めざせ踏み台マスター   作:d_chan

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第0話 羞恥心で死にそうだ(2)

「エイナ、セットアップ!」

Резервная леди, установка!(stand by, ready, set up)

 

 

 フェイト・テスタロッサと高町なのはの決闘と決着。そしてそれを邪魔するように現れた若き執務官。彼は狙いすましたかのようにフェイトをバインドで縛り上げた。

 しかしそこで膠着を破るように。封時結界で隔離された晴天の海鳴公園に、赤い五芒星のテンプレート(魔法陣)が出現すると転移をして来た影があった。

 ミッドチルダ式でもベルカ式でもない見慣れぬテンプレートである。

 

 旧ソ連軍の軍装――残念ながらこの場の人間は知らなかったが――に身を包んだ子供のソプラノボイスが響き渡る。

 全体的に地味な色合いの軍装だったが、黒いつば付きの制帽(シュラーフカ)の月桂樹付きの赤い星がトレードマークになっていた。肩章には大きく星が一つ(マルシャル)だけ自己主張している。

 手にはアサルトライフル――AK-47(カラシニコフ)――をもち、背後を使い魔らしき金髪碧眼の少女が守っていた。

 

 周囲を伺う少女も同様の軍服に身を包み肩章は一本縞に星4つ(カピターン)。赤い星をおでこに制帽を包むラズベリー色の兵科色は狙撃兵(歩兵)であることを示していた。当然のように彼女も狙撃銃(ドラグノフ)を抱えている。

 

 突然の闖入者に、時空管理局の若き執務官クロノ・ハラオウンは目を見張った。

 とはいえ、彼の仕事は変わらない。

 

 

「まだ魔導師がいたのか!? 管理外世界での魔法の使用は違法だと知らなかったのか?」

「そんなことはどうでもいい。お前、フェイトをどうするつもりだ」

「……違法な魔法行使の現行犯で、連行するところだ」

「俺は管理局なんて知らない。だから、そこの黒いのが正しいのかもしれない。けれどな――――」

 

 

 そう言って、キッとクロノを見据える。

 クロノは思わず身構えた。

 目の前のおそらく10歳にも満たないであろう少年に気圧されたのだ。

 あらためて少年を観察してみると、輝く銀髪にルビーとサファイアのオッドアイ。

 驚くほど整った容姿をしていた。

 手に持った武器は、一見質量兵器にも見えたが、デバイスのようだった。

 

 

 そしてなにより、その恐るべき魔力量。

 目算だがSランクを超えているのではないだろうか。

 彼は小さな、しかしよく通る声で朗々と言い放った。

 

 

「俺の嫁に、手を出すな」

 

 

 バインドに捉えられたフェイトは、ミーシャ、とつぶやくと満更でもなさそうに照れていた。

 その一方で、もう一人の少女なのはは、一気に不機嫌そうなオーラを放つ。

 オーラは溢れだす魔力となって、空間を震わせていた。

 そして、そんななのはを見て、フェイトが、フッ、と勝ち誇った表情をしているのを見てしまった。

 嫁? 修羅場になった空気にクロノがおののいていると、その張本人は、場の空気にも気づかずに悶えていた。

 

 

(は、恥ずかしいよぉ……)

 

 

 怜悧な美貌の下で、羞恥心に身を震わせていたのだった。

 

 

 

 クロノ・ハラオウンは、この戦闘が想定よりずっと長引いていることに、静かな焦りを覚えていた。

 管理外世界における違法ロストロギア、ジュエルシードの回収。任務の目的はシンプルだ。それでも、目の前の二人が厄介だった。

 高町なのは。ミッドチルダの管理局基準でいえばAAAランク相当か、あるいはそれを超えるかもしれない少女。現地の民間人だ。違法行使の当事者というよりは、事態に巻き込まれた側に近い。無理を言って協力してもらっている。

 

 そしてフェイト・テスタロッサ。こちらは明確に違法行使の現行犯だ。だが、素直に連行させてくれるほど事は単純でない。なにしろ彼女は、今この瞬間も全力でなのはと戦い続けている。

 隙を見てバインドを展開する。フェイトを封じる。それが今すべき動作だった。

 魔法陣が展開し、二本の光が空間を縫う。

 ――そのとき。

 

 封時結界の中に、異質な転移光が灯った。

 

 クロノは即座に身構えた。ミッドチルダ式でも、ベルカ式でもない。赤い五芒星のテンプレート魔法陣が収縮し、消える。その中心に立っていたのは――。

 

 

「エイナ、セットアップ!」

Резервная леди, установка! (stand by, ready, set up)

 

 

 子どもだった。

 

 いや、外見は子どもだ。しかしその場の魔力密度が、一瞬で塗り替えられた。クロノは肌で感じた。Sランクを超えている。目算ではきかない。こんな魔力量を持つ存在が、この管理外世界に、しかも子どもの姿で存在しているという事実が、頭の処理をわずかに遅らせた。

 

 旧式の軍装。全体的に地味なカーキ色の詰襟に、黒いバイザーのついた制帽。赤い星のエンブレム。手に持つのはアサルトライフル型のデバイス――おそらく。いや、あの魔力保有量を見れば、確実にデバイスだ。そして背後に立つ金髪の少女。ざっと見てもSランク以上の魔力を纏っている。使い魔だろう。デバイスらしき狙撃銃を搔き抱いている。

 まさか質量兵器ではないと思いたい。

 

 銀髪と、左右で色の違う瞳。

 整いすぎた顔立ちは年齢の判断を難しくさせる。子どもとも、成熟した誰かとも取れた。

 

 執務官として、クロノは問いかけた。

 

「まだ魔導師がいたのか!? 管理外世界での魔法の使用は違法だと知らなかったのか?」

「そんなことはどうでもいい。お前、フェイトをどうするつもりだ」

 

 どうでもいい。

 時空管理局の執務官に向かって言う台詞ではない。しかし少年の声には怒りも挑発もなかった。ただ、事実として「どうでもいい」と言っている。その落ち着きが、逆にクロノを警戒させた。

 

「……違法な魔法行使の現行犯で、連行するところだ」

「俺は管理局なんて知らない。だから、そこの黒いのが正しいのかもしれない。けれどな――――」

 

 少年がキッとクロノを見た。

 

 思わず身構えた。10歳にも満たないだろう体躯。そこから放たれる視線が、想定していた以上の圧を持っていた。感情的な圧力ではない。もっと静かな、意志の圧力だ。

 

 少年は、よく通る声で言い放った。

 

「俺の嫁に、手を出すな」

 

 クロノは、一瞬、状況の把握に遅れた。

 嫁。

 今の状況で、その言葉が来るとは思っていなかった。

 

 バインドに捕らわれたフェイトが「ミーシャ……」とつぶやいた。満更でもなさそうな、照れを含んだ表情で。

 その一方でなのはの魔力が、突如として膨れ上がった。怒気を帯びた桜色の光が、余波だけで地面を揺らしている。

 フェイトがなのはを見た。唇の端に、微かな笑みを浮かべていた。勝ち誇ったような笑みだ。

 

 修羅場だ、とクロノは思った。

 任務中に修羅場が発生した。執務官として、どう対処すべきか。マニュアルにはない。

 

 

 

 (言ったーーーーーー!!!!!!!)

 

 表情は動かしていない。動かせていないのか動かしていないのかは微妙なラインだが、エイナが制御してくれているのでたぶん大丈夫だ。

 でも内心では絶叫していた。

 

 嫁。

 嫁。

 俺の嫁。

 

 口から出た瞬間に、恥ずかしさが全身を駆け抜けた。

 物理的な痛みに換算するなら、全身を蕁麻疹が走るような感覚だ。いや経験はないが。

 

 でも、やらなければいけない。

 これは踏み台転生者としての職務だ。プロの仕事だ。

 Arcadiaやにじふぁんで読んできた無数の踏み台転生者たちが、いまの僕を見たらなんと言うだろう。「よくやった」と頷いてくれるだろうか。あるいは「まだ全然足りない」と叱咤するだろうか。

 

 どちらにせよ、彼らの存在が僕の背中を押している。

 前世の病室で、画面の向こうに見ていた夢みたいな世界。

 ここはその世界だ。本物のなのはとフェイトがいて、クロノがいて、海鳴の空が広がっている。

 

 その中で、僕が踏み台として機能することが、この物語を動かすんだ。

 

 だから恥ずかしくても言う。

 頬が内側から燃えていても、凛々しく立っていなければいけない。

 

 僕の名前は、ミハエル・カラシニコフ。

 僕には秘密がある。

 世界的に有名な銃器デザイナーとの関係は――全く一切ない。

 だがしかし! 銀髪オッドアイ、無限の魔力、チートデバイスなどなど。

 

 そう、僕は『転生者』なんだ。

 しかも、『踏み台転生者』なのだろう。

 え、かわいそうって?

 そんなことない。

 残念ながら転生させてくれた神様にはお会いしたことはないが、心から感謝している。

 

 僕の前世は、ずっと不治の病との闘いだった。

 ずーっと病院のベッドで過ごす日々。

 結局、一度も学校に行くことができずに死んでしまった。

 だから、転生神には、心から感謝しているし、毎日お祈りを欠かしたことがない。

 この容姿に気付いたとき、僕はすべてを理解した。

 

 ――――『踏み台転生者』となって正統派オリ主の糧となることこそ、神に与えられた使命なのだ、と。

 

 どうやらこの世界は、魔法少女リリカルなのはの世界らしいんだよね。

 見たことあるのかって? あります!

 病院のベッドが僕の世界のすべてだった。だから必然的にインドアにならざるを得ないし、アニメや漫画は僕の人生だった。

 現実の世界は病室の窓から見える景色が、僕のすべて。だから、ブラウン管から見える夢の世界が僕に生きる勇気を与えてくれた。

 まあ、死んじゃったんだけど。

 

 重ねて言うが、転生神には本当に感謝しているんだ。踏み台転生者の大役だって全うしてみせるよ!

 二次創作は大好物だったからね。もうプロ級だよ。色々な作者さんの踏み台転生者を読んできたから。プロだから。

 にじふぁんやArcadiaは僕のバイブルだからね。

 踏み台転生者だって、その滑稽な姿だったり改心していいやつになったり。様々なキャラクターは、確かに僕の人生に彩りを与えてくれたんだ!

 

 ただし、チートの中にニコポやナデポは入ってなかったので、最低系ではないのかな?

 ちょっとだけほっとしたのは内緒である。

 もちろん転生神から指令が来れば従うつもりだけどさ。

 

 だから頑張ってなのははもちろん、すずかやアリサに嫁発言をして踏み台っぽさを演出している。

 その甲斐あって、僕が声をかけると、怒りで顔を真っ赤にしてくれる。

 数少ない友人には爆発しろ! とか罵られる。わかっているけど悲しい。

 でもね。やっぱり精神年齢的にいい歳した大人が、幼女に嫁嫁いうのは、恥ずかしい。

 好きなんじゃないのかって? 僕はロリコンじゃないので対象外です。

 

 踏み台転生者というのは、二次創作界隈においてある種の様式美を持った存在だ。

 正統派オリジナル主人公が鮮烈に輝くためのかませ犬。

 あるいは、改心の余地を持たせることで物語に深みを与えるサブキャラクター。

 チートを持っていながら最終的には正統派主人公に負けるか、もしくは人間的に成長して脇役に徹するか。

 役割は様々だけれど、要するに「主人公を引き立てる存在」だ。

 

 それが僕の天命だ。だったら全力でこなさなければいけない。

 

 半端な踏み台では正統派オリ主の魅力を引き出せない。高い踏み台であればあるほど、超えてきた主人公が輝く。これは職人の仕事だ。魂を込めてこそ踏み台に意味がある。

 

 だから嫁発言をする。

 だから大げさに登場する。

 だから悔しそうにしてみせる。

 

 それが、僕にできる最高の「応援」だと思っているから。

 

 でも。

 

 恥ずかしいんだよ!!!

 これがもう本当に!!!

 

 好きなアニメのキャラクターを目の前にして「嫁」とか言わされる心境がわかるか?

 しかもフェイトはあんなに健気でかわいい子で、なのははあんなに一生懸命で、どちらも本当に素敵な子たちで。

 そういう子たちに対して踏み台ムーブをかまし続けるのは、内心とても申し訳ない気持ちでもある。

 でも、なぜかフェイトは「ミーシャ」と呼んで嬉しそうにしてくるが、なのははものすごく怒ってくれるし、クロノは困惑してくれるし、踏み台としての機能は果たせているらしいのが救いといえば救いだ。

 

 銃型デバイスAK-47――愛称エイナ――とハムスターの使い魔ドラグノフとともに、理想の踏み台目指して今日も頑張ります!

 

 だから、はやく正統派オリ主よ。来ておくれ。

 

 羞恥心で死にそうだ。

 

 

 

 ドラグノフは、敬愛する飼い主(モイ・ホジヤイン)を背後からじっと見つめていた。もちろん、周囲への警戒も忘れない。

 このアニメは前世で予習済みだ。これは本当に幸いだったと言える。

 それだけに好きなアニメ世界を素直に楽しむことができない現状を歯がゆく思っていた。

 正直、踏み台転生者とか正統派オリ主(テンプレオリシュ)とかドラグノフにとってはどうでもよかった。

 飼い主が楽しそうに過ごしてくれればそれでよかったのだ。

 

 だから――邪魔なのだ。

 

 イスカリオテやホテル・モスクワの同志たちも同じ意見である。

 IQ200を誇る頭脳担当の少女は先手を打って発見次第抹殺する気でいる。

 だがしかし、いまだ見つかっていないのだ。

 

 組織力を使えば地球でもミッドチルダでも見つけられる。そう踏んでいたのだが。

 時の庭園では見つけたと思ったら違っていた。今となっては大切な家族である。

 当時は敵意を向けてしまいいまだに申し訳なく思っている。

 

 この物語は、もはや我々の物語なのだ。

 我々が始めた物語に余計な異物など不要。

 

 原作をなるべく変えたくないと言っている飼い主が、犬猫のように原作キャラを拾ってくるのは正直どうなのだろう。

 あれで本気で踏み台を目指しているらしいのだ。

 

 難しいことはハムスターであるドラグノフにはわからない。

 けれども、この名に懸けて飼い主を守る。この誓いだけは忘れない。

 せっかくドラグノフつながりで便利な体も得たのだから。

 

 

 

 でも、フェイトが嬉しそうにしてくれているのを見るのは……正直、ちょっとうれしい。

 いや、ロリコンではないので、父性的なものだ。それだけだ。断じてそれだけだ。

 

 踏み台としては敵対したかったのだが、こちらの諸事情により方針転換している。パパと呼んで慕ってくるあの子ことを考えると、どうしても敵対できなかった。

 これは僕のわがままであり、転生神様には罰を与えるのは僕だけになるように祈っている(頼んである)

 

 

 その一方で、なのはのオーラが膨れ上がっているのが怖い。

 あとクロノが「どうすればいいんだこれ」という顔をしているのを視界の端で捉えている。

 

 修羅場を生み出してしまった。

 踏み台として登場し、嫁発言をし、場をかき乱す。ここまでは想定通りだ。でも、このまま修羅場が拡大すると話が変な方向に転がりかねない。

 フェイトと仲良くしたいなのはにとって、大嫌いな自分(ミハエル)がフェイトを誑かしているように見えるのだろう。

 さて。正統派オリ主が来る前に、舞台を整えておく必要がある。それも踏み台の仕事のうちだ。

 

 踏み台転生者は、ただ踏まれるだけの存在じゃない。物語が正しく動くための土台だ。

 しっかり踏ん張って、正統派オリ主が来る時のために舞台を整えておく。それが僕の使命だ。転生神への恩返しだ。

 

 

 よし。フォローをしなければ。

 

 

 

 少年が、なのはに向けて口を開いた。

 

「……なのは」

「なに!?」

 

 クロノから見ても、なのはの返答は鋭かった。少年の声がどこか「落ちつかせようとしている」響きを持っていたのが余計に逆効果になった形だ。

 少年は一瞬、居心地悪そうに視線を泳がせた。

 わずかな沈黙。

 

「……えーと」

 

 凛とした立ち姿と、あの沈黙は、少々アンバランスだった。

 クロノには、その落差が妙に印象的だった。

 あれだけの魔力と、あの風格。なのに今、この少年は明らかに言葉に詰まっている。

 

「フェイトも今は大変な状況だ。その……嫁とかそういう話は、後でゆっくり」

「後でゆっくり?!」

 

 悪化した。

 なのはの魔力が再び揺らいだ。クロノでさえ、その温度上昇が感じ取れた。

 背後の金髪の少女がわずかに前に出ようとして、少年がかすかに手を上げてそれを制した。

 

 (やってしまった)

 

 と、少年が思っているのかどうかはわからない。顔には出ていない。よく制御されている。だがその後の間合いの取り方、足の向きのわずかな修正から、クロノには「失敗を認識した人間の動作」が読み取れた。執務官として、そういうものを見る癖がついていた。

 

 少年は今度は、フェイトのほうを見た。

 

「フェイト」

「……なに」

「お前が今まで、なにを考えて戦ってきたか。俺は知っている。お前の事情を知っている人間がここにいる。それだけは覚えていてくれ。お前を応援する人間も、な」

 

 フェイトが、静かに目を見開いた。

 その表情の変化は小さかった。しかしバインドで動けない状態で、それでも彼女の瞳に揺らぎが生まれたのをクロノは見た。

 

 どういう関係だ?

 

 執務官として情報を整理する。少年の名乗りはまだない。使用しているのは謎の魔法陣 (テンプレート)。規格外の魔力量。それで「フェイトの事情を知っている」と言う。

 

 

 

 フェイトの目に動揺が走ったのを見て、僕は少しだけ安心した。

 届いた。ちゃんと届いた。

 

 踏み台転生者として大事なのは、ただ嫌われることじゃない。登場して荒らして消えるだけが踏み台じゃない。

 橋渡しをすることも、仕事のうちだ。

 クロノとなのはとフェイトが、ちゃんとその後に繋がっていけるように。物語の舞台が整うように。

 それが、正統派オリ主が来る前の僕にできることだ。

 

 でも今は、なのはのほうが先だ。

 

 なのははまだ機嫌が悪い。当然だ。わかる。本当によくわかる。

 嫌いな相手が突然現れて「俺の嫁」とか言い出したら、そりゃ怒る。

 どんな状況でもそれは怒る。むしろ怒らないほうがおかしい。

 

 深呼吸。

 気持ちを落ち着けて、なのはのほうを向く。意識しないと僕と言ってしまいそうになるから。

 

「なのは。お前が怒っているのは正しいと思う。俺のさっきの言い方は、お前に対して失礼だった(だってフェイトの嫁はなのはだからね)

「……それは、まあ(嫁って散々言った癖に浮気するつもりかと思ったの)」

「でも、だから謝る。ごめん(百合に挟まるギルティは犯さないから安心してもろて)」

 

 なのはが少し面食らった顔をした。

 謝られると思っていなかったのかもしれない。踏み台はシナリオ通りに動くと思われているのだろう。まあ、だいたい合っているのだが。

 

「その上で聞いてほしい。今日、この場で一番大切なのは、フェイトのことだ」

「それは……そうだけど」

「お前もそう思ってるんじゃないかな。フェイトに伝えたいことがある。だからここまで戦ってきたんじゃないのか」

 

 なのははしばらく黙った。

 その沈黙が、「図星だ」と言っていた。

 なのははそういう子だ。この子は、戦う(OHANASHIする)ことで誰かに伝えようとしている。相手の痛みも受け取りながら、それでも諦めない子だ。原作の中で何度も見たその姿は、今この瞬間も、目の前に在った。

 

 本物だ、とまた思った。

 

 本物のなのはと、本物のフェイトと、本物のクロノが、本物の海鳴の空の下にいる。

 前世の僕にはブラウン管からしか見えなかった「外の世界」が、今は手を伸ばせば届く距離にある。

 

 だから頑張らなければ、とも思う。

 偽物の僕にできることをしなければならない。

 羞恥心で死にそうでも。

 

 

 

 

 クロノの目に、この状況はひどく奇妙に映っていた。

 

 「嫁」発言で場を荒らしておいて、今度は誰よりも冷静にフォローをしようとしている。なのはを落ち着かせ、フェイトに言葉を渡し、場の空気を整えていく。

 矛盾した動き方だ。

 しかしよく見ると矛盾していない。この少年は最初から、場を壊したかったわけではない。

 では何をしたかったのか。

 

 なんだか会話に齟齬がある気もしたが、今は捨て置く。……これが後年無視できない禍根を残すことになるのだが、それを考慮せよなど酷というものだった。

 

 クロノにはまだ答えが出ていない。

 

 ただ、確かなことが一つあった。

 目の前の少年は、この場の誰のことも――なのはも、フェイトも、バインドをかけたクロノ自身でさえ――嫌いではないのだろう。

 その視線が、誰に向けられるときも、どこかおだやかだった。

 何か手の届かない眩しいものを見ているようで。

 Sランクを超える魔力と、おだやかな視線。

 この少年が何者なのか、クロノにはまだわからなかった。

 

 ただ、執務官としての直感が告げていた。

 この少年を、ただの違法行使者として扱うのは間違いだ、と。

 

 

 封時結界の向こう、日常の景色は変わらず続いている。

 空は青く太陽が天頂を過ぎていた。空と海の色が一体となっている。美しい景色だった、

 

 クロノは少年をもう一度、改めて見た。

 おそらく年齢は自分より下だ。なのはやフェイトとそう変わらない。

 なのにあの場の収め方は、明らかに子どものものではなかった。

 

 「フェイトの事情を知っている」と言った。

 どうやって知り得たのか。

 そして、なぜただ「覚えていてくれ」と言ったのか。

 

 少年は今、なのはと静かに言葉を交わしている。

 怒気はほぼ消えていた。

 どういう話をしているのか、距離があって聞き取れない。ただ、なのはが少しだけ笑ったのが見えた。

 

 奇妙な少年だ、とクロノは思った。

 それ以上でも以下でもないが、しかしその「奇妙」は、悪い意味ではなかった。

 

 

 

 なのはがようやく笑ってくれた。

 

 よかった。

 

 なのはが笑うと、なんだか場の空気そのものが温かくなる気がする。これが主人公の持つ力というやつだろうか。クロノがこちらに視線を向けているのも感じるが、今は後回しだ。

 

 ドラグノフが背後で小声で囁いてきた。

 

「よくやったであります、飼い主(モイ・ホジヤイン)

 

 ありがとう。でも声が大きい。

 

「よかったとは思いますが、それはそれとして……最初の嫁発言はどうにかならないのでありますか」

 

 ならない。踏み台の様式美だから。

 

飼い主(モイ・ホジヤイン)が不憫であります」

 

 うるさい。

 

 よよよと泣く振りをする使い魔を見て、昔より気安くなったのを感じる。悪い意味ではない。自分にとって大切な時間がどんどん増えていくのだから。

 

 さて、そろそろ無粋な雷の一撃が来るはず。

 

 そこに正統派オリ主が来て、この世界をちゃんと救ってくれる。これがベストな選択肢なのだが、本当に駆けつけてくるかは分からない。

 でも、それまでの間、僕は僕の役割を全うする。

 

 嫁発言をして、恥ずかしさに悶えて、それでも物語の土台を整える。

 前世のブラウン管からしか見えなかった世界が、今は確かに手の届く場所にある。

 だから頑張れる。

 

 ただ。

 

 本当に、羞恥心で死にそうだ。

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