夢現世界の災凶姫~Disastress in the Parasomnias~   作:サッドライプ

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………頭スカスカってなんだったっけ。




一級居住区画レストアⅢ

 

 かわいい可愛い彼女さんとのどきどき新生活。ラッキーなことに家具家電揃ってるところに住めることになったから、そういうの買い揃える苦労はしなくて済んだ。

 一人暮らし始めるとそこが大変だって聞いたことあるし、そもそもどこのどういう店で何を買えるかも俺たちはちんぷんかんぷん。配送サービスもやってるか分かんないし、やってたとしてここの住所も分からんっていう問題がありまして。

 

――――そう、文字が読めない。

 

 エアコンとか湯沸かし器とかコンロとか、いかにも魔道具って感じで再現されたいい感じのファンタジー家電が置いてあるのも、その説明書がザ・外国語というか見たことない字ばっかで全然読めない。教えてAI翻訳……って言ってもスマホも持ってないしWi-fiも多分飛んでない。

 

 このことに気付いた時は、『言葉は自動で通じてるのになんでだ!』とがっくり来た。この世界では言語が違うなんて誰も想像してないから異世界語分からない問題は起きない、みたいな話だったんじゃなかったっけ、って。

 説明書の前に手をついてうなだれている俺に、しゃがみながら困ったように微笑うプリナちゃんが言うには。

 

『一生文字の読み書きが出来ないままの民はそれなりにいますよ?』

 

 同じ人間で言葉が通じないのは「ないわー」だけど、文字が読めない人がいるのは「あるある」だから、文字が分からないのに書いてある文章を読めるなんてことはないんだってさ。なおプリナちゃんは普通に問題なく字を読めてるっぽい。知ってた。

 

 それはともかく。

 

「お勉強の時間かあ……」

 

 異世界ファンタジーではじめての街で冒険者ギルドを体験して、うまいこと家を確保して、次にやることが文字の勉強。もーちょっとこう、なんかなかったの感。

 

 かと言ってプリナちゃんの白と虹の髪がNGだとかで外で姿を見せることができない以上、今後食べ物とか色々買ってくるのは俺の仕事になる。最初は彼女についてきてもらって耳元でこしょこしょ―――この響きなんかいいよね―――何書いてるか教えてもらうしかないけど、毎回そんな手間をかけさせたくないし、うっかり前みたいに他の人から見えてない『隠蔽』中のプリナちゃんに話しかけるっていうポカをやらかさない自信もない。

 つまり、店の看板や値札くらい自分で読めないと話にならない。

 

 

 と、いうわけで。

 

 

「本屋!!」

「いっひっひ。そうだよ、いらっしゃい」

 

 立地的におしゃれな店が多い商店通りで、よく観察しないと見落としそうな狭くて暗い路地に入って、その奥から地下に続く階段。そんなゲーム好き的にはわくわくする場所にその店はあった。半分好奇心というか怖いもの見たさだったけど、『パントエア古書店』って看板が出てたみたい(プリナちゃんに読んでもらいました)だから古本屋で間違いなさそうだ。

 しかもこれがなんというかイメージぴったりというか。ランタンの光しか照明が無い、本のタイトルがやっと読めるくらいの薄暗い店内。人がすれ違えないくらい狭い間隔で本棚が並んでて、踏み台がないと手が届かない高さの棚にもびっしりというかずっしりと本が詰め込まれてる。地震来たら絶対大惨事になるでしょこれ。

 しかもそんなごちゃごちゃした店の奥、小さなカウンターの向こうに座ってるのは、地下なのにフードを被ってにちゃにちゃ笑ってるばーさん。怪しいけど怪し過ぎてむしろ感動する。「いっひっひ」なんて笑い方するばーさんとか初めて見たもん。

 

「何かお探しかい、ぼうや。あまり本に興味があるような顔してないけど」

「客に向かっていきなりそれって。やっべーばーさんだなあんた」

「いっひっひっひ」

 

 商売する気ゼロだなこのばーさん。

 

「まあいいや。ちょっと教えて欲しいんだけど―――――、」

()くな、ぼうや。最近の若いもんは忙しなくてかなわないね。わたしの若いころは……そりゃあもうこうやっておたおたのろくさするジジババに怒鳴り散らしたわねえ、いっひっひ」

「もっとダメじゃん」

「そう、ダメババアじゃ……略してダバア」

「何、そう呼んで欲しいの?」

「せっかくなので親しみを込めてアグロ婆ぁと呼ぶとよいぞ」

「…………」

「パントエア・アグロメランツさんびゃくさいじゃ」

「…………」

 

 あ、これマジメに相手したらめちゃくちゃ疲れるタイプのやつだ。

 ついこないだまで半年以上誰とも話してなかった俺だからこんなやり取りでもわりと会話を続ける気になってるけど、気が短い人だと相当イラっと来そう。

 

 まあなんだかんだプリナちゃんと生活していく見通しができてて、今の目標が「文字を覚えよう!」ってなってるくらいにはヒマと余裕があるわけで。

 たまにはこういうのもアリかなとそこらに置いてあった踏み台に座ってこのばーさんとダベりモードに入ってみる。ちょっとフードの下の顔をのぞき込んでみると、意外に目つきの鋭いばーさんだった。

 

「…………ひっひ。久方ぶりのお客さんさね、ちょっと人相占いでもしようかと思ったんだけど、暗くてよく見えないね。誰だいこんな灯りをケチってんのは」

「あんただよ」

 

 ただのド近眼だった。そしてお笑い的な意味なのか文字通りなのかいまいち不明なボケ老人だった。っていうか客が久しぶりってのもすごいな。その言いぐさだと最低でもここ何日かは客が来てないのにちゃんとカウンターに座ってたこのばーさんが。

 

 なんとなくツッコミ半分感心半分なことを考えながら、なんかもう正気が怪しい店主の様子をながめてると、丸っこいメガネを装着してこっちを見返してくる。魔法学園の~系のアニメとかでしか見ないような、本当にまん丸なフレームのメガネ越しに視線が刺さった。

 そこから何秒かじろじろこっちを見た後、“人相占い”の結果をしわしわの唇から吐き出してきた。

 

「ふーむ。よく見るとなかなか色男じゃないかい。やんちゃで考え足らずだが、そういう隙のあるところが受けるやもな。賢しらぶって世界に悲観して、疲れ切った女に」

「?んーと、これ褒められてる?」

 

 

「さあねえ―――――そうやってお姫様を手籠めにしちまったのかい?」

 

 

「っ!?」

『………』

 

 このばーさん、プリナちゃんのことが見えてるのか?

 

 とっさに立ち上がって足に力を溜める。あの遺跡の日々で染み付いた癖で、たとえ爆睡してるところからでもコンマ一秒未満で相手の首を吹き飛ばせる戦闘態勢にオートで入るようになっている。

 

「ひひっ、迅いの。その剣呑さ、目に痛いその髪色も伊達じゃあないかね」

 

 対してこのばーさんは、カウンターの向こうで腰かけたまま動こうともしていなかった。

 薄明りに反射する丸メガネを掛けたままにやにや笑いながらこっちを見てるだけ。

 

「アンタ、いったい―――」

「焦りなさんな。ただの推理だよ。

 色恋に浮かれ切った若僧がする顔が分からんほど耄碌(もうろく)しちゃおらんわ。それも『とびきり上玉を落とした』なんて書いとるようなゆるゆる顔」

「……………。そんなにだった?」

「安心せい、褒めとるでな。さっきも言ったとおりそういうところが刺さる女にはとことん刺さるじゃろて」

「うぐぅ」

 

 そう言われると悪い気はしないけど、なんか落ち着かない。

 『隠蔽』状態のプリナちゃんが見えたからってわけじゃなかったみたいだし、そうなると早とちりしてバトルのふいんきに入りかけたのがビビってるのかイキってるのかどっちにしても恥ずかしいなこれ。

 

「で、『趣味は読書です』なんて間違っても言わなそうなぼうやがそんな様子で本屋に何か探しに来た。どう考えてもその女絡みじゃな、教養の深いお相手さんと見える。高圧的な女ならそんな混じり気なしの浮かれ顔にはならんだろうから、そうなると『お姫様』って呼んでも違和感のないような娘じゃないかい?」

「うへぇ」

 

 変な鳴き声が漏れるばっかり。まだ何も話してないのにここまで言い当てられるあたり、怪しいけどただのボケ老人でもないっぽい。

 予想を当ててにやにや笑いがドヤ顔へとシワが深くなってくのが見えて、『やっぱちょっと一発殴ろっかな』ってなったりもするけど。今の俺だとそれこそ首から上がすっ飛ぶからやらないけど。

 

 そういう気分もおみとーしなのか、単に自分の態度が相手をイラっとさせる自覚があるからか、こっちが実際に何か言ったりやったりしようと思う直前にいきなり真顔になる。と同時に、右斜め後ろの本棚から何かがひとりでに動いて飛んで来る気配がしたから片手ノールックでキャッチ。

 

「何この本?」

「いっひっひ。“それ”がぼうやの運命ということじゃろうて。

 ああ、今回はお代はいらないよ。運命に値段をつけるなんてつまらないさ」

「まあ、タダでもらえるって言うんならもらうけど。でも俺、初心者向けの分かりやすいやつ探しに来たんだけど?」

 

「―――――ひひっ」

 

 このばーさんも『いむにてぃ』?なのかな。念力で飛ばしてきたみたいなその本は、カバーはごついけど角がちょっとボロってていかにも古本って感じ。学校の図書館でも一番近づきにくい棚に置いてあるような見た目だ。『●●全集』、みたいな。

 言葉を勉強するなら子供向けの絵本とかから入るってなんかのマンガで読んだ気がするけど、いきなりこんなの渡されて俺大丈夫か。不安になってツッコんだら、今日一番の意味深な笑い方をしながらそのばーさんはフードで目元を隠す。

 

 

「ああ、初心者も初心者向け、その本ほど分かりやすいものなんて他に在りはしないよ。

 『千年紀』―――この世界の誰もが知ってる伝説。怖い魔物をたくさん倒して世界を救った英雄さまの物語。どうだ、ぼうや“達”に相応しい運命だろう?」

 

 

 『ももたろう』みたいなお話ってことかな。

 

 よく分からないけど、多分このばーさんこれ以上詳しく解説してくれたりはしないだろう。文字の勉強に役に立たなかったらそれはそれで、他の本屋探せばいいだけだし。

 

「じゃあありがたくもらってくよ。気に入ったら別の本買いに来るから」

「いっひっひっひ。またいらっしゃい」

 

 『千年紀』とかいう本をアイテムぶくろに突っ込んで、最後までうさん臭かった笑い声を聞きながら階段を上がっていく、そのすぐあと。

 

『……英雄の物語。そんな、ものは』

「プリナちゃん?」

 

 ふと後ろから俺の服、腰あたりのベルト飾りをぎゅっと握ってくる感触があって。『隠蔽』中で他の人から見えないから小声でちょっと呼んでみたけど、なんでもないみたいに首を振るだけ。

 

 フード以上に顔の特徴を隠すヴェールの下、いま彼女がどんな表情をしているのかなんて、ちっとも分からなかった。

 

 

 

…………。

 

「いっひっひ。寿命が百年は縮んだかと思うたわ」

 

 地下の書に埋もれた暗がりで老婆は笑う。

 別に『千年紀』を選んだことに意味はない。あの書のあらすじはこの世界の老若男女、『聖教』をどれだけ信仰しているかにかかわらず、文字を読めない農民であっても誰しもが耳にしたことくらいはある“常識”だ。

 かつて大陸中に増殖した蝕魔(インフェクター)の軍勢により人類絶滅が迫っていた暗黒の時代、単身邪悪の前に立ち塞がり運命を覆した最強無敵の救世主。力ある者が力なき弱き哀れな民を救う英雄譚から人々は優しさと思いやりを学び、かの英雄に祈ることで人類種に対する天敵のいるこの世界で生きる希望を得る。文化であり道徳であり宗教であり、それら共通認識であり社会基盤となる神話(ミソロジー)なのだ。

 

 故に汎用性がどこまでも広いから、勝手に心当たりと結び付けてくれるかもしれない。特に“予言の年”まであと一年と迫ったこの時期、深読みしようと思えばいくらでも深読みできる。そうやって「まさかこのことを示唆していたというのか!?あのおばあさんは一体何者なんだ…!」と戦慄してくれれば、それがパントエア=アグロメランツの本懐だった。

 

 

 つまり、趣味。

 

 

 その為にわざわざ湿気が籠りやすく本を置くのに適さない地下で古書店を開き、管理や手入れが面倒な過剰陳列を行い非日常の雰囲気を演出しているのだ。

 かつては一線級の抗魔士(イムニティ)だった稼ぎをフルにつぎ込んで道楽経営、それでやることとしては明らかに常軌を逸しているが、それがこの老婆の余生を懸けたライフワークなのである。

 

 うさん臭くしかしどこか透徹していて不安を掻き立てる言動すら徹底して、店内に入った客に意味深なことを吹き込むのを愉しんでいる。

 当然ながらまともに付き合わない人々が大多数で、この古書店に客が来るの自体約一週間ぶりだったが、今日はいい感じの流れで締められたので彼女は満足だった。その為に髪色から一見して分かるAランク超えの国家崩壊級抗魔士(イムニティ)を挑発するような真似までしたのだから筋金入りだ。

 

 パントエア=アグロメランツは実際何も知らない。

 ただの暇人である。

 

 





 意味深占いキャラ―――をやっているただの不審者。意図せずロイヤルストレートフラッシュを素引きしている模様。なお今後再登場するかは未定(ぇ
 ていうか下手するとこの後、水道もない地下の密室で溺死体となって発見される可能性もあるし………。

>プリナちゃんは普通に問題なく字を読めてる
 「千年も経ったら文字も言葉も別物になる」ことも、誰も想像してないってこと。古文の授業がなさそうなのはうらやましいですね。

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