夢現世界の災凶姫~Disastress in the Parasomnias~ 作:サッドライプ
へらへらしてバカっぽいというかバカなんだけど、こんなんでも戦場帰りの主人公。
クロケおねーさんの案内でたどりついたのは、今まで見てきた周囲の家と同じくらいシャレた庭付き一軒家。花壇にばっちり紫とピンクの花が咲き乱れてて、玄関先には飾り付きのランプが―――うわ近づいたら光った。え、人感センサー?魔道具的なやつで?
「まじ?ここに住むの?おねーさん間違えてない?」
「間違えてないわよぉ。こちらギルド所有の接待用ゲストハウス、それも最上級のものになります………はあ。いーなー、うらやましーなー」
なんかやさぐれた目でくねくねしてる今のおねーさんに話しかけるのはちょっと遠慮したいんだけど、今晩プリナちゃんの眠る場所がかかってるんだから間違いがあっちゃいけない。
そんな高級ホテルみたいなところに、初対面の相手をご案内してくれるのがおかしいってくらいは俺でも分かる。ちゃんと理由を教えてもらわないと、さすがに信じられない。たとえばおもてなしで油断させておいて寝込みを襲って、なんて国民的海賊マンガにもそんな展開あった気がする。
正直“その程度”なら、あの遺跡でバケモノ共にやたらめったら殺意を向けられ続けたあの日々からすれば蚊に刺されたくらいにしか思わない。
でもプリナちゃんにそんなくだらない嫌がらせをしてくるようなら――――。
「ッッッ~~~~!!?違う違う違うからっ!おにーさんの考えてるようなことは絶対ないからっ!?」
さすがギルドの受付のおねーさん。俺が想像でムカついただけなのに、それが一瞬で分かったみたいで全力でツッコミ入れてきた。慌て過ぎたのか、全身ぷるぷるさせて汗もだらだら流してるけど、そーいう芸風なんかな。
「逆、むしろ逆!おにーさん言っちゃなんだけどにこにこしてる時はお人好しそうに見えるからさ!それで悪いこと考えるような奴らがいないところじゃないとダメだってあのギルド長は思ったんじゃないかな!?かな!!?」
「………あーうん。まあ」
いきなり不真面目ギャル系から必死感全開のキャラ変にはちょっと戸惑ったし、『にこにこしてる時はお人好しそうに見える』はなんか割とヒドいこと言われてる気がするけど、言いたいことはなんとなく納得した。
こちとら平和ボケした日本国民の更に令和育ちなんで、海外旅行なんてしたら多分半日経たずにサイフ盗まれてるくらいには隙だらけに見えるだろうなーっていう自覚はある。でも散々ダンジョンにこもってバトルを繰り返してきた今の俺は、後ろからそっと近づいて手を伸ばしてきた他人の手首を振り返らないでとっさにつかめるくらいに直感と反射神経が鍛えられてる。
もし相手が普通の人間だったとして、それだけなら勢いあまって握り潰したその手首が一生動かないくらいの骨折で済むかもだけど。つい癖でそのまま電流でも流し込んだら黒焦げの炭になるだろうし、街中でそんな事故は避けられるなら避けたいよなあ。
だからこうやってガラの悪い奴が少ないところを紹介するってことか。すぐにそういうこと考えられるあたり、やっぱ頭いいんだなあのメガネギルド長。
「(……殺気がなくなった。ぅぅ、ほんと心臓縮んだわよあのクソ陰険メガネ!!)
うんうん。それに家賃なら十分前払いしてもらってるし。………ちなみにあの遺宝、まだまだ持ってるの?」
「うん?そりゃあれだけでも何十個も残ってるけど」
「そっか。………そっかぁ~~」
ちなみに俺が宿代であのお嬢カマに見てもらって何個か引き渡したアイテムは、『魔除けの銀鈴』っていう名前でアビリティはそのまま『魔除けC』。数時間Cランクまでのモンスターとエンカウントしなくなる、みたいな効果だと思う。
――――あのダンジョンだとBランク以上のモンスターがわらわらいたってことなのか、使うとクソ強い敵しか出て来なくなる超絶害悪ゴミアイテムだったけどな!あははっ(ヤケ笑い)!!
「Cランク以下の
やっぱおにーさん普通のとこ住めないって」
最初に手に入れて効果を見た時に、『これでしばらく休める』と喜んで即使った後のボスラッシュのトラウマを思い出してちょっと意識が飛んでたけど、その間クロケおねーさんもなんか疲れた様子でしみじみ呟いてた。
ギルドの受付嬢ってやっぱ大変なのかな。
…………。
こんなの、絶対ギルドの受付嬢の仕事じゃない。
E・クロケは嘆きと現実逃避の最中で舌を回していた。
めんどくさい仕事から要領よく逃げる系の、あまり上司受けがよろしくないが構わず我が道を行くキャラ、そう自負する己が今絶望的な危険度の仕事にあたっていること。おかしい、こんなことは許されない……とどれだけ憤っても理不尽の権化は目の前で能天気にへらへら笑っている。
ちょっと砕けた会話のやり取りに気安く乗ってくれていて、やっぱり普通に平和な子なのかな、とちょっと警戒を緩めたところだったのに。そこに鉄槌を叩きつけるようなアレは、確実に彼女の寿命を削ってきた。
否、このミュートという少年は、ただ振りかかる悪意を警戒しただけのつもりなのかもしれない。けれどそれによって漏れ出た棘、敵意。そんな感情の波を受け取っただけで。
クロケの臓腑は脈動を忘れ、脳髄は白痴に染まり、血潮は熱を失った。
仕事柄
はっきり言ってその後弁解の声を張り上げられたのは、生存本能が無理やり体を動かした奇跡の産物と思っている。
逃げ出したい。明日からの生活が懸かっていたとしても、こんな仕事どれだけ給料が出ても割に合わない。だが今更「じゃああたしはここで」なんて速攻離脱する勇気もない。彼が何をされても笑って許す聖人という訳ではないと、今しがた魂で体感したばかりでそんな嘗めた真似を働くなどできる筈がない。
「はい、じゃあちょっと内装の案内するわね……っ」
たった数分で錆びに軋むようになった関節を叱咤し、弛緩した筋肉に鞭打ち、ゲストハウスの中を新しい主に案内し始める。もうこの家を羨む気持ちは皆無となっていた。誰が地獄に通じる館を羨ましいと思うものか。
売りである操作一つで適量の温水を満たしてくれる浴槽、室内温度を快適に調整することが可能な冷風と温風の噴射装置、そういった遺宝加工技術の産物の使い方を説明する。
少年は実に説明のしがいのある相手で、一つ一つに目をきらきらさせながら聞き入ってくれた。一方でガジェットには興味津々でもそんな画期的な概念自体に驚く様子がないのは不自然ではあったが、彼の関心を他に向けないよう説明に必死になっているクロケにそこを追及する余裕はない。
ただそんな彼女にすら分かるほど明確な違和感が生まれたのは、ベッドルームに入ってからのある発言だった。
「ベッド二つあるけど……このでかさなら一つのベッドで一緒に寝れそうだよなあ。ねえ、ちょっと思いついたんだけど――――、あっ」
そう言って、誰もいない筈の空間に向かって話しかけたのだから。
「「『…………」」』
引きつった沈黙が支配する。霊媒系とかイマジナリーフレンド系とかそういう確実に地雷がある感じの性格じゃんこの子、というのがクロケの至った理解なのだが。
「……今言ったことは忘れてね?」
「はいクロケおねーさん何も聞いてません」
羞恥と現実逃避でクロケを威圧するミュート。当然全力で首を縦に振る彼女のすぐ隣で。
『ふふっ、今夜は一緒のベッドで添い寝ですね♪』
少女の声の幻聴が響いた、気がした。
『隠蔽』が掛かっていて普通の人には見えないプリナちゃんに話しかける傍目にはイタいというか危ない人なミュートくん発生中。
ところで「プリナちゃんに悪意を向ける輩は絶対に許さない」と想像でムカついて発した殺気だけで人を殺しかける『平和ボケした日本人』がいるらしい。
あとさりげに自分がついうっかりで人を殺しかねないことを自覚しても平然としてるミュートくん。改造人間の腕力で他人を傷つけないか戦々恐々してた昭和ライダーとはメンタリティ真逆っていうか、これが令和育ちかー。
という風評被害はさておき、モンスターとの殺し合いが日常過ぎて感覚がイカれてる戦場帰り。ヒロインちゃんはそんな彼の歪みをきちんと見抜いています。分かった上で全部受け入れてあげています。人として大事なものが壊れかかっているから、もっとちゃんと壊してあげたらもっと幸せになれるなあと思ってもっと罅を拡げようと考えています。
健気なヒロインちゃんですね。