魔法科高校の帰還者   作:テトマト

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第9話

訓練場と呼ばれていた場所は、屋外のグラウンドじゃなかった。

校舎の奥、風紀委員会の区画を抜けた先——防音の効いた、白い床と白い壁の「部屋」だ。扉が閉まると、廊下の気配がすっと遠くなる。

 

ここにいるのは、立会いを務める十文字会頭と七草会長、風紀委員長の渡辺先輩、生徒会の面々、それから当事者の達也と服部。

そして、なぜか成り行きでついてきた藤丸とマシュだけだった。

 

「じゃあ、始める前にルール確認ね」

七草会長はいつもの柔らかい声のまま言うが、目は真剣だ。

「勝負は一般的な模擬戦形式。危険な魔法は禁止。相手の行動不能で終了。……いい?」

 

「了解しました」

達也が短く返す。

 

「了解です」

服部も硬く答える。姿勢は良い。けれど、さっきから視線だけが忙しく動いている。

 

七草会長が、藤丸の方へふっと視線を寄越した。

「藤丸くんは、どっちが勝つと思う?」

 

藤丸は迷わなかった。

「達也が勝ちます」

 

「え?」

七草会長が素直に目を丸くする。

「根拠、聞いてもいい?」

 

「達也、さっきからずっと落ち着いてます。決闘が決まった瞬間から、服部先輩の動きを“読んでる”」

藤丸は言葉を選びつつ続けた。

「たぶん……戦い慣れてる人の目だと思います。で、その達也が“大丈夫”って言いましたから」

 

七草会長は一瞬、驚いた顔のまま固まって——小さく笑った。

「……なるほどね。楽しみにしてるわ」

 

十文字会頭が淡々と告げる。

「準備はいいか」

 

「はい」

達也が答える。

 

「問題ありません」

服部も言う。肩に力が入っているのが、逆に分かりやすい。

 

十文字会頭が一歩だけ前に出た。

「開始の合図で始めろ。——始め」

 

その瞬間だった。

服部が魔法を発動するより早く、達也の姿が消えたように見えた。

いや、消えたんじゃない。動きが“無駄なく速い”。

 

次の瞬間、服部の背後に達也がいた。

 

「――っ!?」

服部が振り向こうとした、その動きが途中で止まる。

何かが、彼の意識の糸をぷつんと切ったみたいに。

 

「……ぐ」

服部は意識を保てず、前のめりに倒れる。

 

「終了だ。勝者、司波達也」

十文字会頭の声は低く、はっきりしていた。

 

七草会長がぽかんとした顔で、十文字会頭を見る。

十文字会頭は表情を変えないまま、短く頷く。

「……ただの気絶だ。」

 

深雪が息を呑んで、それから胸をなで下ろす。

服部の実力を知っている生徒会メンバーや渡辺先輩も、目を瞬かせていた。

 

藤丸は——ただ、達也の背中を見ていた。

(やっぱり、強い)

 

達也は何事もなかったみたいに、服部から視線を外す。

そこへ深雪が労うように近づく。

 

「さすがです、お兄様」

「ああ」

達也の表情が、ほんの少しだけ柔らかくなった。

 

「……すごい」

七草会長が、やっと息を吐いたみたいに言った。

 

渡辺先輩が服部の脈を確かめ、短く頷く。

「問題ない。すぐ戻る」

 

十文字会頭は服部を静かに床へ寝かせ、襟元を整えると、達也へ視線を戻した。

「……これで、風紀委員の件に異論はないな」

 

「はい」

七草会長が即答する。どこか楽しげに、けれど責任を持って。

「達也くん、正式にお願いね。渡辺先輩、手続きよろしく」

 

「了解」

渡辺先輩は淡々と返した。

 

深雪は胸の前で手を組んだまま、少しだけ肩の力を抜く。

マシュもほっとした顔で頷いていた。

 

——そこで、七草会長の視線がふっと横へ流れた。

達也ではなく、藤丸の方へ。

 

「……ねえ、藤丸くん」

声が一段、軽くなる。

「さっき、達也くんが勝つって言い切ってたでしょう? 当たっちゃったね」

 

「まあ……」

藤丸は曖昧に笑うしかない。

 

七草会長は口元に手を当てて、くすっと笑った。

「じゃあさ。藤丸くんも、強いのかしら?」

 

「え?」

藤丸が目を丸くする。

 

七草会長は悪気なく言う。探るというより、純粋な好奇心だ。

「気のせいならいいんだけど——気になっちゃうよね?」

 

「いや俺は——」

弱いですよと言い切る前に、マシュが一歩前に出た。

 

「先輩は、とても強いです」

 

まっすぐな声だった。

藤丸が「マシュ?」と止めるより早い。

 

言い切ってから、マシュははっとして、少しだけ頬を赤くする。

「す、すみません……」

 

空気が止まる。

七草会長が瞬きをする。

市原先輩と中条先輩は目を丸くし、渡辺先輩ですら一瞬だけ視線が動いた。

 

藤丸は頭を抱えたくなった。

 

「……面白い」

低い声が落ちた。

十文字会頭だった。

 

表情は変わらない。けれど、目だけが藤丸を捉えている。

“興味”というより、確認の目だった。

 

「藤丸」

名を呼ばれ、藤丸は反射で背筋を伸ばす。

 

「七草が気にするのも分かる。渡辺先輩も、今の反応を見ている」

十文字会頭は淡々と言い、少しだけ間を置いた。

「……提案がある」

 

七草会長が慌てて言う。

「え、十文字くん? まさか——」

 

「模擬戦だ」

十文字会頭が言い切る。

「短時間でいい。危険のない範囲で。——俺がやろう」

 

「一科生でも優秀なキリエライトが断言するんだ。力を見ておきたい。もちろん断ってくれても構わない」

 

藤丸は息を呑む。

十文字会頭が用意してくれた逃げ道に乗っかって断ろうとすると、

 

「先輩……」

 

声が聞こえてマシュを見る。

視線を向けると、マシュがこちらを見ていた。

不安じゃない。むしろ——信じ切っている目だ。

 

“先輩なら大丈夫です”

そう言われた気がした。

 

その目の前で「無理だ」と言うのは、先輩として格好がつかない。

 

「分かりました。引き受けます」

 

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