放課後。
藤丸は教室の机を整えながら、帰り支度をしていた。
(マシュと晩ご飯の買い出しに行く予定だったな)
ふと思い出す。けれど今日は生徒会の用事がある。マシュは遅くなるだろう。
なら買い出しは自分ひとりで済ませればいい——そう決めて、藤丸は生徒会室へ向かった。
せめて「先に行ってる」とだけ伝えておきたかった。
生徒会室は校舎の奥まった場所にある。
廊下の人通りが薄くなり、扉の前に立つと、昼とは違う空気がまとわりつく。
——中から声が漏れていた。
「……だから、二科生なんだ」
抑えた声なのに、刺がある。
藤丸は扉に手をかけたまま、一瞬だけ固まった。
「……二科生であることが、能力の有無と関係ありますか?」
深雪の声が返る。丁寧なのに、はっきりと怒っている。
次の瞬間、真由美先輩の声が間に割って入った。
「まあまあ、二人とも落ち着いて——」
マシュが小さく息を吸うのが聞こえた。
藤丸は「今さら引けないな」と思い、ノックしてから扉を開ける。
「失礼します」
室内は昼より人数が多い。
真由美先輩、摩利先輩、市原先輩、中条先輩。
達也と深雪、マシュもいる。
それに、見覚えのない男子生徒がひとり——姿勢が良く、若いのに言葉の端が妙に硬い。
そしてもうひとり、壁際に三年生の男子が立っていた。制服の上着を肩にかけた姿だけで、“強い”と分かる圧がある。
(十文字会頭……)
名前だけは耳にしていた。第一高校の“顔”みたいな人だ、と。
「藤丸くん? どうしたの?」
真由美先輩が笑顔を向ける。けれど、その奥に困りが混じっていた。
「いえ、マシュに伝言を——」
そう言いかけたところで、マシュがすぐ近くまで来る。
——その瞬間。
「無関係の者を入れていいのか」
硬い声を出したのは、さっきの男子生徒だった。
真由美先輩が言いかけるより早く、深雪が一歩前へ出る。
「藤丸さんは関係者です。昨日も今朝も——私たちと行動を共にしました」
「それは“同級生”としての話だろう」
男子生徒が眉をひそめる。
「ここは生徒会室だ。遊び場ではない。まして規律を扱う場に、二科生を出入りさせる必要はない」
空気が少しだけ冷える。
藤丸は「またか」と思った。……正直、嫌だなとも思う。
それでも表情には出さない。この学校の“いつもの延長”だ。
けれど深雪は違った。
「……二科生を見下すような言い方は、おやめください」
「見下してはいない。事実を言っているだけだ」
男子生徒は視線を達也へ向けた。
「司波達也。君も二科生だ。君は理解しているはずだろう。君が風紀委員に選ばれるのは不適切だ」
達也は表情を動かさない。
「理由は」
「実力だ」
男子生徒が言い切る。
「君は“魔法式が見える”と言った。だが、見えることと運用できることは別だ。
風紀委員は現場で判断と制圧が必要になる。事故が起きたら、誰が責任を負う?」
深雪の目が鋭くなる。
「お兄様を侮辱しないでください」
「侮辱ではない。評価だ」
男子生徒は譲らない。
「七草会長、渡辺先輩。私は副会長の服部刑部少丞範蔵です。責任ある立場として、看過できません」
(服部……昼休みに会長が言ってた名前だ)
想像より“真面目”というより、“堅い”。
真由美先輩が困ったように笑う。
「服部くん、それ以上は——生徒会長として許しませんよ」
摩利先輩が言葉を切る。
「服部。私が決めた」
「だからこそです、渡辺先輩」
服部が強く言う。
「風紀委員は“力”の組織です。力がない者に権限を与えるのは——」
「力がない、と決めつける根拠は?」
深雪が静かに問う。
服部は一瞬だけ詰まって、言い方を変えた。
「見たことがない。二科生が一科生より優れている例を」
そして達也を真正面から見た。
「なら証明してもらう。君が風紀委員にふさわしい実力を持つと」
室内の空気が張る。
真由美先輩が「えっ」と目を丸くする。
摩利先輩は表情を変えない。変えないまま、目だけが少し鋭くなる。
「……決闘を申し込む、ということか」
摩利先輩が確認するように言った。
服部は迷いなく頷く。
「はい。形式は訓練場で。立会人がいれば問題ありません」
深雪が言いかける。
「お兄様、そんな——」
「深雪」
達也が短く止めた。
それから服部を見る。
「いい。受ける」
真由美先輩が慌てて声を上げる。
「達也くん、待って——!」
けれど十文字先輩が静かに前へ出た。
「……なら、俺が立会いをする」
声は大きくないのに、室内がすっと静まる。
“十文字会頭”という肩書きが、音もなく場を制圧した。
「訓練場へ行こう。これ以上ここでやっても話が進まない」
摩利先輩も頷く。
「私も同行する。会長、問題ないな」
「……うん。安全管理は最優先。絶対にやり過ぎないこと。いい?」
真由美先輩が念を押す。
達也は短く。
「了解しました」
服部も同じように。
「了解しました」
流れが決まってしまう。
藤丸は「買い出しどころじゃないな」と思いながら、マシュを見る。
「先輩……」
マシュの声は小さい。けれど不安が混じっている。
藤丸は肩をすくめた。
「成り行きで来ちゃったし、ここまで来たら最後まで見るしかないだろ」
それから達也へ声をかける。
「達也。大丈夫?」
「問題ない」
達也は淡々と返した。いつも通りの声だ。
一同が生徒会室を出て、訓練場へ向かって歩き出す。
廊下の窓から入る夕日が、長い影を床に落としていく。
今日は“日常”のはずだった。
なのに、こういう形で“実力”が試される場に立ち会うことになる。
——まあ。
学校って、案外こういうものなのかもしれない。
そう思い込むようにして、藤丸はみんなの後ろについていった。
服部刑部少丞範蔵先輩が嫌なやつになってしまった。
ごめんなさい服部刑部少丞範蔵先輩