夢現世界の災凶姫~Disastress in the Parasomnias~ 作:サッドライプ
サブタイで伏字遊びもどうなんでしょーねと思いつつ。
「あなたっ!?」
「パパ!!」
無惨に変形した腕を抱えて悶絶する駆け寄る妻と娘。実に“心温まる家族の絆”を白けた視線で横目に見ながら、E・クロケは粛々と家財の査定と差押目録の記載作業を続けていた。
「………」
何度も
背景になっている無反応の彼を視界に入れていると、パニックになっているその母と姉がいっそ滑稽にすら思える。
(マジでバカなんじゃないの?)
その怪我の原因すら考えなしの自業自得としか言いようがないからなおさらだ。
Aランクパーティー『サンダーラット』のミュートとエルザ。Cランクパーティー『ワンダーブラッド』のフィオ、アージェ、ディジー。前者は乗りかかった船でついて来ただけだが、ギルド側の五人の
髪色の薄さで
頭頂の両側で二房跳ねた癖毛の先端以外、すべて明るすぎる金髪。街から見える山脈の形が一部変形したあの落雷事件の犯人のことは知らずとも、この街のギルド長よりも戦力として上の超人相手に悪意を持って下手な刺激を与えるなど、まっとうな判断能力を持っている者ならば最も採り得ない愚行だ。
(それだけ、好き勝手に金づるに出来る息子に
C・ボツリヌスの等級はギリギリ甘めに見てEランク程度。つまり、常人でも百人寄って
そんな下級
更に言えば、カスミ・ユートという少年は基本的にかなり温厚な性質だし、割に合わないケースが大半の救助依頼を毎回引き受けてくれるくらいには善人だ。『大して手間でもないから』という強者故の余裕という側面も多々あるだろうが、その実力の割に傲慢さや他者を見下す素振りもあまり見えない。
普段彼を地獄からの使者のように見ているクロケとてなんだかんだ人格面は好ましいと思っているくらいで―――しかし物の道理も分からぬ野卑の
その辺りから、ミュートに掴みかかったC・ディフィシルの愚行に至る思考回路は説明できなくはない。
今回の救出依頼で『全財産の半分』を請求されていても、最終的な債権者はミュートである以上、彼が「報酬は要らない」と言えば請求は取り下げになる、なら
(で、この有様)
だが、ミュートは善人だが別段聖人という訳ではない。同業者の中ではかなり沸点が高い方ではあるが、目の前で見苦しい振る舞いを見せられれば
家庭環境の悲惨な少年に同情的だったミュートが元凶の父親にネガティブな感情を持っていない筈もなく、そんな相手に愛用装備の服―――仮にオークションに出しても値がつかないだろう最上級アーティファクト―――を汚い手で掴まれそうになれば振り払いもするだろう。常人のクロケには、横で見ていてもひとりでにディフィシルの腕が砕けたようにしか見えなかったが。
「おおおぉ……痛ぇ、いてえ、いてえ、いてえよぉ……っ!」
「パパ大丈夫?ひどい…!」
「ど、どうしましょう。病院?薬?」
「あー、これ後でなんか罰受けなきゃいけない感じ?」
息子を除いた一家の様子と反比例するように、特に深刻そうにもせずにミュートは頬をかきながら周囲に尋ねている。周囲もまた、平坦な語気のままその疑問に答えるだけだ。
「そこの男が恐喝を目的に貴方に詰め寄ろうとしていたのを複数人が目撃しています。普通に自己防衛の範囲内ですね」
「そーなんだ?」
「ふん。そも
「フィオっちの言い分は極端だけど、まあね~」
「な……っ!?」
「そんなバカな話が―――」
「―――通ります。ギルドが通します」
大怪我をした側が悪く、させた側に一切ペナルティはない。理不尽と
遥か大昔、あるいは教会勢力がずっと強い他国では、『武力に圧倒的に優越する
実にふざけた話である。『大いなる力には大いなる責任が伴う』らしいが、だったら大きすぎる責任に伴うだけの利益を社会が保証していなければ不公平としか言いようがない。保証できないのなら、そもそもそれは被せられるべき責任ではないというだけの話。
今回のケースで言うなら、たとえ子供がおもちゃのナイフを持っているのにも及ばない脅威だろうと脅迫は脅迫。どれだけ手痛い反撃を受けていようが、『脅迫した側が悪い』という結論が動く余地は一ミリもない。
(………あれ?)
そこまで考えて、全く喜ばしくはないがいい加減付き合いの深いクロケには、ミュートの性格からしてそんな冷淡な理屈で相手を切り捨てるのは“らしくない”という違和感があった。助けた相手から罵声を浴びてもなお「死なないならその方がいいじゃん」と救助依頼を引き受け続けている程度には寛容な彼らしくもない、と。
その疑問はすぐに氷解した。ある意味で寛容な彼らしい――――そしてこの都市で最も警戒すべき災害の化身らしい振る舞いによって。
「あんまぎゃーぎゃー騒ぐなって。分かった分かった、ポーションやるからそれかけときゃその腕もすぐに治るから」
「え……?」
そう言って腰に巻いた鞄から回復薬を取り出すミュート。複雑骨折を治すほどの効能を発揮するそれはクロケの見立てではDランクの一日分の稼ぎに相当する値がつく等級のもので、普通のパーティーであれば大切な『とっておき』として一つだけ備えておくような品だ。
あの無造作な様子だと
「骨折なんて20も30もやってたらその内痛いのとか気になんなくなるから、あんまり怪我人アピールしてもカッコ悪いだけだぞ?」
「は…、何、を……?」
「いやだから、ポーションかければ一発で治るくらいの怪我でそんな大げさに騒ぐなって言ってんの」
「ひ、ぃ―――!!?」
意訳:たかが腕の一本でガタガタ抜かしてるんじゃねえ全身の骨まんべんなくベキベキにへし折られてえのか。
………という意図はなく、おそらくミュートは言葉通りの意味でしゃべっているのだろうが。いや、それはそれで空恐ろしい内容ではあるが。
腕の痛みも忘れて青ざめる中年男とその妻子がどう解釈したかは
「ま、いっか」
非常に不快な案件だったが少しだけ希望が見えた、と若干気分を上向かせて作業の締めに入る。
「以上、差し押さえの査定終了です。目録は作成したので、もし回収時に汚損や紛失があった場合、見積評価額の倍額が負債額に追加されますのであしからず」
「「「………」」」
家財全てに張られた赤札まみれの空間の中でただ震える三人と
クロケは知らない。知る立場にない。
今まで奴隷のように
親の言うことには絶対で、それ以外を全く知らない狭い世界認識の精神がその
「残業確定、か。因業な商売だな」
「それがあたしたちを受け入れてくれた条件だしね~」
「どうせ誰かがやらなければならない仕事です。大丈夫、あにさまには妹ママがついてますよ」
「ん、ん~??」
「あ、……あーあ」
『この際、知ってもらうのに都合がいいと言えばいいのかしら』
「…………」
その場にいる“六人”の視線は、結局生家でこれだけの騒動が起きていながら一言も発することがなかった少年の、人形のようなガラス玉の質感に“変わった”目玉へと向けられていた。
次回、読者の誰も想像していなかった衝撃の真実が明かされる!()
>「その内痛いのとか気になんなくなる」
素で「くっ、アバラが逝ったか…!」とかも何度も経験してるミュートくん。
もはや痛みをただの電気信号として処理する境地に至っているのだと思われる。なお肋骨が折れてたら内側の臓器の損傷の疑いも濃厚なわけで、ショック死もあり得る苦痛で普通はそんな薄いリアクションになる訳がないらしい。