話数もずれていたので修正しました。
五人で校内見学をしていると、あっという間に放課後になった。
藤丸はマシュと待ち合わせしていたため、いったん皆と別れて合流する。
「お疲れ様、マシュ。どうだった?」
「はい、楽しかったです。話には聞いていましたが、学校を実際に見るのは初めてだったので……つい、興奮してしまいました」
今日あった出来事を交換しながら歩いていると、校門付近で言い争っている声が耳に入った。
目を向けると、達也が女子生徒を庇うように立っている。
藤丸は足を止め、声をかけた。
「達也、どうしたんだ?」
「皆で帰ろうとしたところを、そこの生徒達に難癖をつけられてな」
「難癖じゃない!」
達也の会話が聞こえたのか、男子生徒がさらに声を荒らげる。
「僕たちは彼女に相談があるんだ!」
「深雪さんはお兄さんと一緒に帰ると言っているんです。何の権利があって二人の間に割り込むんですか!」
美月が珍しく、はっきりと声を上げて抗議した。
(お兄さん? 達也の妹か)
藤丸は“深雪”という名前を、そこで初めて結びつける。
「君、キリエライトさんだよね? キリエライトさんも僕たちと一緒に帰ろうよ」
美月の抗議を無視するみたいに、今度はマシュに矛先が向く。
マシュは迷いなく首を振った。
「すみません。私は先輩と帰ります。ですので、あなたたちとは帰りません」
「なっ……そいつは――ウィードだぞ」
男が苛立ちを隠せず、差別用語を口にした。
マシュの目が細くなる。少し怒っている雰囲気だ。けれど、言葉を返す前に、美月がさらに声を上げる。
「まだ同じ新入生じゃないですか。私たちとあなたたちで、一体どれだけ差があるというんですか!」
「……そうか。だったら教えてやるよ」
空気が一段、ささくれ立つ。
「おもしれぇ。是非とも教えてもらいたいもんだ」
レオが挑発すると、男がCADに手をかけた。指先が滑るように操作を走らせ、狙いをレオへ定める。
レオも前へ出る。――止める気だ。
(まずい、間に合わない)
藤丸は内心だけで息を呑む。この距離で魔法を撃たれたら、レオが怪我をする。
男の魔法が、わずかに早く発動しかけた、その瞬間――
「ぐっ……!」
乾いた音。男の手からCADが弾かれて地面を跳ねた。
「この距離でやる気? この距離なら、体を動かした方が早いのよ」
エリカが警棒のようなもの――折り畳み式の警棒を手に、平然と言い放つ。
「くそ……!」
CADを叩き落とされた男の後ろで、別の男子生徒が歯噛みする。その手が滑るようにCADを抜き――狙いを、藤丸へ向けた。
その瞬間。
藤丸が止めるより早く、空気が沈んだ。
まるで重石でも落ちたみたいに、校門周辺の温度が一段下がる。
「……ひっ」
狙いを定めていた生徒が、反射的に声を漏らした。周囲の誰もが息を止める。理由は分からない。けれど本能が「やばい」と告げていた。
「メリュジーヌ」
藤丸は、誰にも聞こえない小さい声で止める。
次の瞬間、重さがふっと消えた。ざわめきだけが遅れて戻ってくる。
「みんな、だめ!」
離れた位置にいた女子生徒が慌てて魔法を展開しようとする。だが式は形になる前に乱され、霧散した。
誰かが――強引に割り込んだのが分かる。
「そこまでです」
凛とした声が落ちた。
人垣を割って現れたのは、生徒会長の七草真由美と、風紀委員長の渡辺摩利だった。
「事情を聞きます。関係者は全員、ついてきなさい」
摩利の声は低く、拒否を許さない。
「すみません。悪ふざけが過ぎました」
達也が一歩前に出る。
「悪ふざけだと?」
摩利が疑う視線を達也に向けた。
「森崎のクイックドロウは有名です。少し見せてもらおうとしただけです」
摩利の視線が、先ほどCADを向けた生徒へ移る。
「そこの女子生徒は、攻撃性のある魔法を使用しようとしたように見えたのだが?」
「あれはただの閃光系の魔法ですよ」
「……君は、展開されかけた魔法式を読み取れるのか?」
達也が静かに頷く。
真由美が一歩前に出て、柔らかく笑った。
「達也くん。本当に“見せてもらう”つもりだったのよね?」
「はい」
「分かった。今回は不問とする」
摩利が踵を返しかけて、ふと思い出したように振り向いた。
「君の名前は?」
「司波達也です」
「……覚えておく」
摩利は短く言い、真由美と並んで歩き出した。
二人が校門前を離れると、張っていた空気がようやく緩んだ――はずだった。
森崎が一歩前へ出る。
「俺はお前を認めないぞ! 司波さんと……キリエライトさんは、僕たちといるべきなんだ!」
「お前に認めてもらうつもりはない」
達也は声も表情も変えずに返す。
「ぐっ……」
森崎は怒りで顔を歪めかけるが、先ほどの厳重注意が効いたのか、拳を握りしめて言葉を飲み込んだ。
結局、乱暴に視線を逸らし、そのまま背を向けて立ち去っていく。
「あの……」
達也が踵を返しかけたところで、控えめな声が飛んだ。
「先ほどは……すみませんでした。私光井ほのかって言います」
隣の少女も淡々と続ける。
「北山雫」
「司波達也だ」
「俺は藤丸立香。よろしく」
その後も短い自己紹介が二、三続き、空気が少しだけ和らいだ。
ほのかが遠慮がちに手を上げる。
「あの……よかったら、一緒に駅まで帰りませんか?」
提案に異論は出ない。自然な流れで“皆で帰る”ことが決まった。
歩き始めてしばらくして、ほのかがふと思い出したようにマシュへ視線を向ける。
「マシュさんって……外国の人、ですよね?」
「はい。国籍としては、イギリスになっています」
「今どき珍しいよねー。外国籍の生徒って」
エリカが軽く言う。
達也が淡々と補足した。
「優秀な魔法師は貴重だからな。国によっては、国外に出すこと自体を嫌がる」
「……そうですね。私の場合は、少し事情があって」
マシュはそれ以上を言わず、曖昧に笑った。
その横で、レオが肘で藤丸を小突いた。
「立香とマシュって、どんな関係なんだ? 付き合ってるのか?」
「付き合ってないよ。言葉にするなら……相棒かな」
「はい。私は先輩の相棒であり、サポート役です」
マシュがきっぱり補足する。
「へぇ~」
レオが面白がるように笑った。
「……それはそうとさ」
エリカがふっと思い出したみたいに藤丸を見る。
「さっきの、あれ。あの魔法? 何だったの」
少し離れて歩いていたほのかと雫も、首を傾げてこっちを見た。
藤丸は喉が軽く鳴るのを感じた。
「あ、あの魔法って? 俺、魔法使ってないよ」
「ほら、空気が一瞬重くなったっていうか……ちょっと息苦しくなったやつ」
「ええっと……」
言葉を探す。誤魔化すなら早い方がいい。なのに、うまい嘘が出てこない。
そのとき、達也が横から淡々と言った。
「エリカ。他人の魔法を詮索するのはマナー違反だ」
一拍おいて、続ける。
「――必要以上に触れない方がいい」
「えー……まあ、それもそうね」
エリカは意外なほどあっさり引く。
藤丸は胸の奥で、ほっと息を吐いた。
駅が見えてくると、人の流れが一段増えた。制服の群れに押されるようにして、藤丸たちは改札前まで歩く。
「じゃ、俺はこっちだ」
レオが手を上げる。
「明日な、立香」
「うん、また明日」
「私もこっち」
エリカが軽く言って、ほのかと雫の方を見る。
「じゃあね。また明日、学校で」
「うん、またね」
ほのかが笑って、雫は小さく頷いた。
人が流れて、距離ができる。最後に残ったのは、藤丸とマシュだけだった。
「……先輩」
マシュが少しだけ声を落とす。
「今日は、お疲れ様でした。無理は……していませんか?」
「大丈夫。疲れたけど、楽しかったから」
藤丸は笑って、改札の向こうを見た。
「なんか……変な表現だけど、ちゃんと“学校”って感じだった」
マシュは少しだけ目を細める。
「……私も、初めての学校で。まだ胸がドキドキしてます」
真面目な顔なのに、言葉の端がほんの少し弾んでいる。
藤丸はそれが嬉しくて、つい笑った。
「……帰ろうか」
「はい。ご一緒します」
藤丸は制服の袖を引いて、歩き出す。
春の夕方は、朝より少しだけ優しかった。