

端末も、武器も、存在した痕跡すらない。

――最初から、誰もいなかったかのように。

その“空白”の中心に。

いつの間にか、一人の女王が立っていた。

「……有象無象がどうなろうと、知ったことではありませんから見逃そうと思っていましたが」

淡々と、冷たい声。

「我が夫にちょっかいをかけるというなら、容赦はしません」

影が、女王の足元に従うように静まる。

女王は後悔をするようにため息を吐いた。

「まったく、我が夫に嘘をついてしまったではありませんか」

次の瞬間。

女王の姿もまた、影と共に消え去った。

 

 

 

達也は部屋に戻るとドアを閉め、静かに椅子へ腰を下ろした。

――偽装用の魔法、か。

藤丸が魔法を使った場面が、脳裏によみがえる。

達也には魔法式を読み取る力がある。

だがあれが特殊な古式魔法なのか、あるいは偽装用の魔法なのか――確信は持てずにいた。

それを、藤丸はあっさりと明かした。

「友達だから」

達也自身なら、絶対にしない。

いや――できない。

精霊の眼。

分解・再成。

トーラス・シルバー。

軍。

そして――四葉。

達也には、明かすことのできない秘密が多すぎる。

たとえ信用できる相手であっても、そこから情報が漏れる可能性は否定できない。

だからこそ、隠してきた。

だが、藤丸は違った。

魔法式の発動すら伴わない“魔法”、いや、魔法ですらない。

それが他人に知られれば、間違いなく狙われる類の力だ。

それを承知した上で、彼は教えた。

(友達に教えるくらいなら、いい……か)

その言葉を、頭の中で反芻する。

軽い。

だが――不思議と、嫌悪感はなかった。

自分には選べなかった道。

選ぶことを、許されなかった在り方。

藤丸は、自分と同じく特別な力を持ちながら、

それを「特別なもの」として扱っていない。

友を疑わず、信じて話す。

利用の対象ではなく、隣に立つ仲間として見る。

その普通の在り方に、達也は――

(……羨ましいな)

素直に、そう感じていた。

小さく息を吐き、達也は八雲の言葉を思い出す。

――「君たちが困ったときは、必ず力になってくれる」

あれだけ探りを入れておいて、虫のいい話かもしれない。

だが、藤丸が断る未来は、どうしても想像できなかった。

自分の秘密を明かすかどうかは、まだ分からない。

それでも――もう少し、こちらから歩み寄ってもいいかも知れない。

(信頼、か)

その言葉を、もう一度だけ心の中で繰り返し、

達也は部屋の明かりを落とした。

 

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