夢現世界の災凶姫~Disastress in the Parasomnias~   作:サッドライプ

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感想欄「よかった脳が破壊された幼馴染みなんていなかったんですね!」

 闇のよかった探しは草だった。




礼賛騎士■■■■■■Ⅶ

 

「え………?」

 

 胸にぽっかりと穿(うが)たれた空洞を呆然と見下ろしながら、ソレはただただ疑問だけを浮かべていた。

 

(僕は、いったいなぜ……何を……?)

 

 経緯。目的。理由。原因。

 現状の全てに一切の解を持たないまま、胸に(あな)の空いたヒトガタはただただ怪物のはびこる荒野で間の抜けた表情のまま立ち尽くす。

 確実に心臓が射抜かれている。そこから大量の出血が―――一切なかった。だって、撃たれたのは“そんな最近の話ではない”のだから。

 

 経緯。

 結ばれる筈だと思っていた幼馴染から手酷く拒絶されて、それでもこれは何かの間違いだと現実を認めることが出来ずに彼女の生活を観察していた。

 彼女がご主人様と慕う―――そもそも女性にそんな風に呼ばせている時点でロクでなしに違いない。或いはその男の弱みを見つけるなり、なんだったら多少痛めつけてもいい。この街の抗魔士(イムニティ)などどのみち劣悪な人品の持ち主しかいないのだから、良心が痛むこともない。

 そんな計算を弾きながら、『隠密』の夢能(デルシオ)を利用して陰から様子を(うかが)う。他の男にじゃれ付きながら幸せそうに笑う彼女の顔を、血走った眼で。

 

 目的。

 言うまでもない、男の本性を暴きたてて突きつければ、騙された彼女の認識を改めさせられるかもしれない。無理なら脅迫でも実力行使でもいい、男の方から彼女と別れさせるように仕向ければいい。

―――明るすぎる金髪、一目で分かる自分より遥かに格上の実力者相手でなければ、後者を選んでいただろう。そこまではいかずとも留守中に家探しくらいはしていた。

 

 

 そこで一旦踏みとどまれるくらいには、ギリギリ理性を残していた。おかげで知る由もない話とはいえ、ヒトの心などとうに失くしたバケモノが『理想のおよめさん』を演じる神域を土足で踏み荒らすような真似は辛うじて回避していた。

 もしそんな逆鱗に触れようものなら、七日七晩拷問された果てに引き裂かれて蝕巣(フォーカス)に打ち捨てられていたことだろう。渇き、窒息、荷重、刻み、(むし)り、焦がし、()し折り、全て異なる苦痛で慣れることすら許さないやり方で苦しみを与えられ続け、死に依る解放を喜ぶこともままならない精神にされた上で惨殺されたことだろう。

 

 

 理由。

 その破滅を本能で予感してなお止まれなかったのが、恋情故であればまだ弁護の余地はあった。だが妄執の出どころは実のところ『P・エルギノーザ』という少女にそれだけ恋い焦がれていた故、というものではない。

 そもそもそんなに大事に思っているなら、なんとかして留学先に共に連れて行こうとするなり、あるいは夢と天秤にかけて留学を辞退するなりという選択肢もあった筈だが、エルザの認識から分かるとおりそんな行動を起こす素振(そぶ)りもなかった。

 更に言うなら、地元に残し抗魔士(イムニティ)として命がけの生活を送る彼女を案じるでもなく、他の男と結ばれることを不安に思うでもなく、『夢を叶えるまで待っていてくれる』と勝手に思い込んでいた。“信じている”と言えば聞こえはいいが、根拠もなく一方通行の過信は滑稽(こっけい)と評するのが関の山だろう。

 

 原因。

 結局のところエルザが看破したとおり、孤児上がりというコンプレックスの裏返しとして誰からも尊敬される完璧な人生を送る、その一環として可愛く気立てのいい女の子を嫁にする、自覚の有無はさておきそんな心持ちでしかなかった。エルザという個人に対する恋愛感情は確かにあったのだろう、だが同じかそれ以上に彼女を獲得すべき称号(トロフィー)のように思っていたということだ。

 “だからこそ”、引くに引けない。完璧な人生設計に『惚れた女を他人に横から(かす)められた無様な男』という汚点など残せる訳がない。相手の幸せを(おもんばか)って身を引くなんてあり得ない。―――暴走していたのは恋情ではなく、自己愛が故に。

 

 

 そうやって、自身のCランクの夢能(デルシオ)、気配や五感情報を他者から隠す異能を過信して。化生の跋扈(ばっこ)する蝕巣(フォーカス)の中に―――第三者の目を気にする必要がない場所にまで、エルザの後をつけて入り込んでしまった。

 公的なギルド等級はDランクのままだが、人外へと進化し、普段外ではAランクの『隠蔽』(ハイディング)を行っている災凶姫と当たり前のように意思疎通を行っている今のエルザの生命感知能力の性能を知らないままに。

 

 当然のようにエルザは尾行に感づいていたし、過去の魂の交感と破砕によりエルザの思考を読めるプリナも同様だった。

 だがそれだけならまだ、しばらくは泳がされていた。第三者の目は無いがミュートの目がある。遠方の気配感知は不得手でも、絶死の封印遺跡での極限闘争を生き延び殺気には鋭敏に反応する雷霆(らいてい)の化身。彼に『鬱陶しいから』人を殺す女、なんて認識されるのはプリナもエルザも避けたい以上、彼と同行している内は実力行使が躊躇(ためら)われたから。

 

 だが。

 

 

『でもクセは強いけどしっかりつよつよ武器じゃんそれ。

 やっぱ“海面を下げる”なんてヤバいモンスターからドロップするだけは―――』

『――――あ。まあ、仕方ないですかね』

 

 

 始原蝕魔(マルフォーマ)第二の闇、“海を枯らすもの(ブロウザ)”。人類の歴史を終わらせる絶望の災厄を討伐できる存在など、救世の『英雄様』を()いて他に居ない。大司教が教会の各所に情報収集を呼び掛けていたことは知らずとも、プリナの正体に行き当たりかねない内容をミュートが口走った時点で、エルザの判断は即座に“様子見”から“排撃”へと切り換わった。

 

 都合のいいことに、腕に装着した武装はその災厄から獲得した最上級アーティファクト。保持する能力は、未来から過去に跳ぶ魔弾。エルザが『殺す』と決断するよりも以前、逆しま刻みのトケイが差し示す針の先へと(さかのぼ)る。魂持つものへの特攻が付与された未来からの砲弾が、避ける術も耐える強靭さも持たない中級抗魔士(イムニティ)の教会騎士………否、『家を追い出されて孤児院に駆け込もうとしていた子供』の心臓を精密に抉り取った。

 

 

 故に。

 

 着弾時点で死んでいる筈の、孤児院で成長し教会騎士に叙任されたなどあり得ない“異物(ソレ)”は、なぜここに居るのか、何をしようとしていたのか、それ以前にそこに存在しているということそれ自体にすら解を失った。

 遥か過去に死んだという歴史があるのだから、現在に“在る”ことなど許されるわけがない。連続性矛盾(タイムパラドクス)というねじれは、そぐわない事象を弾き飛ばしながら自然な摂理へと回帰する。揺らしても回しても最後はまっすぐ下に垂れるだけの振り子のように。

 

「ボクは……bbbぼくkkbぼkkhhは、、、、」

 

 ヒトガタがぶれる。ノイズのように姿がまばらに虫食いになりテクスチャと同化していく。“異物(ソレ)”は、何故か笑っていた。

 

 

「あhA、hhhははははaAhhHHはは――――」

 

 

 自嘲か、強がりか、発狂か、意味を求めること自体が不毛だろう。

 『なかったこと』になった“異物(ソレ)”は、当然ながら世界に何の痕跡を残すこともなく。断線したような明滅を最後に、荒野の景色に塗り潰されて消えたのだった。

 

 

 

…………。

 

 後日。

 

 定例として生まれの教会兼孤児院をエルザが訪ねた際、話題の一つとしてシスター・コリーが語るには。

 

「空き部屋が一つ、綺麗に掃除されていたの。子供たちの誰に聞いても覚えがないと言っているけど、家具も寝具もきっちりしてて、すぐにでも誰かを迎えられるようになっていたわ。

 いたずらにしては奇妙で、なんだったのかしらね」

「へえ。不思議なこともあるものです」

 

(歴史は抹消されただけ。『なかったこと』にさえなればいいのだから、細かい辻褄(つじつま)合わせまではいちいちしないってことですか)

 

 エルザは自分が“消した”相手が孤児院の誰かだったのだろうとここで認識することになるが、思考を割いたのは過去改変の影響の度合いがいかばかりかというくらいで、他に何かしらの感慨を覚えることはなかった。

 当然母代わりのシスターと上辺だけの雑談に興ずる、貼り付けた穏やかな笑顔が崩れる筈もない。

 

 それが自分の一つ上でよく面識のあった少年で、エルザに恋情を向けていたことを知ったとしても………きっと彼女の心には何一つ痕跡を残すことはないだろう。エルザにとっては、ご主人様の家畜(ペット)であることが自身の存在意義の全てなのだから。

 

 居ても居なくても何も変わらない。

 親に捨てられた自分の存在価値を追い求め、相応の努力を払って騎士の立場を得て、恋愛で失敗し挙句に相手の女に“存在を消去”された末路の男の評価としては、皮肉に過ぎるそれだった。

 

 





>この街の抗魔士(イムニティ)などどのみち劣悪な人品の持ち主
 お、自己紹介かな?

>細かい辻褄(つじつま)合わせまではいちいちしない
 『彼』が居なくなった分誰かが騎士試験に繰り上がり合格してたりとか、この街に派遣されてくる騎士が別の人になるとか、そんなことは起きない。多分前者は試験合否の裁定ミス、後者はうっかり派遣人員の選定をしていなかった(ことになった)担当者が始末書提出になる案件。哀れ。

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