翌朝。
ドラグノフとエイナとで情報を整理することにした。
「聞いてくれ二人とも。昨日からずっと考えていたことがある」
「なんでありますか
《承ります》
「まず、ここが何の世界かは昨日の時点でほぼわかっていた。海鳴市。魔法のデバイス。アルハザード。念のためエイナに地図データを調べてもらったら聖祥大学附属小学校という名前まで出てきた。完全に一致する。ここは魔法少女リリカルなのはの世界だ」
「リリカルなのは!」
ドラグノフの目が輝いた。美少女モードのままだったので、無邪気に見えて可愛い。
「吾輩も一緒に見たのでありますよ! 無印もA'sもStrikersも全部!
「え、そこまで見てたの」
「あにめは全部視聴済みであります! だから吾輩、この世界のことはよく知っているのでありますよ」
「それは助かる。正直、僕より詳しいかもしれない」
「だと思うのでありますよ。
「そうだった……」
ぐうの音も出ない。前世の自分の体力のなさが今更恨めしかった。
原作よりも二次創作の方が詳しいというダメダメオタクなのだった。
「もちろんでありますとも! 推しはレジアス・ゲイズ中将であります!」
「……渋いな」
「渋いのがいいのでありますよ!!」
ドラグノフのテンションが跳ね上がった。美少女の口から渋オジ推しの熱弁が飛び出す。
脳がバグる。でも聞く。
「目的のためなら手段を択ばない軍人としての信念! 組織の腐敗の中でもがき続けた男の生き様! ああいう人間の、どこが悪いのでありますか!」
「悪いとは言ってない」
「レジアス中将を悪く言う者は吾輩が許さないのであります!」
「言ってないってば」
ドラグノフに熱い推しがあることを、今日あらためて認識した。
これでこの娘はすごい性能の使い魔らしい。魔力ランクでS+。使い魔としては破格というか普通は維持出来ない。それを可能にしたのが、僕の無限の魔力である。
無限ハムスターパラダイスを作りたいな。
でも今は本題がある。
「落ち着いてドラグノフ。本題に入る」
「……はいであります。失礼しました」
《続きを》
「ありがとうエイナ。で、ここがリリカルなのはの世界だとわかった上で、改めて自分の設定を見てみる。銀髪オッドアイ。魔力無限大。アルハザードを超えるインテリジェントデバイス。S+以上要求の使い魔。ソ連をモチーフにした名前と外見」
「……それで」
「Arcadiaやにじふぁんを読み漁った僕だからこそわかる。これだけのものが揃っているということは——」
立ち上がった。
椅子が後ろに引っ張られる感触がした。
机を手のひらでぱん、と叩いた。
「――一見、フリーハンドのようでこの状況に見事に当てはまる役割プレイが。そう。僕たちの姿形には共通のテーマがある。
部屋に沈黙が落ちた。
エイナもドラグノフも、続きを待っている。
「ソ連→悪の帝国→悪役→踏み台転生者! これが①の式だ!
ソビエト連邦といえば、二次創作界隈において冷戦時代の象徴として描かれることが多い。赤い星。鎌と槌。
《…………》
「……踏み台、でありますか」
「そう! 次に②の式。僕の外見と性能を見ると。銀髪オッドアイ。無限の魔力。アルハザード超えデバイス。S+以上の使い魔。これだけのチートスペックを転生者に付与する理由として最も自然なのは——!」
人差し指を高く掲げた。
「正統派オリ主に『超えさせる壁』として機能させるためだ! 考えてみてくれ。踏み台が低ければ乗り越えても感動がない。でも踏み台が高ければ高いほど、それを超えた主人公の輝きが増す! だから踏み台転生者にはチートが必要なんだ。高い踏み台であればあるほど、超えてきた主人公が輝く。これが②の式!」
「…………」
「①②より、ソ連モチーフ+チートスペック=踏み台転生者。
「…………」
《…………》
無言の中ドラグノフがエイナにひっそり念話を送ってきた。
(
(なんでしょうか?)
(頭がいいのでありますか、おかしいのでありますか)
(判断が難しいです)
(どっちにせよ吾輩は
(……私も同意見です)
高らかに宣言した後。
部屋の空気が、少しだけ冷えた気がした。
「……
「なに」
「本当に、それをやるのでありますか」
「やる」
「…………吾輩、一つだけ聞いてもいいでありますか」
ドラグノフの声から熱が引いていた。
静かな、落ち着いた声だった。
「どうぞ」
「
「そうだね」
「学校にも行ったことがなかった」
「そうだね」
「お外でご飯を食べたのも、昨日が初めてだったのでありますよね。補導されかけたのも込みで」
「……そうだね」
昨夜のことを思い出す。
マフィアモードのドラグノフと二人で夜の街に出たら、職質を三回受けた。誘拐に見えたらしい。ドラグノフはプンスカしていた。「吾輩は飼い主の使い魔でありますのに! 失礼するであります!」とブツブツ言っていた。
その後、美少女モードに変身したら変身したで、今度は別の意味で人目を引いた。深夜に子ども二人だったので、あちこちから心配された。
心配されるだけならまだいい。明らかに下種な視線を向ける輩も存在した。
僕が止めなければドラグノフが血祭りにしていたかもしれない(たぶん強いと思う)
何度も止められながらどうにか飲食店にたどり着いた。初めての外食は思いがけず長い戦いだった。
お外って案外面倒だ。
「普通に、生きるという選択肢は。ないのでありますか」
その問いに、ちゃんと答えなければならない、と思った。
ドラグノフは感情的に反対しているわけじゃない。心配しているのだ。
「ないわけじゃない」
「では」
「でも。転生神様が僕を転生させてくれた理由が、きっとある。この外見も、この設定も、全部意味があるはずだ。それを無視したら、後悔すると思う」
「……転生神様へのご奉仕、でありますか」
「そう。それに」
少し間を置いた。
「Arcadiaやにじふぁんで読んできた踏み台転生者って、みんな一生懸命だったんだよ。滑稽に見えても、改心する奴も、最後まで悪役を貫く奴も、それぞれに必死だった。そういうキャラクターが、前世の僕の人生を彩ってくれた。だから僕も、ちゃんとやりたい」
「…………」
「半端な踏み台では正統派オリ主の魅力を引き出せない。高い踏み台であればあるほど、超えてきた主人公が輝く。これは職人の仕事だ。魂を込めてこそ踏み台に意味がある」
「……わかったであります」
「ありがとう」
「でも」
ドラグノフが、ぴしっと真っ直ぐな声で言った。
「吾輩は
「知ってる」
「嬉しいことも悲しいことも全部一緒でありますよ」
「知ってる」
記憶の中でケージの中で回し車の音がした気がした。からから、とリズムよく。
前世と同じ音だった。
聞いていると、落ち着いた。
《同志》
エイナが静かに割り込んできた。
《踏み台転生者の論拠として提示された①②の式について、一点確認があります》
「なに」
《ソビエト連邦モチーフと踏み台転生者の関係は、同志の二次創作知識に基づく帰納的推論です。演繹的な根拠はありません》
「……?」
《また、チートスペックが踏み台転生者に付与される理由として「超えさせる壁」という仮説を採用しましたが、正統派オリ主として機能するために付与された可能性も論理的には排除できません》
「え?」
《以上を踏まえた上で、踏み台転生者という結論を採用するのですか》
「神を否定するの?」
《……承知しました》
心底不思議そうな顔して当たり前のことを僕が言うと。
エイナは淡々と、それだけ言った。
反対はしなかった。論理的な指摘をして、確認して、承知した。
感情がない、と言う。でもエイナは今日も、ずっと適切なタイミングで割り込んできた。
そういう存在だ。それで十分だ、と思った。
「エイナは反対しないの?」
《私に感情はありません。同志の方針が決定したなら、それをサポートするのが役割です》
「……ありがとう」
《どういたしまして》
◇
これは
道のりは高く険しいだろう。
エイナ、ドラグノフ。僕の天命を果たすために協力して欲しい。
エイナからは「帰納的推論であり演繹的根拠はない」と冷静に指摘された。何を言っているのかよくわからない。難しいことを言って煙に巻こうとしても僕には通用しないから。
ドラグノフからは「
なんか彼女たちからは色々言われたが最終的に僕の論理的な説得に、ぐぅの音も出なかったらしい。
最後は押し黙った。
「ぐぅ」
あ、朝起きてからまた何も食べてないや。
起床してからお腹減ったままだった。ぐぅの音は僕からも出たようだ。
「今から行くであります!」
「賛成」
《最短ルートをナビします》
そうだ、昨日の夜は補導されかけながらもなんとか初外食を果たした。
今日は昼のうちから財布を忘れずに出発した。成長した。
エイナは便利だ。
ドラグノフは頼もしい。
僕はお腹が空いた。
踏み台マスターへの道は長い。
でも今日のお昼ご飯から始めるとしよう。
一歩一歩、着実に。
まずは腹を満たす。それが最優先だ。
昨日は補導されかけた。今日は財布を忘れなかった。明日は何かを学ぶだろう。
そうやって、少しずつ踏み台マスターに近づいていけばいい。
平日だから補導されかけた。成長していない。
ぐぅ。