夢現世界の災凶姫~Disastress in the Parasomnias~   作:サッドライプ

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 旅行編が最初から最後までひたすらほのぼのした話だったので、今回からちょっとだけダークファンタジーやります。

 久々な気がするわんこ視点。




礼賛騎士ビオラセウムⅠ

 

 旅行という非日常。

 日々の営みとは異なる空間、異なる人々、異なる経験―――と言うにも限度があるくらいには色々頓珍漢(とんちんかん)なものばかりに出くわしたような気がするが。

 

 P・エルギノーザにとっては自らの主人であるミュートが楽しそうだったのでそれだけで何も問題はない。

 

 たとえ二日連続で海岸線百キロマラソン(非整地)をすることになっても、いたわりとして夜にしっぽをさすってもらえて至福だった。

 戯れに大陸丸ごと海に沈められる終焉の災厄姫が本気で激怒した、それ自体が呪殺に等しい悪意の波動を至近距離で浴びせられても、その後ご主人様と一緒に砂遊びできただけで刻まれた恐怖をけろっと忘れられた。

 

………どうでもいいが、いくらプリナがその殺気を向けまいと注意していたとはいえ、あれの間近に居て「わープリナちゃん怒ってるー」くらいののほほんとした認識だったのは本気で大物なのか感性がトンでいるのか。彼の飼い犬としては前者と捉えて「さすがご主人様」と尊敬を新たにするほかない。さすごしゅ。

 

 何より、あの旅行でエルザは首輪をプレゼントしてもらって、しかもご主人様から手づから嵌めてもらえたのだ。これはミュートがエルザをいよいよ自分のペットだと認めてくれたと言っても過言ではないに違いない。

 もらった首輪は一生の宝物だ。手入れする時以外は肌身離さず装着している。以降、ギルドでは何故か畏怖の視線をよく浴びせられるようになったが、有象無象の視線などどうでもいいので特にその理由を知りたいとも思わなかった。

 

 そんな幸せでかけがえのない思い出になった旅行も終わってしまえばあっと言う間。

 愛想笑いをしているのになんだか死刑囚のような絶望のオーラを出している受付嬢に毎朝救出依頼の確認をして、以前ギルド長が言っていたように少し頻度が下がっているので大抵は冒険に出ることなく家に戻ったりおでかけしたり、そんないつもの日常へと回帰していた。

 ご主人様とその恋人をいちゃいちゃさせるのも優良ペットを自認するエルザの使命でもあるので、二人きりにするためにわざと外回りすることも多い。いや、なんなら庭先に鎖で繋いでいてもらっても全然歓迎なのだが、流石にそんな吹っ切ったご主人様ではまだないので放し飼いということで自分を納得させている。

 

「よくおいでなさったわね、エルザ」

「おひさしぶりです、シスター・コリー」

「………その首輪は?」

「装備です」

「………そう」

 

 古巣の教会兼孤児院に顔を出すのもその一環だった。

 特段強い理由がある訳ではない。いくら生まれ育った場所とはいえプリナの妄執と交感して心を壊されたエルザにとってはご主人様の居るあのゲストハウスこそが帰るべき家だし、そうでなくとも卒業してから五年も経てばまともな知己(ちき)もほとんどいなくなる。

 ましてや同年代は共にパーティーを組んだのにエルザ一人を追放して勝手に自滅した連中な訳で、彼らに含む物がなかったかと言えば嘘になる以上、それを思い起こさせる古巣はあまり積極的に近づきたい場所でもなかった―――家畜としての幸福を確立した今となってはどうでもいい感傷だが。

 

 エルザと同じシスター服を(まと)う、中年で恰幅(かっぷく)のいいシスターにしても、かつては育ての親として信頼と敬愛を抱いていたが。彼女の語る『千年紀』を元にした信仰に感銘を受け熱心に教えを乞うていたものだが。

 こちらについては、逆にその物語の裏にあった千年の絶望に共鳴して心砕かれた今となっては、穿(うが)った視点しか抱けない。

 

「先ごろ、また新しい子がこの仔羊の園に加わりました。娼館街区(インセンス)にて不義の子として望まれぬまま生まれた子です」

「それはまた……」

「弱きものに慈悲を、どうか」

 

 当たり前のように常備されている茶と茶菓子を載せたテーブルを囲み、近況報告として当たり障りのない直近の出来事を世間話として交わす。そんな会話の流れの中で、不意にノイズのように差し込まれた話題。

 あまりにさり気なく話すから疑問を差し挟むのを忘れそうになる。何より信仰に魂を捧げた者特有の、気色の悪いほど澄んでいるのに何を考えているか読めない眼に見つめられて、真っ当な神経であれば絡め取られそう。

 

 だが、一切の情を排して理屈だけでその意味するものを読み取ったエルザの内心には、朗らかな笑みの仮面の下で白けた冷笑だけが拡がっている。

 

「今回の喜捨です。どうぞお役立てください」

「確かに。預かりましょう」

 

(―――(イヌ)が犬の餌を恵んでやる。なんなんですかね、これ)

 

 礼の一つも言わない。申し訳そうな態度一つ見せず、銀貨の詰まった袋の中を(あらた)め、当然のように勘定を始めるシスター。それどころか、あまつさえ。

 

「シスター・エルザはまたパーティーを組んだと聞いています。稼ぎがより安定したのなら、喜捨の増額は検討できませんか?」

「……ソロよりもパーティーの方が収入が落ちます。三人パーティーなら三倍の戦果を稼げるという訳ではない上に、それを頭割りや共有資金へプールしなければいけないですから」

 

 もっと寄越せという物乞いの戯言を、エルザは一般論で煙に巻いた。

 実際はAランク超えのミュートと組んで、成功すれば対象の全財産の半分を支給される救出依頼なんてものを何度も達成していて。既に達成できない状況(救出対象死亡済)なら、その蝕巣(フォーカス)での狩り―――未帰還者が出るレベルの狩場での乱獲作業に切り替える、そんな『サンダーラット』で活動している以上エルザの収入は以前とは比較にならないほど跳ね上がっている。

 

「弱く儚い私達にはより多くの救いが必要です。英雄様の御心に沿うならば、いずれは」

「はい。いずれは―――考えておきますね」

 

 だがそんな懐事情をおくびにも出さずに平然と(とぼ)けるエルザの誤魔化しは通じたようだ。あの澄み切った目でじっと見られてなお平然とする人格の変貌ぶりを見抜けないのは、何かを盲目的に信奉する者特有の「相手はこういう存在に違いない、そうでなければならない」という思い込みによる分も大きいだろうが。

 

 それにエルザの言ったことも話のすり替えというだけであって、嘘の要素は全くない。

 蝕魔(インフェクター)との戦いに際して複数の抗魔士(イムニティ)でパーティーを組むのは、負担の分散と役割分担、すなわち安定性を重視するからだ。

 索敵を重視する斥候役や前線で敵の攻撃を止めることに専念するガーダーの例を挙げるまでもなく、人数を増やせばその等倍で集団の火力が上がるなんてことはあり得ない。安全の為に複数人であたる保険をかけるなら、保険料相応に一人あたりの戦果が低下するのは当然。

 

 一人で遠方の生命反応を感知し、アウトレンジから一方的に即死矢を叩き込むことでソロ活動を成り立たせていたエルザならなおのこと、本来は生半可な仲間と組んでも効率が下がるだけ。今の飼い主(ミュート)が規格外なだけなのだ。

 

 

 ただ嘘で積極的に騙す訳ではないとはいえ、そうやって育ての親として慕っていたシスター・コリーをはぐらかしてあしらうなど、かつては考えも及ばなかったことだが。今となっては、彼女や自分と同類の孤児の為に金銭を余計に払いたいなんて思わないので罪悪感の欠片も抱くことはなかった。

 

 

………実のところ、精神が壊れる前から続けていたこの教会への寄付行為に関して、そもそも応じなければならない義理も義務もない。

 

 とうに子供が成人するまでに必要な金額を10人分以上は納めているし、なんなら抗魔士(イムニティ)のエルザの養育に関しては出資者はギルドの方でそちらも借り入れ分は完済している。

 

 ましてや、収入が落ちていると告げたのに従前と同じ金額を納めたことに関する謝意もなく、常人が汗水垂らして働いて得る月給と比較にならない金額を受け取っておきながら、何の代償を示すことなく増額を要求する。

 かつて同じ教えを信奉していた頃は気にもしなかったが、一方的な恩恵をただ相手に求めるだけの不誠実。お人よしではあるがこうした不義に存外厳しいご主人様(ミュート)がこの場にいれば、明確に軽蔑の目を向けていただろう。

 

 教会かつ孤児院という何の生産性もない組織にありながら、全身均質に贅肉の付いたシスターの体型もそう。何の感謝も抱いていない相手に茶と茶菓子が当たり前に振る舞われるくらい、嗜好品に溢れていることもそう。

 

 性質(タチ)が悪いのは、自分が卑しく恩知らずの物乞いである認識を、このE・コリーという女は全く持っていないであろうことだ。『英雄様』は無償の慈愛と正義感で無力な民を救ってくれたから、力を持つ強者は弱者を救うのが当然。

 だから悪意はない。自分より明確に弱者である孤児にはとても優しいシスターとして振る舞う。かつてのエルザが育ての母として純粋に慕っていたくらいには――――“人格者”なのだ、コレが。

 

 一方的に他者の血を啜って丸々と肥え、相手には不快感と病毒をまき散らし、そんな自分の生き様を当然と信じて疑わない壁蝨(ダニ)。本来であればそんなものにこれ以上エサを与える義理も義務もない。

 

 だが、人類生存圏の最前線であるこの城塞都市パーシャルですら、実働戦力である抗魔士(イムニティ)の立場が強いにもかかわらずこういった人種に一定の地位が与えられている。この国を囲う峻険(しゅんけん)な断絶山脈の向こう側、大陸の大部分がどうなっているかなど考えるだにおぞましい。

 

「そういえば、ビオラセウムがこの都市に赴任することになったと聖都より便りがありました」

「………へえ?ビオラくん、帰ってくるんですか」

「ええ。この園を卒業した彼も、今では立派に礼賛(らいさん)騎士として叙任されているようです。

 来る予言の年に備え、昨今は騎士の増員(いちじる)しいようですが……彼なら、そうでなくとも立派に信仰(あつ)き信徒として抜擢(ばってき)されたことでしょう。

 なんて。ふふ、これも欲目でしょうか」

「そんなことないですよ。彼のことですから」

 

 来年に迫っている、救世主の再来の年。民衆の信仰が最高潮に高まるであろうこの節目に合わせて兵力を拡充する聖教会。同時期に教会の影響力の薄い他国のこの都市に派遣されてくる、その尖兵。

 教会に寄付を続けるのは、こうした情報に接する機会もあるかと思ってのことだ。金をドブに捨てるようなことにならなくて喜ぶべきなのか、それとも面倒な予想が当たってげんなりするべきなのか―――おそらくは後者ではあるが。

 

 『千年紀』で英雄様に仕えていたとされる立派な騎士に憧れ、シスター・コリーの推薦状を手に中央に旅立っていった一つ年上の幼馴染だったが、はてどんな顔だっただろうか。

 立派な騎士になって戻って来たら一つだけ伝えたいことがある―――なんて去り際に言っていた気がするので、一つと言わず色々と中央の情勢とか教会の機密とか伝えて欲しいものなのだが、目の前のシスターと同じくらい信仰(病状)が重篤になっていたら話を合わせるのも一苦労な気がしてならない。

 

 それでも、ご主人様の幸せな生活をお世話する使命を帯びたペットとしては。

 

 

「エルザも、ビオラくんに負けないように頑張らないとですねっ!」

 

「ええ、期待していますよ、シスター・エルザ」

 

 

 朗らかな笑顔の裏で、聖教の手先と化した騎士に負けないよう『何を』頑張るつもりなのか察する由もなく。

 『今後の寄付金が増えることを』期待する中年のシスターは、澄んだ瞳を満足そうに細めるのだった。

 

 

 





 エルギノーザする前のエルザちゃんの交友関係どうだったの、という話。善良で敵を作らないタイプですが、一人でのボランティア活動にかまけて意外と特定個人との付き合いがない系のぼっちでした。
 まあパーティーから追放食らった冒険者なんで、無意識に人間不信発症してたのかもですが。元々孤児上がりなのも相まって、誰かの役に立つことで『自分は無価値なんかじゃない』と必死に拠り所を探していたのかもですが。可愛がってくれるご主人様が見つかって良かったですね()


>自分のペットだと認めてくれたと言っても過言ではない
 そうかな……そうかも……?

>何故か畏怖の視線をよく浴びせられる
 「この女、いくら強い男に取り入る為だからってそこまでプライド捨てられるのか…っ」みたいな視線。

>絶望のオーラを出している受付嬢
 いつもの日常りたーんず。クロケおねーさん強く生きて。

>“人格者”なのだ、コレが
 かつて『英雄様』が救い、見限り、プリナちゃんがダニ呼ばわりする人種が実際どんな感じか。こんな感じです。あくまでこれが『上澄み』です。俗物になれば更に都合よく弱者様の立場を振りかざして好き勝手言う寄生虫根性丸出しです。………肉親絡みで徹底的に心を切り刻まれるまで人類を見捨てなかったのほんとガチ聖人メンタルなんでは。

>『千年紀』で英雄様に仕えていたとされる立派な騎士
 あ、言うまでもないですがこれもプリナちゃんのトラウマ案件です。

>立派な騎士になって戻って来たら
 幼馴染は負けフラグ、という言葉がありまして。
 ていうかド直球のBSSの前振りですよねこれ……。さもなくば戻ってきたら相手の子が既に、っていう最悪の死亡フラグ。まあミュートくんに出会わなかったIFのエルザちゃんは山道のダンジョンで罠にハメられて独り屍を(さら)す定めだったので、どのみちきっちり回収されるんですが()

>ご主人様の幸せな生活をお世話する使命
 なおご主人様はそんな使命は全く知らないものとする。
 ちょっとこのわんこおなか黒いですねー。
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