夢現世界の災凶姫~Disastress in the Parasomnias~   作:サッドライプ

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 サブタイで伏字遊びもどうなんでしょーねと思いつつ。




■魔化《アラージ》Ⅳ

 

「あなたっ!?」

「パパ!!」

 

 無惨に変形した腕を抱えて悶絶する夫に駆け寄る妻と娘。実に“心温まる家族の絆”を白けた視線で横目に見ながら、E・クロケは粛々と家財の査定と差押目録の記載作業を続けていた。

 

「………」

 

 何度も蝕巣(フォーカス)に入って腕の骨が折れる怪我なんて頻繁(ひんぱん)にしているだろうに、おそらく家族に心配してもらったことなど一度もないだろう少年。“だから”怪我をした肉親を心配するという発想など湧かないのだろう、痛みに顔を歪め切った父親をただ眺めているだけ。

 背景になっている無反応の彼を視界に入れていると、パニックになっているその母と姉がいっそ滑稽にすら思える。

 

(マジでバカなんじゃないの?)

 

 その怪我の原因すら考えなしの自業自得としか言いようがないからなおさらだ。

 

 Aランクパーティー『サンダーラット』のミュートとエルザ。Cランクパーティー『ワンダーブラッド』のフィオ、アージェ、ディジー。前者は乗りかかった船でついて来ただけだが、ギルド側の五人の抗魔士(イムニティ)のうち最も危険な存在が誰かなど一目で判別がつく。

 

 髪色の薄さで抗魔士(イムニティ)のおおよその等級が判別できるというのは、ギルド関係者以外にも広く知れていることだ―――近く再臨するという『最強の英雄』の髪色が白とされているのだから。

 頭頂の両側で二房跳ねた癖毛の先端以外、すべて明るすぎる金髪。街から見える山脈の形が一部変形したあの落雷事件の犯人のことは知らずとも、この街のギルド長よりも戦力として上の超人相手に悪意を持って下手な刺激を与えるなど、まっとうな判断能力を持っている者ならば最も採り得ない愚行だ。

 

(それだけ、好き勝手に金蔓に出来る息子に()れ過ぎたってことか……)

 

 C・ボツリヌスの等級はギリギリ甘めに見てEランク程度。つまり、常人でも百人寄って(たか)って棒で叩けばなんとか制圧できる実力―――それくらいなら、抗魔士(イムニティ)でなくても稀に居ると言えば居る。常人の物差しでもまだ理解できる範疇(はんちゅう)の存在なのだ。

 そんな下級抗魔士(イムニティ)でも、一人居れば文字通りの百人力。一家を養って贅沢な暮らしをさせるには十分過ぎる稼ぎができる。それが親の言うことに逆らうこともなく、都合のいい財布代わりになり、という状況が何年も続けば………本能的に抱くべき超人への畏怖と警戒が摩耗し、『抗魔士(イムニティ)』という存在を()め腐るようになってもおかしいことではない。

 

 更に言えば、カスミ・ユートという少年は基本的にかなり温厚な性質だし、割に合わないケースが大半の救助依頼を毎回引き受けてくれるくらいには善人だ。『大して手間でもないから』という強者故の余裕という側面も多々あるだろうが、その実力の割に傲慢さや他者を見下す素振りもあまり見えない。

 普段彼を地獄からの使者のように見ているクロケとてなんだかんだ人格面は好ましいと思っているくらいで―――しかし物の道理も分からぬ野卑の(やから)からして見れば『隙だらけの世間知らずのお坊ちゃん』と思ってしまう雰囲気を(かも)し出しているのも否定はできない。

 

 その辺りから、ミュートに掴みかかったC・ディフィシルの愚行に至る思考回路は説明できなくはない。

 今回の救出依頼で『全財産の半分』を請求されていても、最終的な債権者はミュートである以上、彼が「報酬は要らない」と言えば請求は取り下げになる、なら金蔓(ボツリヌス)と同じ抗魔士(イムニティ)で色々と緩そうなミュートに強訴ないし泣き落としを試す。成功せずともやって損はない、そんな甘えた考えだろう。

 

(で、この有様)

 

 だが、ミュートは善人だが別段聖人という訳ではない。同業者の中ではかなり沸点が高い方ではあるが、目の前で見苦しい振る舞いを見せられれば(いら)つくし、度を越せば手だって出る。振るうに値する理由のある暴力に躊躇(ためら)いを持つ人間が最上級ランクに至れるような商売ではない。

 家庭環境の悲惨な少年に同情的だったミュートが元凶の父親にネガティブな感情を持っていない筈もなく、そんな相手に愛用装備の服―――仮にオークションに出しても値がつかないだろう最上級アーティファクト―――を汚い手で掴まれそうになれば振り払いもするだろう。常人のクロケには、横で見ていてもひとりでにディフィシルの腕が砕けたようにしか見えなかったが。

 

「おおおぉ……痛ぇ、いてえ、いてえ、いてえよぉ……っ!」

「パパ大丈夫?ひどい…!」

「ど、どうしましょう。病院?薬?」

 

「あー、これ後でなんか罰受けなきゃいけない感じ?」

 

 息子を除いた一家の様子と反比例するように、特に深刻そうにもせずにミュートは頬をかきながら周囲に尋ねている。周囲もまた、平坦な語気のままその疑問に答えるだけだ。

 

「そこの男が恐喝を目的に貴方に詰め寄ろうとしていたのを複数人が目撃しています。普通に自己防衛の範囲内ですね」

「そーなんだ?」

「ふん。そも抗魔士(イムニティ)に悪意を持って伸ばした腕がへし折られたなど、誰に訴えたとて笑い者になるだけで終わりだろう」

「フィオっちの言い分は極端だけど、まあね~」

 

「な……っ!?」

「そんなバカな話が―――」

 

「―――通ります。ギルドが通します」

 

 大怪我をした側が悪く、させた側に一切ペナルティはない。理不尽と(いきどお)る被害者達に、作業を続けたまま冷たくクロケは断言した。

 

 遥か大昔、あるいは教会勢力がずっと強い他国では、『武力で圧倒的に優越する抗魔士(イムニティ)には重い責任を課す』などというルールがあるらしい。たとえば抗魔士(イムニティ)と常人が口論の果てに暴力沙汰を起こし、当然のように後者が負傷したとして。前者にどれだけの理があろうと、たとえ仕掛けたのが相手側からだろうと、一方的に抗魔士(イムニティ)の方が処罰されるという。

 実にふざけた話である。『大いなる力には大いなる責任が伴う』らしいが、だったら大きすぎる責任に見合うだけの利益を社会が保証していなければ不公平としか言いようがない。保証できないのなら、そもそもそれは被せられるべき責任ではないというだけの話。

 

 抗魔士(イムニティ)の権利を守る為に生まれたのがギルドである以上、少なくともこの街で目の届く範囲でそういった『弱者様』の分不相応な特権など認める筈もない。そもそも蝕巣(フォーカス)蝕魔(インフェクター)を狩るだけでも都市を守り社会に貢献しているのだから、更なる責任を負うべきはそれと同等の貢献を果たしていない側。

 

 今回のケースで言うなら、たとえ子供がおもちゃのナイフを持っているのにも及ばない脅威だろうと脅迫は脅迫。どれだけ手痛い反撃を受けていようが、『脅迫した側が悪い』という結論が動く余地は一ミリもない。

 

(………あれ?)

 

 そこまで考えて、全く喜ばしくはないがいい加減付き合いの長いクロケには、ミュートの性格からしてそんな冷淡な理屈で相手を切り捨てるのは“らしくない”という違和感があった。助けた相手から罵声を浴びてもなお「死なないならその方がいいじゃん」と救助依頼を引き受け続けている程度には寛容な彼らしくもない、と。

 

 その疑問はすぐに氷解した。ある意味で寛容な彼らしい――――そしてこの都市で最も警戒すべき災害の化身らしい振る舞いによって。

 

「あんまぎゃーぎゃー騒ぐなって。分かった分かった、ポーションやるからそれかけときゃその腕もすぐに治るから」

 

「え……?」

 

 そう言って腰に巻いた鞄から回復薬を取り出すミュート。複雑骨折を治すほどの効能を発揮するそれはクロケの見立てではDランクの一日分の稼ぎに相当する値がつく等級のもので、普通のパーティーであれば大切な『とっておき』として一つだけ備えておくような品だ。

 あの無造作な様子だと備蓄(ストック)を有り余るほど持っているのだろうが、それ以上に信じがたいのはその後の発言だった。

 

 

「骨折なんて20も30もやってたらその内痛いのとか気になんなくなるから、あんまり怪我人アピールしてもカッコ悪いだけだぞ?」

 

 

「は…、何、を……?」

 

「いやだから、ポーションかければ一発で治るくらいの怪我でそんな大げさに騒ぐなって言ってんの」

 

「ひ、ぃ―――!!?」

 

 

 意訳:たかが腕の一本でガタガタ抜かしてるんじゃねえ全身の骨まんべんなくベキベキにへし折られてえのか。

 

 

………という意図はなく、おそらくミュートは言葉通りの意味でしゃべっているのだろうが。いや、それはそれで空恐ろしい内容ではあるが。

 

 腕の痛みも忘れて青ざめる中年男とその妻子がどう解釈したかは(たず)ねるまでもないだろう。回復薬を恵んでやるから手打ちにしてやる、という上位者からの提案(妄想)に対して歯を震わせながら必死で頷いていた。

 

「ま、いっか」

 

 抗魔士(イムニティ)という存在に関して、決して(あなど)って接することなど許されない超人であるという認識はこれで彼らに強制的に植え付けられたことだろう。これに懲りたら息子を道具扱いする親として最低の所業も改めるかもしれない。

 

 非常に不快な案件だったが少しだけ希望が見えた、と若干気分を上向かせて作業の締めに入る。

 

「以上、差し押さえの査定終了です。目録は作成したので、もし回収時に汚損や紛失があった場合、見積評価額の倍額が負債額に追加されますのであしからず」

「「「………」」」

 

 家財全てに張られた赤札まみれの空間の中でただ震える三人と茫洋(ぼうよう)と立つ一人。

 

 

 クロケは知らない。知る立場にない。

 

 

 今まで奴隷のように()き使ってきた息子が、雑に他人の腕を砕いておきながらへらへらと「その程度大したことないから」と本音で放言するような男と同類であると知った家族が、息子の扱いをどう改めるか。

 親の言うことは絶対で、それ以外を全く知らない狭い世界認識の精神がその恐怖(呪い)を真綿のように吸い上げ、結果どう変質するのか。

 

 

「残業確定、か。因業な商売だな」

「それがあたしたちを受け入れてくれた条件だしね~」

「どうせ誰かがやらなければならない仕事です。大丈夫、あにさまには妹ママがついてますよ」

 

「ん、ん~??」

「あ、……あーあ」

『この際、知ってもらうのに都合がいいと言えばいいのかしら』

 

 

「…………」

 

 その場にいる“六人”の視線は、結局生家でこれだけの騒動が起きていながら一言も発することがなかった少年の、人形のようなガラス玉の質感に“変わった”目玉へと向けられていた。

 

 





 次回、読者の誰も想像していなかった衝撃の真実が明かされる!()

>「その内痛いのとか気になんなくなる」
 素で「くっ、アバラが逝ったか…!」とかも何度も経験してるミュートくん。
 もはや痛みをただの電気信号として処理する境地に至っているのだと思われる。なお肋骨が折れてたら内側の臓器の損傷の疑いも濃厚なわけで、ショック死もあり得る苦痛で普通はそんな薄いリアクションになる訳がないらしい。

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